二頁『破滅の石』

 飾り気のない質素な六畳の個室。その中心には机と椅子二脚、そして部屋の片隅にもまた机と椅子が鎮座している。壁には扉と鉄格子付きの窓、そして横長の大きな鏡が一つ。


 そう、此処は所謂『取調室』である。


 刑事ドラマでよく見るような緊迫感を煽るその部屋に漂うはヒヤリとした冷徹な空気、そして__



「ムグモガングモグモグゥッ!!!」


「なんこれうっめぇやぁ!モグモグッ」



 __丼物を貪り食う咀嚼音である。


 これまた刑事ドラマで見るようなカツ丼を死に物狂いで食べる雨具姿の青年__"桐生きりゅう 陽翔ひなと"と喋る水餅__"さつま"。そしてそんな彼等を呆れたような目で眺める軍服姿の男性がいた。



「うん! おかわり! ついでに胡瓜の一本漬け追加で!」


「いやここ定食屋じゃないんだけど」



 陽翔の目の前の席に座る男性が彼の突拍子のない発言に思わずツッコミを入れた。当たり前である。此処は事情聴取をする場所であって食べ放題ができる食堂ではないのだ。



「はぁ……、君ねぇ? 自分が今どういう立場なのか理解してる?」


「ムグッお客様ですかね?」


「一旦定食屋路線から離れよっか」



 何故、陽翔達はこのような場所にいるのか? 何故、取り調べを受けているのか? それは今から遡ること数時間前の出来事からである__。






妖奇・備忘録


序章 芽吹きの鳳花


二頁『破滅の石』






 __数時間前、とある廃墟にて。



「桐生……陽翔……?」


「……もしかして俺のこと知ってます?」


「うぅん、今日知ったばかりだよ」


「そっかぁ」



 現在、この廃墟には陽翔とさつま、そして見廻組"赭斬花"の隊員である少女__"珠生たまき 杏沙あずさ"と気絶している彼女の仲間__"鵤木いかるぎ"と"青柳あおやぎ 海兎みう"がいる。


 "幻影げんえい"と呼ばれる謎の怪物と交戦し、更には幻影の瘴気の侵蝕により"壊蝕化かいしょくか"を起こしてしまった鵤木を陽翔が突如発現した謎の力で浄化したのが前回までのあらすじ、直前の出来事である。



「……ありがとう」


「へ?」


「僕の仲間を助けてくれて……本当にありがとう。この恩は絶対に忘れない」


「そんな大袈裟なぁ。俺はただ……」


「ユー、感謝はちゃんと受け取った方がいいぞ!」


「んへぇ……んな照れるぅ……。えーっと、どーいたしまして?」



 照れくさそうにへらりと笑う陽翔。そんな彼の様子にさつまはうんうんとドヤ顔で相槌を打った。


 するとふと何かに気付いた様子で杏沙はポケットから白いハンカチを取り出し、陽翔へ差し出した。



「……? お嬢さん?」


「右手の甲、血が出てる」


「ヒィ! 痛そ〜!」


「あ、ほんとだ。ガラスで切ったんかな? でもハンカチが汚れt」


「ハンカチは汚れるものだからいいの」



 有無を言わさずにハンカチで彼の傷口を抑える。真っ白だった布にはじんわりと血が滲み、赤く染まる。勿体無いと思いながらも自分にはもう拒否権がないため、そのまま彼女のされるがまま手当てを受けた。



