30:バイト使用人と夜中のお出かけ

港エリアに再びやってきた俺達は、とりあえず食材を買い込み帰路を歩いていた


「相場より少し高いぐらいで良かったや・・・」

「そうですね。六桁を覚悟していましたから」


たくさんの荷物を抱えて、先程より人が少ない道を歩いていく

人も混んでいないから、他愛ない話も普通に出来た


「やっぱり運送代かな」

「高そうですもんね、船での輸送。しかも小規模」

「コストかかってそうだけど、そこは流石金持ち学校が運営しているだけあるって感じだよな。生活がかかっているし、今後、食糧不足とかで不自由はなさそう」


「けれど、台風の時とかどうするのでしょうか。流石に海路は使えないでしょうし」

「前日に多く積み込んでおくとか?」

「自然災害がおきましたー・・・とか」

「考えたくはないな・・・そうなったらどうするんだろう」

「起こらないことを祈るしかないようです・・・」

「だねぇ・・・」


中央にある時計台。その先をまっすぐ歩いていけば月組の寮に到着する

時刻は夜八時。時間も遅いし、皆お腹空かせて待っているかも


「文芽、後何を買えばいいのかな」

「そうね・・・そういえば、窓にカーテン、ついていた?」

「プライベートを仕切る為のカーテンはあったけど、窓にはなかったね。買っておこうか」

「加菜に春小路さんか」


まさかこんな時間に会うとは思わなかった

二人共、制服から私服姿になっている辺り、動揺するような事態はなかったのだろう

水仙様・・・もしかしなくてもクラス格差、あるみたいですよ


「あ、さゆくん。こんばんは。岩滝さんも」

「こんばんは、水代さん。文芽。二人で一緒?」

「そうなの」

「私達、同じクラスになったからさ。後、部屋も同室」

「あ、あの時の呼び出しでね・・・クラス、上がることになって。鳥組、加菜以外全員不合格だったから・・・」


なるほど。春小路様は風組の中でも上位陣にいたらしい

だから鳥にクラスが上がれたのか。喜ばしいことだ


・・・ちゃんとクラスの昇級システムは存在しているらしい

成績を上げれば、今の待遇は改善されていく・・・それがわかっただけでも御の字だな


だけど、お嬢はともかくあの四人は曲者だぞ

お嬢は家業関係で引っかかっているから成績だけは花組になれるポテンシャルはある


けれど茨様とか申し訳ないけれど、笑顔で0点のテストを掲げるどころかテストの裏に絵画を展開している姿の方がしっくりくる

水仙様はしっかりしていそうだけど解答欄ズレてた!とかやらかしてそうだし・・・

紅花様は正直、たかが喧嘩で鎌ぶん投げてくる女が正常とは思わないので論外だ


園宮様・・・は未知数だな。あの人、月組の中ではなんだか違う空気がある

むしろ一番お嬢様らしい存在に思えるのだが、なぜこんなところにいるのだろうか


お嬢の性格上、一度縁が出来た人間・・・ましてや同じクラスの人間を置いて、一人でクラスを上げるとは考えないだろう

皆仲良く。花箋様の薄っぺらい言葉に比べたら、お嬢から繰り出されるその言葉はとてつもなく重い

本当にやってくるから。そういうところがいいんだけどな


けれど、このままあの家に住み続けるのは彼女たちにも、俺達にも問題があるだろう

・・・男女十人共同生活。内二人が男。プライベートスペースはなし

正直、やばいと思う。ガチで


「でも本当によかった。流石に岩滝さんや水仙さんと話すようにはなったけど、クラスは違うから。同じクラスの人がいて心強いよ・・・!」

「ええ。私も同じ。加菜がいて心強いわ。と、いうわけで咲乃。私、鳥にいるから早く上がっていらしてね?待っているから」

「無茶言わないで・・・そう簡単に上がるものじゃないと思うし、それに私は今のままでも」

「あら。貴方はあばら家で満足するような質なのかしら」


ありがとうございます、春小路様。お嬢のやる気を触発してくれて

・・・てかお嬢。今のままでもいいとか言った?現状に満足したら一番ダメなやつだろ?


「な、なぜそれを・・・」

「私達、寮の説明を船内で受けたの。月組は全員一緒のおんぼろ平屋。風組は三人と二人の相部屋で六畳和室」

「鳥組は二人一部屋か個室でごく普通の洋室。花組は広い洋室で個室だって」

「な、なんですって・・・」

「俺たち聞いてない!」

「あ、あらそうでしたの・・・ほ、他にご不明なことはございませんか?ほ、穂積さん」

「春小路様。ありがとうございます。そういえば、お二人は何を買いに?」

「生活に必要なものを買っていましたの。相部屋ですから互いに相談して買わないといけないものもありますから・・・。ちなみに家具など大型のものはクラス関係なく、寮の部屋に無料で配送して頂けるようですわ」

