名こそ惜しけれ 🦚

上月くるを

名こそ惜しけれ 🦚





 通い慣れたファミレスは、コロナ感染が首都圏並みとは思えないほど混んでいた。

 水を運んで来た店長さんが小声で「グルメ番組で紹介されたの」と教えてくれる。


 広い店内から三方の窓外まで見渡せるいつもの席は、男性の団体で埋まっている。

 すぐとなり、少し暗くて本が読みにくい奥まった席に座ったが、意外にうるさい。


 どこかの会社の集まりらしいが「会話はマスクを付けて小声で」の掲示があるのにマスクなし&無遠慮な高笑いは、数にモノを言わせる群集心理の最たるものか。('_')


 こういう場合、会社の組織図がそっくり移動して来たように席順から会話の頻度、あげくはドリンクバーへの往復サービスまであからさまに過ぎ、心のやり場に困る。


 


      👔




 とはいえ、中堅の地場産業に籍を置く人たちは恵まれているだろう。かつてヨウコさんが経営していた零細企業は、互いの距離が近い分、気づかいが大変だったかも。

 

 いまはそう客観的に見られるが、社会の縮図のような会社に身を置いていたときは株主で社長で事務員で営業マンで、さらに掃除人でもある(笑)立場は複雑だった。


 折しも「会社はだれのもの」論が澎湃ほうはいとして起きた時期で、株主のもの経営者のもの、従業員のものと主張する人たちが喧々諤々けんけんがくがくの論議を随所で繰り広げていた。


 日ごろリベラルを標榜している身的には「働く人たちのもの」説を支持しなければならないところだが、巨額の負債の個人保証でがんじがらめの内心が釈然としない。


 恥知らずなほど高額な役員報酬を平然と受け取りながら、昼間は接待ゴルフ、夜は銀座の高級クラブ通いにうつつを抜かしている大企業の社長とはわけがちがうのだ。


 三百六十五日、会社という枷に縛られ、年中逼迫した資金繰りで安眠も許されず、会社=社長、社長=会社が現実であるのに、いいとこ取りされては、たまらない。


 昭和のオヤジ的思考だの、古すぎて話にならないだのの批難や、パート主婦の夫に労働組合をつくると脅されるだの、さんざんな思いの傷跡、いまも疼くことがある。




      🐄




 すぐとなりのスーツ族の傍若無人ぶりに眉をしかめながら、働き方改革とか男性の育児休暇とか経営環境がきびしくなる前に解散してよかった、あらためて安堵する。

 

 心身も生活も経済も、前半生のすべてを会社に尽くしたヨウコさんの影と会社の影が寸分のズレもなくぴたりと重なった歳月は、まさに飽和点に達していたのだろう。

 

 ちなみに司馬遼太郎さん説によれば、公家と武士が相半ばし綺羅を好んだ平家 VS 質実剛健一辺倒の坂東武者の差異は「潔さ」「名を惜しむ」気風の有無にあるとか。


 とすれば、負債完済時に事業解散を決めた(承継希望をスタッフに募ったうえで)ヨウコさんには、平たくいえば見栄っ張りな(笑)坂東の血が濃かったことになる。


 個人の預金残額や受給年金などの諸事情を考えれば、あと十年は踏ん張ったほうがよかったのだが、義を尊び、潔く(笑)閉じたおかげでいまは節約一辺倒の暮らし。




      🌏




 ここで例によって話は大きく跳んで、現在の地球を牛耳る大物連の退き際に移る。

 似非温容 VS 強面の何某と何某を比べれば、いずれが平家でいずれが源氏だろう。


 名を捨てて実を取るのか実を捨てて名を取るのか、それとも強欲に両方取るのか。

 むろんどっちもに決まっているが、どちらさんも永遠の政権はあり得ないんだよ。


 朝のルーティーンのひとつとしている空手の正拳突きでも、突くよりも引くほうが大事と叩きこまれており、それを意識すると、自分の背中が見えるような気がする。


 いまから五年、十年後、同等に老いを重ねた領袖の命運はどうなっているだろう。

 自転にしがみつくしかない地球市民のためにも、美しい退き際を希いたい。('ω')



  。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



 ご高覧くださる方のご負担が申し訳ないので、一日一編と自戒しております。🙇

 はなはだ恐縮ですが、本稿もストック原稿ゆえ、いささか時季が……。(´艸`*)






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