34:紅花柊の会いたい人
「実のところ、私は別に卒業をしなくてもいいんだ」
「どうしてなのですか?」
「んー・・・茨ちゃんも同じだからわかると思う。話しぶりからして、咲乃ちゃんもじゃないかな?」
「私はよくわからないのです。咲乃、わかりますか?」
「・・・茨と私が、紅花様と同じ。もしかして、自分自身でそれなりのお金を?」
「そういうことだね。学歴や家に頼らずとも、自分の腕で生きる事ができる。それが私達の共通項だね」
私達三人は、自分の力で家とは違う「第三の道」を作り上げることができる
楓ちゃんは家の為に、冬花ちゃんは生き延びる為に・・・そういう明確な目的があるほうが、果たすべきことに一直線、迷わずにやり遂げることができるだろう
「だからね、私はこの学校にある意味「遊びに来た」みたいな状態かも。私の目的は、今の時点で果たせなくなっているかもしれないから」
「今の時点で、ということは・・・らぎらぎは誰か会いたい人がいるのかな?」
「そういうことだよ、楓ちゃん。私は、この学院にいると思うある人物を探しに来たんだ。成績や家業への取り組みから考えて・・・必ず受かっていると思う」
「ちなみに、お名前とかわかったりしますか?」
「花箋瑞輝」
その名前を聞いた瞬間、咲乃ちゃんと唯乃ちゃんは酷く驚いて・・・砂雪君は隠しきれないほどの恐怖心を顕にする
・・・そっか。そうなんだ
いるんだね、瑞輝
「・・・先程、同じ名前の方とお会いしました。花箋瑞輝、白銀の髪を持つ少女で間違いありませんか?」
「うん。小さい頃から髪色も変わっていない。私が知る瑞輝だよ」
「そうですか・・・今、彼女は花組の首席としてこの学院に在籍しています」
首席かぁ・・・それじゃあ、引きずり落とすのは難しそうだなぁ
元々、何もかもが優等生だった
大人の機嫌をよくさせる百点満点の素行に、誰にでも優しい表面的な性格
けれど誰も知らない。あの子は・・・本当の性格だけは
ヘドロより、汚いのだ
「ちなみに、紅花様と花箋様の間柄は?」
「幼馴染だよ。うちとは隣同士で、共同経営者」
「そういえば、紅花様のお家は何をされているか聞いていません」
「それはね、農場だよ。冬花ちゃん」
「べにはなファーム」それが私の両親が営んでいる大規模の農場だ
今、私はその管轄を離れて「生産」の為の農場ではなく、農業に馴染みのない人たちに向けたふれあいや体験に特化した牧場を営んでいる
その為、家業への取り組み点が「親の管轄を離れているため」という理由でかなり減点されている
咲乃ちゃんのように「家業を拒絶」しているわけではないので、減点は優しい部類だろう
しかし学校側からは「自社経営」はあまり良く思われていないようだ
子供なんだから親の管轄からまだ離れるなということかもしれない
それか、親を超えるなってことかもね
「私は今、ふれあい体験とかできる牧場を営んで、親の管轄から離れているんだけど・・・実家は今も花箋とは共同で仕事をしているんだ」
「・・・花箋家は、とあるスーパーの経営者一族だと聞きました。全国どころか世界にもその店舗を置くと」
「うん。そのスーパーのプライベートブランドに入っている材料の提供を始め、紅花家と花箋家は深い繋がりがあるんだ」
親同士の契約から始まった間柄は、子供世代まで影響した
私達だけではなく上の兄や姉も例外ではない
「・・・でもね、とあることをきっかけに、瑞輝とは疎遠になっちゃって」
「とあること、というのは話せないのかい?」
「流石にね・・・楓ちゃんといろはちゃん、咲乃ちゃんに冬花ちゃんが自分たちの抱えていることを話してくれたから、私もきちんと話したい気持ちはあるの。でも、ちょっとこればかりは・・・」
話しにくい。これは、私のお兄ちゃんにも関わることだから
・・・数年前、私のお兄ちゃんが自殺した
長年想い合っていた花箋家の長女と婚姻が決まり、順風満帆な時期だった
その現場には、首を吊った兄さん「だけ」
公式にはそうなっている
けれど、第一発見者の私は知っている
その現場に、瑞輝がいたことを
両親にも伝えていない。もちろん、花箋家の誰にも伝えていない
伝えられるわけがなかったから
私はその時、何が起きていたのか真相を知るために瑞輝ともう一度話したいのだ
知る事で、今の疑問の山が消化されるかもしれない
けれどもし・・・悪意を持っていたならば
私は、兄さんの仇として・・・あの女を殺してやる
・・・流石に、人の死が関わることは伏せておかないといけないよね
「でも、これだけは言わせてね。私はこの学院に瑞輝と実家に関わる真実を探しに来た。詳しいことは言えないけれど、大まかな目的はこんな感じだから」
「卒業とか、考えていないのですか?」
「うん。私、今自分で経営している場所があるし、高校も目的の為に入っただけだからさ。今後の為にも学歴があったほうがいいかもだけど、私の目的はあくまでも瑞輝に会うこと。卒業は二の次かな」
最悪、高卒認定を取ればいいし・・・卒業にはあまりこだわりがない
