第2話 side.B ある中年女性の愚痴のような何か


 わたし?

 いやいや、わたしの事は良いじゃない。今日は貴女の愚痴ぐちを聞くんでしょ。


 参考までに、って……ならないと思うわよ。



 え〜……、……えっとね、わたしは旦那から……『昆布』って、呼ばれてるけど?


 いや、なんでって言われても。



 ほら、わたし達って小中学校の同級生じゃない?

 昔はお互いに苗字呼び捨てで呼び合ってたからさ、結婚して苗字が一緒になったらなんとなく小っ恥ずかしくってさ。


 わたしが旦那を『旦那さん』、旦那がわたしを『お嫁さん』って呼び始めたわけ。


 そしたらちょっとずつどんどん派生していってね、『お嫁さん』から『昆布』になったのよね。



 どんな派生の仕方やねんって?



 あはは。ホントよね。


 でも一年か二年かけて、それはもう自然と派生していったのよね、いつの間にか。


 あ、でもね、『昆布』って呼ばれるのは全然良いのよ。すっかり慣れちゃったし。



 それ自体は良いんだけど、こないだスーパーでウチの旦那がね――


『ねぇ昆布、もう菜の花売ってるよ。春だね』


 ――とか言っちゃうわけよ。


 うっかり普通に『ホントねー』とか返事しちゃったわたしもわたしだけど、それってやっぱり変じゃない。


 実際ね、周りのお客さんがこっち見たんだから。

 どこの世界に『昆布』って呼ばれる嫁がいるのって感じじゃない。




 うっそだぁ〜。


 外で『昆布』って呼ばれるの、大した事じゃないって言うの?

 そりゃ貴女は『昆布』って呼ばれた事ないからだわ。


 呼ばれたつもりで空想してみ?

 お外で呼ばれたら流石にちょっと恥ずかしいから。



 ………………。



 ほら!

 ね? 思ったより恥ずかしいでしょ?



 え?

 うん、まぁ仲は良いよね。


 同い年ってのもあると思うけど、なんと言っても旦那がわたしの事、大好き過ぎるからね。


 そうなのよ。

 それはもう常軌を逸したレベルなのよ。


 だってね、結婚して十年ちょっとたってお互いにもう中年。わたしも旦那もおなかずいぶん丸くなり始めてさ。



 なのに、相変わらずわたしの顔を見る度に――


『今日も可愛いね』


 ――なんて口走るの。



 間違いなく本音で言ってるらしい事も分かるし、そりゃ嬉しくない訳じゃないけど、ちょっと頻度がね。


 朝起きて『今日も可愛いね』、仕事から帰ってきて『今夜も可愛いね』、ちょっと目が合ったら『いつも可愛いね』、それじゃちょっと多すぎるのよ。


 あんまり言われ過ぎたものだから、ちょっと言われ慣れちゃったのね。



 もうちょっとほら、タイミングとかさ、あるじゃない。

 ところ構わずひっきりなしじゃあさ、有り難みがないってものよ。



 逆にわたしの方はベタベタするのそんなに好きじゃないのも大きいのよね。

 そんな一日に何回もしなくても良いじゃないって感じ。


 え、何をって……嫌ぁね、キスよキス。ちゅうよ。


 行ってきますのキスに、おやすみのキス、一秒くらい目が合ったらさ、『キスしよ』なんて言うのよ。


 おっさんがおばさんによ。


 そりゃ旦那はさ、わたしが初恋で未だに大好きでさ。分からなくもないんだけど。


 そうなのよ、初恋らしいのよ。

 残念ながら当時わたしは全然そんな事なかったんだけど。あはは。



 けど朝にバタバタしながらさ――


 『電車遅れる遅れる!』


 ――とか言ってるクセに『キスして』ってアホか! と思わない?

 しかもわたしだって仕事行く前の洗濯とかしてるわけよ?


 ちょっとね、日本人離れした愛情表現だからね、あの人。

 『世界一可愛い私の昆布』なんて真顔で言っちゃうような人だから。



 ……もちろん拒みもするけど、まぁ、それなりにするんだけどさ、キス。



 その、応えてあげたいという思いとね、アホか! っていう思いとね、半々……四:六ヨンロクくらいなのよ。



 それでも、四:六でもね、わたしのわたしなりで精一杯応えてるつもりなんだよ。

 だからって訳じゃないと思うけど……、まぁ、夫婦円満、かな。



 あ、そろそろ下の子のお迎え行かなきゃ。

 ごめん、私の愚痴――愚痴かしら? ばっかりになっちゃった。

 今度またゆっくり愚痴聞いたげるね。



 え?


 今夜はお帰りなさいのキスするかって?


 ……そうねぇ。



 シュークリームでも買って帰って来たらしてあげよっかな。


 あはは。

 なんて、ね!

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世界一可愛い私の昆布 ハマハマ @hamahamanji

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