27:バイト使用人と共同生活

待ち合わせ場所に向かうと、既に他の三組は集合を完了していた

遅れたこと、そしてお嬢たちには別件に気を取られて伝達を出来ていなかったことを謝り、俺達は寮への道を歩くことになった


「そうですか、真純さんが・・・」

「ああ。無事に到着できて安心していたよ」

「そうですね。でも、安心しました。仲良しさんで」

「・・・そうかな?」

「ええ。ちょっと、羨ましく思います」


そういえば、俺が真純さんの養子になる時に少しだけ聞いたけど・・・

お嬢は両親から落ちこぼれ扱いされて、いないもの扱いされているんだっけ

使用人はもちろん。身の回りのことは一人でやってきた

そんな環境で生活してきた彼女はあまり、誰かを頼ろうとしないらしい


「お嬢」

「はい。なんでしょう」

「お嬢は、真純さんに甘えたいとか思わないの?」

「へ?」

「叔父さんでしょう?親戚だし、真純さんなら甘やかしてくれると思うけど」

「さ、流石にそれは・・・恥ずかしいですし、それに穂積さんの保護者を依頼したことで、一生分甘えたと」


あれで一生分とか人生苦すぎでしょお嬢

自分はしょっちゅう他人にゲロ甘なのに・・・この子は


「一生の甘えってどれぐらい?お嬢が毎日のように排出している甘さの何分の一?」

「そ、それは・・・ええっと、千分の、ううん。一千万分の一ぐらいでしょうか」

「苦すぎでしょ。自分が出してるぐらい、他人に甘えていいんじゃない?」

「・・・では、穂積さんは」

「俺?俺で良ければめちゃくちゃに甘やかすけど?」


甘やかすのは得意だ。どんとこいと思っている

逆に怒るのは難しい。感情に任せてしまいがち。理性は、飛んでいってしまう

雅日にそうしてきた経験があるから、言える話だ


「あ、いえ、そうではなく・・・」

「さくのん、ほずみん、もうすぐ寮に到着するようだよ」

「もうすぐだって、お嬢」

「・・・そうですね。穂積さん。どんな場所なんでしょうね」


園宮様のお陰で、話は中断される

俺が始めた話だけど・・・ここから先は俺に不利になりそうな話が始まりそうだったから

とても、ちょうどよかった


「・・・私に甘えろといいますが、貴方はどうなんですか、穂積さん」


背後で呟かれたお嬢の言葉は、聞こえないふりをしておいた


・・


寮に到着した俺達使用人五人はそろって絶句していた

しかしお嬢以外の四人はこんな物件を見たことがないようで、それぞれはしゃぎながら


「広いのです!でも古臭くて変な匂いがするのです」

「ここが玄関かい?」

「でもでも、外から見た建物の大きさ的に」

「・・・この見える範囲が家、ですよね。玄関ってこれだけだと思うのですが」

「え?じゃあ、この畳に囲まれたのが」


事実を受け入れ始めた四人を背に、俺達は庭先で頭を抱える


「おいおいおいおいこれマジかよ・・・犬小屋じゃねえか」

「ネタだよな、ネタって言ってくれよ。流石にこの扱いは応えるぞ!?」

「んー・・・私、わんこ扱いされることが多いのですが、流石にガチ犬扱いされたのは初めてです」

「冗談をマジで受け取らないでください。しかも一つ。広さ的に私達は入れないので・・・」

「い、いろはがここに入らないといけないのですか?」

「「「「入るな入るな・・・」」」」


俺たちに用意されていたのは犬小屋である。扱い酷すぎだろ

犬小屋に入れるのは体格的に海原さんのみ

他の四人はこの調子だと野宿だ

・・・お嬢たちに屋根付きの部屋に暮らせないか交渉しないと

最悪俺と環は野宿の覚悟をしないとな・・・!


