第2話 夜と少年と①



「~~♪ ~~♪」



 丁度いい具合に酔いが回り、今の私は非常に気分が良かった。サビしか覚えていない懐メロを口ずさんで、フラフラと夜道を歩く。上を見上げると、名前も知らない星々がキラキラと輝いていた。



 今日は絶好の散歩日和だった。月が夜道を照らし、街灯がなくてもうっすら足元が見える程明るい。何より人が全くいないのが良い。気軽に歌を歌える。


 やはりお酒は良い。余計な事を考えずに済む。ろくでもない私なんかでも、ヘラヘラ笑って生きていけるのだから。



 数か月前からお酒の魅力にどっぷりとハマってしまい、今ではもう仕事終わりの晩酌がルーティーンになっていた。客観的に見て完全に依存していた。幸いすぐに酔う体質のおかげで、暴飲とまではいっていない……と思いたい。


「…………さて、と」



 気の向くままに三十分は散歩しただろうか。足取りがふら付いているため自宅からそこまでの距離ではないけど、そろそろ戻るとしよう。


 私は踵を返し、来た道を戻ろうとして――ふと、視界の端で何かが動いた気がした。


「………………え?」



 ぞわりと、背筋が凍る。酔いが一気に醒めた。きっと暗闇の先に何かがいる。いくら月明りが地上を照らしていようと、街灯が無ければ数十メートル先なんて漆黒の世界だ。



 どうしよう。急に怖くなった私は、背中を電柱に預け、少しずつ後ずさる。


 オバケなんて非科学的存在に怯えている訳ではないけど、未知なるモノは理屈抜きで怖い。どうせ野良猫やたぬき、鳥かなんかだろうとは思うんだけど、力んだ手が小刻みに震える。


 次の瞬間。



 ――ガサリと。今度はハッキリと何かが動いたのを目撃した。予想以上に大きい。


 これは、もしや……?


 目を凝らし、私はゆっくりと動いた方向へと歩みを進める。暗くて読めないけど子供の絵が描かれた立て看板を見るに、その何かは公園の中にいるらしい。



 公園に入り、伸びっぱなしの雑草を踏みしめて、街灯も何もない雨だけ凌げるベンチまで歩み寄って――やっと気づいた。


 少年だ。



 夜の十時に、明らかに丈が合っていないダボダボの学生服を着た少年が、ベンチの上で三角座りしていた。



 エナメルバックを胸に抱えて、頭を両手で覆い隠し丸くなった学生が、そこにはいた。


「…………だ、大丈夫?」



 気が付くと、声をかけていた。ただならぬ雰囲気に不審者認定されるリスクも考えず、心配という一心でポンと少年の肩を叩く。


「――――――ッ!?」



 ビクッ!? と少年の肩が跳ねた。頭を埋めて周りを見ていないせいで、私が目の前にいることに気づかなかったらしい。



 転びそうになるほど少年は勢い良く立ち上がった。ダボダボの制服から予想していたけど、少年は160cmの私より二回りほど小さかった。


 立ち上がった拍子に、月夜が少年を照らす。


 嫉妬しそうなほど艶やかな黒髪。太陽に焼かれてほんのり黒くなった肌。私の力でもへし折れそうな華奢過ぎる腕。中性的で将来化けそうな気配しか感じない整った顔。


 鼻水をすすったのか、鼻の下が赤くなっていた。そして何より――


 月夜に照らされたサファイヤ色の瞳に、私は息をするのも忘れて見惚れてしまった。


 凄い。生まれて初めて人と出会って、絵画を見たときにような吸い込まれる感覚を味わったかもしれない。



 少年の宝石のような目は、瞳の色とは対照的に少し赤く充血していた。ついさっきまで泣いていたのが一目で分かった。


「す、すみません……。だ、大丈夫です……っ」



 少し枯れた、聞き返したくなるような小さな声で、少年は言ったのだった。



 ――これが、



 とびきりの美少年と、もう27歳になる風俗嬢の私との初めての出会いだった。



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男子中学生と風俗嬢 阿賀岡あすか @asuka112

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