36:異羽唯乃の悩み事

「・・・砂雪には話したよね、弟の話」

「ああ。俺達から見たらひとつ下で、お嬢からみたら、同い年の弟さんだよな?」

「うん。名前は異羽創二ことはそうじ。今は、花箋瑞輝に仕えているって、先生から聞いているの」


「先生というのは、どちらさまですか?」

「私達の育ての親ですね。そこではお父さん、ではなくて先生と呼ぶのが習わしでしたから」


養護施設で育った二人の姉弟

使用人を育てる場所ということもあって、かなり特殊な環境だったみたいだ

まあ、そういう場所がある時点でおかしい気がするけれど


「・・・異羽が斡旋したところだから、大丈夫だって思ってた。二人の表情を見るまでは」

「そうでしょうね。穂積さん、全然隠しきれていませんでしたから」

「それはそうだけど・・・いや、あれは流石に」

「何か知っていることがあれば教えて欲しい。心配なの」

「俺たちも詳しいことは知らないよ。ただ、主人の花箋様・・・かなり怖かったぐらいしか」

「怖かったというのは、その、目つきとか?」


確かに、何を考えているかわからない視線は怖かった

目つきは・・・キリッとしていて、なんとなく綺麗な印象は抱いたかな・・・

そこから目に吸い込まれるまでセットのような・・・不思議な感覚

怖さを覚える視線も、俺は恐怖を抱いたけど・・・他の人は、別の感覚を抱くのかもしれない


何を考えているかわからない、ぼんやりとした視線

けれど、それは一種の憂いが混ざり・・・彼女の「ミステリアス」な印象を更に引き立てるのかもしれないな


「視線もだけど、その先にある・・・その」

「ゆっくりでいいから」

「助かる。けど、なんだろう。上手い言葉が見つからないんだよ」


そんな彼女を具体的に表現するのには、まだ花箋瑞輝という少女を知らなさすぎる

そしてまた、俺の語彙力もさっぱり

唯乃が求める疑問への解答は、まだ、完璧にはこなせない


「・・・俺はまだ、あの子を具体的に知らない」

「それは、皆さん同じだと思いますが」

「少なくとも、紅花様は違う。ここに来る前の彼女を知っている・・・」


けれど、紅花様は今の花箋瑞輝を見ていない

記憶の中にいる、幼い時代の彼女しか知らないのだ


「俺も上手くいえないんだけど、彼女の視線には本能的な恐怖があった。わからないけれど、その、品定めされているような感覚だ」

「品定め・・・」


・・・彼女のすべてがわからない今、俺から具体的な答えを述べることは叶わない

他人任せになってしまうけれど、その視線の答えを導き出せるのは紅花様しかいないだろう

幼い日の花箋様と、今の花箋様を比較できるのは、彼女しかいないのだから

もしも今の紅花様が、花箋様に会うことができたなら、その疑問の答えも出してくれるのではないかと、考えている

・・・けれど、とてつもなく嫌な予感がするんだよな


「・・・もしも、柊が花箋様に会えたら、わかりますかね」

「かもしれない」

「・・・」


唯乃が、なにかいいたそうに口を噤む

けれどそれは、俺には見えたけれど、お嬢には見えていなかったらしい


「そういえばお嬢。かなり長風呂だけど・・・後は大丈夫かな?」

「そうですね。そろそろ交代しますね。では、また後で」


お嬢に交代を促して、次に誰かが来るまで二人きり

その間に、聞いておくか


「唯乃。さっきはなにか言いたそうだったけど・・・?」

「あ、そのね・・・花箋様と紅花様の事。岩滝様は、会えばわかるかもって言っていたけれど、今、二人を会わせるのは得策じゃないなって思って」

「・・・俺もそう思う。勘だけど、嫌な予感しかしないんだ」

「私は純粋に、紅花様が目的を果たしたら、退学を選ぶんじゃないかなって思ったりするのもあるんだ」


俺たちは風組に上がることだけが目的じゃない

法霖で生き残ることが最低条件のお嬢と水仙様にとって、協力できる存在が失われるのは大きな痛手だ


「けれどね、それ以上に・・・話の状況に違和感があったの」

「違和感は確かに俺も抱いたよ。だからこそ、二人を会わせたくないとは思うが・・・」