「み、皆さん・・・助けてください」

「お嬢!早速甘えて・・・どうした、そのボサボサ髪」

「・・・今ですね、この平屋を部屋だと勘違いした四人が・・・部屋の取り合いを始めてしまいまして」

「「「「「うわぁ・・・」」」」」


家の方から四人の叫び声とドタドタと暴れる聞こえてくる

お嬢はここから逃げてきたのだろう・・・


「私には、私には止められませんでしたぁ・・・!」

「頑張った。お嬢は頑張った・・・って頭から流血してる!」

「あ。先程、紅花様が鎌を投げて・・・それが頭に刺さったんですよね。応急処置はしたのですが、足りなかったみたいです」

「そんなもん投げてる紅花様もだけど、それが頭に刺さってもピンピンしてるお嬢が怖いんだけど!?」

「岩滝の人間は、心臓と頭が潰されない限り動けるように仕込まれます。私は殺しこそ出来ませんが、無駄な丈夫なところはしっかり受け継いでいますので」

「うわあああああ!?頭が噴水!噴水ぃ!」

「穂積さん、落ち着いてください」

「お嬢こそ早く病院行けぇ!?」


自分の荷物から応急処置のキットを取り出し、応急処置を施しておく

包帯を頭に巻いて、とりあえずはおしまいだ


「後で病院」

「大丈夫ですよ。一晩でくっつきますから」

「病院!」

「は、はい・・・わかりました」

「痛むだろうけどもう少し我慢してね」

「痛くないのですが・・・あ、穂積さん。なんで抱き上げるんですか」

「頭怪我してんだぞ!?安静にしろよ!」

「ほ、穂積さんには言われたくありません・・・!」


バタバタと腕の中で暴れるお嬢とともに平屋の扉を足で開ける

・・・引き戸かよ。どこまで古い家なんだこれ

まあ開けるの楽だからいいけど


「ここは私のアトリエにするのです!手狭ですが風情があるのです!絵にしてやるのです!」

「何を言うかい!ここは僕の部屋だ!僕は紅茶派だけど茶道も嗜んでいてね。ここは僕にぴったりな環境と言える!茶室に改造するんだ!」

「お、落ち着いて。落ち着いて二人共。ここは私が温室に改造して野菜と鶏を育てるってことで決着したでしょう?」

「そんな決着はしていません。事実を捻じ曲げないでください!」


「お嬢様たち〜おだまりくださ〜い」

「ああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


包帯を貫通して、また頭から血の噴水を吹き出すお嬢をお姫様抱っこして登場した俺に、流石の四人も黙ってしまう


「な、何をしているんだ砂雪ぃ・・・!」

「い、岩滝様の怪我、なんか凄いことになってますけど・・・」

「かっこいい登場・・・やっぱり、この人に、うん!」

「お姫様抱っこですよ!実在したんですねぇ!」


使用人四人はそれぞれ異なる反応を見せてくれる

これで一応一段落。話ができそうだ


・・


「庶民は語る。ここは部屋ではなく家だと」

「「「「家・・・!?」」」」


落ち着いたお嬢様と他に使用人に俺は庶民代表としてここが部屋ではないことを改めて伝える


「ええ。俺が住んでいた家の三倍ぐらいの広さですね。お嬢は想像できるでしょう?実物みたことあるし」

「ええ。確かに、三倍ぐらいですね。穂積家が三つ並んだぐらい。なんなら住んでいらっしゃったアパートの壁を取り払ったぐらいの大きさですよね」


「庶民はそれが普通なのか、砂雪」

「いや、うちが貧乏だっただけだよ。まあ、ここは台所だけじゃなくてトイレも風呂も備え付けのものがあるみたいだから、うちよりマシだな」

「・・・ここより酷い環境って存在するのですか?」

「残念ながら存在するんだな、異羽さん・・・」


俺の家は台所とトイレはあったけど、トイレは和式

風呂なんて近所の銭湯に入りに行かないといけない環境だった

もちろん、お金がないからここぞという時以外銭湯にも気軽に行けない

・・・雅日は衛生的な問題でいじめられないよう、きちんと毎日銭湯に通わせたけど


「ほ、穂積さんは小屋にでも住んでいたのですか?」

「俺は倉庫以下みたいなところに住んでいたかもしれないなぁ、海原さん・・・」

「それはなかなか凄いですね!でも、そういう環境を私もお嬢様も知らないので想像がしにくいです・・・」


「ほずみん!僕に分かる表現だとどれぐらいの大きさだい!」

「千利休が使ってそうな隠れ茶室!」

「あはは!そりゃあ狭い!」


先程、茶道をしていると言っていたしこういう表現ならわかると思う

前、本屋で立ち読みした時に見た知識だが、園宮様にはきちんと伝わってくれたらしい


「はいはい!私の家、動物が多いんだけど、砂雪君が私にわかり易い表現をするならどんな表現?」

「小学校の飼育小屋を二つ並べた程度!」

「酷いよ!狭いよ!不衛生だよ!」


野菜と鶏・・・鶏の方で想像しやすいことと言えば飼育小屋

雅日の送り迎えで見た程度だが、一応大きさはそれぐらいだと言える

紅花様の想像する大きさと俺が知っている飼育小屋の大きさが一致しているかどうか不安だが、とりあえず狭いという単語が聞こえたし大丈夫ということにしておこう


「私は、どうなりますか?」

「・・・は、反省室?存在するかどうかわからないんですけど」

「みみみみ見にくい争いをして申し訳ございませんでした・・・!」

「存在してるの!?」

「なんならお嬢様、常連ですよ。狭い汚い臭い、くろいのが同居人の最悪環境です。独房のほうがまだマシ」

「お辛い思い出を掘り返して申し訳ございませんでしたぁ・・・!」


流石にここは土下座で謝罪するしかない

とんでもない思い出を掘り返してしまったらしい。水仙様の目が死んでいる

ど、どんな過酷な環境なんだ水仙家の反省室・・・


「砂雪、最後に私。私に分かる表現をしてほしいのです」

「茨様?茨様は・・・」

「わくわく、わくわく・・・!」


なんだろう。この期待。茨様からめちゃくちゃ面白い解答を期待されているような気がする

しかし、彼女にわかりそうな場所は逆に俺には知らない場所だ

待てよ。茨様が知っていそうなことで同じぐらいの大きさなものがあったような・・・


「・・・ご」

「はい」

「五百号キャンバス・・・」

「あれは人が暮らせる大きさじゃないのです!」

「よし!」


納得する解答を出せたらしい

ついガッツポーズをしてしまう


「なんでそんな事知ってんだ、砂雪」

「ああ。昔美術館に展示する絵画の運搬バイトをな。大体そんな大きさかなって」

「そ、そうか・・・」


「さて、家の大きさがわかったことで、今この場にいる十人が置かれている状況がざっくり理解できたと思う」

「い・・・部屋ではなくて、家」

「私達五人と使用人の五人。一緒に使うことになるのです」

「個人のプライベート空間はなしですね」

「隙間風も凄い。オンボロすぎるね」

「けれどここで暮らさないといけない」


お嬢様たちはそれぞれ事実を受け入れていく

オンボロ平屋。広い庭付き

ここが今日から、俺たち十人が過ごす空間となることを、時間こそかかったが全員が理解してくれた

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