任侠メガネとうさぎちゃん

景華

任侠メガネとうさぎちゃん


 私、野原宇紗奈のはらうさなは、自他共に認める引っ込み思案な、影の薄い大人しいタイプの人間だ。


 高校入学して二年目の春。

 未だ友達は0ゼロ


 たまに声をかけられてもどうすればいいのかわからなくて、人の目を見るのが怖くて、私はつい俯いてしまう。


 そんな陰キャな私、今、ピンチです──。




「おいお前、人にぶつかっといて何もなしか?」

「もじもじしてんじゃねぇぞ!!」

「土下座して謝るのが筋ってもんだってママに教わらなかったのかぁ!?」


 校舎裏。

 柄の悪い5人組の先輩に取り囲まれて、私は今、人生最大のピンチを迎えている。


 まさに絵に描いたような絡まれ方。

 これがそう。

 私の日常だ。


 たいてい平謝りしていれば相手の気もおさまるのだけど、この日はどうもしつこくて……。


「よし、お前、今すぐ裸で土下座だ」

「ふぇ!? いや、それはちょっと……」


 何度も謝っているにもかかわらず、彼らは絡むことをやめてはくれなかった。

 というかそもそも、立っていただけの私にぶつかってきたのは彼らなんだけども。


「自分じゃ脱げないってか? なら特別に俺らが脱がしてやるよ」

 下卑た笑いを浮かべながら、一人の手が私の方へと伸びて、胸ぐらを掴まれそうになったその時──。


「おまわりさーん!! 早く!! こっちです!!」

 低く芯のある声が、閑散とした校舎裏に響いた。


「やべ!! 行くぞ!!」

 その声に慌てた彼らは、あっという間に声がした方とは逆の方へと走って逃げていった。

 た、助かった……。


「あっさりだったな。……大丈夫か?」

「へ?」

 振り向いた先に立っていた人物に、私は言葉を失った。


 サラサラの黒髪。

 切れ長のシュッとした瞳に楕円形のメガネをかけた美男子が、そこに立っていったから。


 イケメンだ。

 こんなイケメン、うちの学校にいたっけ?

 何か、何か言わないと。

 そう思うのに、元々の人見知りとコミュ障が発動してうまく言葉が出てこない。

 うぅ……こ、こういう時、なんて言うんだっけ?


 えっと……あ!! そうだ、お礼!!

 まずはお礼を言わないと!!

 私はイケメンメガネさんの整った顔を、無い勇気を振り絞って見つめた。

 そして──。


「ありがとゴッじゃましゅっ!!」


 ──盛大に噛んだ。



 あぁ……やってしまった。

 極度のあがり症。

 もうやだ、こんな私。


 恥ずかしさと情けなさで、うつむいて膝から崩れ落ちた刹那──。


「お前、相変わらずのアホづらだな」


 おおよそ外見とはマッチしない言葉がため息とともに放たれた。


 アホ!?

 驚いて顔を上げると、ニンマリと私を見るイケメンの顔。


 私、このイケメンメガネさんと会ったことあったかな?

 ぼんやりと彼の顔を見ながら記憶をたどり寄せていると「はぁ……」とまたもため息が落とされた。


「俺を忘れるたぁ、随分偉くなったじゃねぇか。──【うさぎ】」


 ──うさぎ──。


 私をそのあだ名で呼ぶのは私が知っている限り一人しかいない。


「──まーくん?」



 義堂守ぎどうまもる

 私と同い年で、小さい頃家が隣だった私の幼馴染。

 お母さんが病気で早くに亡くなって、私たちが小学六年生の時にお父さんも事故で亡くなり、親戚の家に引き取られた。

 会うのはそれ以来だから、五年ぶりくらいになる。


 あの頃から顔だけは良かったけれど、メガネなんてしていなかったから気づかなかった。


「チッ……その名前で呼ぶなマヌケうさぎ」

「あうっ!!」


 この口の悪さ。

 間違いない。

 大魔王まーくんだ!!


