無間地獄

めへ

何メートルあろうかと思われる、高い、高いそしてゴツゴツとした岩山を、大勢の人間が必死に登っている。


道などという優しいものは無く、皆手で岩にしがみつき、足をひっかけ上へ上へと登っていく。

つまりは、ロッククライミングだ。


男も女も、そうでない者も、様々な人間が頂上を目指して岩にしがみついている。


固い地面に立ち、岩山の前に立つ内田は輝く頂上を見上げた。


周辺は、落下した屍や苦しみ呻く怪我人が多く横たわっている。


彼らに侮蔑の目を向けた後、自分はこんな負け犬にはならない、と内田は誓った。


登り始めてからまだ数分、地面がまだ見える距離、しかし周囲を見ると既に苦戦する者や、力尽きて落下する者が多くいる。


そんな中、彼は余裕でスイスイと登っていけた。


力尽きる者の中には彼に助けを求める者もいたが、無視した。

自分だって大変なのだ。誰かを助けている場合ではない。

助けを必要とするくらいなら、人の足を引っ張るくらいなら、最初からここへ来るなと思った。


この岩山に明確なルールは無い。頂上に辿り着く、ただそれだけだ。

だから、気に入らない奴を蹴り落とすも自由である。蹴り落とされた方が悪い、それがここのルールだ。


岩山には、所々にアイテムが隠れて置いてある。

軍手やハーネス、シューズもあれば、中にはナイフや銃など物騒なものまである。


見つけ出すも自由、他人の者を奪うも自由。


内田は既に、ハーネスやシューズなどロッククライミングに定番の道具はもちろん、武器になりそうな物もいくつか手に入れている。


勘が良く、視野の広い彼は道具を見つけるのも得意だった。

そしていくつかは他人の持っている物から奪い取った。

奪った相手はもちろん蹴落とした。


全ては頂上に辿り着くため。


あの光輝く頂上に辿り着けば、ようやく安心できる。

もう誰からも蹴落とされ、奪われる心配は無い。



地面が見えない距離まで来ると、周囲も一筋縄ではいかないであろう者ばかりになった。


皆蹴落とし、奪い取り、そして自分は蹴落とされぬよう、奪われぬよう凌いできた強か者だ。


頂上に辿り着ける者はただ一人と決まっていた。

よって、頂上付近では熾烈な戦いが待っている。


頑健な内田は、体力がじゅうぶんに残っており、コンディションは抜群。

しかしそれは、他の者も同様であるはずだった。

ここで息も切れ切れになる様では、体調管理もできない様では頂上はおろか、頂上付近まで辿り着く事すら不可能だろう。


誰が自分を蹴落とそうとしているか分からない、そんな恐怖と猜疑心で胸がいっぱいになる。


もう少しだ、もう少しで終わる。

頂上に辿り着けば、もう誰からも蹴落とされ、奪われる心配は無い。

ようやく安心して生きられるんだ。


岩山周辺はどんよりと雲っており、陰鬱で暗い。


内田には、岩山を登る者には皆、荒々しい山の表面と闇しか見る事ができない。


しかし頂上に辿り着けばようやく、光輝く世界を見る事ができるのだ。


内田は、皆はそれを信じていた。



背後に気配がしたと思った瞬間、閃光が閃いた。


頬に痛みを感じる。切り傷から、生暖かい血の流れる感覚。


目の前、内田の右隣に移動したその男は、血が滴るナイフを手に構えていた。


左隣に気配が、殺気がした。

二人がかりで自分をまず殺る気だ、と察した。


左隣の奴が襲いかかってくる気配がした。


内田は肘鉄をそいつに食らわし、同時に来た右隣の男からナイフをかわし鳩尾に蹴りを入れた。


右隣の男は顔を歪ませたが、後ろに素早く下がり、落ちそうな気配は無い。


左隣にいた男も、落ちかけたもののすぐ体勢を整えている。


さすがにここまで登って来ただけあって、しぶとい。


内田は、元の持ち主は既にこの世にいないであろう、拳銃をまず右隣の男に狙い定めて引いた。


その男は素早く岩影に身を隠した。体の殆どを覆い隠す大きさの岩に。


しかし内田の狙いの的は、彼ではない。


男の隠れた岩影は、半円を縦にした形だった。

内田は半円の下の方を撃った。


足元に引っかけていた岩が砕け、右隣の男は真っ逆さまに落ちていった。


左隣の男がマシンガンを連射した。

嫌な予感がし、素早く岩影に姿を隠したが、左の上腕を撃たれてしまった。


男の連射するマシンガンで、そこらにいた連中が次々と落下していくのを有り難く思いつつ、どうすればあの左隣にいた男を殺れるか思案を回らせた。


見渡す限り誰もいなくなった頃、男は連射を止めてしかしマシンガンはしっかりと構えながら周囲に睨みをきかせた。


数分経っても、男はマシンガンを下ろさなかった。

撃ち落とした者の中に、自分がいない事を知っている。

この状況下で、その辺りを確認できていたのだ。


覚悟を決めて、内田が岩影から身をのり出し銃を構えるのと同時に、男も気付いてマシンガンを構えた。


銃声が木霊する。撃たれた男が真っ逆さまに落ちていった。



これで邪魔者は消えた。

待ちに待った、思いこがれた頂上に、内田はついに手をかけた。


光はもう目の前だ。これでもう、誰からも脅かされる心配の無い生活ができる。やっと安心できる。


頂上に身を乗り出した彼の目に飛び込んできたのは、大きな、そしてこれまで感じた事の無い高温度の光。


悲鳴を上げる間も無く、内田は光に襲われ、そして気付くと身体中を炎に包まれながら落下していた。


落下していく途中、走馬灯の様にゆっくりと、岩山を必死に登る者の姿が見えた。

彼らの目に、自分は映っていない。

映るのはゴツゴツとした岩肌、陰鬱な闇、そしてときおり見上げる輝かしい頂上だけだ。

辿り着いた者の末路など、気付く事もない。


辿り着くまでが地獄、着いた先にあるのも地獄。


これまで墜落死した者達がクッションとなり、内田は地面に着いた後も死を免れた。


しかしそれは、生きながら燃やされて死ぬ事を意味する。

周囲には丸焦げの、人のような死体が自分の行く末を表すかのように点々としていた。


自分がついさっき倒した男達も、死体がクッションとなり死ねなかったらしい。苦しそうに呻いている。おそらく全身不随などの重い障害を負っているだろう。

生きながら燃やされて死ぬ事とどちらがマシだろうか、と内田は思った。



体を燃やす炎の激痛、落ちた衝撃による骨折や打撲に苦しむ内田の視界に、岩山から降りて来た者の姿が映る。


皆が必死に登る中、逆に地面を目指して降りる者を見たのは初めてだった。


そいつは地面に着くと、踵を返し岩山とは反対方向へ、軽快に歩いて行った。


そいつが一体、どこへ行くあてがあるのか、内田には想像もつかなかった。

彼は岩山を登る以外の人生など、聞いたことも、考えた事も無いからだ。


視力が無くなる瞬間、内田の目に焼き付いたものは、既に遠くへ進んだ事で小さく映るそいつの姿だった。




































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