リエン・ハロルド隊長(ファルファイトさん)&リュディア・コロフォン女医、アーケシア・ベルナドット非常勤顧問(woodenface)

氷の悪魔の娘と蜘蛛師弟

 傭兵たちの国、エクリシア帝国。

 各地の紛争地帯に戦力として売り込まれる傭兵たちは様々な部隊に分かれているが、最も忙しく多くの戦場を駆け回るのは前線部隊の者たちだ。

 押し込まれた戦線を保持、または膠着した戦線を打破するために投入される前線部隊の傭兵たちは複数の敵を相手取ることができる一騎当千の猛者たち揃い。

 それでも勝敗は兵家の常、どんなに強い傭兵でも勝ち戦もあれば負け戦もある。

 敗戦ともなれば怪我を負うことは珍しくない、それゆえに前線部隊が戦場で頼りにする味方が治療部隊であるのは当然の成り行きだった。



「1番と3番の患者は処置終了、6番は輸血の準備ができたら処置に入るわ。4番の患者は患部の腫れが酷いから冷却して。2番と5番はこれから縫合に入るから」


「ハッ! 了解しました、コロフォン女医!」


 リュディア・コロフォン、治療部隊の中でも前線勤務に当たる『救急救命課』に所属する外科医である。

 蜘蛛亜人アラクネ族であるリュディアは種族特有の複腕を使った多数同時処置を得意とし、負傷により後方に移送され本格的な処置を受けるまで命を繋ぎとめる、通称”最後の網”だ。

