29:バイト使用人と月夜の庭園

「ノブレスフルールを・・・もうこの時期から?」

「ええ。けれど、前期みたいにほぼ全員がノブレスフルールを目指しているストイックな子ばかりではないらしいの」

「なるほど。本来ならノブレスフルールの座を求めて争いが起きる。けれど、今期は貴方だけがノブレスフルールを目指している」

「そう。だから別に争い合う必要はない。自分から火種を作ることもない。私は無益なことを好まない」

「誰も目指していない好環境。貴方は花組の首席を守り続けるだけで自然とノブレスフルールに至れる」

「そういうこと。だから私は皆で仲良く学校生活が送りたいの。どうせなら今いる二十人で仲良く卒業しましょうよ。退学とかしないように、皆が手を取り合って卒業する。素敵なことだと思わない?」


彼女だけがノブレスフルールに至るために裏で一番になる努力をしたらいい

後の皆は卒業の為に頑張ればいい

そこに争いは必要ない

でもそれじゃ味気ないから皆仲良く過ごしたいってことだろうか

確かに、双方ともにメリットがあるな


「そうですね。素敵なことだと思います」

「そう言ってくれると嬉しいわ。私達は高校生と言う前に、家の道具。将来を決められている子も少なからずいるわ。もちろん私もその一人なのだけど・・・」


少しだけ、遠い目をした彼女の先にはきっと家に決められた将来が待っている

お嬢や水仙様とは違う。また別の嫌な柵だ

けれど、なんなんだこの違和感は・・・


「今は自由でありたいじゃない?年相応に青春とか憧れるじゃない。私は、今しか得られないものを得たいの。もちろん、私だけでなく皆でね」


声も何もかも明るい口調。表情だって笑顔でそう告げる

けど・・・目元が笑っていない。あれは笑っている演技だ

なんなんだこの女。何を考えている。思考がさっぱり読めない


「・・・お、お嬢。そろそろ戻らないと、皆心配するかも」

「もうそんな時間でしたか?すみません、花箋様。そろそろお時間のようですから、本日は失礼させていただきます」

「そう。もうそんな時間なの?またね、岩滝さん。今度はゆっくり、お茶をしながら」

「ええ。もちろん」


今はお嬢とこいつを離さないといけない

腕時計を確認して、そろそろ時間だということを嘘だけど伝える

お嬢は、話を切り上げて庭園を離れてくれた


・・・つまらなさそうに俺を睨んでいたあの女の表情は

心の底から、お嬢が見ていなくてよかったと思った


・・


庭園から少し離れた場所

それこそ月組寮が近い道で、お嬢は俺の方を振り返ってくれた


「穂積さん」

「あ、お嬢・・・さっきはごめんね。話足りなかったでしょう?」

「そうですね。興味深い話でしたし・・・けれど」


お嬢が俺の両手を包んで、まっすぐと顔を覗いてくる


「・・・やっぱり。震えています」

「どうして、そんな」

「貴方が怯えていたのは声のトーンや目の動きでわかりました」

「・・・気がつけたの?」


それがあまりにも露骨なら、花箋様も気づいたかもと考えてしまう

けれどお嬢は静かに首を振って、小さく笑って俺を安心させてくれる


「些細な変化です。付き合いが短い花箋様にはわからなかったと思います」

「お嬢は、気がつけたんだ」

「当然です。真純さんのゲロゲロ料理を食べさせられそうな時と同じ表情でした」

「あぁ・・・」


真純さんは料理がびっくりするほど下手くそだ。料理が全部ヘドロになるわけのわからない腕を持っている

俺が来る前までは、後輩の料理人に頼んで出前を持ってきてもらっていたらしい

何回かお試しで食べさせられたが、何回か天に召されそうになった

あれは人の食べ物ではない・・・


「ゲロゲロ料理を思い出したのですね・・・表情が変わっています」

「そうなんだ・・・」

「その表情と同じだったから引っかかりました。貴方がそこまで怯えるのは珍しい。何かあると思って、離脱を選びました」

「・・・ありがとう」

「花箋様、私には良い方のように感じました。けれど、言われてみれば違和感がありますね。あまりにも、何もかも都合が良すぎる」

「・・・あの人の目的は、それだけじゃないと思うんだ」


これまで人の顔色はよく伺ってきた。客商売は客の顔色が一番だから

けれど、あんな顔は初めて見た


「どこか違和感のある表情をされていたということですね」

「うん。都合のいいことをつらつらと並べる割には、その言葉は薄っぺら。目元、作り笑いのそれでさ・・・全然笑ってなかったんだよ」

「・・・なるほど」

「だから怖かった。言葉と感情を一致させず、あんな風に人を引きつける話を述べられる花箋瑞輝という少女が」

「・・・彼女との付き合いは、気をつけたほうがいいかもしれませんね」

「適度な距離感を保つべきだと俺は思う。正直、あの言葉に耳を貸し続けていたと想像したら・・・怖い」

「わかりました。穂積さん。私も少々考える部分があります。穂積さんの言う通り、適度な距離感で花箋様とは関わっていきましょう」


今後の方針を固めたはいいが、一つ、引っかかることがある


「お茶の約束・・・どうしようか」

「約束は果たしましょう。何か仕込まれる可能性を懸念するのならば、お茶の準備、穂積さんがされてはいかがでしょうか?」

「受け入れてもらえるかな」

「自慢の腕前と紹介しますので。それに私、大抵の毒物を摂取しても平気なので・・・そう簡単に効果が出たりしませんよ」

「平気だろうが変なもの食うなって・・・」


「・・・」

「どうしたの?俺、変なこと言った?え、まさかお嬢の家は毒キノコが食卓に・・・?」

「流石に・・・食事に身体を痺れさせる薬とか、睡眠薬を毎回混入させられている程度です」


程度とは?十分おかしくない?


「美味しくないので、本当は食べたくないのですが・・・食べるべきものは全部そうだと教えられてきました・・・けれど、食べなくていいと言われたのは初めてで。後、穂積さんが作ってくださる食事が、初めて毒物が混ぜられていない美味しい食事で・・・穂積さん?」

「お嬢はあんまり昔話してくれないけど、ここまで酷かったとは・・・!俺、これからも美味しいご飯を作るね・・・!」

「な、泣かないでください・・・!いつもありがとうございますね、穂積さん」

「どういたしまして・・・!あ、晩御飯の買い出しをして帰ろうか。なにもないよな、あの家」

「そういえば・・・冷蔵庫も何もありませんでしたから、あの場所に食材らしきものは一切なかったはずです。とりあえず、今日と明日の朝を乗り切れる分を購入しましょう。明日の昼以降は、都度考えましょうか」

「了解。じゃあ、港エリアに行ってみよう」

「はい。今日は私のポケットマネーから。足りたら・・・いいのですが」

「流石に足りると思う。食材だしさ・・・」


船の運搬費でそれなりに高くなっているかもしれないが、流石に最低値が六桁とかはないはずだろうから

・・・ないはず、だよな?

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