 なぜ大魔王なのかというと、彼の私に対する数々の所業が所以ゆえんする。


 ある時は遊んでいる最中に突然メーカー指定入りのお茶を買ってこいとパシられたり。

『おい金やるから茶ぁ買ってこい。カントリーの五右衛門の渋い緑茶な』

 とお金を渡され、私は言われた通りに買いに行くも結局近くの自販機にカントリーのメーカーがなく、遠くのスーパーまで走った。


 またある時は一緒に宿題をしていると突然私に自分の分の宿題を手渡し、倍の宿題をやらされたり。

『おいこれやっとけ。できるまで部屋から出るなよ。出たらしばくぞ』

 私はそれはもう必死に二人分の宿題をした。


 とにかく下僕の如く扱われた幼少期が蘇る。


「あ、あの……なんでここに?」

「今日転校してきた。またお前の家の隣──俺の家に帰ってきたから、よろしくな」

 そう言ってニヤリと笑った黒い笑顔に、私はブルリと身震いした。


 昔まーくんが住んでいた家を思い出す。

 大きな門。

 手入れされた日本庭園。

 中には高級そうな掛け軸や骨董品の数々。


 そう。

 彼の実家は──仁と義を大切にする【極道】だ。

 ご両親が亡くなってからもたびたび庭を手入れする人たちを見かけたから、売られたわけじゃ無いんだとは思っていたけれど、まさかまた帰ってくるなんて。


 キーンコーンカーンコーン。

 HRの始まりを告げるチャイムが鳴る。


 あぁ、完全に遅刻……。


「おいうさぎ。教室まで案内しろ。2ーAだ」


 え──本気?


 私、任侠メガネ大魔王様と同じクラスだ……。



   ◆



 扉越しに聞こえる先生による点呼。

 あぁ、HR始まってる。

 入りたくない。

 絶対に注目の的だもん。


「じゃ、じゃぁ私はこれで──」

 サボろう。

 注目を浴びるくらいなら逃げようと踵を返した瞬間、首根っこを捕まれそれを阻まれた。


「待て」

 言いながら私のおでこにベシッと何かを貼り付けたまーくん。

 何?

 疑問に思いながらそっと手で触れてみる。

 この感触──。

 大きめの絆創膏?

 でもなんのため?


「入るぞ」

「ちょっちょっと!!」

 私の手を引いて、まーくんは教室のドアを勢いよく開けた。


「遅刻だぞー。……って、二人一緒だったのか?」

 先生がすぐに気づいてから、クラスメイトたちも私たちの方を一斉に見る。

 し、視線が痛い。


「すみません。見知った顔を見かけて声をかけたら、目の前でコケてしまって……手当てしていました」

 何その言い訳。

 まさかそのために私はおでこに絆創膏貼られたの?

 そんな言い訳、通じるわけが……。


「おぉそうか。なら仕方ないな」

「……」


 そうか忘れていた。

 この大魔王、外面がものすごく良い。

 極道一家の子であってもこの外面そとづらと外見の良さのおかげで、昔から皆からの信頼も厚かった。


「今日からこのクラスに転入することになった日吉守ひよしまもるだ。仲良くなー」

 あ、そうか。

 親戚の家に引き取られて、日吉になったんだ。


「よろしくお願いします。宇紗奈共々」

 なんでそこで私を出すの!?