「これでよし」


「ほんとすみません……」


「いいの、寧ろこれくらいしかできなくてごめんね?」



 ハンカチを巻きつけただけの簡易的な処置ではあるが止血するには充分だろう。そうこうしている内に夕陽は沈み、空は夜を迎えようとしていた。



「暗くなっちゃったね」


「確か夜って幻影がわんさか活動してるんですよね……?」


「大丈夫なのか?! 早くこっから村に向かった方がいいんじゃ……!」


「大丈夫、僕が呼んだ応援が近くに来てるはずだからそれを待とう。さっきの騒動でだいぶ大きい音が鳴ってたはずだからきっと気付いてる」



 確かに元々半壊状態だった室内は先程の騒動で更に悲惨な状態になっていた。瓦礫の崩れる音やステンドグラスが割れる音が森中に鳴り響いていたであろう。



「それに君の言う通り、夜の森は幻影がより一層活発的に徘徊してる。この子のお陰で僕の妖力が一時的に回復してるとはいえ、限度がある。それに君もさっきの力のせいでフラフラでしょ?」


「それ以前にユー、そもそも戦えないもんな」


「ははぁ……おっしゃる通りぃ」


「だから応援が来るまでここで待機してた方が安全。何かあったら僕が守るから」



 瞬間、ぐぅと誰かの腹の虫が鳴いた音がその場に響き渡った。


 思わず顔を見合わせる陽翔とさつま。お互いに自分ではないと首を振る。と、なると気絶している二人を除けば残るは一人しかいない。音のした方へ同時に首を向けるとそこには腹部を抑え少々頬を赤らめている杏沙の姿があった。



「…………っ」


「…………えっと」


「ご、ごめんなさい。気にしないで?」


「あー、いやぁ……」


「うぅ……格好がつかない……」



 その場にしゃがみ込み、顔を埋める杏沙。陽翔達と出会う前から幻影と対峙していたのだ。妖力は戻れど体力はほぼないに等しい。空腹になっても仕方がないのである。


 陽翔はどうしようかと悩んでいたがふとある物がある事を思い出し背負っていたリュックから袋を取り出した。



「お嬢さん、胡瓜二本あるんで一本食べます?」


「……え?」


「あ、大丈夫です。これちゃんと買ったやつなんで」


「……でも、それは君のだし……」


「手当てのお礼だと思って受け取ってくださいな。まぁお礼にしちゃしょぼ過ぎますけど」



 そう言い陽翔は杏沙に胡瓜が入った袋を差し出した。初めこそ受け取るのを躊躇ったもののここで受け取らないのは彼に失礼だろうと思い「ありがとう」とポツリと呟き、一本受け取った。


 彼女が食べ始めたのを見届けると陽翔もその場に座り、持っていた胡瓜に齧り付いた。



「ユー! ミーのはないのか?」


「ないよ。三本しか買ってないし」


「なんでだよぉ!」


「お前が三本にしとけぇって言ったんだろーて」


「ハッ! ミーのせいかッ!」


「己のせいじゃッ」



 ギャーギャーと騒ぎ散らかす陽翔とさつま。あんな事があった直後にも関わらず何事もなかったかのように賑やかに言葉を交わす彼等に不思議と笑みが溢れた。そんな彼女の様子に気付き、彼等はピタリと静止した。



「……? どうしたの?」


「あ……す、すみません。怪我人がいるのにこんなに騒いで……」


「うぅん、大丈夫だよ。それにしても君達は本当に仲が良いんだね」


「いや、良くないですよ」


「はぁ?! ひっど!? ミー達超仲良いだろ! ズッ友だろ!? マブダチだろ!!?」


「どっちかっていうとペット?」


「おrrrrrrぁあ〜!!!」


「ぐへっ」



 またもや陽翔の顔面に体当たりするさつま。そのまま彼の膝上に着地し、ドヤ顔を決め込んだ。



「ふん! この身の程知らずめ!」


「ぷぇ」


「すまんなレディー、何度も騒いで……」


「気にしないで? それにしてもどうして水餅が喋ってるの? 喋る水餅がいるだなんて聞いたことがないけど……」



 水餅__正式名称"妖塊ようかい"。妖力が凝縮し、生物化した謎の生物で主に妖力が豊富な土地に生息している。その名の通り、妖力の塊であるため先程さつまが杏沙にやったように己の妖力を他者に与えることができるのだ。


