26:バイト使用人と銀花の新しい異端

「無事か、砂雪」

「平気だ。平気。少し引き締まったぞ」

「砂時計になりかけていたぞ!?」

「流石にそこまでの力は出しとらんよ?」


すっとぼける真純さんを横に、環は俺を支えつつ、真純さんから距離を取ってくれる

腹の痛みが和らいだ頃、俺はやっと彼に向き合うことができた


「しかし真純さん。もう到着していたんですね」

「まあな。砂雪クンも君も無事に到着できて何よりや。まさか道中で最終試験があるとは予想外でなぁ・・・そっちの君も」

「俺?」

「うん。無事で何よりや」

「あ、ありがとうございます。ところで、貴方は?」

「僕?僕は今年から始まる新カリキュラムの監督官としてここに来とる十市真純や。まあ、君には砂雪クンの「今のお父さん」って言うたほうが、聞こえはいいかもな?」

「お父さん!?」

「あ、ああ・・・血は繋がってないけどな」


真純さんが保護者という事実には大分慣れてきたと思ったが、やはり・・・お父さんと名乗られるのは少しだけ照れくささがある

もう十六歳だし。お父さんがどうとかいう年齢でもない


「そんな。寂しいこと言わんで欲しいな、砂雪クン。僕と砂雪クンの仲は三ヶ月だろうが、一緒の家で、同じ釜の飯を食うた時点で血の繋がり以上を構築しとる。もう僕お父さんやもんね。君の生みの親よりお父さんやっとる自信あるもんね!」

「張り合うな!真純さんのほうがお父さんしてくれてるから!」

「そうか?そうやなぁ・・・んふふ」


「仲いいんだな。お二人さん」

「まあ・・・うん、仲いいよ?」


けれど、真純さんのそういう押しの強さのお陰で、俺も遠慮をする場面が少なかったと思う

だからこそ、こうして仲良くやれていると思えるのだ


「うん。僕らはとっても仲良しさんや。と、いうわけで、砂雪クン。今日からまた一緒に暮らそうな」

「え?でも、俺はお嬢の・・・」

「咲乃ちゃんは一人でどうにかできるやろ。僕は一人でどうにもならへん」


「流石に、主人をほっぽって・・・」

「君のご飯を三食いただく生活をさせていただきたい。ついてきてくれ、息子」

「仕事があるから・・・!」

「嫌や。嫌や嫌や。僕は砂雪クンにお世話される生活じゃないともうだめな身体にされとるんや。たのっ・・・あびゅっ・・・」

「子供を困らせるな。全く・・・冗談かと思ったらマジで変な真似しやがって」


背後から現れた人物は、真純さんを叩いて俺から引き剥がしてくれる

細いけど、どこかいかついイメージがある人物

なんだか近づいてはいけないような貫禄がある人は、俺をじろじろと眺めてくる

・・・何かしてしまったのだろうか


「真純の養子、お前だったのか。覚えてるか?」

「え、いや・・・お兄さんみたいな格好いい方と面識は」

「お世辞がうまいじゃねえか。俺、真純と同い年だぞ。お兄さんってかおじさんな年齢なんだけどな」

「へ・・・」


真純さんと同い年の男性

一緒にいるということは、まさか・・・


「立宮虎徹さん?」

「ああ。覚えてないみたいだけどけど、久しぶり」

「どこかでお会いしたこと、ありますか?」

「あるぞ。ま、気長に思い出せや」


思い出せとは言うけれど、真純さんの御主人様をやっている彼と面識がある記憶はない

真純さんの高校時代のお友達関係かな


夏鈴かりん達の子守と会社の雑務のバイトを紹介してくれた夏彦さん

そこであの日、列車内で遭遇した聡子やのばら姉ちゃん、ゆう姉ちゃんとは再会できたけど、虎徹さんと会った記憶はない


会社の雑務と言えば、雇用先の社長な東里さんだけど・・・

この人、ヤのつくお仕事なんだよな。流石に堅気な会社に来るような真似はしないと思うし


「んー・・・」

「・・・なあ、虎徹クン。そろそろ答え言えばええんやない?東里くんが友達だけ呼んだ結婚式をしてくれた時に、舞花まいかちゃんと三人で虎の被り物をかぶって余興したって。砂雪クンまだ小さかったし、僕も写真見るまで思い出せんやったし・・・難しいって」

