【最終話】冠する名は"色欲の錬金術師"

「はぁ!? なに生意気に口答えしてんだよ! お前の師匠“色欲”だろ! 変態! 変態の弟子!」



 春先の陽気が穏やかなモリノの街中。

 その片隅で1人の女の子が、意地の悪そうな男の子に……まぁ分かりやすくいって、いじめられている。


「お、お師匠様は変態なんかじゃありません! 確かに少し変わった所はありますけど……昔、厄災からモリノを救った凄い錬金術師なんですから! バカにしないでください!」


 勇気を振り絞って言い返す女の子。

 けれど男の子は意にも介さず悪態をつき続ける。


「はぁ!? それ、俺達が産まれるよりも何十年も昔の話だろ。それに、それっきり目立った活躍も出来なくて何年か前に現役も引退したんだろうが。……にしても、お前も可哀想な奴だよなぁ。姪のよしみだか知らねぇけど、そんなポンコツな師匠に無理やり弟子入りさせられるなんて。なぁ、プレア!」


 蔑んだような笑いを浮かべながら女の子……プレアを見下す男の子。


「ち、違います! 私は自分から志願して弟子にして貰ったんです! 師匠は騎士団のお仕事で忙しいお父様の代わりに、私がまだ小さい頃からよく遊んでくれて、私に錬金術の才能が有ることを見抜いてくれたんです!」


 一歩踏み出し、プレアは気丈に声を上げる。


「才能? お前に、錬金術の才能!?」


 男の子は一瞬驚いたように目を丸めるが、直ぐにお腹を抱えて大笑しだしてしまった。


「さ、才能だって!? 独りじゃまともにポーションすら錬成できない奴が!? ふ、ひゃひゃひゃ! 冗談キツイぞ! ……あ、錬金術じゃなくて変態の方の才能か!?」


 ゲラゲラと涙を流しながら笑う男の子を、黙ってじっと睨み返すプレア。


「――なんだ? 何か文句でもあんのか? 悔しかったら才能溢れる錬金術とやらでかかってこいよ!」


「れ、錬金術は喧嘩の道具なんかじゃありません!」


「――は? なに一丁前な綺麗事言ってんだ? そんな御託はいいから、さっさとお前の錬金術とやらで自分の身でも守ってみせろよ――本当に出来るならだけどな!」


 男の子は手近に落ちていた木の枝を拾い上げ、プレアに向かって大きく振りかぶる。


「キャッ!」


 驚いたプレアが両手で頭を抱えてしゃがみ込むが、その拍子に髪を留めていた飾りが落ちてしまった。

 琥珀色の綺麗な石がついた、可愛らしい髪留めだ。装飾も凝っておりとても子供用のおもちゃには見えない。


「……何だこれ?」


 足元に転がった髪留めを怪訝な顔で見る男の子。


「――! 返して! それはお師匠様と初めて一緒に作った大事なアイテム――」



 バキッ――!



 プレアが言い終わるより先に、男の子は髪留めを思いっきり踏み潰してしまった。


「あ? 何だって? わりぃわりぃ。思わず足が滑った」


 男の子が足を退けると、髪留めは砕け散り見るも無惨な残骸となってしまっていた。

 宝石のように綺麗だった石はガラス細工だったのか、粉々に砕けた破片だけが砂に混ざってキラキラと光を反射している。


「あーぁ。お前が素直に言う事聞かないから悪いんだぞ。分かったらさっさと変態の弟子なんか抜けてこいよ。そうすりゃ先生に頼んでうちの派閥に入れてやるから――」


 ペラペラと御託を並べる男の子。さして悪い事をしたとも思っていないのか、相変わらずの薄ら笑いを浮かべたままでしゃがみ込んだプレアに自ら手を差し伸べた。


 ……けれど、髪留めがよっぽど大事だったのかプレアは立ち上がると涙目で思いっきり男の子を突き飛ばしてしまった。


「酷いっ!! いくらなんでもあんまりです!!」


 思いもよらぬ剣幕に思わず一歩後退る男の子。


「そんなムキになって怒るなよ。お母様に頼んでもっと良い髪留め買ってやるから」


 勢いに押され思わず引いてしまったが、プレアはそれでも男の子に睨んだまま動こうとしない。

 その態度を見て少し冷静になると、次第に怒りが込み上げてくる。


「――っつ、何だよ!? さっきからせっかくお前の事を考えて言ってやってんのに!! やるってのか!? ケガしても知んねぇからな!!」


 舐められまいと手に持った木の棒を再び大きく振りかぶる。

 しかし、プレアはじっと彼を睨んだまま目を背けようとしない。


 いつもの感じならここまで脅せば怯えて逃げ帰ると思ったものの、今日ばかりはプレアも引く気が無いようだ。男の子としてもここまでしてしまった以上引くに引けなくなりそのまま固まってしまう。