 杏沙の言った通り、水餅は本来言葉を発することはない生物だ。発するとしても「みゅ」という鳴き声のみである。それに比べ、さつまは普通に喋っている。



「レディーよ、この地は摩訶不思議な生き物が多数存在する妖花ノ郷だ」


「うん」


「人々に害を為す存在"幻影"、そして人為らざる者"妖魔ようま"、そしてユー達のような人間"宵闇よいやみの者"……、そしてこの地には何千何百の水餅がいる! だから喋る水餅が一匹二匹いても何ら不思議じゃないってことだ! お分かり?」


「うん?」


「お嬢さん、こいつこんな感じで結構はぐらかすんでそこはあんま気にしない方がいいですよ」


「そうなの?」


「こらそこぉ! 余計なこと言うなぁ! まぁでもミーはスーパーミラクルな存在! それだけでいいのだよ! あ! でもこのキュートなミーが喋るだなんてあまりにも目立っちまうからこの事は他言無用で頼むぞい!」



 ドヤ顔を決めるその珍妙な姿に思わず苦笑いを浮かべる陽翔と杏沙。そんな二人の様子を察して若干不機嫌そうにするさつまであった。



「……そういえば君達のお家はどこ? 多分帰宅途中だったんだよね? 全部終わってからになっちゃうけどよければ送って行くよ」


「あー、いやぁ……」


「帰宅途中というか……そもそもミー達家ないしな」


「え?」


「俺達、実はちょっとした理由で旅みたいなことしてまして……それで"花守はなもり神社"ってとこに向かってる途中だったんですよ」


「花守神社に……?」


「そうだ! だからもし差し支えがなければミー達をそこに送ってってほしい!」



 その言葉に杏沙は少し困った表情を浮かべた。それに気付かないほど二人は鈍感ではない。何かまずかっただろうかと思っていると杏沙は言いづらそうに口を開いた。



「近くまでなら大丈夫だけど……、でも……行く事はあまりおすすめしない……かな」


「なんともまぁ釈然としないな……。レディー、よければ理由を聞かせてくれないか?」


「……それは__」


「そこにいるのは誰だ!」



 突然、背後から男性の声が突き抜ける。振り向くとそこには男性の他に数名、杏沙と似た軍服姿の人物が立っていた。


 それを見るなり杏沙は立ち上がり、右手の拳を胸元に当て敬礼をした。



「先程、応援の要請をした者です」


「鵤木隊の……。お前達、怪我人を診療所まで運べ!」



 男性の声に従い、後ろにいた隊員の二人が気絶している二人を運び出した。その間、男性は陽翔の元へ歩み寄り、目の前で立ち止まった。



「あの……この人は……っ」


「案ずるな。全てこいつの目で見ていた」



 男性が左腕を軽くあげるとそこに一羽の梟が止まった。こいつの目で見ていた、その言葉をそのまま鵜呑みにするとこの男性は梟と視界を共有できるということである。陽翔は思わず「すっげぇかっけぇっすね!」と叫びかけたが心の中で留めた。