「へぇ」


春小路様に質問をしていく横で、お嬢が申し訳無さそうに笑って見守り、加菜は露骨に不機嫌そうな顔で、お嬢に状況を聞いていた


「ねえ、岩滝さん?なんで文芽はあんなにさゆくんにデレデレしてるの?なにかした?」

「あの船の中で、穂積さんが初対面の文芽に都合のいい行動をして」

「ああなったと。・・・全く、さゆくんは。私という幼馴染がいるのに」

「ただの幼馴染ですよね?関係性が長いだけの他人では?」

「岩滝さん!?」


なんだろう。お嬢がド正論を加菜にぶつけているような気がする

まあ、とにかく。今は春小路様から色々教えてもらおう。明日の俺たちに役立ちそうだし


「それで、春小路様。その袋は?」

「あ、ああ・・・その、パン屋さんの袋です。とても美味しかったので、ほ、穂積さんにもおひとつ。後で咲乃と分けてくださいまし・・・」

「え、食パン?貰っていいのですか?」

「え、文芽。それ私の朝ごはん・・・文芽の奢りだけど、私の朝ごはん」

「船でのお礼ということで受け取ってください。少ないですが、正式なお礼はまた今度」

「船での?おかしいな、俺は特に何もしていないような」

「そ、そんなことありませんわ!体調、心配して頂き・・・ありがとうございました。そ、それでは私達はこれで失礼いたしますわ!加菜!行きますわよ!咲乃、穂積さん、ごきげんよう!」

「ちょ、文芽!私の朝ごはんどうしてくれんの!?あ、さゆくん、岩滝さん。おやすみ。また明日ね!」


そそくさと去る春小路様と、それを追いかける加菜の後ろ姿を俺たちは呆然と見送ることしか出来なかった


「・・・穂積さんは、無自覚で罪を作ってくる人のようです」

「俺、そんな犯罪まがいなことはしていないよ?」

「そういう話ではありません。ほら、穂積さん。早く帰りましょう?皆さん、お腹を空かせて待っていると思いますから」

「あ、ああ・・・」


若干早足で歩いていくお嬢の後ろを付いていき、俺たちは帰っていく

あの、あばら家へ


・・


帰宅した俺達は、その光景を見て息を呑む


「お腹すいたのです・・・」

「ご、ごめんな茨・・・とりあえずパンを齧っていてくれ」

「あぐあぐ・・・冷たいのです。寒いのです」


「ああ、天使が見えた。いろはっしゅ・・・」

「お、お兄様・・・!天使はお迎えに来ていません!それにいろはは犬ではありません!目の前にいるのはいろはです!お気を確かに!」


「だいじょうぶ、こういうのなれてる・・・しってる、ゆの。にんげんって、みっかのまずくわずでもいきてられるんだよ?」

「お嬢様、闇堕ちしないでください」


「ねえ、風音」

「なんでしょう、お嬢様!」

「この裏山・・・猪かうさぎ、生息していると思う?」

「お嬢様、港には文明的なエリアが存在していますから野生化しないでください!」


なんだこの地獄は

こいつら一切動いていないのか・・・?

いや、環がパンを持っている。買い出しには出かけたのだろう

けれど・・・そうか・・・もしかしなくても「あれ」が原因か

調理器具がないのも原因だが、なによりもこの八人・・・あれに馴染みがないらしい


「ただいま」

「ただいま戻りました」


「あー・・・砂雪、岩滝様。おかえりなさい・・・」

「・・・その袋、スーパーのものですよね」

「残念ですよ、穂積さん。この家、調理器具がないのでなんにもできません!」

「ガスコンロはあるだろう・・・調理器具は買ってきたし、料理はできる」

「穂積さん、失礼ですが・・・ガスコンロとはなんでしょう」

「やっぱりな!」


流石にこんなあばら家でも、台所ぐらいは完備している

けれどこの八人の内、四人は台所にすら立ち入ることがレア

そして他の四人。幼い海原さんはともかく後の八人は、今の御時世でスタンダード化している電気コンロにしか馴染みがないようだ


「使い方は一緒だ。異羽さん、お手伝いをお願いしても?」

「承りました」

「丘野さんは野生化しそうな紅花様の監視、海原さんはお嬢様と水仙様、天に召されかけてる園宮様を頼む」

「了解!あ、お嬢様逃げないでください!」

「わかりました!」


「あ、俺は・・・」

「環は、やけくそで壁を絵画にしかけている茨様を今すぐ止めろ!」

「ひゃっはーなのです!」

「茨ぁ!?」


それぞれがやるべきことへ動き出す

・・・俺なんかが指示を出していいか不安だけど、今だけだ


「異羽さん、よろしくお願いします」

「ええ。こちらこそ、手元を見せていただきます。コンロの使い方も学ばないといけませんからね」


二人で台所に立ち、調理を開始する


「何を作られるのでしょうか」

「カレーなら大抵どうにかなると思って、それで買ってきたのですがどうでしょう。彼女たちの口に合いますかね?」

「お腹を空かせていますし、文句も言わずに食べてくれるでしょう。カレーは大体の人間が好き嫌いを言わずに食べてくれるものですし。このキャベツ類は?入れるのですか?」

「付け合せのサラダ。切ってもらえます?」

「了解です。ついでにカレー用の野菜も切っておきます。穂積さんは鍋のほうをお願いしますね」

「ありがとうございます」

「後、手が空いたら味噌汁を作っても?具材、調達してきますので」

「構いませんよ。明日の朝食に使おうと思って買ってきた味噌と具材がありますので、それ使ってください」

「いいのですか。ありがとうございます・・・あれ、穂積さん。これは?」

「土鍋です」

「なぜ?」

「炊飯器、ないですから。後で使うので置いておいてください」

「・・・?」


コンロが使えないだけで、異羽さんの手際はとても見ていて心地のいいものだった

流石メイドさんって言ったところだろうか

とてもじゃないが同い年とは思えない。しっかりしている人だ


「・・・私も、包丁を握れたらお手伝いができるのでしょうか」

「いろはも、あんな風になりたい・・・」


そんな俺達の後ろ姿を、憧れるように見ていた二人の存在は、まだ気がつけない

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