第14話:何でもなかったはずのもの

 ソファで寛いでいると、不意にスマホへとメッセージが届いた。

 何気なく通知をタップすると


「――ゲッ」


 その内容につい顔を顰めてしまい、声が漏れてしまった。

 すると目敏く気付いた朱莉が「どしたの?」と訊ねてきた。

 私は画面を見たまま答える。


「職場の後輩に合コン誘われた……」


 言いながら、画面を数度タップしてから電源ボタンを押してスリープモードにした。

 そのまま傍らへと無造作に置く。


「へー。行ってくるの?」

「行かないよー。だって面倒だし、興味もないし」


 そう答えた私に、朱莉はくすりと笑った。


「小枝って普段はマメなのに、そういうところ面倒くさがりだよね」

「えー。だって面倒じゃない? よく知りもしない他人に愛想振りまいて、気を遣わなきゃいけないんだよ? 学生の頃ならともかく、この歳になるともう辛いわー」

「わかる」

「だよねぇ……。あ、そういえばさ」


 ふと前々から気になっていたことを思い出してしまった。

 せっかくだから聞いてみようかな。


「ん?」

「朱莉は、私が男と遊ぶのと、女と遊ぶのって、どっちが嫌とかある?」

「あー……」


 朱莉は状況を想像するように、少し上を向いて唸った。


「微妙~……」

「微妙かぁ」


 私が相槌を打つと朱莉はうんと頷いた。

 そして「別に行くなって言ってるんじゃないけどさ」と前置きしてから話し出した。


「まず、小枝が男と遊んでるところ想像したら、私としてはかなりもやもやするな。もし付き合うことになったら、とか想像したら普通に焦るし。充分にあり得る話だし」

「うん、まあ、そうだね」

「で、女の場合は基本気にしないけど、特定の子とばかり会うようになったり、万が一……その子と付き合うことになったら、何て言うか、すごく悔しい。負けた気分になる」

「なるほどね」


 朱莉の言い分はよくわかるものだった。

 基本気にしない、か。ならまあ、たまにそういう機会があるくらいならオッケーってことかな?

 社会人になってからプライベートで他人と会うことはあまりなくなったけど、それでも誘いがないわけではないし。

 けれど、先に聞けて良かったな。


「わかった。じゃあもし誰かと遊ぶことになったら、一応事前に言うね」

「いいよ? 別に。そこまでしなくても。そもそもそんな義務はないし」

「そりゃないけどさ。でも、変な心配かけたくないし」

「……うん、ありがとね」


 へへっと照れくさそうに朱莉が笑う。

 なんだかちょっと嬉しそう。

 そんな朱莉の様子を見ていると、こちらまで心が温かくなるのを感じる。

 義務はないし義理もないけど、こういうのってなんかいいな。


 と思っていると、朱莉が微妙に言い辛そうな表情をして、切り出した。


「一応訊くだけなんだけど……小枝は、私が誰かと遊ぶときに、そのことを知りたいって思う?」


 あー。

 なるほど。確かに、この流れだとそういう話にもなるか。

 言い辛そうだったところ見るに、私が当然のように「何も言わなくても行って来ればいいんじゃない?」みたいなこと言うとでも思ってるんだろうなぁ。

 まあ、言うんだけどさ。


「言わなくても行って来ればいいんじゃない?」

「だよね」


 ほっとしたような、それでいて少し残念そうな朱莉。

 けれど、私はそこで会話を終わらせず「でもね――」と続けた。


「私がこんなこと言うのは、もしかしたら朱莉にはすっごく失礼なことかもしれないんだけど……」

「……ん?」

「怒らないで聞いてね? 遊びに行くくらいなら何も言わなくていいんだけど、もしもだよ? もしも朱莉の方こそ……男でも女でも、誰かとそういう関係になりそうになったら」

「うん」

「そのときは、突然話すんじゃなくて、そういう人が出来そうってことを、先に教えてくれる?」


 私がそう言うと、朱莉はきょとんとした顔で「そりゃいいけど、なんで?」と小首を傾げた。

 心底わかってなさそうな顔だ。

 そりゃ、そうだろうなぁ。

 今までが今までだし。


「だってなんか寂しいでしょ?」

「寂しい?」


 どうか察してくれないかなと思ったけれど、通じなかった。

 ああ、もう!

 私は顔が紅潮するのを自覚しながら言う。


「そう思うくらいには、私は今のこの生活とか、朱莉とか……もろもろを大事に思ってるってこと。だからもし朱莉が突然いなくなるとかそういうことになったらすっごく嫌。わかった?」


 一気に言った。

 そしてなんとなく気まずい気分になり、目を逸らす。


 どの口が、とかツッコまれてもおかしくないと思う。

 しかもこれは恋心とかそんな綺麗なものじゃなく、きっともっと汚い類の感情……言うなれば、独占欲だ。

 付き合う気はないとか、女に興味はないとか散々言っておきながら、朱莉が他のどこにも行ってほしくないと思っている。

 意地汚い女なのだ。私は。


 私のそんな自分勝手な発言を聞いた朱莉は、しかしふふっと楽し気に笑みを漏らした。


 そして隣に座り、肩を寄せてくる。


「わかったわかった。ふふっ。小枝って可愛いね」

「もう……。ごめんね、いろいろ。自分勝手で」

「ううん。私はそういうの、嬉しいから」


 私も肩を寄せ、朱莉に寄りかかる。

 感じる朱莉の体温とか重さとか、そういうかつては何でもなかったはずのものが、今はとても大切なもののように思えた。

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ふたりゆる暮らし 金石みずき @mizuki_kanaiwa

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