9週間目の雨

梅緒連寸

⬜︎

よしきた、と僕はバケツを手に向かう。

対するは天井の雨漏り。そこから腐敗が始まるようにぐじぐじと濡れた場所からぽつぽつ落ちてくるものが音を立ててプラスチックのバケツに溜まっていく。


「そのうち他の場所も漏れてくるよ」


わかりきったことを言う。そんなの当たり前じゃないか。この家はもうずっと前からガタがきていたんだから。


「バケツがいくらあったって足りやしないよ。そこらじゅうが隙間だらけなんだから。もう駄目だよ、うふふ、この家はもう駄目だよ」


なにひとつ手伝いやしないで勝手なことを言ってくれる。だいたいこの家を諦めるとしてもその先どこへ行くんだ。外はどしゃ降りだっていうのに。

気がつけばもうバケツの三分の一くらいにまで雨水は溜まっていた。すごい勢いだ。外の様子が窺い知れる。きっと用水路なんかはとっくに溢れかえっているのだろう。


「駄目だよ。うふふ駄目駄目。家が駄目になっちゃう。駄目駄目。うふふ。こんなこと冗談で言ってると思ってるの?うふふふうふふふふ」


向こう側の部屋からぽつ、ぽつと音が聞こえてくる。しまった、畳に雨水が垂れ落ちる音だ。あれを放っておくと始末が悪い。気持ち悪い色のカビが生え始めてへんな臭いがし始める。


「ほらね、どんどん駄目になっていっちゃう、駄目なんだって、もう駄目うふふふふうううううううううううふふふうううううふふうふふうふふ」


僕が洗面器をつかんで部屋に足を踏み入れようとした時、不意に手首をつかまれた。

久しぶりの、あたたかな懐かしい手だった。


「逃げようよ。」


何週間ぶりかだ。こうしてしっかり目を見つめられて言葉をかけられるのは。

やまない雨のせいで、もうこの人は駄目になってしまったものだと思っていたのに。


「・・・逃げようか」


胸のあたりがいたくじんわりとしてしまった。僕からもついになにかが漏れはじめたのかもしれない。



その時遠くのほうからなにか大きなものが迫るような音が聞こえてきた。

大きくなるに連れて家全体ががたがたと揺れ始める。


川とおく上流のダムがはち切れた音だった。

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9週間目の雨 梅緒連寸 @violence_

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