けど、そうだなぁ・・・なるべく長くいたいというか、できれば卒業はしたいかな
風音、今は楽しそうだし
けれど・・・もしかしたら、私は瑞輝と再会した後、死んでいるかもしれない
風音は巻き込めないから、後を任せられる人も探さないとな
・・
お嬢様たちは自分の内側に存在しているものを明らかにしてくれる
それが本当かどうかは・・・俺を含め、使用人の顔で判別できるのがなんとも憎たらしい
海原さん・・・ここではもう海原君というべきか
彼も、俺も、異羽さんも丘野さんも・・・仕えている主人の秘密は知っている
その話す姿は堂々とはしているけれど・・・やっぱり、見ていられるものではない
「学校のシステムを聞いてからじゃないと動きにくいけど・・・とにかく私の目標は瑞輝に再会すること。この場合、花組になるが一番手っ取り早いのかもね。これで私の話はおしまい。最後は・・・茨ちゃん」
「・・・私は、目標とか特にないのです。生まれつき体の調子が悪いので・・・できれば卒業できればと思う程度なのです」
最後の番になった茨様から発せられた言葉は、これまでの四人と比べたら味気なくて・・・
少しだけ、悲しく思えてしまった
「・・・すみません。それぐらいしかなくて」
「ううん。けど茨。そこまで酷いの?」
「咲乃、気にしないでください。生まれつきなのです。最初から今まで、何一つ変わっていないのですよ。ほら、面白くない話はもうおしまいにするのです」
「でも・・・心配だよ」
「心配してくれてありがとうなのです、冬花」
「なにかさせちゃいけないこととかあるのかな?」
「運動全般禁止なのですよ、柊」
「なるほどね・・・では、君はやはり「上がる」のが難しい存在なのかな?」
「ええ。楓の言うとおりなのです。正直この体が月組の選考理由になっている私は・・・上がるのが非常に難しくなっています」
お嬢のように、家業との折り合いをつけるのも、水仙様のような存在が一気に成績を上げるのも難しい話だ
けれど、生まれつきの話なのに選考理由に含まれているなんて結構理不尽な話だ
「・・・おそらく、両親も私が卒業できるとは思っていないのです」
「それはどうしてだい?」
「体調のこともありますが、私は・・・」
「・・・なんだよ、その話」
茨様がその先を話す前に、環が話を遮った
それは、環が知らない、茨様の「卒業できない理由」らしい
「・・・「鉢田家の義務」として、私についてきた貴方は存じていると思っていたのです」
「は・・・?」
「私には親が決めた縁談があるのです。卒業前には組まれるでしょう。皆さんならわかってくれると思うのです。これも、家の為なのです」
お嬢と水仙様は複雑そうにしていた
良くも悪くも、二人はそういう家の事情に関わらないから
けれどその意味を「家族を通して」理解できている園宮様と紅花様は、茨様の言葉に小さく頷いてくれていた
「一応、この国の婚姻年齢は男女ともに十八歳だけど・・・」
「それまで待つと言われているのです。最高でも私は三年の前半しかここにいられないのです。まあ、それまで生きているかどうかもわかりませんが」
凛としているけれど、その声はどこか諦めていた
けれど何よりもおかしかったのは、その事実を環が知らなかったことになるのだろうか
生まれてからずっと一緒の二人
こういう家に関わる秘密があることが、とてつもない違和感なのだ
「茨、俺は」
「さ、話はこれでおしまいなのです。そろそろ、異羽が聞いた従者側の説明も聞きたいのです。それにもう時間も遅いのですから、お風呂や寝床の準備も必要でしょう?こんな事に裂く時間は存在してはいけないのです。異羽、お願いできますか?」
「・・・」
まさかこの流れで自分に話が振られると思っていなかった異羽さんが動揺を隠せずに周囲を見渡す
「と、とりあえずさ・・・もう時間も遅いし、明日も忙しくなる。異羽さんの話は気になる気持ちはわかるよ。それは俺たちが聞いておくから、お嬢たちは寝る準備をしたほうがいいんじゃないかな」
「わ、私も穂積さんの意見に賛成です!異羽さん、お風呂事情どうなっていますか!?」
「あ・・・はいっ!ここのお風呂、少し特殊みたいで、穂積さん、付いて来て頂けますか?もしかしたら、見たことがあるかも・・・」
「俺?」
「お願い、できますか?」
わざわざ俺を指名ってことは、多分相当変な代物なんだろうなぁ
・・・役に立てればいいんだけど
「もちろん。お嬢、俺ちょっと」
「私も行きますよ・・・少し、お聞きしたいこともありますから」
「・・・わかった」
お嬢と異羽さんと共に、一時的に寮を出ることになる
「ふぇ!?待って、唯乃!一人にしないでくれると嬉しいなぁ!?」
・・・今回は水仙様も一緒のようだ
流石に今回ばかりはあの重苦しい空間での放置は嫌らしい
気持ちはわかる
なんせ今、あの部屋は重苦しい空気で満ちているのだから
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます