思慕

想永猫丸

願い……


 俺は昔風に言えば「万屋よろずや」という、雑事代行をメインとした「何でも屋」を営んでいる。


 現在、午前の八時。外は既に三十度超えの暑さ真っ盛りの八月中旬。

 今日は珍しく仕事が入らなかったので臨時の休店日とし、大量に溜まっていた書類の片付けをしに朝早くから事務所に来ていた。

 久しぶりにクーラーの聞いた部屋で順調に未処理の書類を片付けていたところ、突然事務所の呼び鈴が鳴らされた。


 出入口には『本日臨時休店日』の張り紙がしてあるにも関わらず押された呼び鈴。

 今の時代、仕事の打診はネットが主流。たまに電話が掛かってくるが、それでも態々出向いて来る者は先ずいない。

 多分「訳あり」だろうからと急ぎ入口の扉を開けると、熱線と熱気に襲われる。

 その不快さに一瞬たじろぐが、客の前だからと堪えて目を向けると、そこには丸刈りで高校生球児の風の、二十代前後と思われる細身の男が白い背広を着て立っていたのだ。


 その男は真夏日にも関わらず、背筋を伸ばし汗ひとつかかずに澄まし顔で、こちらを真っすぐ見据えて立っていた。

 目が合うとこちらに向けて軽くお辞儀をしてきたので「ご依頼ですか?」と尋ねると無言で頷いてみせる。


 この場で仕事の話はしたくは無かったので、そのまま中へと招き入れた。






この封筒これを、ある人に届けて欲しい」


 テーブルの上に置かれたのはA4程の大きさの、しっかりと封印がされてある無地で古ぼけた茶封筒と、届け先となる住所が書かれたしわくちゃなメモ紙。


「届けるだけで?」

「はい」


 この手の依頼はたまにある。

 例えば郵便や宅配便などでは扱えない「取扱難」な物。後は配達途中で「紛失の恐れ」がある物。

 特に後者は面倒事に巻き込まれる恐れが「大」なので、後々を考え一応中身を聞くことにしている。


「お聞きしますが(中は)どのようなもので?」

「紙が数枚入っているだけです」


 封筒を持ってみと、言われたと通りの軽さだった。

 そこで男は背広の胸ポケットから厚みのある白封筒を取り出し手渡してくる。


「報酬はこれで……」


 何気なく受け取る。こちらは封がされていなかったので、何気無く中を覗き込んでみると……


「い、いやいや物を届けるだけでこんなに貰えませんよ!」


 この束の厚みでは経費を最大に見積もっても一桁以上は多い。

 この仕事を始めるに当たり、自分に三つの制約モットーを課した。その内の一つが『法に反しない』と当たり前の制約。

 これは明らかに異常事態だと感じて断る方向で返そうとするが、


「いいえ、この封筒の中身にはそれだけの価値があります」


 首を一度だけ左右に振って受け取ろうとしなかった。



 ──価値? まさか俺を囮に使おうとしているのでは?