 特に昨日の戦線の後退に伴う撤退戦の支援で前線部隊も多くの負傷者が出た為、彼女と治療部隊の出向先である臨時の野戦病院はてんやわんやの大忙しである。


「やっほーリュディ、ありゃーこりゃ大変だねぇ」


 野戦病院の処置用のテントに入ってきたのは前線部隊所属の隊長の一人、リエン・ハロルド。

 子どもと見紛うほどに一際小柄な女性ではあるが、戦場では得物の大剣と大鎌をふるう手練れの傭兵だ。


「あらリエン、頼んだものはできてる?」


「冷却用の氷でしょ?朝飯前だよ!」


「悪いわね、昨日の今日で野戦病院の護衛の上に氷まで頼んで」


 リエンは遥か極北の凍土に居を構える強大な悪魔の娘。

 その能力は彼女にも受け継がれており、昨日の撤退戦では戦場の一部を凍結させ敵軍の追撃を防いだほどだ。

 その力をもってすれば、冷却処置のための氷を用意する程度造作もないことだった。


「ここの護衛は最前線に比べりゃ暇だし……それにリュディの頼みだしね」


「ふふ、助かるわ」


 彼女たちの関係の始まりは、少しばかり前までさかのぼる。

 リエンが隊長を務める前線部隊『黎明』が激戦区に配属された時の事、激しい戦局の中で限界寸前だったリエンが能力を暴走させてしまった。

 リエンが持つ能力は母親の氷の力だけではない、死神の父親の力もまた受け継いでいる。

 その能力は周囲の死体を操り従えるものなのだが、その制御は簡単なものではない。

 死体を魔力によって傀儡にするのではなく、一時的な不死者アンデッドにして支配するこの能力は、死者の死を迎える直前の感情が彼女へと流れ込む諸刃の剣だ。

 戦場という極限環境で死を迎えた者の感情を受け止め、不死者アンデッドとして従えることは純血の死神をもってしても容易な事ではない。

 事実、リエンは過去に数度この能力を使用して暴走させてしまったことが既にあり、そのうち一度は隊員から犠牲者を出している。

 そのことは隊の仲間に優しい彼女の心に深い傷を残し、今も時折りその陰をのぞかせていた。


 リエンとリュディアが出会った時の暴走では直接的な死者は出なかったが、隊員に複数の負傷者、最も酷い者は致命的な傷を負った者も出てしまう。

 過去の出来事を思い出し、リエンは酷く取り乱したが、幸いなことに外科処置の手腕に長けたリュディアが近くに居たため隊員は一命をとりとめた。

 それ以来、リエンとリュディアはそれなりに親しく交流をしている。

 ……リエンが本当に欲しいのは、心にこびり付いたものをなだめる”安心”なのかもしれないが。



「……ふう、一息ついたわね。悪かったわね、付き合わせて」


「んー、いいよ。護衛のついでってことで」


 負傷者の手当ても一段落し、リュディアと治療部隊の面々も医療器具の片づけを始めている。

 リエンは適宜冷却用の氷を用意しただけだが、普通の人間より”死”に敏感な彼女はリュディアの感謝を適当に受けながら『私にはこの部隊は無理だな』とぼんやり考えていた。


「おや、リュディだけかと思えば、おチビさんじゃないか」


「あ”ァ”!? 誰の背が小さいって!?」


「あら、師匠せんせい


 新たにテントに入ってきたのはリュディアの師匠であり、治療部隊の外科処置隊の非常勤顧問をしている老齢の女性、アーケシア・ベルナドット。

 現在は治療部隊に所属しているが、それ以前は前線部隊で”傀儡の魔女”と呼ばれ恐れられていた女傑である。

 老齢を理由に前線部隊を引退してからは、医療用器具を装備した多腕傀儡を用いた、リュディアに教授した複数同時手術の使い手として活躍している。


「誰がチビだババア! 氷漬けにして頭カチ割ってやろうか!?」


「フン、アンタに頭を割られるほどわたしゃ耄碌もうろくしてないよ」


 引退したとはいえ、傀儡を用いた戦闘術の技術は衰えを知らず、最近も国際条約を無視して野戦病院を襲撃した敵部隊を殲滅したなどという話もある。

 現役のリエンの方に些か分はあるが、それでも本気でやり合えば勝敗は五分に近いだろう。

 特に逆鱗である『背の低さ』を指摘されて冷静さを失っている状態ならなおさらに。


「もう! 師匠せんせい、リエンも気にしてるんですから揶揄からかわないであげて下さい。リエンも! 野戦病院ここで乱闘はご法度よ」


「はいはい、悪かったよ。ほら、アメちゃんやるから機嫌直しな」


「子供扱いすんな! ……ソーダ味のがいい」


 リエンはアーケシアのことが苦手だ。

 会うたびに背の事をイジってくるし、説教臭いし、細かいことに厳しいし、背の事をいじってくるし。

 なにより、厳格さとその性格が、極北の地から出る気が無い頭の固い母を思い出させて苦手だ。

 親元から離れて何年経ったか、家族なんて会わなくなって久しいのに、アーケシアたちといるとまるで家族といるような気持になる。

 リュディアは……外面ばかり良い妹だと思おう。

 彼女は美人だし周りから慕われているが、運動神経ゼロで戦闘訓練で何度も補習をくらうポンコツだ。

 心の中でだけの位置づけで、口にする気は毛頭ないが、自分が一番末っ子扱いになるのだけは断固として認めたくなかった。


師匠せんせい、せっかくだからコーヒーブレイクにしませんか?」


「あんな泥水飲みたかないね。ティーブレイクにするべきさ」


 2人がそんな話を始めだして、リエンは顔を青くした。

 リュディアは大のコーヒー党で前線にも豆を持ち込むほどだが、カフェインで酔っぱらう蜘蛛亜人アラクネ族でかなりの酒乱。

 アーケシアは筋金入りの紅茶党で、茶会では3割増しで説教臭く話が長い。

 できればどちらも遠慮したいが……


「リエン(アンタ)はどっちがいいの(いいんだい)!?」


 どうやら、どちらかに付き合うのは確定らしい。

 ホームシックになったことなど無いが、今だけはあの極寒の故郷が懐かしかった。

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