33:園宮楓と認められるべき事象

「提案した身だが、これでも秘密が多くてね。あまり話せないんだ」

「・・・楓様」

「大丈夫だよ、いろは」

「でも、いろはは・・・」


不安そうな顔を浮かべないで欲しい、いろは

僕が君の秘密を漏らすことなんてありえないよ

あの日、約束したじゃないか

今は切りそろえた髪へひっそり触れつつ、僕は話を続けていく


「僕はね、認められるためにここへ来た」

「認められる、ですか」

「そうだよ、さくのん。僕はね、卒業後に家督を継ぐことになっている。けれどそれはあくまでも卒業できたらの話だ」


園宮家は元を辿れば旧華族の一族で、数多の「お稽古」の師範を生み出してきた由緒正しいお家柄だ

僕の生家は本家に相当する。もちろん僕はかつて本家の人間としてすべてのお稽古の市販となるべく教育を受けている

茶道だけではない。お琴に華道、舞踊、薙刀・・・数多の淑女教育に関わるお稽古をその身に叩き込まれた


「僕には大きな野望がある!あの家を僕色に染め上げる夢がね!」


そういうお家柄だ。とても堅苦しくて息苦しい

しかしそんな堅苦しい風習は、そう簡単には変えられない

頭の固いお母様やお祖母様は時代の変化を受け入れることが出来なくて、お父様とお祖父様はそれに付き合いきれなくて出ていってしまった

そしてそんな二人は変化を嫌うだけではなく、変わった人間も酷く嫌う

たとえばいろはのような存在も、彼女たちはとてつもなく嫌悪している


「だから僕は卒業を目指し、家督を継ぐことを願う」


使用人を、いろはを守るために僕は今、盾になることしか出来ない

僕自身が大きく変わり、彼女たちへ嫌悪されることで・・・怒りの矛先を自分に向け、使用人の皆を守っているだけだけだ

けれどそれには限界がある


僕が当主になれば、先代当主たちの権威は落ちていく

権力で守れるようになるのだ。僕を支えてくれるあの子達を

そのためには、どんな犠牲だって厭わない


以上だ、という瞬間・・・間にあの子が入り込んでくる

その大きな琥珀色の目に、大粒の涙を浮かばせながら

いろはは皆に、僕の嘘をバラしてくるのだ


「・・・そんなこと、楓様はこれっぽっちも考えてません!」

「いろは!?」

「・・・楓様は、楓様は僕や皆を現当主様たちから守るために、当主になりたいのです!」

「い、いろは。何を言っているんだい。僕はあの家を僕色に染め上げるために」

「僕は!海原いろははこんな格好をしていますが、男です!」

「なぁ・・・!?」


どうしても守りたかったいろはの秘密は、いろは自身が皆に打ち明けてしまった

周囲からも驚きの声が上がる

当然だろう。今まで女の子として接していた子が男の子

しかもメイド服を来た女装少年だ。とてもじゃないが・・・そう簡単に受け入れることではない


「え、あの・・・信じて、もらえていませんか?」

「うん。ちょっと信じられない。そうだ。同行許可証。持っているだろう?見せてもらえるか?」

「は、はい・・・」


ほずみんがいろはに声をかけて、いろはは持っていた同行許可証をほずみんに見せる

そこには、いろはの生年月日や性別がきちんと記載されている


「本当に男だ」

「・・・引きます、よね。気持ち悪いですよね」


いろはは昔から女の子らしいことが好きな男の子だった

乗り物のおもちゃやヒーローじゃなく、ぬいぐるみや魔法少女が大好きな男の子

今の時代、気にするべき事象じゃない

けれど、昔の人間なお母様たちはそれを気持ち悪がって・・・それについていくように、いろはの両親も自分の息子の趣味を気味悪がり、矯正しようとした

けれどいろはは嫌がるばかり。言うことは聞かない

最終的には、体罰まで受けていた

男らしくなれと、何度も言いながら

そのせいで、いろはは天真爛漫な性格から気弱な性格になってしまった

自分が気持ち悪い存在だと、今も思っている


「いや別に?好きでやっているなら、俺は何も言わないよ」

「へ・・・」

「ああ。無理やりならともかく、好きなら別に気にしないよ。誰かどんな格好をして生活していようが、そいつの好きじゃないか」

「穂積さん、鉢田さん」

「大丈夫。何を言われたかわからないが、少なくとも海原さんは好きでやってんだろ?」

「はい」

「決して、園宮様からの強制じゃないんだよな」

「違います。むしろ楓様は、気持ち悪いと言われて、両親から説教を受けている僕の間に入って・・・庇うために、おかしくなったふりをして、腰まであった自慢の髪を切り落とされたんです」


まさかそれをバラされるとは思わなかった

今の無力な僕には、そうすることでしかいろはを守ることが出来なかった

自慢の長い髪を切り落とし、家への反抗心をむき出しにしたことで、家の現実を見た

変化を嫌う当主とその側近

彼らは他の使用人に「現状維持」を強要し、暴力を奮って摩耗させていた

今まで知らなかった園宮家の現実を見た僕は、僕にできることを模索した


それがこの道

髪を切り、気が触れたふりをして自己中に振る舞う

そうすることで親と側近の興味は僕に向けられ、今まで標的だった他の使用人から目を逸らさせることができたのだ


「い、いろは・・・それは」

「本当は、あのような自己中ではなく、心優しく素敵な方なのです。楓様は、僕たち使用人が自分らしくいられる環境を作るために家督を継ぎたいと考えておられます!嘘を吐いたのは、僕が女装していることを隠すためです!だから、許してください!」

