サンタクロースイズカミントゥナイ

香久山 ゆみ

サンタクロースイズカミントゥナイ

 ビックリマンのスーパーゼウス見た時に、サンタクロースみたいって思って。それで、いつの間にやら、サンタクロースは神様なんだって思うようになってた。神様だから、サンタさんは皆のお願いを叶えてくれるんだって、そう思ってて。年末年始はずっと神様にお願い。クリスマスに「今年はレギュラー入れますように」ってお願いして、正月にまた神社行って「神様、例の件よろしくお願いします」なんて。

 ここまで言って、ちらりと視線を向けると、奴はにやにやと満更でもなさそうな顔をしている。にやけた面すんな、こえー。

 気を逸らすため、こんな話をしてみたものの、まったく打開策は見出せない。目の前のおっさんは、にやにやと話の続きを――サンタクロース賛美をおねだりしてくる。

 サイアクだ。最悪のクリスマスだ。

 一人きりのクリスマス・イブ。徹夜でゲームでもすんべと、一心不乱にゲーム機に打ち込んでいると、ふと気配を感じ、顔を上げると、おっさんがいた。

 真っ赤なサンタ・コスチューム上下を着た、髭もじゃのおっさん。うわ。ど、どこから入ってきたんだ。咄嗟に部屋の隅まで飛び退いた俺には目もくれず。

「ねえ、これって面白い?」

 俺が落としたゲーム機を覗き込んでいる。いや、べつに面白い面白くないじゃなく。クリスマスに一人って時点で面白くない俺ですが。とか答えられるはずもなく。なんだ、こいつ。いくら年季の入ったアパートとはいえ、どうやって一人暮らしの俺ん家に入ってきたんだ。玄関には鍵掛けてるし、窓ガラスも割られた形跡がない。狼狽する俺をよそに、おっさんはよっこいしょと勝手に腰を下ろす。

「こんばんは、お邪魔します。サンタです。よろしくー」

 いや、待て。よろしくってなんだよ。

「か、帰ってください」

 我ながら情けないくらいの震え声。自称サンタがじろりと視線を上げる。

「は? なに? きみサンタクロースを知らんのかね。皆わしに会うと大喜びなんですけどー」

「し、しら……」

 知らねーよ。とは言えなかった。おっさんのあの憤怒の顔を見ると。やばい。超不機嫌そうだ。なんでおっさんが不機嫌そうなんだよ、不機嫌なのは俺だよ。子どもならまだしも、三十超えた男の家に自称サンタのおっさんが来たって、喜ばねーよ。恐怖の対象でしかねーよ。という心の叫びとは裏腹に、俺はおっさんのご機嫌取るためにビックリマンの話なんかを始めた次第。で、不本意だが、どうやらおっさんの機嫌は良くなったようだ。むふむふほくそ笑んでる。が。

「うふふ。神様だなんて。しょうがないなあ。なら、特別にお正月まできみの所にいっしょにいてあげようか。神様として」

 は? 待て! まじか! ふざけんな。

「ちょ待って! ください! あ、ほら。今夜はクリスマスだし。子ども達にプレゼント届けに行かなきゃなんねーんじゃないの、サンタなら!」

「いや、でもー。わしももう年だしー。外は寒いしー。めんどくさいしー」

「あ、そうだ! トナカイ! トナカイを待たしてんじゃないの。早く戻ったげないと」

「おお!」

 やっとおっさんは立ち上がった。そうじゃ、そうじゃ、と言いながら玄関の方へどすどす歩いて行き、そのまま玄関から出て行った。はあー、と息を吐いたのも束の間。すぐにおっさんが戻ってきやがった。おっさんをもう一人連れて。

「こいつが、わしの相棒じゃ。そろってよろしくー」

「うーす」

 自称トナカイは、真っ赤な鼻をした、こちらも年季の入ったおっさんで。

「う、あ、トナカイって、ほら、鹿みたいなやつじゃねーの」

 そういうと、おっさん二人はぶひゃぶひゃ笑い転げる。

「ひー、ひー。きみ、トナカイって! 今日び街中をトナカイで駆けてたら超目立つし。捕まっちゃうし。ここ、日本なんですけど。今、令和なんですけど」

「じゃ、じゃあ、どうやってプレゼント配達してんだよっ」

「軽トラだし。相棒が運転すんだし」

 サンタのおっさんは、まだひーひー笑ってやがる。むかつく。から、言ってやった。

「でも、あのトナカイのおっさん、鼻真っ赤じゃねーか。飲酒運転じゃねーのかよ」

「ちがいますー。外は寒いから鼻が赤いんですうー。ずっと暖かい部屋の中でゲームしてる人には分からないでしょうけどー。でも、今は飲んでるから赤くなりましたー」

「は?」

 振り返ると、トナカイのおっさんが、勝手にうちの冷蔵庫を開けて、缶ビールを飲んでいる。しかも二本目。

「あーあ。これでもう飲酒運転になっちゃうから、配達できないなあ。あーあ。誰のせいだろう。これじゃあ、帰ることもできないし。やっぱりお正月までゆっくり匿ってもらうしかないなー」

