31:バイト使用人と晩ごはん

「穂積さん」

「なんですか、異羽さん」


後は煮込むだけというタイミングで、異羽さんから声をかけられる


「土鍋でご飯、凄いですね」

「ありがとうございます」


『炊飯器の使い方がわからない時には土鍋です。土鍋しか勝たんのです』

『むっむっ。文明の利器に頼ってばかりでは「さばいばる?」できませんよ、穂積さん』


とか、かつて大先生に教えられた事が、まさか炊飯器がない時に使えるとは・・・

ありがとうございます。大先生

しかし、港エリアも隅々まで見て回ったと思うのだが、炊飯器という概念がなかったな

買うなら本土まで行かないといけないのかもしれない


「手際がいいですが、何かされていたのですか?」

「これもバイト・・・と言いたいところですが、実は先生と大先生がいまして」

「先生と大先生?」

「ええ。昔、とあるバイトで知り合った人で、すげぇスパルタなんですよ。家政夫バイトにつく前、家事に関することを相談したら料理教室を開かれまして・・・おかげさまで、こうして料理スキルだけは高くなったんですけどね」


「スパルタだったからこそですよ。大変でしたね。ちなみに、どんな方なのですか?」

「・・・先生は料亭の娘なんですよ。今は修行中。大先生は・・・そうだな。戦闘民族?」

「・・・後半おかしくありませんでしたか?」

「いや、だって素手で熊を倒せる女ですよ。厳しいし、キレたらすぐに壁を殴ってヒビ割れさせるし・・・戦闘民族の他に何があるんですか」

「なんですかそれ!?よく生き延びましたね!?」

「大先生の旦那さんと三姉弟が間に入って止めてくれて・・・」

「本当に、無事で何よりです・・・」

「ありがとうございます」


「そういう苦労があったからこそ、こうして勉強になる動きができていたのですね」

「いやいや、流石に俺は勉強になるような動きでは」

「そんなことはありませんよ。謙遜なさらずに。またこうして隣に立たせて頂いた時は勉強させてくださいね?」

「異羽さんの為になれるよう、頑張ります」

「ありがとうございます、穂積さん」


「そういえば、寮の件問い合わせて頂いたんですよね?」

「ええ。夕飯が終わり次第、園宮様が問い合わせて頂いた情報も含め、全員で共有しましょう。少なくとも私が聞いている分はなかなかに面倒ですよ」

「了解です。覚悟して待っておきます」


状況は想像していた通りあまり良くないようだ

・・・様々な問題がここにはある。けれどそのままというわけにはいかない

情報を聞き終えてから今後の方針を固めないとな


「お嬢様方、そろそろ完成ですよ。私は味噌汁とサラダを運びます。穂積さんはメインを」

「了解。もう盛り付けておこうかな・・・お皿は」

「穂積さん、食器はこちらにご用意しました。カトラリー、配ってきますね」

「お嬢、ありがとう」

「いえ。十人分を二人でなんて大変ですから。人手は多いほうがいいでしょう?」

「助かるよ」


「ほ、穂積さん」

「海原さん、どうしたの?」

「お、お水の準備、できています。それと、ここには机がありませんから、それぞれのトランクにシーツを掛けて、机代わりにして頂けるようお伝えしています」

「ありがとう。そこまで気が回っていなかった」

「い、いえ・・・いろははできることをしたまでです。鉢田さんと丘野さんはあの調子ですから・・・お手伝いとか無理でしょうし」


ふと、視線を向けた先には筆を持って暴れかけている茨様と、斧を持って荒い息を吐いている紅花様

あれから一時間程度経過しているのは申し訳ないとしても、これは異様すぎる


「酷いな、あれ・・・」

「お腹が空いて大暴走・・・ですかね」

「そうだと思うけど、そういう次元じゃないよ、あの暴れ方」

「・・・や、やべーやつ、なのでしょうか」