 フェイドアウトさせてお願いだから。


「野原さんと友達なのー?」

「どう言う関係ー?」

 クラスメイトから質問が飛ぶ。


「あぁ彼女とは幼馴染で──俺の彼女です」


「えぇぇぇぇぇ!?」


 まーくんの爆弾発言によって、その後私たちはしばらくクラスメイトから事情聴取のごとく質問攻めにあうことになった。


    

   ◆


 

 そんな再会から数週間が過ぎ、初日のインパクトとまーくんの外面のおかげで、私は少しだけ友達の輪に溶け込み始めた。

 まだ自分から声をかけるのはハードルが高いけれど、私の性格も周知されたからかフォローしてくれる人も増え、私は受け答えぐらいはまともにできるまでに成長した。


 そしていつもまーくんがそばにいるからか、絡まれることがなくなった。

 悔しいけれど、全部まーくんのおかげだ。


 が、あの悪夢の日々は再来していた。


「おいうさぎ、宿題やっとけ」

「おいうさぎ、茶ぁ買ってこい。おーい緑茶の濃いやつな」

「30秒以内に俺ん家来い」


 パシリ復活。

 もちろん学校では彼女大好きな彼氏として外面の良さを発揮している。

 私の高校生活、終わった……。


 そして今日。


「おいうさぎ、今夜祭り行くぞ」

 そんな彼の突然の思いつきに振り回されるのも、もう何度目だろう。

 今、私たちは浴衣を着て近所の神社へとやってきている。


「……どうしたの?」

 珍しくちらちらとこっちを見るも何も言葉にしないまーくんに、意を決して声をかける。


「っ……いや、なんでもねぇ」

 すぐにまたそっぽを向くまーくん。


「そんなわけないよね? ジロジロ見てるし……どこか変なところ、あったかな?」

 せっかくおめかしして来たのに、変なところがあったなら言って欲しい。

 直したいから。


 するとまーくんはそっぽを向いたまま、ボソボソと何かを口に出した。

 だけど夜店やたくさんのお客さんの声に埋もれてよく聞こえなくて、私は「何? もう一回」と彼の顔に耳を寄せる。


 すると──。


「あーもー!! 浴衣似合ってるっつったんだよ!! わかれよアホうさぎ!!」


 やけっぱちに叫んだまーくんの声が、祭りの喧騒けんそうをかき割って響き渡った。

 その声の迫力に一瞬ぽかんとして、何を言われたのか脳内でリプレイし、何回目かのリプレイで言葉を理解した私は、顔に熱を集中させた。


「えっと……ありが──」

「若ぁーーーー!!」

 やっとのことで出しかけた『ありがとう』の言葉は、大きなしゃがれ声によって遮られた。


「わぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁ!!」

 そう叫びながらこちらへと走ってくる厳つい顔のおじさんに気づいたまーくんは、不快そうに眉を顰めた。


「うるせぇこんな場所で若若叫んでんじゃねぇ」

 ぎろりと睨みあげれば「うぐっ」と声をあげて唸る強面コワモテさん。

 あ、この人もしかしてまーくんの実家の……。


「ありゃ? お隣の宇紗奈のお嬢さんじゃねぇですか。こんなところで……あ、お二人デートっすか!! ついに!? お小さい頃から若が守って来たお嬢さんがようやく──」

「うっせぇってんだろ潰すぞ」

 低くどすの利いた声をあげて鋭い目つきで睨みつけるまーくんは、まさに大魔王そのもの。


「す、すんません。やっと若がこっちに帰ってきてくれて、浮かれちまって。皆も喜んでんすよ」

「言っとくが組は再結成しねぇぞ」

「わかってますって。皆それぞれ家庭や仕事を持ってますし、それよりも。親父さんの一人息子の若が、あの場所に戻ってくれるのが皆嬉しいんでさぁ」


 まーくんのお父さんが亡くなってすぐに、生前から託していた遺言状により解散した義堂組。

 まーくんのお父さんは、自分が突然に亡くなった時のことを考えて、色々としてくれていたようで、組員一人一人にどういう職が合っているかを考えたうえ、その職場への紹介状も準備していたらしい。

 組員たちが食べていけるように。


 皆から慕われるのも頷ける。


「お前たちにも世話になったからな。大人になったらしっかり恩返しさせてくれ」

「若のそのお元気そうな姿が、俺らにとっちゃぁ最高の恩返しっすよ。それに、これは俺らの恩返しでもあるんすから。さて、俺もそろそろ行かねぇと!! あっちで屋台出してんで、よかったら後でよってくだせぇ。サービスしますんで」


