35:バイト使用人と同世代のルール?
異羽さんに案内されて、俺達は寮の裏までやってきた
懐中電灯に照らされたそこには・・・
「これは・・・」
「見覚えがないものでして・・・何かご存知ですか?」
「薪で沸かすタイプの風呂だな」
「薪風呂ですね」
「薪風呂だよ、唯乃」
「ど、どうしてお三方はこのお風呂の存在をご存知なのですか・・・?」
異羽さんの質問にさらりと答える俺たちを不思議そうに、海原君が見上げていた
ついてきていたのか、この子
「海原君」
「は、はい!海原いろはです!」
「ついてきていたのか」
「・・・ちょっと、居心地が悪くって」
だろうな
茨様と環だけじゃない
紅花様も園宮様も暗い表情を浮かべていた
それほどまでに、金持ちの家の結婚というのは・・・自分の意志ではなくて、家の意志が尊重されるものなのだろう
・・・水仙様は扱い的に察するものがあるのだが、お嬢はどうなんだろう
あくまでも家業がこなせないだけ。家の道具として機能するよう、言われたりするのかな
「わかる。わかるよ、海原君。私もそれで離脱してきたからさ・・・!あ、男の子扱いされるの嫌だったりする?」
「そんなことはありませんよ、水仙様。僕はあくまでも、女装が好きな男なので・・・あはは。気持ち悪さが増してますね」
「そんなことないって。好きなら好きでいいじゃないか。好きに全力なのは、見ていて気持ち悪いものなんかじゃないからな」
「あまり自分を貶めるものじゃありませんよ。自分がそう思っていたら、その言葉と思いは自分に反映されてしまう。最悪、主まで貶めることになります」
「そ、それは!」
「嫌でしょう?だから、貴方は自分を恥だと思わず、堂々と主の隣に立ちなさい。いいですね?」
「はい。ありがとうございます、穂積さん、異羽さん」
異羽さんは言い方こそ厳しいけれど、その言葉に間違いは一切なかった
しっかり、海原君の背中を押してくれていた
格好いいな。歴戦の使用人って感じ
「ええっと・・・できれば、いろはのことは名前で呼んで頂けると嬉しいです。この名前は、楓様がつけてくださった大切な名前。苗字より、大好きですから」
「了解、いろは」
「わかりました、いろは君」
彼の名前は、園宮様がつけたものらしい
この子にとっての最初の贈り物は、両親からではなく園宮様から
産まれて始めて見たものが、茨様の顔だった環と通じるものがあるな・・・
「ありがとうございます。僕も、できればお二人のことはお名前でお呼びしたく・・・あ、仕事の時は、きちんと弁えますので!」
「俺は構わないぞ、むしろ嬉しい」
「私もです。でも、仕事の時は呼ばないようにお互いに気をつけましょうね」
「はい!砂雪さん、唯乃さん!」
「せっかくだし、俺たちも名前で呼びます?敬語も外して」
「えっ」
「・・・嫌ですか?」
「い、嫌ではありませんよ。ただ、こういうの、初めてですから・・・」
「いろはには出来たのに」
「僕には出来たのに」
「そ、それは・・・いろはが弟に、
「ああ。件の弟さん」
「はい・・・少し異羽家の話をしましょうか」
二人して不貞腐れてみると、異羽さんは焦りながらもきちんと話してくれる
自分の過去を、ゆっくりと
「異羽家の両親は正確には、親ではなく・・・育ての両親なのです。私と創二には血の繋がりはありますが、本当の両親は別にいます。育ての両親いわく、事故で亡くなっているようですが」
「異羽家はいうなれば、使用人を育てる養護施設みたいなものなのか」
「そうですね。不自由ない生活の中、使用人としての教育をその身に叩き込み・・・いつかどこかの家に仕える存在として雇われる。私は、なかなかに良い成績でしたから水仙家のような名家に仕えることが出来ました」
そこで水仙様と出会い、今にいたる・・・か
二人がこれまでどうやって暮らしてきていたかはわからない
けれど、まだ聞くことはできなさそうだ
「まあ、そういう場所でしたので、とてもじゃないですが、その・・・」
「その?」
「・・・職業訓練ばかりで、同年代の友達とか、いなかったので」
