僕と母の4人

梅緒連寸

⬜︎

「誰でもいいから僕の母親になってください!」と荒野と化した世界の中心で僕は叫んだ。

僕以外の人間はみんな死に絶えてしまったものだと思っていた。だから僕の言葉に応じて4人の人間が廃墟の影から現れた時は本当にびっくりした。

しかし当然というべきか、その4人はみな気が触れてしまっていた。この世界の中でまともな精神であるのは間違いなく僕ただ1人で、しかし僕だけが持つ正常なんてこの険しい世界の中ではなんの意味もなかった。という訳で、僕の面倒をその気が触れた4人に見てもらうことにしたのだ。ただし母親が同時に複数いると困るので、順番に。



1番目の母さんは30代くらいの女の人だった。僕くらいの子供を持つ年代として、一番それらしい年代だという人もいるだろう。しかしその女の人は四六時中僕に「いないいないばあ」を仕掛けてくる。申し訳ないがこちとら精通も迎えた年頃なのだ。あまり赤ん坊にするような接し方ばかりされては困る。と思いながらも僕は口には出さずに母さんが際限なく垂らす涎をこまめに拭いたりしてあげていた。母さんはそのたびに「ありがとう」と言いたいかのように目を細める。きっと昔はもっと美人だっただろう。下の世話はなんとか母さんひとりでも出来るのが助かった。


1番目の母さんは瓦礫に潰されて死んだ。僕を散歩に連れ出した朝のことだった。



2番目の母さんはしわくちゃのお婆さんだった。なぜあの瓦礫だらけの街で生き残れていたのか不思議なくらいだった。子供どころか曾孫までいてもおかしくはない。母さんは時々思い出したかのようにずっと喋り続けている事があった。すべて昔の話だった。まだ街に色とりどりの風船が飛び交っていた頃の話。幸福に満ちた記憶を母さんは朗々と語った。その語り口といったら気が触れていることを感じさせないほどだった。まあ母さんが話しかけている「つもり」の人間は、たいてい僕の知らない誰かだったようだけれど。母さんは僕に色々なものを食べさせようとした。食べ物なら有難く頂戴していたが、わりと頻繁に小石や死んだこおろぎなども食べさせるので、そういうときはいったんニコニコと受け取るだけして後でそこらへ捨てていた。


2番目の母さんは目覚めると冷たくなっていた。僕を抱きしめて昼寝していた午後のことだった。



3番目の母さんはまだ中学生くらいのお姉さんだった。学校なんてひとつのこらず木っ端微塵になってしまったのに制服を着ていた。靴を失くしているらしく、裸足の足は随分汚れていたので、僕は街の方を探して靴下をプレゼントした。随分と喜んでくれたが結局肝心の靴のほうは見つからなかった。母さんは今までの母さんと違って一言も喋ることはなかった。僕の言葉には頷きで返していた。何を訊こうがただニコニコ頷くばかりだったので、たぶん何を言っているかまでは理解していなかったと思う。母さんは絵が上手く、拾った画用紙とクレヨンで色々なものをぼくに描いて見せてくれた。男も女も子供もお年よりも犬も猫も象も鳥も色々なものを描いていたが、いつもみんなガリガリに痩せこけていた。


3番目の母さんは街中に出来た水溜りに浮いていた。僕の顔を月明かりが照らす明るい夜のことだった。



4番目の母さんは女のひとではなかった。年は20歳から30歳ごろだろうか。男の人の年齢は見た目だけではわかりづらいと思う。母さんは僕を抱っこしたりおんぶしたり肩車したりして、色々なところを走り回った。あまりに早いので、僕は振り落とされるのではないかと怖くなった時もあったけれど、そうなったことは一度もなかった。母さんは1日ですぐにひげが生えてきてしまい、顔がおっかなくなってしまうので僕がいつも顔を洗っていた。はじめは訳のわからない叫び声をあげながらじっとしてくれなかったけど、だんだんと僕が剃刀を握っている間は大人しくしてくれるようになっていった。母さんは高いところに登るのが得意で、僕はあっという間に置いていかれた。なにがおかしいのかいつもゲラゲラと笑っていたけど、僕が助けを求めるとビックリするくらいの速さで駆けつけてくれた。



僕が4人の母さんと出会ってから、そろそろ1年が経とうとしていた。


心地よい風が吹いている。酸の雨が降るようになっても、ときどき空は青空を覗かせる。

陽だまりの中で僕は母さんに話しかけた。


「来年もいっしょにいれたらいいね、母さん」


「ンンンンググググググググひひひひひひひひひひうううううううううウウウウウウウウウウウっ・う・うううううれしうれしうれししししししししししししししししし・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「そっか。僕も嬉しいよ、母さん。母さんみんなに会えて嬉しい」




悲しくはなかったけど、少しだけ涙が零れた。

母さんは不思議そうな顔で涎を垂らしながら服の裾を差し出し、何も言わずに僕の頬を拭った。

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