「少なくとも紅花様は斧持っているし、やべーやつを通り過ぎた危険人物だ。うちのお嬢も頭に鎌を投げられている。近づくのは控えたほうがいい。並の人間だと殺される」

「は、はい!いろは、きちんと覚えておきます!」


ここに付いてきたから、かなりの腕前がある女の子かと思ったら・・・どうやら年相応の女の子らしい

ひょこひょこと、ごく普通の小学生の女の子がお手伝いをする足取りで水が入ったやかんを運ぶ姿はとてもじゃないが凄腕使用人のそれではない

・・・ではなぜ、園宮様は彼女を連れてきたんだ?


今は、疑問だけが増えていく

けれどいつかは消化されると信じて、今は何も聞かずにいた


・・


夕飯を終えた俺達は、腹を落ち着かせるために少しのんびりした時間を過ごしていた

ちなみに片付けは環と丘野さんが担当してくれている

準備の時に何も手伝えなかったから、と

あのモンスター達を止めていたんだぞ・・・十分なレベルで働いているって


そんな環と丘野さんが必死で止めていたモンスター達はお腹も満たされて満足げ

もう暴走する心配はないようだ


「砂雪、砂雪」

「どうしました、茨様」

「美味しかったのです」

「ありがとうございます」


膝の上に乗ってきて、子供みたいにパタつく茨様

おとなしい時はこうして愛らしいのだが、お腹を空かせたらモンスターなんだよな

もう二度と空腹にしないよう気を遣わないと・・・

これ以上の暴虐は環が、環がやつれる!

十四歳なのに、最年長の俺と異羽さんの倍ぐらい歳を取ったような顔、動きも鈍い。全身がプルプル震えている

見ていて心が苦しくなってくる・・・


「茨様、お腹いっぱいですか?」

「いっぱいなのです!砂雪のご飯は美味しいのです。お店みたいなのです!」

「お店で食事、されたことあるのですか?」

「ふふん。病気で滅多に出歩けませんが、環とこっそりお出かけした時に行くのです。行きつけもあるのです!」

「へぇ。茨様行きつけ。お店の名前、何ていうんですか?」

「小麦屋なのです。おうどんが美味しいのです!」

「ぶっ!」


「どうしたんですか、砂雪。つばぺっぺはきたないのです」

「い、いや・・・知り合いっていうか、俺の今のお父さんの話、茨様にはしましたっけ?」

「知らないのです」

「俺も今の父さんから何度か連れられた程度なんですけど、父さん・・・真純さんの同級生が職人さんで勤めているんですよ。江戸島玲えどじまれい。ご存知ですか?」

「知っているのです。いつも面白い昔話をしてくれるのです。空を飛ぶ龍の話とか、うさみみ男とか。嘘みたいだけど、本当らしいお話なのです」


うわー・・・すっげぇ元ネタに心当たりがあるー

まあ、それは茨様に言う話じゃないけど・・・まさかこんなところで縁があるとは。世間は狭いな、本当に


「そういえば、玲から少し面白い話を聞いたのです」

「へぇ、どんな話ですか?」

「玲の恩師が、とある学校に関することを嗅ぎ回っているようなのです」

「・・・どういうことです、それ」

「詳しい話は私にもわかりません。ただ、探りをいれたら法霖の理事長に関することだということまではわかりました。今年から始まる新カリキュラムの理由とか、その他諸々探るために・・・自分の手の内の人間を潜り込ませている。玲の同級生が父親な砂雪は、違いますよね?」

「・・・違いますよ。俺はお嬢についてきたただのしがないバイト使用人。そういう陰謀には噛んでいません。安心してください」


噛んでいるのは真純さんと虎徹さんだろうな

なぜあの二人と思ったが、まさかそんな変な仕事をしに来ていたとは

でも、あの二人を派遣して探るような秘密が、この法霖にはあるってことだよな

真純さん、あんたにそこまでさせる「恩師」ってどんな存在なんだ?