「・・・まだ、家族ぐるみで関係があるのに、ある日を堺に一度も会わないなんて事あると思う?」

「普通は、あり得ない。特に、お嬢様たちの世界では。家同士の仲がいいのなら、なおさらだ」


「・・・二人の問題に家が関わっていそうなのはわかったよ」

「けれどそれ以上はわからない、よな」

「うん。砂雪はどう思う?何があると思う?」

「さあ。今は全くわからないよ。でも、できれば知りたくない」

「同感かな。自分たちだけでも大変なのに、他の人の変な事情、知りたくないよ」


けれど、将来俺たちは法霖で過ごしていれば目の当たりにするんだろう

紅花柊が花箋瑞輝に抱いた何かを・・・ぶつける、その瞬間を


「変なことばかりだね、この学校」

「ああ。そうだな」

「これから、もっと変なことがあるんだよ」

「だろうな」

「・・・冬花様、きちんと卒業できるかな」

「できるようにするのが、俺達の仕事だろ」


「そうそう。ふゆゆとさくのんは特に君たちの力が必要な存在だからね。これからも頑張ってもらわないと、僕は大事な学友を失ってしまう!」


特徴的なあだ名を使いこなす人間は一人


「園宮様。いらっしゃいませ。湯加減はいかがですか?」

「丁度いいよ。ほずみん。それに僕らの仲なんだ。楓で構わないよ。もちろん、ゆのすけもね!」

「ゆ、ゆのすけ・・・」


予想外のあだ名に、唯乃は困惑を隠せずにいる

まあ、そうだよな・・・気持ちはわかるぞ


「しかし、さくのんは長風呂だったねぇ・・・ほずみん」

「そうですねぇ。女の子のお風呂って、あれぐらいの長さでは?」

「では、僕も同じように長風呂をしよう。主人と使用人の垣根を超えて、二人と交友を深めようじゃないか・・・さくのんがしていたようにね」

「「聞かれていたのかー・・・」」


「一応言っておくけれど、聞き耳を立てていたのは僕だけ。安心してもらいたいね」

「楓様だけ、なのですか?」

「そうだよ」

「・・・俺たち、ずっとここにいるんで聞かせてください。後の三人、普通に過ごしています?」

「あはは。見るからに不安そうだね。晩ごはん前みたいな大惨事は起きていないよ。いばらんは薬の効果が出始めたのか、もうおねむでね・・・僕の次に、らぎらぎとふーすけが入る際に、一緒にお風呂に入れるそうだ。流石に、その仕事は鉢田君には任せられないだろう?」


ええっと、いばらんは茨様のことか

らぎらぎは、柊・・・紅花様で、ふーすけは話の流れからして丘野さんだろう

なかなか個性的なあだ名をつけられる横で、環だけなぜか普通の呼び方

変だな。なんで環だけ普通なんだろう


普通といえば、いろは君も普通に名前呼びだけど・・・それとこれとは話が違うような気がするが・・・

流石に聞きづらいな。またの機会に聞いてみよう


「むしろなぜ聞き耳なんて・・・」

「情報収集を少しでも。らぎらぎの話に出てきた花箋瑞輝。その名前を聞いて反応を見せた三人が長話・・・気にならないわけがない」


まあ、同じ立場なら気になる

俺も同じように聞き耳を立てていたかもしれない

けれど楓様と俺じゃ、ヤバさの度合いが全然違うな・・・やる機会があっても、お嬢と一緒にやって、保険をつけておこう。そうしよう


「けどまあ、大方僕が聞きたかったことは聞けたかな。まさか君の弟さんが彼女の従者としてついてきているとはね」

「変な偶然ですよね」


弟さんの話から始まっていく、楓様とのお話

まさかこの風呂沸かしで、こう、ご令嬢たちと唯乃を交え、三人で話をするなんて想像していなかった


彼女からも、色々な話を聞ければいいのだが

・・・頑張ろう

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NoblesseFleur ー家業拒絶系落ちこぼれ令嬢とバイト使用人は学院の頂点を目指します!ー 鳥路 @samemc

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