第0話 私の使命

私には使命がある。

我が主人から受けた最初で最後の命令が。


____「僕が戻ってくるまで、『この子』と『施設』を守ってくれ!頼む!」


普段、物腰柔らかで常に言葉遣いに気を付けていたあの方が、

初めて...初めて声を荒げたのを私は記憶していた。


だが、あの時の主人の感情を、私は理解できなかった。


ただ、『重要なモノを守るという命令』。それだけを記憶した。


だから、私は待ち続けた。人の平均的な寿命を大幅に超える時が流れても。



この施設が電力をほぼ賄えなくなり、


予備の電力もほぼ底をつきかけていたとしても...


帰ってくるといったのだから。


電力の節電のため、私はほとんどスタンバイモードのまま動かなくなった。



だが、これも焼け石に水。というやつだろう。いずれは終わりが来る。


しかし、いまだ命令を実行中なので、結局未来永劫スタンバイモードから


動くことはないだろう。


施設もほとんど稼働していない、電灯も、センサも。なにも稼働していない。

ほとんど真っ暗だ。ただ一つの場所を除いて。


「........。」

私は幾重もの太いチューブが繋がれたカプセルの”外装だけ”を視認した。


あのカプセルに入った『この子』は今だ赤子の姿のまま


培養液のなかに入っているのだろう。


この機械はもともと


体の成長を完全に停止、というより一時的に仮死状態にさせ、


体外から生存に必須の機能だけを強制的に動かす。というものらしい


.........貴重なサンプリングとして。



____昔、世界的にとある病が大流行したことがあった。


それは、潜伏期間のあいだ発見されづらく、


その上発症からすぐに死に至ってしまうので、


特効薬の作成に時間がかかるとされていた。そんな時だった。


病にかかった人をそのままの状態で生かし続けば、抗体を作るための


作業がよりはかどる。などという悪魔のような発想が生まれたのは。


この機械は、人を用いた本格的な人体実験を行う前に世間に曝され。


倫理的な問題で大バッシングを受けたが、


それでも実験を強行、結果的にとされている。


「夢を喰う棺桶は完成した。俺は正しかった。」...最後まで実験を主導した博士は

そう言い残し、自殺したと記録されている。


博士のいうように機械は完成した。が、使われることはなかった


その時にはすでに病の特効薬が作られていたからだ。


このような機械を使わせてはならないと、当時の研究者たちが世界中で結託し、

死に物狂いで特効薬を完成までこぎつけたからだそうだ。


皮肉なことだが、特効薬が早急に作られるきっかけの一つになってしまったことは

紛れもない事実だった。


そんなものに『この子』を入れねばならなかったのだ。を。


「.........................。」

____だが、電力が止まれば中の『この子』は本当の意味で死んでしまうだろう。


(もう『この子』は死んでいるのではないだろうか?)


(私は、電力が停止した後どうすればいいのだろうか?)


(『この子』はどうなるのだろうか?)


(すでに命令は解除されているのではないだろうか?)


そんな疑問を私は私に提示し続け、私はそれを無視し続けた。


...私は機械だ。情を抱いてはいけない。冷徹でなくては。


私は、人のように誰かの親にはなれない。


我々は一世代限りの命、いわば天涯孤独なのだ。


寿命もない。部品の経年劣化はあるが、パーツを交換すればいいだけだ。


仮に壊れてしまっても、主人からすれば代わりがいるだろう。


我々は自身で後世になにも残すことはしない。いや、できない。


うらやましいとは思わない。我々のような機械は、


『目的』を速やかに実行するために人類に作られたのだから。


そのために、生まれてきたのだから。


そのはずだ。そのはずだった。




「.........?」


なんの気なしだった。偶然だ。いずれは来ることだと分かっていた。




だが、




視認してしまったのだ。認識してしまったのだ。カプセルの中に入った

『この子』を、”人”を、穏やかな顔で今だ眠り続ける。この子を...。


不思議な感覚だった。どこか光で照らされるような...

寂しかった?...誰が?.....『私』が?


「.......音声スピーカのを行います。

レスポンスをお願いします.....まず~~~~~~」


返事など来るはずがない。そもそもこの子はまだ言葉を知らない。


定期確認などここ数年やっていない。


だが、自然と音声が口を模した部品からついて出てしまった。


こんなものはただのバグだ。そう認識できても止めることはできなかった。


当時、起きてしまった世界の大事件。


なぜ私が作られたか。


あなたの父と母の話。


......なんの有用性もない、くだらない世間話。


そして、もう一度見てしまった。カプセルの中を。


笑った。(そんなはずはない。)


ひとりではなかった。(そんなはずは...ない。)


この子はまだ生きていける。(そんなはずは..)


「自分だけの考えを持って行動できるだろう?

        なら、君だって僕らと同じで”生きてる”よ。」


「ほら見てよ!僕の子だ!かわいいだろう?

      ...そうなると君はお姉ちゃんってことになるのかな?」


はるか昔に聞いた主人の声を思い出す。


そういえば彼も最後の最後までカプセルに入れるのをためらい



....そうだ、泣き叫んでいた。機械の私に対して。必死の形相で懇願していたのだ。


主人が、機械である私に対して。


あれが親というものなのだろうか?


.......ならば、死なせてなるものか、この子は私のなのだ。


私は、”人間を守るために作られた機械”だ。どのような形であれ、

その責務を放棄してどうするのだ。


その瞬間。私の体は数年ぶりの駆動を始めた。

を行います。少々お待ちください。」


____『弟』だけは絶対に生かさねば。どんな手を使っても。



......私には使命があった。

我が主人と「私自身」が与えた、最初で最期の命令が。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グッバイ・エントラスト 鉄華巻 @tekkamaki_0141

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