 そう言って綺麗にお辞儀をすると、強面コワモテのおじさんは元いた方へと走っていった。

 賑やかな人だったなぁ。

 でも、どれだけまーくんのお父さんやまーくんが愛されていたか、家族のように思い合っていたのか、よくわかった。


「俺の親父が亡くなった後、あの家は売りに出されるはずだったんだ」

 もう見えなくなった後ろ姿を見つめながら、ぽつりと話し始めるまーくん。


「でも組の奴らが、俺の育った家を俺の判断以外で売りに出しちまうのは忍びないってずっと維持費を出して守ってくれてた。大人になって、もし必要ないと思えば自分の判断で売りにでも出せばいい、ってな」


 あぁ、だから時々手入れする人がいたんだ。

 仁義に熱い人たちかぁ。

 さすが極道。


「だから俺は、あの家を管理するためにも猛勉強して、良い大学入って、良いところ就職してあいつらに恩を返したいんだ」


 この数週間で、まーくんがとてつもなく頭がいいことは嫌と言うほどわかった。

 

「まーくん頭良いね」

 と素直に褒めると「この伊達メガネ、賢く見えるだけじゃなくて、勉強能力を高めてくれる効果があるんだぞ。お前もかけるか?」と意地悪な笑みを浮かべていた。 

 でも今思えば、それはきっと、とっても努力したからなんだろうな。

 任侠メガネ、ちょっと尊敬する。

 横暴な大魔王の意外な姿に、少しだけ頬が緩む。


 それに気づいたまーくんは、眉間に皺を寄せ私の頬に両手を伸ばすとぎゅっとつまみ左右に引っ張り始めた。


「何にやけてんだ、うさぎのくせに」

「いひゃいいひゃいいひゃい(痛い痛い痛い)!!」


 やっぱりまーくんは大魔王だ。



「さて、なんか食べ物でも買うぞ」

 自然に私の手を取って提灯の明かりに照らされた屋台道へと引っ張っていくまーくんに、一瞬ドキリと鼓動を高鳴らせながら、流れに沿ってついていく。


 その時だった──。


「ー!! ーー!!」

 少し先の屋台の裏の方に見えた浴衣の裾と、かすかに聞こえた女の子の声。


「? なんだろう?」

 なんだか気になって、もう一度よく耳を澄ませる。

 すると──。


「やめて!! 離して!!」

 やっぱり聞こえる!!そしてその声に聞き覚えがあるように感じた私は、まーくんの手を振り解くと、3件先の屋台の裏へと走った。


「お、おいうさぎ!?」



   ◆



 目的の場所に行くと、一人の浴衣姿の女の子が、柄の悪いお兄さんたちに絡まれていた。

 大学生ぐらいかな?

 赤い顔をしてビール缶を片手に持った若い男の人たち。

 酔っ払いが絡んでいるような感じ。


 そして絡まれている女の子は、やっぱりよく知る人物だった。


 ──西野皐月にしのさつきちゃん。


 うちのクラスの、明るくて皆の中心にいるような女の子で、私にもよく声をかけてくれる優しい子だ。

 そんな彼女が、涙を浮かべて助けを求めてる。


 私はもう何も考えることなく、自分の出せる限りの大声で叫んでいた。


「おまわりさぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 そう。

 あの時、まーくんが助けてくれた時のように。


「は!? まじで!?」

「やべ、いくぞ!!」

 そう言って足を絡ませながら慌てて走り去る男の人たちに、ホッと胸を撫で下ろし、私は西野さんに駆け寄った。


「大丈夫!?」

 すると西野さんは、かけつけたのが今まで自分から声をかけることのなかった私だったからか、目を丸くして私を見た。


「野原……さん? あなたが助けてくれたの? ありがとう……!!」

 私の両手をぎゅっと握って、涙を浮かべながらお礼を言う西野さんに、今更ながらにあがり症を発動した私は「あぅ、えっと、その」とモジモジするだけで何も言うことができない。