「まさか壊蝕化を起こした人間を元に戻せるとはな……。その事については一人間として礼を言う。だがな……」



 男性が右手で合図を送ると残りの隊員全員が陽翔を取り囲んだ。



「赭斬花の者としては少々見逃せない事案だな」


「……おー、皆さんお揃いでぇ。なぁに胴上げしてくれんのぉ?」


「……! どうして……ッ! この人は幻影騒ぎに巻き込まれたただの一般人で……!」


「ただの一般人ならば何故そのような物を持っているんだ?」



 男性が指差す先__それはいつの間にか陽翔の腕に巻き付いた白い石のついたネックレスの事だった。



「この石が……何か……」


「お前、何故それを持っている」


「…………」


「答えろ、さもなくば然るべき裁きを受けることになるぞ」



 未だに状況把握ができていない杏沙はただ見守ることしかできなかった。彼は自分の、そして仲間の命を救ってくれた恩人だ。それなのに何故__



「んー、ノーコメントで」



 男性に向け、陽翔は落ち着いた態度で笑みを浮かべた。そんな彼の態度に男性は舌打ちをし、睨みつけた。



「ふんっ、"白日はくじつの者"の分際で我々に逆らおうとは命知らずな。まぁいい、どの道お前には話を聞かなければならなかったからな。お前達、その男を連れて行け!」



 取り囲んでいた隊員は陽翔を逃がさないように数人掛かりで押さえ付け連行した。



「あ、じゃあこの水餅も一緒にいいですかね? ペットなんで」


「……好きにしろ」



 陽翔のペット扱いにさつまは頬(?)を膨らませ「ピィィイイイイイイッ!」と寄生をあげた。そして取り押さえていた隊員全員が「水餅ってこんな鳴き声だっけ?」と疑問を抱いたのは言うまでもない。



「あ……ッ」


「お嬢さん、俺は大丈夫だから気にしないでくださいなぁ。そんじゃあ」


「ま、待って……!」



 連行される陽翔の後を追おうとするが男性に腕を掴まれ止められてしまった。



「深入りをするな。さもなくばお前もあの男と同類と見なすぞ」


「どうして……全てを見ていたのならここで何があったか理解してるはずじゃないですか! それなのにあんな……ッ」


「お前、あの石が何なのか知っているのか?」


「……いえ」


「……まぁ知るはずもないだろう。いや、知らなくていい事だ」



 そう言い男性は杏沙から手を離した。



「さぁ、雑談はここまでにして我々も戻るぞ。お前にも一応聞かなければならないことがあるからな……"珠生 杏沙"隊員」


「…………ッ」





 __と言う流れで現在、陽翔は赭斬花の本拠地に連行され、取調室にて軟禁されていたのである。



「取り敢えず食べ終わったんならこれに署名してくれるかな? 一応規則だから」


「何ですかこれ? テスト用紙?」


「そうそう、み〜んな大好きな数IIの……って違〜う! 契約書だよ契約書!」


「なんの契約するんです? 悪魔との取り引き?」


「残念ながらうちは悪魔派遣会社じゃないから悪魔なんていないの! 悪魔みたいな上司はいるけど……ゴホンッ別に変な事は書いてないよ。読んでもらえば分かるけどこれは『俺は君に危害を加えない事を約束するよ』って言うことが書かれてるの」


「なるほど、でも俺の名前だけ書いても意味なくないですか?」


「大丈夫、ちゃんと俺も書くから」



 本当にそうだろうか。自分だけ書いたらそのまま流されて無効にされるのではないのか。そんなことを思いながら男性をジッと見ていると男性は苦笑いを浮かべ、胸ポケットからペンを取り出した。



「わかったわかった! 君達に信用してもらうためにまず俺から書けばいいんでしょ? わかったからそんな面白い顔しないで? 特にそっちの水餅ちゃん」



 見るとそこには如何にも嫌悪感の塗れた表情を浮かべるさつまの姿があった。喋らずともそんな表情を浮かべる普通の水餅なんているのだろうかと陽翔は疑問に思ったが深く考えるのをやめた。



「ほぉ〜〜〜いっと!」


「ごがつあめ……まちゅう……さん?」


「そのまま読まないで? "五月雨さみだれ 真宙まひろ"っていうの! どう? かっこいっしょ?」


「俺の名前の方が可愛いと思いますけどね」


「可愛いんか〜い! んじゃ早く教えてよ!」



 そう言うと彼__"五月雨 真宙"は書類とペンを陽翔へ渡した。ペンを受け取り、言われた通りに署名をしようとしたがふと何かが引っ掛かった。本当に馬鹿正直に名前を書いてしまっていいのかと。


 一瞬悩んだ末、陽翔は書類にペンを走らせ、すぐ男性に書類とペンを返した。



「どれどれ、…………ん〜?」


「どーしました?」


「ごめんね? これ本名だったら本当に申し訳ないんだけどさ……ふざけてないよね?」


「ふざけてませんよ。ちゃんとしたマイネームですよ」


「え……でも……"山田太郎"って……」



 そう、陽翔は署名欄にでかでかと見本で見るような名前である"山田太郎"と書いたのである。流石に誰もこれが本名だなんて信じないであろう。しかしここで食い下がらないのが桐生陽翔である!