「顔を見たことがないことも含めてか?」

「・・・見たことないのか。それは難しそうだな」


わからない。わからない。虎徹さんと出会った記憶が思い返せない

顔と名前を覚えることには自信がある。忘れているわけでもないと思う

けど・・・ピンとこない

名前は真純さんの雇い主の名前を聞く前から覚えがあったのに、顔だけ思い出せないのだ


「ま、まあ砂雪。思い出すのは後でいいじゃないか。ところで、彼は?」

「ああ。俺は立宮虎徹。真純の主人で、同じ仕事をするためにここに来た存在だ。君は?」

「お、俺は鉢田環です」

「・・・鉢田、天樹の使用人家系の鉢田か?」

「あ、はい。そうです。今は茨様にお仕えしています」


へぇ、使用人の名前を聞くだけで仕えている家の名前がわかるぐらい環の家は有名なんだな

むしろ天樹家と鉢田家がそういう風に周知されるほど長い付き合いだということでもあるだろう


「今年は天樹のお嬢様がいたのか。覚、帰ったの後悔しそうだな」

「覚?」

「巳芳のとこの長男。あいつ、陶芸品っていうか茶器が大好きなんだよ。天樹の現当主様の作品も、かなりの数を競り落としている」

「ああ、巳芳様でしたか。奥様からそのようにお話を伺っております。とてもありがたい」


天樹家は芸術一家らしいが、その分野は各自異なるようだ

少なくとも、茨様のお母さんは画家ではなく陶芸作家のようだ


「しかし、巳芳といえば、あのMYホールディングスの方ですよね。ご長男様は後継争いで重症を負ったと聞いていたのですが、その後続報もなく、公的な場にも出てこられないまま経営権を手放されたようでしたので・・・ご無事なのでしょうか」

「無駄にしぶとい男やからなぁ・・・右目と右手と右足はもうないけど、今も元気に生きとるよ」

「そうでしたか・・・。よかった、奥様が身を案じていらっしゃいましたので、ご無事だと聞けば安心されます。こちらは連絡していいお話でしょうか?」

「そうやねぇ。ちょっと待っとってなぁ・・・」


真純さんは端末をササッと操作して、電話をかけてくれる

あえてスピーカーモードにした辺り、環にすぐ状況がわかるようにしてくれたようだ


『もしもし。なんすか、真純先輩。俺今大叔母様のご飯食べてるところで』

「何しとんねん覚クン。まっすぐ家に帰れや」

めぐみが大叔母様に料理教えてもらっていて、子供たちと巽家にいたから・・・で、なんのようです?』

「君、自分の生死は公表してもええ感じなんか?」

『別にいいですけど、なんでこんな連絡を?』


「いやぁ、今年から天樹のお嬢様が法霖に来ているみたいでさ。その使用人をしている男の子から、奥さんに無事の便りを出したいって」

『天樹茨がそこにいるのか!?くっそ・・・帰るんじゃなかった。会って帰れば』

『覚、今帰るんじゃなかったって聞こえたけど』

『あ』


後ろから別の声が聞こえてくる

・・・あれ、この声聞き覚えが


『どこに行くか伝えないまま数日出かけて、仕事も私に何も伝えず勝手に有給を取って行方知れず!私も子供たちもどれだけ心配したかわかってるの!?連絡が来たと思ったらお腹すいたって舐めてるとしか言いようがないからね!?』

『ひぃ!ごめんって恵!今回の仕事は身内にも情報バラせなくて!申し訳なく思っているから睨まないで!ゾクゾクする!』


・・・どうやら彼、奥さんの尻に敷かれているらしい

いや、なんか最後の方、おかしかった気がするけど


『睨んでも、覚にはご褒美だもんね。そんな変態すぎる覚とはもう一緒にお風呂入ってあげないよ』

『・・・お風呂だけは勘弁してください。清潔感大事な仕事だから』

『はいはい。わかっているから。後で話せる範囲でいいから話してね』

『と、いうことで俺の生死は公表していいんで。そんじゃまた』


そう言って通話が切られる

あ、あの女性の声・・・茶器マニアさんだ

後でお嬢に巳芳さんの奥さんのことを聞いてみようっと・・・


「・・・相変わらず、恵ちゃんの尻に敷かれとるんやな。まあ、というわけや。生きとること、伝えて大丈夫やから」

「ありがとうございます、十市様」

「様付けはよして。真純おじさんでええから」

「流石にそれは・・・なぁ?」

「この環境じゃ無理だろ、真純さん・・・」


流石にある意味、教師ポジションにいる真純さんをおじさん呼びなんて出来ない

虎徹さんなんてもっと無理だ


遠くから、鐘がなる

時刻は夜の六時を俺たちに伝えてきた


「ああ、もう六時か。僕らも仕事に戻らな。砂雪クン、いつでも職員寮に来てええから!」

「ぜひとも遠慮します!」

「砂雪、待ち合わせ」

「そうだな。それじゃあ真純さん、虎徹さん。俺たちはこれから予定があるので」

「うん。気をつけてな!」


真純さんから見送られつつ、店を覗いていたお嬢と茨様を連れて、俺達は待ち合わせ場所に向かっていく

どんな場所なんだろうな、寮って

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