再び交わる道
それから約1年が経過し、俺は職域団体戦への出場をきっかけに個人のアマチュア戦にも出るようになり、いくつかの大会に優勝し、一部ではあるがアマチュア枠のあるプロ棋戦にも出場した。
自分でも不思議なくらいプロ相手にいい将棋が指せている。妙なプレッシャーがないからか。
そしていつの間にか俺はある条件を満たしていたようだ。
あるプロ棋戦での勝利後のインタビューで記者より尋ねられたのだ。
「おめでとうございます、プロ編入試験受験資格を取得されましたね」
「あ、そ、そうなんですね」
「今後どうするか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええっと、とりあえず1回しっかりと考えたいと思います」
それから俺は家へと戻り、その話を両親にする。
「すごいじゃない洋介!」
「それで受けるのか?」
「正直まだ迷っているな。ところで琴子は?」
「琴子は今日、他の女流の人と夕飯を食べるって言ってたわ」
夕食後、俺は1人リビングでどうするかを考えていた。
俺がプロに、再びこんなチャンスが来るなんてと思いつつ、不安もあった。今からプロになったところでそんなに勝てるのか?勝てなかったら若くして引退もあるし、またあんな思いをするのは……。
「お兄ちゃん、どうしたの1人でリビングにいて?」
「琴子か、すでに知っているだろうが、実はプロ編入試験を受ける資格を得たんだが、どうしようか迷っているんだ」
「どうして迷うの?お兄ちゃんがなりたがっていたプロ棋士が近づいているのに」
「あのなあ、お前は知っているだろうけど、たとえ編入試験を突破してもフリークラススタートなんだぞ、順位戦に参加できなければ収入が今より下回るし、10年以内にフリークラスを抜けないと強制引退なんだぞ、その時俺40前だぞ」
もし奨励会を突破していれば、順位戦に参加でき、ある程度の固定収入はあったが、フリークラスだと対局した数の分の対局料しかもらえない、つまり勝ち続けないと収入があきらかに今の会社員の身分より落ちることもあるんだ。それにフリークラスを抜けられず引退なんて事になったらまた無職だ。
もう俺はそんなのは嫌だ。だがそんな俺に妹が声をかける。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんの不安も分かるけど。お兄ちゃんはこのままあきらめて本当にいいの?」
「俺だって挑戦はしたい。でももう奨励会の時とは違うんだ。父さんが俺の為に今の会社を紹介してくれたし、プロ棋士になったらそこを辞めなくちゃいけなくなる。父さんの気持ちを踏みにじりたくはない」
「違うよ、お父さんがわざわざ将棋部のある会社を紹介したのは就職して欲しいだけじゃなくて、お兄ちゃんにもう1度将棋への情熱を取り戻して欲しかったからなんだよ」
「何だって⁉父さんそんな事一言も言ってなかったぞ!」
父の意外な本心に驚きを隠せない俺に妹は更に言葉を続ける。
「私達が奨励会を退会してから、私は女流棋士になったけど、お兄ちゃんは将棋も指さずにひたすら就職活動で見てて辛かったし、正直自分だけ将棋を指して後ろめたいと思う事もあったわ」
「だけど、それは仕方のない事だろう、お前が気に病むことじゃない」
「でもお兄ちゃん、団体戦やアマの大会に出始めてからとても活き活きしだしたし、それで私も自分の将棋に集中できるようになって調子が上がって、タイトル挑戦までこぎつけたの」
「それはお前の力だろう、俺は何もしていない」
「ううん、お兄ちゃんが将棋の情熱を取り戻せなかったら私も女流棋士を辞めて就職しようと思っていた。だからもしお兄ちゃんがプロになったら私も夢の続きが見たいと思う」
「夢の続き?」
「史上初の男女兄妹プロ棋士だよ。もしタイトルを獲ったら私も一部だけどプロ棋戦に参加できるし、そこでも勝って編入試験の資格を取るわ」
「お前、簡単に言うけどな……」
俺が簡単ではない事を言おうとしたが、琴子はまた強く俺に言い放った。
「そうかもしれないよ。でも一度は閉ざされた道が開いたんだよ。私は進みたい。それでもダメなら、女流棋士を続けるだけだし、お兄ちゃんも今の会社にプロになってからも関わればいいんだよ」
「はあ、どういうことだ?」
「将棋部の指導棋士もすればいいじゃない。そうしていればもし引退してもその会社で仕事をもらえると思うから」
「全く、お前の発想には驚かされるな、でもおかげで決意が固まった」
次の瞬間、俺は琴子に自分の思いを話す。
「プロ編入試験受けるよ」
「うん、それでこそお兄ちゃんだよ。私も少し遅れるけどプロ編入試験受けるから」
「全く、あんましお兄ちゃんと一緒にプロになるとかにこだわっていると彼氏できないぞ」
「余計なお世話、それに私付き合うならお兄ちゃんより将棋の強い人じゃないと嫌だから」
「琴子……いや、それ結構多いからな!」
「あ、そうだね。フフフ、ハハハハ」
「ハハハ、まったくなんて会話してんだ俺達は」
久しぶりに兄妹で笑い合え、俺はホッとしている。
そしてプロ編入試験に臨んだ俺は5人の試験官のうち4人と対局し2勝2敗となった。
編入試験の試験官は直近でプロになった5人が相手をする。つまりデビュー間もなく勢いのある若手との対局なのだ。
そして最終局、きわどい勝負となり、いよいよ決着の時だ。
「負けました」
この言葉は相手のものだ、つまり俺は3勝をあげ、プロ編入を決めたんだ。
やったぞ、琴子。そしてありがとう。今度はいつかお前がプロの舞台に来るのを待っている。それまで引退しないようにだけはしないとな。
終
将棋に夢を見た兄妹は? burazu @ban5
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