28:バイト使用人と主人の運命の出会い
寮に関する問い合わせは、主人代表を務めると率先して申し出てくれた園宮様に
使用人側は一番しっかりしている異羽さんに任せて、俺達は・・・法霖学院の保健室へと向かっていた
まさか、入学式より前に校舎内、教室より先に保健室に入る羽目になるとは思わなかったな
「穂積さんも診てもらえるようでよかったです。試験中の出来事ですからフォロー外かと不安でしたが」
「アフターケアはしっかりしてもらわないと困るって・・・主人だろうが、使用人だろうがここの関係者なんだから」
「そうですね。仰るとおりです」
まずはそのまま指定されたとおりに保健室に向かう
・・・なにここ。俺が知っている保健室とは違うな。なんか機械たくさん置いてあるし
レントゲン室まであるとか訳がわからない
ある意味、小さな病院も兼ねているのかな
銀花島は学校だけだし。ある程度はここで完結するようになっているのかもしれない
そこで俺たちはそれぞれ別の先生に症状を見てもらうことになる
お嬢はどうかわからないが、サクサクと検査は進んでいき・・・先生から結果を聞く
「検査は問題ないね。ただ、念の為明日も様子を診せてもらいたい」
「ええ。構いませんが・・・何か、引っかかることでも?」
「君の御主人様から、君は一度息が止まったと聞いている。処置はきちんと施されたようだが・・・その後、色々あったみたいだからね。念には念を」
「え?俺、息止まって・・・え?」
「君の御主人様が救命処置を行なったようだから、後でお礼を言っておくんだよ」
「は、はあ・・・」
「それから、何か君自身違和感があることはないかね?些細なことでもいいから」
「今は、特にありません」
「そうかい。では今日はこれでいいよ。明日も来てね」
「はい。ありがとうございました」
検査は無事に終わり、保健室の外で待っていたお嬢と合流を果たす
「先に終わっていたんだ」
「ええ。普通に傷口を抑えるだけですから」
「縫合してもらった?」
「私の場合、縫合したら逆に治りが遅くなるし、痕も残っちゃうので」
「なんか不思議。普通逆じゃない?」
「岩滝の人間はそう出来ているのですよ?」
「超人じゃん」
「かもですね」
廊下を歩いて、階段を下り靴箱へ
けど、これだけではなんだか味気ない気がする
明日にはまたここに入るとしても、少しだけなら
「ねえお嬢」
「なんでしょう」
「早く帰らないといけないのはわかっているんだけどさ・・・もう少し、探索してみない?」
「探索って、校舎内をですか?」
「んー・・・校舎内は明日以降もじっくり見れそうだし、今日は校庭の方を見てみようよ。今なら誰もいないと思うし、落ち着いて見られそうだからさ」
「そうですね。では、行ってみましょうか」
二人並んで、校門ではなくて校庭の・・・敷地内に広がる庭園の方へ向かっていく
この時の選択が、俺とお嬢の分岐点
「ここ」で進んだからこそ、お嬢はあの子に出会えた
初めての友達である天樹茨よりも
彼女自身を見て、彼女と仲良くなりたいと思ってくれた春小路文芽よりも
同じ境遇を持ち、共に戦うことになる水仙冬花よりも
そして、これから先お嬢のライバルとして立ちふさがることになる水代加菜よりも
既に高みに至ったお嬢のお姉さん・・・岩滝高嶺よりも
岩滝咲乃という女の子を、高貴なる花に至らせるよう変化させた女の子だ
庭園に辿り着いた俺達は、月の明かりに照らされていた先客に視線を奪われる
銀色の長髪を春風になびかせて、舞い踊る花の中、ただ月を眺めているだけ
それだけなのに、なぜか彼女から目を逸らせない
「・・・あら」
「あ」
「驚いた。まさか私の他にここに来る人がいるだなんて・・・お二人は、探検、かしら?」
「そんなところです。申し遅れました、私は・・・」
「岩滝咲乃さん。同級生の顔と名前はもう覚えたの」
振り返って、正面を見た彼女のリボンの刺繍は「花」
けれど、彼女はただの「花」ではなかった
「明日から同じ学び舎で過ごす仲間だもの。クラスは違えども、仲良くしてくれると嬉しいわ」
「こ、こちらこそ・・・」
「それに、先程の打ち合わせの際に話題になっていたわ。今回の試験で、花組の生徒と真正面から戦い、生き延びた生徒。だからこそ印象深いのかも知れないわね」
「え」
「殆どの生徒はあの五人と遭遇して、鍵を手に入れることができなかったらしいわ」
「そうなのですか?」
「ええ。ちなみに私は月見るなに「情報提供」で鍵を得たわ。対話も一つの戦術よ」
「なるほど。ちなみにその情報提供っていうのは?」
「いいわ。貴方達も無関係じゃなくなるだろうし。特にそこの彼はね」
「俺?」
俺に関係がある話って、どういうことだ?