 悪さをしたことも無ければ人の恨みを買うような記憶もない。

 なのでこの男が見知らぬ俺を利用しようとしていると思うのが一番しっくりくる。


「他の方にとっては無価値な紙きれ同然。ですが私達にとっては何ものにも代え難いもの」


 背筋を伸ばし俺の目を真っすぐ見据えて言ってくる。

 その目は人を騙すようには見えないし、嘘を言っているようにも思えない、純粋とも取れる目。


「失礼しました」


 その目を見ていたら急に冷静になれた。そして疑った己を恥じて素直に謝罪をする。



「いえいえ。それと三つ程、条件をつけさせて下さい」



 ──それを先に言ってくれ……



「……何でしょう?」

「メモに書かれた住所に若い女性が一人で暮らしています。そこに貴方一人で赴きその人にその封筒を手渡して頂きたい。そして読み終えるまでを頂きたい」

「手渡す。中身を読むのを見届ける。それだけ?」

「はい。その人ならこの封筒を見れば意味を察してくれます」



 ──意味? おっと、詮索はNG。



 制約モットーの内の一つ『依頼主のプライベートには干渉しない』ことにしている。

 これは私情が絡めば依頼遂行仕事に支障が出易くなるから。


「まあそれくらいでしたら。何でしたら受け取り確認のサインでも貰いましょうか?」

「その必要はありません。見届けて下されば」



 これだけなら報酬の割には楽な仕事に思える。ただ……



「ここって記憶が確かなら結構な山奥、ですよね?」

「はい。その場所まで一応は道は繋がっています、が車では決して辿り着けないので途中からは徒歩となりますので、向かう前にそれなりの準備をしておくのをお勧めします」


 書かれていた住所は関東北部。日本でも有名な某連峰がある地名と記憶していたが、今の説明でほぼ確定してしまった。


「獣の類いは出ますかね?」


 知識が無いので聞いてみる。


「その辺りは標高が高すぎて昔からクマなどは近付かない筈です。それより整備されていない山道を十キロ近く上って行かなければならないので、その対策は必要かと」


「なるほど。それで二つ目の条件とは?」

「私が指定するルートを通り、指定する日時に届けて頂きたい」


 現地付近の地図が描かれてある色褪せた紙を渡されたので目を通す。

 そこには大まかではあるが目的地から最寄りの県道迄の手書きのルートが記されてあった。


「ご指定の日はいつです?」

「十月二十五日の一九三五イチキュウサンゴー時」

「い、いちきゅう? あーー十九時三十五分ね」



 ──片道十キロの山道で指定時間は夜。ってことは現地近辺で一泊するのが無難だな。



 仕事と割り切っているので何故その時間なのか、理由は聞かない。

 色々なパターンを頭の中で組み立てながらスケジュール表を確認してみる。

 するとその前後の三日間は予定なし。

 最後の制約モットーである『可能と感じたらどんなに面倒な依頼でも請け負う』に合致した。


「最後の条件は?」

「この件は誰にも話さないで頂きたい」

「守秘義務ですね? それは勿論」


 返事をすると男は俺の心を読むかのように目をジッと見つめてくる。

 数秒間、無言で見つめ合うが直ぐに「よろしくお願いします」と頬を緩ませながら右手を差し出してきた。


 幾つか疑問は残るが断る理由が見当たらない。


「分かりました。お任せ下さい」


 その場で細々とした契約を書面で交わしてから依頼の品と報酬を受け取ると、早速準備に取り掛かった。







 指定日前日の夜。登山道具を乗せ車で越境。当日の朝まで現地近くで車内で仮眠をとる。


 今回登山の準備をしてきたのはそれなりの理由がある。

 先ず渡された地図のルートの下見を行った際、指定ルートには山道らしい痕跡は見られたがとてもではないが道と呼べない、藪に支配された如何にも「廃道」らしい道となっていた。

 さらに目的地は見知らぬ不慣れな標高の高い山間部。十月と気候が変わる微妙な時期でもあるし、夜間行軍は危険と判断。目的地近辺の空きスペースを借りてテント泊をするつもり。

 なので割り切り、何が起きてもよいようにと完全装備にしたのだ。


 あとは現地に赴くだけ。

 だが気掛かりが……一つ残った。

 それは渡されたメモに書かれてあった住所。



 ──まあ役所の。そして手書きの地図も一致している。



 山道の入口を見付けると、路外の平坦な場所に車を止め準備に取り掛かる。

 現在は五時三十分。外はまだ星空満開の真っ暗な状態。気温もここ数日は晴天が続いており、夜間は特にそろそろ雪がチラつくくらいに下がってきている。

 車内で軽く朝食を取り、フロントガラスに連絡先と『登山中』との書置きを残してからいざ出発。


「ん?」


 山道の入口で立ち止る。

 頭に被ったヘッドライトで照らされた道。

 前回下見で来た時と状況が異なっていた。


 生い茂っていた藪は寒さの影響か殆ど枯れている。そこは自然の摂理に沿っているので不自然さは感じない。

 それよりその枯れた藪を掻き分ける様に続く一本の真新しい獣道の存在。



 ──人が通った跡? だよな。住人か?