「違いますよ。それ"山田やまだ 太郎たろう"じゃなくて"やま 田太郎でんたろう"って読むんですよ。山が苗字で田太郎が名前」


「ブフォッ! え?! うっそぉ!!?」


「ほんとほんと、それのせいであだ名が"デンタルフロス"でしたもん」


「んふッ待ってぇ……! あっはははははッ! お、お腹痛いぃ〜……! ふっはははッ!」



 机に突っ伏し、笑いを堪えようとしているが全く無意味であった。そこまでウケるのかと半ば引き気味に真宙を見るさつまであったが陽翔はさらに追い打ちをかけるかのように言葉を続けた。



「ありきたりそうで全然ありきたりじゃないでしょう? 寧ろキラキラしてません? いや、キラキラしてるというよりノスタルジック」


「ふ……ふふふっ……君ほど……ふるさとの歌が合う子いないと思う……んふッ……」


「気軽に『でんでん』って読んでくれてもいいんですよッ」


「ファーーーーーー! か、カタツムリかよぉ〜! ひひひひッフゥ……んははははッ!」



 室内に真宙の笑い声がこだまする中、ピコンッと電子音がなった。それに気付くなり真宙はピタリと笑いを止め、腰のポケットから携帯電話を取り出した。画面を確認するなりすぐに携帯電話をポケットに戻し、一度深呼吸をすると申し訳なさそうな表情を浮かべた。



「ごめんごめん、そろそろ本題に入ろっか。疑ってごめんね? 山くん」



 山くんで行くのかと心の中でツッコミを入れる陽翔とさつま。しかし、このままこの部屋に軟禁されるのもキツイものがあるため、素直に真宙の言葉に賛同した。



「さぁて、まずは何を聞くべきか……」


「まひろさん、俺からいいですか?」


「お、どうぞ?」


「そもそもなんですけど、俺なんか悪い事しました? こーゆーのって確か悪い事した人に自白させるやつですよね? 俺が覚えてないだけかもしんないですけど思い当たる節が全くなくて……」


「そうだね、寧ろ君は歓迎されるべき人間だ。うちの者の命を救ってくれたのだから。でもねぇ?」



 真宙は自身の紺色の髪を弄りながら陽翔を見据えた。未だに余裕そうなその青年の姿を……。



「それが問題なの。普通は救えるはずのない命だった。壊蝕化ってのはそういうもんだ。だけど君はその救えるはずのない命を救えてしまったんだ」


「おかげさまで」


「それは君の持つその石の力のお陰だ。いや、その石のせいと言うべきか……」


「と、言うと?」


「ま、単刀直入に言おう。君が今このような状況に陥っているのは十中八九その石を所持しているからだ」



 首にかけた白い石が灯りに反射し、キラリと光る。



「……さっき、梟を連れた男の人にも似たようなこと言われましたよ。やっぱ凄いんですね、この石」


「凄いどころの話じゃないよ。俺もそんなに詳しいわけじゃないけどさ。……それはまさしく"世界を変えてしまう"代物だ」



 辺りに沈黙が漂う。世界を変えてしまう代物……そんな大それた力がこのビー玉のような小さな石に宿っているのだ。俄かには信じられない話である。


 しかし、陽翔はこの事実を知らないわけではなかった。この石を"受け取った"その瞬間にやんわりとその事を教えられたのだから……。



「……それで?」


「ん?」


「それで、俺にどうしろって言うんです? この石のせいで俺がこんな事になってるってことはつまり……この石を手放せば俺は解放されるっていう解釈でいいんでしょうかね?」