「さすが宇紗奈だね。かっこよかったよ」


 私の後ろで声がして、振り返るとにっこりと笑顔を貼り付けた他所行きモードのまーくんがそこに立っていた。


「日吉君!! ぁ、二人ともデート?」

 西野さんから出た言葉に「ちが──」と否定し掛けた私の言葉を遮って、まーくんが「そうだよ」と肯定する。


「俺たちのことより、西野さん、大丈夫?」

「うん。野原さんが助けてくれたから」

 涙を拭ってこちらに笑顔を向ける西野さんに、私も安心して笑顔を返す。


「そっか。ぁ、そうだ、あそこでクラスの奴らが誰か探してるっぽいけど、西野さんのことじゃない? 早く戻ったほうがいいよ」

 

 まーくんの視線の先を見れば、3人の男女が「おーい!!」「皐月ー!!」と声をあげているのが見えた。

 ぁ、本当だ。

 あれ、うちのクラスの人たちだ。


「本当だ!! じゃぁ、私行くね。本当、ありがとうね──宇紗奈ちゃん」


 頭の中で繰り返される、クラスメイトからの初めての名前呼び。

 私、生きててよかった……!!


「やるじゃねぇか」

 西野さんの背中を見送りながら、ぽつりとまーくんがこぼした。


「まーくんの真似しただけだよ」

「いや、前なら聞こえないふりしてたろ。あんなふうに首突っ込もうとか思わなかっただろうし。成長したな、うさぎ」


 そう言って私の頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でるまーくん。


 なんだか今日は変だ。

 浴衣のせいか大魔王様がかっこよく見える。

 これが俗に言う浴衣マジックか……!!


「そろそろ打ち上げ始まるな。早く何か買って見に──!!」

 言いかけたまーくんは突然眉を顰めて、黙って立ち止まる。


「おいうさぎ。これ持って、食いもん買って来い」

「え?」

「俺焼きそばといちご飴な」

「リンゴじゃなくて!?」


 いちご飴なんて置いてる店、あんまりないんだけど……。


「いちごだ。ついでに焼きそばは焼きたてな。買えるまで戻ってくんなよ。ほら、いけ」


 そんな横暴な!!

 だけど気弱なパシリ気質の私には、いつものごとくこの大魔王に逆らうことができず「わ、わかったよ!!」と屋台の並ぶ明かりの方へと走るのだった。



    ◆



 えーっと、いちご飴と焼きそばは──。


 賑やかな祭りの喧騒の中。

 提灯ちょうちんの明かりが揺れ、行き交う人々は皆それぞれ浴衣を着ていたりお面を被っていたり。

 まるで違う世界にでも迷い込んだかのような感覚に陥りながら、人と人との間を縫うようにして前へと進んでいく。


「いらっしゃーい!!」

「美味しいよー!!」


 威勢のいい呼び声が、あっちからもこっちからも飛んでは消えを繰り返し、ついつい色々なものへと目移りしてしまいそうになる。


「あれ? お嬢さんじゃねぇか。若は?」

 あ、さっきの強面コワモテさん。


「パシられました」

 告げ口しちゃえ。

 パシる方が悪いんだっ。


 すると強面コワモテさんは、苦笑いをして

「若も相変わらずだなぁ」とこぼした。


「相変わらず?」

「です。昔からお嬢さんは、変なのに絡まれたりつけられたり、ストーカーに遭ったりすることが多かったっすから、変な視線を感じるたびに、そうやって危険な場所から遠ざけて、内々に処理しに行ってたんすよ。やり方はひねくれてますが、お嬢を守ってきたんす、若は」


 え?

 どう言うこと?

 私、ストーカーなんて……。


 思い出してみると少しだけ身に覚えがあることに気づく。

 まーくんが引っ越してから、明らかに絡まれることは多くなったし、よく物がなくなったりもした。


 もしかして、守ってくれていたまーくんがいなくなったから?

