32:バイト使用人と月組の目標

園宮様と異羽様がそれぞれ聞いたことを教えてくれる


「じゃあまずは僕から。このあばら家は名目上「月組所属のお嬢様」の寮らしい」


つまり、俺たちはやっぱり犬小屋。人として扱われていないようだ

なんなんだ、この学校。人権まで剥奪してくるのか


「けれど、お嬢様たちが認めれば使用人もあばら家の中で生活できる」

「僕としては、五人をこの家の中に住まわせたいよ。僕らはただでさえ生活力がない。それをサポートしてくれる存在が、野宿で風邪なんて引かれたらとっても困る」

「私も賛成かな。皆が風邪を引くのは見てられないし」

「同感ですね。けれど・・・その、引っかかることが」


水仙様の視線の先には、お嬢と茨様

・・・と、言うよりは隣に座っている俺と環だ


「流石に・・・」

「俺達はまずいですよね・・・」

「・・・申し訳ないです。ただ、女性八人の中、年頃の男性が混ざるのはどうかと」


ですよね。やっぱりそこですよね

わかっていた。むしろこれ以外ありえない話だ

受け入れる準備は、出来ていた


「環、やっぱり俺たちは野宿コースだ。楽しくやろうぜ」

「冗談だろ・・・?」

「ま、待ってください。穂積さん、鉢田さん。どうかと思うのですが、流石に野宿は論外です!だからこそ、その、お二人には苦労をかけますが、いくつかお願いをすることがあると思います。それでも構いませんか?」

「もちろん!着替えの時は外で待機します!」

「寝る時は両手両足縛らせてもらいます!」

「穂積さんはともかく、鉢田さんがおっしゃられたことは実行しませんからね!?」


水仙様が納得してくれたお陰で、俺達の野宿生活は回避できたらしい

海原さんと丘野さんと異羽さんはどうなのだろう

三人の方を見ると、それぞれ手で小さな丸を作ってくれた。大丈夫らしい。優しさが目に染みるよ

しかし、俺たちの御主人様はそう言ってくれないらしい


「穂積さん」

「環」

「へ、へい・・・お嬢。なんでしょうか」

「どうした、茨」

「一緒に暮らしていいと言われても、不純なことは絶対に駄目です」

「うん」

「一緒に暮らしていれば、不慮な事態も存在すると思います。そんなことが起こらないように、私達も気をつけますから・・・その、穂積さんも気をつけてくださいね。互いに心地の良い生活をしていきましょう」

「わかったよ、お嬢。約束ね」

「は、はい!約束です!」


お嬢と指切りをしておく

人前ですることでもないと思うし、子供っぽいけれど

きちんと守れるよう、頑張らないと


「・・・環、人の嫌がることはしたらダメですからね」

「わかってるよ・・・」


こっちは簡潔に言い聞かせているようだ

やっぱり、言葉に棘がある。どうしたんだろう、茨様


「とりあえず、ここに十人で暮らすのは確定だね」

「話が完結にまとまってよかったよ」

「そうだね。らぎらぎ。さて、僕が聞いた三つの情報の内、もう一つの悲しい情報を提示しよう」

「まだ悲しい情報があるのですか?」

「そうだよ、水仙さん。けれど僕らはこれを受け入れなければいけない。そういう定めなんだよ。今はね」


園宮様はにこやかな表情から、再び険しい顔に戻る


「もう一つは、学院側からそれぞれの生徒に寮で暮らす際、必要な物を調達する生活費が配布されるようだよ。もちろん、それは学院専用の貨幣ではなく、僕らも知っている外の貨幣と同じものだ」


