エクリシア帝国 傭兵たちの交流

@woodenface

ヴァニティージ・グレイサム兵長(ファルファイトさん)&ヴォルフガング・バルテル(woodenface)

ウマの合わない二人

 傭兵国家エクリシア帝国。

 戦場で生業なりわいを立てる傭兵と軍人、そのほか兵站を担うものたちが住民のほとんどを占める特殊な国。

 その国体から住民たる戦人いくさびとの過去の来歴に目を向けるものはほとんどおらず、こじれた事情を持つ傭兵たちにとっては非常に居心地のいい場所だと言える。


 エクリシア帝国軍の中でも”暗殺”という非正規戦に特化した”暗殺部隊”に籍を置くヴァニティージもなかなかにクセのある来歴の持ち主だ。

 ヴァニティ―ジは帝国北部大森林の人狼の集落で育ったが、人狼ではない。

 育ての親から聞くに産みの両親はそこそこ名のある悪魔だったらしいのだが、物心がつく前に天使との戦闘で死亡、以降は拾ってくれた”灰毛の氏族グレイサム”で育ったし、特に本当の両親について気になったこともなかった。

 しかし血は争えないもので、ヴァニティ―ジは人狼の集落でも小柄な方だがその怪力は幼い頃から大人の人狼に匹敵するほどで、集落の大人たちはこぞってヴァニティ―ジに狩りの技術を教え込んだ。

 やがて人狼集落における”独り立ち”の時期が来ると、好奇心旺盛なヴァニティ―ジは大森林の外に出ることを決意、狩りの技術と見かけによらぬ怪力を武器に傭兵として身を立て、やがて居心地のいいエクリシア帝国に腰を据えることとなる。

 異色の来歴、人狼流の生活をする悪魔族という違和感も種族のるつぼともいえるエクリシア帝国ではさほど目立つ事でもなく、ヴァニティ―ジもほどほどに刺激的な戦場があって時に日がな酒場で飲んだくれることのできるこの国は悪くない環境だと思っていた。



「あ゛ーもっと飲みてぇー」

 今日も今日とてヴァニティ―ジは酒場で朝っぱらから飲んだくれていた。

 あって度数の低い果実酒がせいぜいだった大森林と違い、帝国に流通する度数の高い酒は酒好きな彼の好みにドンピシャであったので任務の無い非番の日はこうしてよく酒場で姿を見ることができる。

 しかし暗殺部隊の報酬の払いがいくら良いと言ってもここは傭兵国家、酒を求めるものなど掃いて捨てるくらいいる。

 需要が増えれば値段も上がるのが世のことわりであるからして、非番で酒類の配給券がないヴァニティ―ジが未練がましく酒場の酒瓶を睨み続けるのも仕方のない事なのだ。

「ケケケ、宿主サマハ意地汚ェコッテ」

 わらうのはヴァニティ―ジの尾に宿る遺志『ヴェスパ』。

 悪魔族には頭が複数あったりと1つの身体に複数の意志が宿るのは割と珍しくはないが、ヴェスパはヴァニティ―ジの尾として自在に動き、話し、時に毒づく。

 その口の悪さは人狼の集落で『毒蜂ヴェスパ』と名付けられたことからもわかるだろう。

 それでいて暗殺任務中ではキチンと協力し変則的な尾の攻撃を含めて戦うため、ヴァニティ―ジのもっとも身近な相棒ともいえる。

「ソノ懐ノ金ニ手ェ付ケリャア飲メルダロウニヨォ」

「いや、流石にそれは…… これは拠点維持費に当てんだから」

 ヴァニティ―ジが隊長を務める暗殺部隊の第三分隊、通称”豹”は既定の宿舎とは別に専用の拠点を構えているが、それは暗殺任務において負傷した分隊員を拠点意地要員として雇用するためでもある。

 ”豹”の隊員は暗殺任務における隠形と迅速な行動の為に小柄な隊員で構成される。

 それは同時に負傷して戦場に立てなくなると生計を成り立たせるのが難しいという事でもあるのだ。

 ”群れ”の仲間は助け合い、面倒を見るもの。

 ヴァニティ―ジが人狼の集落で学んだ、人狼の流儀である。


「あ゛ーでも、もう一杯ぐらい飲みてぇなぁー」

「なら小生が奢ってやろうか?」

「えっ本当マジ!? ……ゲッ、ヴォルフ!」

 未練がましく管を巻いていたヴァニティ―ジの後ろに現れたのは同じく暗殺部隊の中で隊長をしている獣魔ライカンスロープのヴォルフガング。

 ウマの合う奴、合わない奴と様々いる傭兵仲間の中でも、ぶっちぎりでウマの合わない奴だ。

「どうした? 一杯ぐらい奢ってしんぜよう。この間の任務で2人からその分の報酬が浮いたのでな」

「……遠慮しとくぜ」

 ヴォルフ、登録名ヴォルフガング・バルテルは暗殺部隊内でも異質な”十人隊”という部隊の隊長だ。

 その一番の特徴は、隊長を含めたすべての隊員が捨て駒であり、殉職した端から”補充要員”が入って常に”十人”を保つこと。

 暗殺部隊の中でも最も人員の入れ替わりが激しい……いや、損耗率の高い部隊である。

 彼の部隊が『2人補充した』ということは、まあそういうことなのだろう。

 それで浮いた金で飲む酒の味など……想像したくもない。

「そういえばこの前の話、考えてもらえたかな?」

「……あのなぁ、こっちも部隊の隊長やってんだから部下の移籍なんて頷くわけないだろ」

 ヴァニティ―ジがヴォルフを苦手な理由その2、自分の部隊への勧誘だ。

 ヴォルフの部隊は損耗率が激しい為、彼は常に優秀な”補充要員”を探している。

 彼自身も前隊長にスラムから補充要員として見出されたというのだから筋金入りだ。

 ヴァニティ―ジも自分の部隊の隊員は粒ぞろいだと自負しているから、ヴォルフも勧誘の食指を頻繁に動かしている。

 コイツの所に”群れの仲間”は絶対やらないが。

「ケケ、最近ノ犬ッコロハ起キタママ寝言ヲ言ウノカネェ!」

 誰に対しても毒を吐くヴェスパもかなり頭に来ているようだが、当のヴォルフは『犬じゃなく俺は狼型の獣魔ライカンスロープだが?』と大真面目に見当違いの反応をする。

 当然か、ヴォルフは悪い事をしているなどという意識は全くない。

 己も他の隊員も、部隊を十全に動かすための替えの利く歯車。

 壊れるまで使って、後は別の歯車に換えればいい。

 そういうヴォルフの考え方が、ヴァニティ―ジには受け入れられなかった。


 悪魔に生まれたが、人狼に育てられ、人狼の流儀で生きるヴァニティ―ジ。

 獣魔という悪魔に生まれ、替えの利く歯車として育てられ、疑問に思うことなく生きるヴォルフガング。

 同じ暗殺部隊に所属する悪魔族ではあるが、どうにもウマが合わない2人だった。

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