なるほどなるほど。異羽さんにもそういう事情が・・・
「穂積さんはお友達、なんでしょうけど・・・その、同世代の異性を呼び捨てにするのは、その、深い仲になってからでないといけないとかそういうルールがあったりとかするのかな、とか思っていたので・・・」
「そういうルールはないですね」
「ないですないです」
いろはと共に異羽さんに言い寄ってみる
けど、これ以上説得したって彼女はなかなか頷かないだろう
だからここは、強行突破だ
「大丈夫、すぐ慣れるさ」
「ですかねぇ・・・?」
「ほら、唯乃。さっさと風呂の準備しようぜ」
「僕もお手伝いします!」
「おっ。ありがとうな、いろは。気持ちは嬉しいけど、古い上にしばらく使われた形跡がない。危ないから、火を使う作業以外をお願いするよ」
「了解です!」
「お嬢、水仙様。こき使って悪いけど・・・」
「私達は風呂釜にお水を入れに行きましょう」
「昔、ドラム缶タイプに入ったことありますから、勝手はわかりますよ!任せてください!」
お嬢と水仙様はスキップで寮の中に戻っていく
そして最後に
「唯乃、炉の様子を見たいから懐中電灯、こっちに向けてくれるか?」
「・・・うん。わかったよ、砂雪。これでいい?」
「ああ。それでいい」
光の加減も、口調も、なにもかも
炉の様子を見る限り、十分使えそうだ
後は水が入ったタイミングで火をつけて、加減を見ていけばいい感じだな
・・・その為には、ここに調整役で誰か一人いることになるけども・・・それは俺が引き受ければいいか
・・
しばらくして、お風呂の準備が完了した後
「環―湯加減はどうだ?」
「俺には問題ないが・・・少し熱いかも」
「近くに水道があるだろう?それで調整してくれ。こっちも火加減を弱める」
「了解」
温度計も何もない今、俺たちは人力で適温を探さなければいけない
とりあえず女性陣が熱すぎてやけどをしたり、寒すぎて風邪を引くのを避けるために環が一番風呂という特権こそあるが、身を張って温度調整をやってくれている
「唯乃、種はもう入れなくていいみたいだ。様子を見よう」
「わかった」
外では俺と唯乃が温度調整役として待機している
唯乃が今後のことも考えて、やり方を覚えたいと言ってくれたので・・・こうして一緒に作業をしている
「しかし、本当に色々とできるよね」
「だよなぁ・・・」
「窓から身を乗り出すな、環。人の目があるんだから」
「すまん・・・」
「ま、これもこれまでのバイト経験からってことで。役に立てて何よりだよ」
「「その経験の数がおかしい」」
「二人して同じこと言うなよ・・・ほら、環。適温になったら風呂から上がってお嬢たちを入れてやってくれ」
「ああ。そろそろ良さげだから上がるよ」
環が湯船から出た音がする
こうして近くに窓があるので、中の様子がわかるのはありがたい話だ
だからこそ、一応忠告しておこう
「環」
「なんだ?」
「半裸で外出るなよ」
「出たことねーよ」
風呂のドアの開閉音が聞こえる。環は外に出たらしい
それからしばらくして、誰かが風呂場にやってきた
身体を洗う音、水が跳ねる音が何回か響いた後、湯船の中に誰かがやってくる
「・・・穂積さん、異羽さん」
「お嬢?」
「はい。今は、この三人だけでお話できるタイミングだったので、我先にと来ちゃいました」
「そういえば、さっきも言っていたよね。俺に話したいことがあるって」
「正確には、穂積さん・・・と、異羽さん。貴方を交えて話したかったのです」
「私を、ですか」
「はい。先ほどはタイミングを逃して聞きそびれてしまいましたが、今度こそ聞かせてください。貴方はどうして、花箋瑞輝の名前を知っているのですか?どうして、彼女の名前を聞いた時、酷く狼狽えたのですか?」
「・・・見られていたのですね」
諦めたように唯乃は小さくため息を吐いて、俺達に秘密を共有してくれた
それは・・・俺達の今後に関わる、大きな情報だった
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