「ま、そういうことだね。こちらの要求はただ一つ……その石を渡してもらうこと。その石の所持は一般人である君には荷が重すぎる。君がここで素直にそれを渡してくれたのなら晴れて自由の身だ」


「……渡さなかったら?」


「こちらの要求を拒んだんだ。なら、それ相応の処罰を与える他ないね。それくらいその石は所持しているだけで危険というわけだ」



 首にかかった石を手に取り、くるくると弄り眺める。


 あの瞬間__逢魔時、本来交わるはずのない存在と対話したあの時、彼は言っていた。「君を良い意味でも悪い意味でも縛り付ける呪いにもなる」と……。



「ねぇ、まひろさん。知ってます?」


「……? 何だい?」


「呪いって使いようによっては人の命救えちゃうんですよ。その場合、"まじない"って言った方がいいのかな」


「……ほう?」


「要は使う人次第ってやつですよ。良い人が使えば世界平和のために使うし悪い人が使えば世界滅ぼすために使う、そんな感じ」



 それは今日こんにちよりも更に以前の話、別れ際、"彼女"が言っていたのだ。その言葉を陽翔はそのまま紡いだ。



「この力をどう使うかは貴方次第、どんなにこの力に振り回されようと貴方の運命を決めるのは貴方次第。己の意思で決めて、己と向き合う……例えそれが呪いに塗れた破滅の道であったとしても……」


「……自分の運命は自分で決める……ってことね……。ふぅ〜ん、それはつまり……こちらの要求を拒んだっていう認識でいいのかな?」


「つまるところそーゆーことですね」


「そっかぁ。それじゃあ最後、これは赭斬花の者として"お願い"ではなく"命令"すんね?」



 スッとその場に立ち、右手を陽翔の方へと差し向けた。



「これは命令だ その石を渡せ」



 一触即発な空気が漂う。しかし、そんな空気の中でも陽翔は寧ろ余裕があるかのように真宙に向け、はっきりとこう言った。



「____断る」



 その瞬間、壁に設置されていた横長の鏡が割れた。鏡の向こうには取調室と同じくらいの広さの部屋があり、そこには二本の刀を携えた白髪の美少年と完全に怯え切った二人の隊員が立っていたのである。



「はぁ、しょうがないな。穏便にすませたかったけど山くんが断ったんじゃそれ相応の処置をしないと……ね?」


「さっきの契約書の内容完全無視?」


「俺ちゃんと言ったでしょ?『俺"は"君に危害を加えない事を約束するよ』ってさ」


「あー、そゆこと。まひろさん"は"やらないってことね」


「そ、だから俺はな〜んもしない!」



 そう言うと真宙は少年の近くまで歩み寄り、陽翔に首を向けるとにっこりと笑った。



「ごめんね山くん。でもこれは全部君のせいなんだよ?」


「大丈夫ですよ。俺もはなから聞く気なかったんで」


「あっははは! 言うねぇ〜!」


「五月雨さん、もうやっていいですか?」



 彼の高圧的な鋭い視線が陽翔へと注いだ。その空気に耐えきれず「ヒィッ」と声を漏らす後ろの二人と今の今まで黙っていたさつま。流石に彼の威圧には耐えられなかったようだ。



「おいユー! コイツやばいぞ!」



 真宙達に聞こえない程度にさつまは訴えた。確かに空気だけでいけば流石の陽翔でさえも気圧されそうであった。


 冷や汗を流しながらも陽翔は石を握り締め、ニヤリと笑う。それが合図かのように真宙は青年の肩を叩いた。



「思う存分やっちゃって? "千彗ちあき"」


「御意」

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妖奇・備忘録 寒天ぜりー。 @Jelly_Kanten

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