 下見の後、事務所に戻りネット経由で航空写真などの情報を集めると、そのルートから然程離れていない距離に川が並行して流れており、その川沿いには立派な登山道が存在していた。

 この「廃道」を見た後では、住人はそちらを使って行き来しているとしか思えなかった。


 そう、前回訪れた時にはこの獣道は存在しなかったし、枯れた後に誰かが通った道。



 ──これからの時期はこっちの道を使っているのかもしれない。



 雪が降ったら登山道、ましてや川沿いはとても危険。

 なので時期を見計らい通れるかどうか、下見を兼ねて立ち入ったのかもしれない。


 それでもやっぱり歩き辛そう。

 女性では無理だろうと思える程に。

 今更ながら行きたくない。

 安全で楽な登山道を使いたい。


 だが指定されたルートはこちら。


 これも仕事と割り切り、獣道を頼りに藪へと分け入った。







 チリン、チリン


 不規則に鳴り響くクマ避けの鈴の音。

 取り敢えずと持ってきたが、気を紛らすのに一役買っている。


 獣道を辿ってかれこれ五時間。

 慣れない行軍。

 木々の隙間に見える陽は既に頭の上に。


 思った以上に時間が掛ったが半分は進めただろうか。

 そろそろ何処か開けた場所で座って休憩を取りたい思い始めたところで川のせせらぎの音が聞こえてきた。

 早る気持ちを抑えながらさらに進むと程なく川へと出た。


「ハアハア……やっと中間地点……ルートは……合っている……よな」


 行き成り現れた川沿いの整備された登山道。

 黒と白の空間から色鮮やかな空間へ。


 何とか昼前に辿り着けた。

 荷物を降ろしてから川の水で顔を洗う。

 一息ついたところで携帯食と飲料水を取り出し昼食を取りながら景色を眺める。


 澄んだ空気と曇りの無い青空。冷たくて透き通った川の水。

 今までの薄暗かった道とは違い、登山道は自然が奏でる音色と色鮮やかな落ち葉の絨毯が続いており心が休まる。



 ──こんな大自然の中で住んでいる女性。その人に届ける荷物の中身とは一体……おっといかん。



 無意味な詮索を止めて荷物を担ぐ。そして地図を取り出しルートを確かめた。


「また山道か」


 新たな薄暗い道の前まで行くと先程と同じく獣道が続いていた。


「ん? これって……」


 今更ながらに気付いた。踏み潰された枯れ草の倒れている向きは下り。

 つまり今、進んでいる方とは逆向き。

 そしてここから先、目的地まで通じている道は知りうる限りこのルートのみ。



 ──まさかの不在ってパターンだったりして。



 あの男は契約を交わしている時に「指定した時間にその女性がそこにいるかどうかは正直分からない」と言っていた。

 最悪の場合を考えて、会えなかったり時間に間に合わなかった場合にはポストに入れておく、と決めてある。

 とは言えここまで苦労しているし報酬も高額。

 出来うる限りの努力をし、完全な形で依頼を終わらせたい。


 他に道があることを祈りつつ歩みを進めた。


 川辺でリフレッシュしたからか足取りが軽くなった。さらに藪の山道にも慣れてきたし、獣道の道標も変わらず残っていたので迷う事なく、日が沈む前に目的の場所へ辿り着く。

 そこで知ったのだが、この山道の終着点はここらしく、獣道もここから始まっていた。




 見えてきた場所は木々に覆われた森の中にぽっかりと開いた、夕焼け色に染まった空間。

 その神秘的で厳かな雰囲気の空間は動く物が無く、傍から見れば時間が止まっているようにも見え、踏み入れるのを躊躇ってしまう。


 だがノンビリともしていられない。

 明るいうちにやっておかなければならない事がある。

 意を決し、その神秘的な空間に一歩足を踏み入れる。


 その瞬間、周囲の音が消え失せた。

 自分が出す音以外、何も聞こえて来なくなった。


 呼吸、服の擦れる音。それから足音。

 後は歩みに合わせた鈴の音が聞こえるだけ。