そうだな。確かに店を見ていっても、専用通貨の表記等存在しなかった

ごく普通のスーパーと同じ表記。どこにでもある貨幣で取引がされる


「不足分はポケットマネーを充てることになる。けれど、僕らはそれが基本となってしまうらしい」

「それはどういうことなのです?」

「月組一人あたりの支給額は三万円だ。もちろん、そこから使用人と折半となる。実質一人一万五千円だね」

「・・・食費だけではなく、生活必需品もそこからとなると」

「普通に足りないね。ここから光熱費も出さないといけないらしい」


無理だ。この生活は最初から破綻している

ただでさえ物価は相場より高いのに、家電を含めて様々なものが欠けている

俺一人だけならどうにかするが、流石に上澄みな生活をしている九人には耐えきれないだろう

・・・想像以上に過酷な生活を送っていそうな水仙様ならついてきそうな信頼感はあるが、無理はさせたくない

お嬢も頑張ってくれそうだが、限られたお金で生活するのは頑張る必要はないし、無理は必要ないんだよ・・・


「穂積さん、ご意見を聞かせてください。どうですか、この生活」

「すぐに破綻する・・・だから絶対に避けたい」

「そうですね。でも、だからといってポケットマネーを崩して生活するのは得策ではないですよね」

「さくのんの言う通りだね。中には自分で使えるお金を持たない子もいるだろう。ここから先、一緒に過ごすと言っても、誰かが負担が大きくて、誰かが甘える生活は僕らにもよくない環境だ。だからこそ僕はある提案をする!これが僕が得た最後の情報だ!しっかり聞きたまえ!」


園宮様が指パッチンで合図したと同時に、海原さんは俺達の前に予め準備をしていたものを広げてくれる


「・・・そんな待遇には不満があるのは皆同じ。寮だけではなく他のことでも不平等なことは存在しているだろう。詳しい情報は入学式の後に冊子で配布されるそうだが、僕らにはまだまだこれから理不尽が待ち受けるのは確定事項だ」

「けれど、救済が無いわけではない」

「そうだよ、らぎらぎ。僕らは法霖で「落ちこぼれ」の烙印を押された存在だ。それぞれ様々な理由を抱えてこの場にいるだろう」


重視されている家業を拒絶するもの

純粋に身体が弱いもの

成績が追いついていないもの

この場には、様々な理由で落ちこぼれが集まっている


「けれど、それを挽回しなければ、それぞれが最終目標に設定しているであろう卒業にはたどり着けない。だからこそ僕は君たちに提案する」


紙には、墨で書かれた達筆な文字が走っている


『第一目標:風組への昇格!』


園宮様が書かれたであろう目標は、俺達にしっかり焼き付いてくれた


「クラスが上がれば待遇が変わる!こんなあばら家で満足する人間なんざ卒業まで辿り着けるわけがない!」

「そうだね。まず、私達は自分たちの生活を改善しないとだね!」

「風組に上がれば、今よりはましになるでしょう」

「運動は苦手なのです・・・でも、こんなところで三年間暮らすのも嫌なのです」

「やりましょう。現状をより良くするために!」


お嬢たちは最初の目標を定めてくれる

まずは全員への風組昇格

月組として暮らすよりは遥かにマシになるであろう環境を目指してくれるようだ

俺たち使用人たちは互いに顔を見合わせて小さく頷き合う

全員がその意志ならば、俺達は全力で支えるまでだ


「全員、風組の昇級が目標でいいね?」

「私はいいよ。その方がいいもん」

「生活は大事です」

「もう少し、生活しやすい場所がいいのです」

「もちろんです」

「そう言ってくれると嬉しいよ。それからもう一つ。僕から提案をさせて貰っていいかな?」


園宮様は再び険しい顔に戻る

この人は真剣な話をする時はだいたい険しい顔になるようだ

次は、何が飛び出てくる?


「・・・僕は聞きたいな」

「何を聞きたいの?園宮さん」

「僕らは一蓮托生だ。関係は浅い分、信頼を深めるべきだと思うんだ」

「それはそうですね」

「でも、何をするのです?」

「君たちのことを教えて欲しい。この学院に来た理由。そして最終目標を!」


お嬢と水仙様が露骨に息を呑む

この二人は家庭環境があれすぎる。もちろん、卒業できなかった場合の末路も含めてだ

どうする、お嬢


「・・・いいですよ。話しましょう。けど、他言無用でお願いしますよ」

「もちろん。秘密は信頼の売買だ。裏切り、誰かに漏らすことがあれば、とんでもない負債を抱えるリスクを負うのはこの場にいる全員が理解しているはずだ。だから安心して話してくれ。君の目的を。これから共に卒業まで支え合う僕らに」

「ええ。構いません。けれどまずは貴方が教えて下さい。園宮様。貴方が抱える秘密を。そして目標を」

「いいだろう」


園宮様は海原さんを手招きして、彼女を膝の上に乗せる

そして大きく息を吸って、深呼吸を繰り返した後・・・話し始めてくれた

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