まあ、聞けば予想ができるかもだが・・・
「彼女にはある人物がこの学院に戻ってきたことを伝えたわ。去年の卒業生。この学院が始まって唯一ノブレスフルールが選定されなかった時代の、ノブレスフル―ルに最も近かった生徒がね」
「そんな時代があるのですか?」
「ええ。法霖始まって以来の暗黒期と言ってもいいわね。月見るな・・・あの女がいる限り、何度もその暗黒期が再来する可能性がある。あと一年耐えるだけだけど、その一年が重要よ。これ以上被害を生みたくない。この情報は他の子にも共有してほしいわ」
意外と、彼女は情報をバンバンくれる人らしい
なにが目的なんだ?
「その暗黒期、当時在籍していた全員の使用人が月見るなに略奪されているの」
「りゃ、略奪とは・・・?」
「・・・正直、月見るなに悪意があるとも言い切れない話よ。元々、主人と使用人、その信頼関係が綻んでいるところに、月見るなが甘い言葉をかけて使用人の忠誠心を自分に向かせるの」
月見るなにも問題はあるが、略奪された主人側にも問題がある話か
そこまで綻ぶまで、関係性が崩壊していたのか
それとも小さな綻びでも、彼女の言葉一つで堕ちるのか
現状はわからないけれど、月見るなを警戒するに越したことはなさそうだ
詳しい状況は流石に目の前の彼女も知らないだろう
・・・去年の卒業生。どんな形で戻ってきているかわからないが接触して話を聞いてみたいところだな
「詳しい話は私にもわからないわ。けれど、一番は」
「・・・主従関係は良好に、か」
「そういうこと。話が早い子は好きよ。他の子も大丈夫だと思うけど、まあ、そうね。水代加菜と天樹茨には目を離さないで頂戴。あの二人は今の所、最も月見るなの餌食になりやすい存在よ。貴方たちには無関係な存在じゃない。壊れないように、貴方たちが守ってあげて」
師匠と環が取られる可能性があるって・・・なんでよりによってあの二人なんだ?
師匠はスルメをあげたらついていきそうだけど・・・環は想像つかない
彼女は俺たちが見ていない茨様と環の「何か」を見たのだろうか
それこそ・・・俺たちが到着する前の光景とか
「情報、ありがとうございます。しかし、なぜこんなに良くして頂けるのでしょうか?」
「そうね。普通は不利よね、この蹴落とし合いの学校の中じゃ情報の提供だなんて」
「そう、ですね・・・だからこそ気になります。なぜ貴方は私にこうして色々なことを教えてくださるのですか?」
「汚いかもだけど、一番は評価の為ね。私、目指しているものがあるから」
少女は花の刺繍を月に照らす
キラキラと煌く糸で刺繍されているらしいそれをみて、お嬢は息を呑んだ
「・・・貴方は、首席生徒なのですか?」
「ええ。明日は新入生代表として挨拶をすることになっているわ」
スカートの端をつまみ、彼女は美しい所作で俺達に挨拶をしてくれる
もう一度、顔を上げた彼女はまるで花が咲いたかのような笑みを浮かべて、お嬢と視線をあわせた
「ノブレスフルール。それはこの学院で唯一無二の乙女に贈られる称号。それには学校側が提示している一定の成績も重要だけど、令嬢としての振る舞いも必要だから」
これは目的に至るための、手段の一つ
彼女が惜しげもなく情報を手渡すのは、この目標があるから
目標のためなら、なんだってこなしてくるだろう
目の前の彼女からは、そんな覚悟と、気迫を
そして称号への執着を感じた
「自己紹介がまだだったわね。私は「
法霖学院第92期新入生代表「花箋瑞輝」
新入生で唯一ノブレスフルールを最初から目指す彼女との出会いは、もう一つの鍵となる
岩滝咲乃の変化に最も必要な存在である穂積砂雪と花箋瑞輝
二人と出会ったことで、岩滝咲乃の道は開かれる
卒業だけが目標だった岩滝咲乃が、ノブレスフルールを目指すことになる「全ての始まり」は・・・ここだったのだ
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