 その異質な空間を進む。


 テニスコート二面分はある広々とした庭。

 そこにしっかりと踏みと固められた土の道と、石を並べただけの花壇に植えられた、白・黄・赤と色鮮やかに咲き乱れる菊。

 庭の端には小さな畑まであった。


 そして正面には昔ながらの茅葺屋根の家。

 隣には納屋があり、その全てが夕日の色で染まっていた。


 先ずは家に向かう。女性がいるのを確かめる為に。

 女性がいたら理由を話し、指定時間まで待たせてもらえばいい。


 だが期待に反して家は戸締りがされてあった。

 隙間から覗いてみたが中は真っ暗。

 隣にあった納屋や周囲も見て回ったが人の気配がしなかった。


「はあーー俺のせいか?」


 指定された時間まで、まだ二時間近く残っている。

 なので完全に日が落ちる前に庭の隅を借りてテントの設営と夕食の準備を始めた。






「時間だ」


 指定時間の三分前。

 テントの外で待っていたが誰も来なかった。


 今夜は新月。さらに木々に囲まれているここは真っ暗と呼べるくらいの紺色一色の中を、唯一の光源であるLEDランタン、そして託された封筒を持ち玄関の前へ向かう。


 僅かな期待を込め、時間丁度に戸をノックする。


「…………」


 やはり反応が無い。

 挫けずもう一度。


「……駄目か」


 やる事はやった。

 気持ちを切り替え、郵便受けポストを探したが見当たらなかったので、せめて家の中にと戸の隙間から封筒を差し込み始めたその時、


「あのー」


 と突然、後方から声が掛かる。


 あと僅かというところまで入り込んでいた封筒を慌てて引き出し、後を振り向く。

 すると薄暗い中、離れた位置に、こんな時期なのに薄手の浴衣を着た女が灯りも持たずにこちらを伺うような素振りで立っていた。


 見知らぬ土地で辺りは暗闇。

 普段ならこんな唐突な状況に遭遇すれば慌てふためくところ。だが今は不思議と恐怖心は湧いてこなかった。

 それより目的の女に会えたことの方が嬉しかった。


「……夜分遅くにすいません。こちらにお住いの方でしょうか?」


 こちらは訪ねている立場。

 なのでいきなりは不味いと思いランタン灯りは下げたまま。


「は、はい」


 十代後半だろうか、何処か身体の調子が悪そうな様子の小柄な女性だ。


「会えて良かった。貴方にこれを届けに来ました」

「私に?」


 茶封筒を差し出す。

 女は受け取ろうと手を出そうとしたが途中で止まってしまう。


「貴方宛だと思います。お受け取りを」


 近付き、上げている手の前に封筒を差し出すと躊躇いながらも受け取ってくれた。


「申し訳ないのですが、この場で中身を確認して頂けますか?」


 見届けるまでが契約。


「……これを貴方に託したのは……もしや若い男でしたか?」


 身じろぎひとつせず、封筒を見つめたまま呟く。


「はい」

「……分かりました」


 そう言うとゆっくりとした動作で封を破り、中から紙を三枚取り出し読み始めた。

 暗くて読み辛いだろうと気を利かし、女の脇にランタンを持ち上げ、自分は見ないように顔を背け、読み終えるのを待つ。


 その状態が数分続く。

 静寂に支配される中、紙を捲る音だけが聞こえる。


「ありがとうございました」


 突然声が掛かったので顔を向ける。すると女は手紙に顔を向けたまま、涙を拭いていた。


「一つだけ、お願いを聞いてはもらえませんか?」


 紙を封筒に戻すと大事そうに抱えてこちらに向き直る。

 その顔は今の女の心を表すかのような穏やかな表情に見えた。


「明日の朝までにこれを貴方のテントの前に置いておきます。朝になったらこれをあちらに置いてもらえませんか」


 顔と視線を暗闇へと向けた。


「それは構いませんがあちらとは?」

「朝になれば……あの人が選んだ貴方なら分かります」


 それくらいなら。もし分からなければ聞けばいい。

 それと毎度の事だが理由は聞かない。