「う、海原さん。落ち着かれてください。事情はわかりましたから・・・」

「いろは」

「・・・楓様」

「どうして、君は今秘密をバラしたんだい?」

「・・・変わりたいと、思ったからです」


いろはは僕が知らないことを話してくれる

出立前の、とある時間の話を


・・


「いろは」

「はい」


皆から名前を呼んでもらう

親からは呼ばれることが少なくなったけど、その代わり使用人仲間の皆からはたくさん呼ばれるようになった大好きな名前

僕が生まれた時、僕の両親に名付けを頼まれた楓様がつけてくださった大事なお名前だ


「まさか、お嬢様がいろはを連れて行くなんてなぁ」

「でも、最善と言えるだろう」

「けれど不安よ。まだ小さいもの」


楓様が法霖に行くと決まった日

連れて行く使用人は僕と指名した日

皆はお祝いしてくれたけれど、やっぱり不安そうだった


「ここに残っていても側近共はいろはをロクな目に合わせないだろう。お嬢様の選択は正しいさ」

「しっかりお嬢様を支えられるか?」

「やるよなぁ、いろは?」

「はい。頑張ります!」

「私達は、ここで三年間、楓様のお帰りをお待ちすることしか出来ないわ」

「険しい三年になるだろう。お嬢様を支えられるのは、いろは、君しかいない」

「俺たちはここで耐え抜いておく。お嬢様が帰って、この家を変えてくれる瞬間までさ」

「だからいろは」


どうか、我々の為に戦ってくださるお嬢様を支えてあげて欲しい

そしてどうかお願いしたい


「家の為に戦うお嬢様が、ずっとその意識でいるのはよくない」

「せっかくの高校生活なんだ。普通の学生らしく楽しんできなさい」

「はい!いろは、皆さんの思いを胸に、楓様を皆さんの分までしっかり支えます!」

「頼んだぞ、いろは」


皆さんの思いを胸にいだいて、僕はここにやってきました

この格好は、好きだからしています

けれど、このままでいいのか思うこともあります

・・・いつまでも、楓様に守られている僕でいいのかと


将来、僕は順調に行けば楓様の側近になります

メイドとして側に立つことは、楓様なら許してくださるでしょう

けれど、これから僕は少年ではなくて男になる

体格だって、顔つきだってなにもかも今のままでいられない

隣に立つ者として、変化を受け入れなければいけない時は必ず来るのだ


「・・・僕は、楓様に守られてばかり。でも、そのままじゃだめだってことは、さっきの試験でよくわかりました」


ルートの先に待っていた無花果様は僕らを無条件で通してくれた

ううん。殆どの生徒は皆そうだった

無花果様が待つ道に到着した者だけが、あの試験を乗り越えられた

岩滝様と水仙様、そして鳥組のご令嬢と煌めく花の刺繍が施されたリボンを身に着けていたご令嬢以外・・・


僕らはただ、運が良かっただけなのだ

他のルートであれば、僕らもまた落ちていただろう


「送り出してくれた皆の為にも、そしてここに連れてきてくれた楓様の足をひっぱりたくありません。だから、僕は・・・変わりたいのです」

「いろは」

「突然ですみません。けれど、今言わないと・・・ダメな気がして」


その道は険しくて、第三者が聞いてくれていないと、勝手に挫折してしまいそうだから

楓様だけに聞かせたらダメなのだ

もしも僕がつらそうにしたら、優しく諦めていいと・・・「また」守ってくれる

それじゃだめなのだ

宣言として、誰かの耳に入っていれば・・・逃げることは出来ないと想うから

これが今の僕ができる・・決意の示し方だ


「・・・いろははもう、守られてばかりの子供ではないのですね」

「そうですよ。楓様!僕は必ずここで楓様を守れる存在になってみせます!」


髪を切られる前の口調は、他の皆さんには聞こえていなかったようです

こればかりは、僕からは話せない

秘密と言われればそうだけど、別に害があるものではないし・・・どちらも楓様だ

昔までの、おしとやかな楓様も好きだけど・・・

きっと今は、堂々と振る舞われる楓様で有るべきだと思うから


「ありがとう、いろは」

「それは無事に卒業できてから、まとめて聞かせてください」

「・・・そうしようか。と、いうわけだ。簡潔に纏めると、僕はいろはを始めとする園宮の使用人たちが快適に仕事をできるよう、家の意識を変える為、当主になりたい。認められるべき事象が認められるそんな場所にしたいんだ」

「その為には、楓様はこの法霖で無事に卒業をしなければならないのです」

「・・・僕の話は以上だ。次は誰が話す?」


ふてくされた表情には、隠しきれない嬉しさと照れを交えて、楓様は話を進めていく

その後、岩滝様、水仙様がとんでもなく複雑な家庭環境と卒業への目標を話してくださった後・・・次は


「じゃあ次は私がいいなぁ。さっきまで暗い雰囲気だったし、明るく行かせてもらうね!」


暗い雰囲気を吹き飛ばすよう、紅花様が高らかに手を挙げてくださいました

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