それにこの法霖には今、何が起こっているんだ?

・・・俺たちは無事に、卒業できるのか?


「なら安心なのです」

「・・・」

「砂雪?」

「い、いえ。なんでもないです。そうそう。茨様は小麦屋でいつも何を頼むんですか?俺は、かけうどんばっかりなんですけど」

「私は月見うどんなのです!美味しいのです。半熟たまごがぷるぷるなのです!たくさん食べたいから、いつも大盛りを頼んでいるのです」


「なんだか意外です。たくさん食べられるのですか?」

「はい。食べれる時にたくさん食べるのです」

「小麦屋以外の外食も?」

「んー・・・それはいらないのです」


少しだけ、声のトーンが低くなる

聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい


「すみません、なんか・・・いいにくいこと」

「いいのです。この際だから言っておきます。私、機会があれば交流も兼ねて外食はしたことあるのですよ。でも、三ツ星レストランのディナーも病院食と同じぐらい美味しくなかったのです」

「それは、どうしてでしょうか」

「凝り固まった形式が嫌いなのです。ただでさえ自由が少ない環境。食事ぐらい自由にしたって許されるのに、周囲は私達を枠にはめてくる。そんな食事はとてもつまらないのです」


茨様は俺の腕に自分の腕を回して、子供のように無邪気に笑ってくる


「砂雪のご飯はとっても美味しかったのです。形式にはめられず、自由に食べられる。皆で一緒にお話しながら食べるのは、とても楽しいのです!」

「それ、多分俺が作ったご飯が美味しかった・・・ではなくて、茨様が好きな環境だったんじゃないですかね」

「私が好きな環境、ですか?」

「茨様は今まできっと、無言で食べられてきたと思います。けれど庶民の家では、食事中に他愛のない話をするのは当たり前なんですよ」


まあ、俺も家政夫バイトをしていた時に、遠目から見ていた程度だ

少なくとも、俺が見てきた家庭はそんな感じだった

今日あったこと、明日のこと、次の休みのこと

なんだっていい。その食卓は、話題というスパイスで更に彩りを増すのだ


「なるほど。私は無言で食べることが苦手なのですね」

「苦手かどうかわからないのですが、少なくとも茨様は賑やかな食卓が好きなんだと思いますよ。だからこれからも、なるべく大勢で、同時に食べるようにしましょうか」

「いいのですか?」

「まあ、その方が準備も後片付けも楽だからという理由もありますけど、茨様は持病があるでしょう?たくさん食べて栄養つけないと。俺も茨様がたくさん食べられるご飯、作りますんで」


食事に不満はないようだし、後は環境を整えて、彼女がたくさん食べられるように促せばいい

食事が楽しくないから、食べる量が進まないのなら・・・楽しくなる環境を作ればいいから


「そうですね。では、明日からもお願いするのです!」

「承知しました」

「茨―・・・お待たせ。薬飲んだか?」


片付けを終えた環がフラフラとした足取りで俺たちの元へやってくる

開口一番に疲れた、ではなくて茨様の心配とは・・・流石だと言えるだろう

けれど、花箋様の言葉が二人の様子に用心深くさせる


「・・・飲んだのです。ね、砂雪」

「ああ。飲んでいたよ。全部で十種類以上あるみたいだけど、本当に大丈夫なのか?」

「・・・大丈夫だよ。ほら、茨降りろ。砂雪の足が痺れるから・・・」

「・・・わかったのです」


さっきのテンションはどこへいったのやら。おとなしく環に連れて行かれる茨様

・・・それは、関係性の浅い俺でもわかるぐらい違和感のある光景だ


「なぁ、た」

「さて、全員揃ったね。鉢田君と丘野さんはお疲れだと思うが、早速今後のことを話させてもらいたいな」


全員揃ったことを確認した園宮様が声をかけてくれる

環には、違和感の真相を聞くことは叶わなかった

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