「承知しました。それと……」

「この庭はその時まで自由にお使い下さい」

「申し訳ない」

「いえ礼を言うのはこちらです」


 二人して頭を下げる。



「貴方のご行為、心から感謝いたします」



 もう一度頭を下げた女は家に向かうと引き戸を開け中へと入って行く。すると戸の隙間から明かりが漏れたのと同時に中から温かな雰囲気が漂い始めてきた。



 ──よし。これで仕事は終わりだ。



 食事も終えてある。あとは寝るだけ。

 テントに入ると、疲れと久方ぶりに味わう満足感からか直ぐに眠れた。






 翌朝、鳥のけたたましい鳴き声で目が覚める。

 時計を見れば七時を過ぎていた。


 大きな欠伸をしてテントから顔を出す。

 すると目の前に昨夜言われた通りに持ってきた封筒と宛先が書かれた小さな封筒が。その上に、中に入っていたと思われる紙が重ねて置かれてあった。



 ──これを持っていくんだったな。



 無造作に手を伸ばす。すると一番上に乗っていた古ぼけて色褪せた紙に書かれた文字が目に入る。


「……死亡通知書?」


 妻宛の通知書らしく、載っていた「戦死日」は昭和十七年十月二十五日で場所は『南方方面ニテ』との文字があり、先日交わした契約書に書かれた名が刻まれてあった。


 二枚目を読む。

 それはこの通知書に載っている人に宛てた手紙で、消印は通知書よりも数年も前のものだった。

 内容から、通知書に載っている男性へ宛てた、後の妻と思われる女性からの手紙らしく、読むのは躊躇われたので途中で止めた。


 三枚目も書き始めが同じ文面と筆跡だったので読まずに全て茶封筒に入れて、持ってきた状態へと戻した。



 ──大事な書類だったんだな。これを子孫あの女性に渡す役が俺に回ってきたと……



 外に出ようと顔を上げる。

 すると目に入ってきたのは昨日見た風景では無かった。

 庭の部分はテントがある場所を除き、全てが荒れ果て木の枝や落ち葉が散乱。家や納屋があった場所は大きな石の土台らしきものが残っているだけ。

 あの綺麗に手入れがされていた空間は一晩で廃墟と化していたのだ。

 その余りもの変わり様に言葉を失う。


「……そ、そうだこれを……」


 約束を思い出し、考えるのを止める。

 そして戸惑いながらも昨夜言われた場所へと向かう。


 行けば分かると言っていた「それ」は女性の言う通り見ただけで「それ」と分かったのと同時に、この依頼の目的、そして何故俺を選んだのか、彼らの「本当の願い」も察した。








「ここで……いいんだよな」



 多分、いや間違いなくを望んでいたに違いない。


「それ」のそばに軽く穴を掘り茶封筒、さらに手書きの地図と住所が掛れたメモを一緒に埋める。

 それから荒れ果てた庭の花壇に唯一咲き残っていた、小さいが燃えるような真っ赤な二本の菊を摘み取り、同じくあげた。



「やっとカミさんの下に戻れたな」



 どの様な経緯で知り合い、何でこんな山奥に二人で暮らしていたのか。

 そして男がどんな思いで一人山を下りたのか、今では知る由もない。

 ただあの男は妻が眠るこの地へ帰りたかった。そして妻も夫の帰りをここで待っていた。


 僅かなやり取りと、残された手紙。俺が知るのはたったそれだけ。

 だが二人の思いは充分伝わった。



 ただ土が盛られただけの「お墓」に手を合わせ、二人に対し祈りを捧げる。

 それから立ち上がり二人が眠っている場所に向け、


制約ポリシーに反するかもしれないが契約約束は守ったからな」


 と別れを告げる。



 笑みを浮かべながら片手を一度だけ上げる。

 そのままその場を後にし帰路に就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思慕 想永猫丸 @soueinekomaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る