グッバイ・エントラスト

鉄華巻

第1話 ダンジョン中毒

ここはとある小国である。

以前は強大な領土を持つ王国が支配していた土地だが、

跡目争いを皮切りに内乱が勃発。いくつかの国に分裂してしまった。


その時の火種は国々の間で今も燻っており、今はただ、誘発を誘う『燃料』を待つのみとなっている。


そんな緊張走る国内のはずれにて___


「か~!...俺の名前を知らんのか?俺は自分の村じゃ有名だったんだぜ?


なんたって村の近くのダンジャンをほとんど制覇したのは俺だし


そのほかにも...あぁん?ダンジャンとはなにか。だと?


ッか~!しょ~がねぇ~なぁ!そんぐらい覚えとけよなぁ!


いいか?ダンジャンってのは大昔に戦争吹っ掛けてきたアホどもが立てこもった


残骸の跡地だよ!まぁ~ご先祖サマから奪った金銀財宝やらおーぱーつ?やら


とにかくいろんなあるっぽいんだよ!とにかく、俺はスゲ~の!


だ・か・ら・さ・お仕事ちょうだいしますよ~


へ?それはダンジャンじゃなくて『ダンジョン』だろうって?あ、そうなの?」


テーブルのカウンターに寄りかかり、自信満々に向かいの男性に


べらべらと喋っていた男がくだらないことを


もうここでは悪い意味で有名になるだろう。


余りにも滑稽なその状態に、周りで静かに聞いていた


連中が笑いをこらえようとする。


だが、中途半端に隠そうとしていて余計分かりやすくなっている。


間抜けをさらした男も恥ずかしくなって周りに向かって声を荒げた。

「か~!うるせえぞバカどもが!お前らだってギルドなんてところに

来てるくせして笑ってんじゃねーぞ!」


男が叫んだギルドとは通称だ。正しくは国が運営している職業の斡旋場のことで、

正式な名前など存在しない。


ここでは親の家業をそのまま息子、娘が引き継ぐのが常識であり、

兄弟が増えれば、跡目争いになるか、新しい事業に乗り出すか。

といった感じで、よほどおバカな子供か、跡目争いに負けたか、

もしくは、まともに読み書きもできず、今日の食い扶持にすら困っているような者

でなければにはそもそも来ないので、

お世辞にも世間からは良い印象を持たれていなかった。

そこに行かざる負えない人間たちも、もちろんそれを理解しているので、

なけなしの知恵とプライドで、あえて『ギルド』なんて名前を付けているのだ。


要は、彼らにとっての精いっぱいのカッコつけなのだ。


そんな人間たちに与えられる仕事は、やはり命の危険が伴う仕事が多くなる。

学がない彼らに与えられる賃金も当然大した量は無く、

もはや国が動かせるただの残基程度の認識だった。

彼らには人権などない、そもそも存在を知らない。

あったとしても見向きもされない。

それが今の世界の常識なのだ。


だが、そんな彼らにもといえる仕事がある。


それがダンジョン攻略だった。


大抵は危険な野生動物の住処になっていたり、


日の目を見れないような犯罪者が住処にしていることが多く。


建物自体も地下にあることが多いので、老朽化が進んでおり


まともな人間は近づくことも避ける程だ。


だが、その中にはいくつ命を失ってでも手に入れるべき、


貴重な品々が保管されているとされていた。


それを確保し、国のために貢献することが


ダンジョン攻略の神髄とされている。


...しかし、そんなものはただの「建前」で、ダンジョン攻略の一番のお宝は

『実績』である。


「危険なダンジョンを制覇した」


この実績があるだけで、商隊の護衛の任務や要人の警護などの


『そこそこ安定した仕事』にありつける可能性があるとされていた。


だからこそ、ギルドに通う者の多くはダンジョンについて詳しい。


強い思い入れや憧れが、その先の「就職」にあるからだ。


言ってしまえばダンジョンを制覇した猛者が、そもそもの名前の言い間違えなど


というくだらないミスをするわけがないのだ。


...だが、護衛や警備等、大事な任務をこんな所ギルドに来る人間に

任せる物好きなど


ほぼ、存在しない。「実際に雇われた」なんて眉唾が広まってしまったために、


ダンジョンの攻略を夢見る者はあとを絶たないだけなのだ。


それに、「本当に雇ってもらえる」などの情報の精査なんてことは誰一人しないし、


やらない。やれない。


そんなことをしたところで、この現状が変わらないことを皆が


理解しているからだろう。


彼らは何かにすがりたいのだ。それが妄言でも戯言でも、


「こんな生活を変えられるかもしれない。」そんな風に夢に酔うことで


過酷な日々に耐えているのだ。


だが、ここ最近はダンジョンに近づくことすら多くの者はやめてしまった。


...無理もない。追い求める結果なんてものはハナから存在していないのだから。


夢は夢のままで良いと。本人たちがそう思ってしまっているのだから。


しかし、何事もあきらめなかった者だけが、


結果実績を掴めるようにできているのもまた事実だったのだ。


それがどんなきっかけであれ...


ほら、そんな人生を変えるチャンスを目前にした者がまた一人。


____この大陸の南部に位置するアレル山脈。


切り立った山々が海に面してそびえたつこの険しい場所で。


「.....見ーーっけ!」


断崖絶壁の崖の中腹あたりにある洞穴。


わざわざ何か用でもない限り絶対に近づかないであろう場所。


そんなところほど、素晴らしい実績と引き換えにしてくれるナニカがある。


そんなバカげた妄想を信条に、日々ダンジョンに潜るこの『ダンジョン中毒者』の


青年は、ダンジョンから持ち帰ったであろう「遠くまでよく見える魔道具」...


『双眼鏡』を用いていて、心底嬉しそうにニヤッと笑うのだった。







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