 サンタも腰を下してビールに手を伸ばそうとする。

「ちょっと待て!」

 その手をはたくと、サンタが下唇を突き出して恨めしそうな顔をする。

「俺が手伝うから。運転するから。だから、配達行くぞ」

「えー」

 まったく動く気のないサンタの腕を無理矢理引っ張り上げる。

「ほら! 子ども達が、待ってんだろ!」

 そう言うと、サンタはこれ見よがしの大きな溜め息を吐いて、しぶしぶ俺について玄関を出た。

 アパートの前に止められた軽トラに、サンタは項垂れながら乗り込もうとした。が。

「あ、ちょっと待った」

 俺の声に、サンタの動きが止まる。

「なんじゃね」

「俺、軽トラの免許持ってない」

「はああーーー?」

「でも、普通免許はあるから。よし。俺の車で行こう!」

 駐車場から出した俺の軽自動車を見て、サンタはまた溜め息を吐いた。無視して後部ドアを開ける。

「ほら、早く。荷物こっちに移して!」

 そう言って、軽トラの荷台を見た俺は驚いた。うげ。プレゼントの山。日付も変わってんのに、なんでまだこんなにプレゼント残ってるんだよ。こいつら一つも配達してねえんじゃねーのか。まあ、いい。とにかく、積めるだけでも積もう。そうして、俺が軽トラと軽自動車を何往復もする間、サンタは電信柱に凭れて全然手伝わない。なお、俺もサンタもあほだから、普通免許で軽トラを運転できるということを知らなかった。

「ほら、行くぞ」

 声を掛けると、ようやくサンタは後部ハッチを覗き込み、

「全然入っとらんじゃないか」

「しゃーねーだろ」

 そう言うと、サンタはまたこれ見よがしの溜め息を吐き、軽トラの荷台へ行って取ってきたものを、軽自動車の後部に詰め込んだ。どれほども足せるものかと、軽トラックの荷台を覗くと、すっかり空っぽ。おっさん、全部詰め込んだようだ。

「早よう、行くぞ」

「お、おう」

 カーナビを起動させようとした俺を、いいから、と手で制して、サンタは「そこ真っ直ぐね」「次、右で」とすらすら行き先を告げ始めた。

 言う通りに車を走らせると、時々、「止めて」と車を停車させて、サンタはふらりと車を降りたかと思うと、すぐにまた乗り込んで発車させる。こいつ本当に配達する気あんのかよ、と疑っていたのも始めのうちだけで、気づくと、後部ハッチに積んだプレゼントが徐々に嵩減っている。

 あっと言う間にプレゼントは最後の一つになった。サンタは何度もそうしたように、一軒の家の前で「止めて」と停車させ、車を降りた。これで終わりか。と、安堵の息を吐き終えぬ間に、サンタが戻ってきた。その手にプレゼントを持ったまま。

「おい、そのプレゼントどうしたんだよ。届けないのかよ」

「だめじゃ……。この家の子どもはまだ起きておる。姿を見られてしまうから、わしは届けることはできん。……まあ、しゃーないな。きみ、正月までよろしくな」

「いや、待て! 頑張れ! ちゃんと届けないと」

「でも、わしできんし……。なら、きみ、届けてくれる?」

 上目遣いで見つめてくる。全然可愛くない。なんで俺が。でも、背に腹は変えられない。

「分かった。行くよ。行くから、プレゼント貸して。でも、どうやって……」

 降車した俺の背中をサンタが押した。次の瞬間、俺は知らない部屋の中にいた。子ども部屋だ。目の前では小さな男の子が目を丸くして俺を見つめている。う。やばい。通報されたらどうしよう。

「……サンタさん……?」

 男の子が小さく呟く。いつの間にか俺は真っ赤な衣装に身を包んでいる。

「お、おう。そ、そうじゃ。きみが良い子にしてるからな、プレゼントを持ってきたんじゃ」

 持っていたプレゼントを渡すと、男の子はぱっと顔を輝かせた。

「ありがとう!」

 その顔にはどこか見覚えがあった。サンタクロースを信じて、眠い目を擦って徹夜した俺。でも、せっかくサンタに会えたのに、このあとぐっすり寝こけて、結局、夢だったのか現実だったのか分からなくなるんだ。

「ああ。でも、来年はちゃんと寝ていてくれよ」

 そう言って頭を撫でると、男の子はくすぐったそうに笑った。

 軽自動車に戻ると、もうサンタのおっさんはいなかった。プレゼントもなにも。夜道にぽつんと立つと、まるですべて夢だったみたいだ。

 そうだ、夢に違いない。

 大きく夜の空気を吸い込んで、車に乗り込んだ俺は頭を抱えた。

 ハンドルの真ん中に、シールが貼られている。ビックリマンシールのスーパーゼウスが、クラクションボタンの真ん中でキラキラ輝いている。幼い頃の俺が欲しかった、プリズム素材のヘッドシール。……それはいいんだが。シールの真ん中に何やら書き込まれている。溜め息とともに、なぜか口許がほころんでしまう。

『来年もよろしくね☆ サンタ』

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