 じゃぁ、今までのパシリは本当にパシリではなかったの!?

 まさか、今も?


「で、今度は何頼まれたんす?」

「へ? あぁ……出来立ての焼きそばと──いちご飴……」

 買ってこないと殺られる!!

 あぁ悲しきパシリ要員。


「それならここに、どっちも揃ってやすぜ!!」


 ──え?

 あ……!!

 見上げた先、強面さんの背後の屋台の文字が──!!


「焼きそばと……りんご飴!?」


 嘘!?

 なんて組み合わせで売ってるの!?

 でもこれですぐ戻れる!!

 私も怒られずに済む!!


「二つずつください!!」

「あいよ!! お代はいらねぇ、サービスだ!! 若を頼むぜぃ!!」


私は出来立ての焼きそば2つといちご飴2つ入った袋を受け取ってから、粋な申し出をしてくれた強面さんにお礼を言い、まーくんの元へとまた走った。



   ◆



 元いた屋台裏へと戻った私の目に飛び込んできたのは──屍の山だった。

 あれ、あの人たちさっき西野さんに絡んでた……。


 あぁついにやってしまったんだ。

 私のせいでまーくんが犯罪者に……!!

 

 私に気づいたまーくんは、私が予想よりも早く戻ってきたからか一瞬驚いた表情を見せてから、すぐに眉間に皺を寄せ「殺ってねぇよ」と機嫌悪そうに言った。

 もしかして心の声、読まれた!?


「ヒィッ!! す、すいませんでしたァァァァ!!」

 瞬間、さっきまで屍だった男たちは悲鳴上げながら逃げていった。

 よかった、生きてた。


「で? ずいぶん早ぇが、買ってきたんだろうな?」

 ぎらりとメガネの奥で睨みつけるまーくんの鋭い目。


「か、買ってきたよ!! 焼きたての焼きそばとりんご飴!! さっきの強面さんの店がちょうどどっちも売ってて、すぐ買えたの!!」

 私が言うと「チッ……なんのために変な組み合わせにしたと思ってんだあの馬鹿野郎」とまーくんがボソボソと悪態をつく。


「ずっとそうやって、私を守ってくれてたんだね。強面さんが言ってたよ。私に色々と押し付けてる間に、危ない人たちから私を守ってくれていたんだって」


 私が言うとまーくんは「チッ……余計なことを……」と苦々しく顔を歪めた。


 小さな頃から私を守ってきてくれて、きっと怪我とかもしたこともあったんだろうな。

 私はまーくんの大きく成長した手を握って「ありがとう」と笑った。


「私のせいで大変な目に遭わせちゃって、ごめんね」

 続いた言葉のその刹那──。


 パーーーーンッ!! パンパンッ!! バチバチバチ……。


 大きな破裂音とともに群青の夜空へと打ち上がる大輪の花。


 パッと弾けてキラキラと散っていくその様に、思わず「わぁ……!!」と感嘆の声が漏れる。



「──なぁうさぎ。火事と喧嘩は江戸の花、って言葉、知ってるか?」

「ん? うん」

 紡がれるまーくんの言葉に、私は頷いて次の言葉を待つ。


「そういうこった」

「どういうこと!?」

 相変わらず言葉の足りない幼馴染にツッコミを入れると、彼は私の手をぎゅっと握って、静かに口を開いた。


「火事と喧嘩は江戸の花。恋と喧嘩もまた然り。たまにはこんな刺激があっても良い。……だろ?」


 ニヤリと笑って、まーくんは未だ上り続ける夜空の花を見上げた。


 え……?

 それって……。



 頬の熱はきっと夏のせい。

 夜風に紛れて冷めるだろう。


 私は右手の温もりを感じながら、彼のメガネに映るのと同じ大輪の花を見上げるのだった──。




ー終ー




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任侠メガネとうさぎちゃん 景華 @kagehana126

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