(大丈夫……それ程太い棒じゃない。当たった所で大怪我をする事は無いだろう。ちょっとコズイてやれば泣いて逃げ帰るはずだ。――まぁ、俺様の言う事を聞かないバカな女を黙らせるには丁度いいお仕置きだな)


 そんな打算をしつつ、男の子はプレア目掛けて木の棒を振り下ろした。


 確かにそれほど太い木の枝では無いとはいえ、当たりどころによっては怪我は免れないだろう。

 見える所に傷を作ったら師匠達に心配をかけてしまう……咄嗟にそう思ったプレアは、両手で頭を覆い身を縮こませて身構えた。


 振るわれた棒がそんな彼女の身体を打つ直前――足元から眩い閃光が走り、一瞬にして辺り一面を光が覆い尽くしていく!


 その光景に男の子も思わず目を瞑ってしまったが、力いっぱい振るった木の棒が何か固い物に弾かれ反動で尻餅をついて倒れ込んでしまった。


「何だ!? 目眩しかよ、せこい真似しやがって……!」


 光が収まり薄っすらと目を開けると……男の子の目の前には見知らぬ少女が立っていた。

 冒険者風の衣装に身を包み、小さな身体に似合わない大きな木の盾を構えプレアを守るように立ちふさがっている。


「大丈夫ですか、ご主人様」


 チラリと背後を振り返りプレアに声を掛ける盾の少女。


「は、はい。大丈夫です……え? ご主人様?」


 何が起きたのか分からず狼狽えるプレア。

 そうこうしているうちに、尻餅をついた男の子が立ち上がってきた。


「――クソッ、目眩しに不意打ちとは……よくもやりやがったな!? てか、そいつ誰だよ!! 何処に隠れてた!」


 声を張り上げ怒鳴る男の子だったが、盾の少女は怯む様子も見せずじっと彼を見つめている。


「……ック!」


 いくら女が相手とはいえ、2対1となるとさすがに男の子も分が悪い。


「お、お前が悪いんだぞ! お前が先に俺を突き飛ばしたんだからな! さっさと謝った方がいいんじゃねぇか!」


 盾の少女を睨みつけながら、男の子は腰に下げていた短剣を抜き去る。今度は木の棒などではなく……本当に人を刺し殺せる刃物だ。

 無論本気でそれを振り回すつもりもそんな度胸も無かったけれど、こうなってしまった以上多少強引にでも決着をつけてさっさとこの場を収めてしまいたい。


 けれど……そんな脅しにも全く怯える様子もなく、むしろそんな彼の思惑など見透かしたかのように盾の少女は涼しい顔で盾を構えたままだ。


 その後ろでアワアワと辺りを見渡して助けを求めるプレアだったが……裏路地に人が訪れることは滅多にない。



 三者三様、身動きを取らぬまま一瞬即発の睨み合い。

 暫く無言の緊張が続いたが……不意に男の声が聞こえ沈黙が破られる。


「やれやれ。中々帰ってこないと思ったら……何をこんな所で油を売っているんだね」


 通りの先から姿を現したのは、傭兵を従えた身なりの良い若い男だった。


「――先生! 良い所に……! こいつが、色欲のとこのアホが突っかかってくるんです!」


 話の様子からしてこの男、どうやら男の子の師匠のようだ。

 先生と呼ばれた男がじっとプレアに睨みを効かせた後口を開く。


「――またお前か、この出来損ないが。貴様らのような低俗な錬金術師はモリノからさっさと出て行けと忠告したはずだが」


「……低俗!? 何であなた達にそんな事を言われる筋合いがあるんですか! それを言うならあなた達の方がよっぽど悪い事してますよね!? 私、証拠だって見つけたんですからね……! この間裏のおばあちゃんが貴方に調合してもらったっていうお薬、調べてみたら素材も調合手順も粗悪も良い所です! あんなモノを法外な値段で売りつけるなんて……素人が相手が相手ならバレないとでも思ったんですか!? 今度お父様を通して騎士団に告発しますから!」


 プレアは立ち上がり、男の目をキッと睨み返す。


「やれやれ……口で言っても分からんのなら、いい加減少し身体にわからせてやらないといかんな。……おぉ。丁度いいモノを持ってるじゃないか」


 ふむふむと顎をさすりながら、男の子が握っている短剣に視線を落とす。


「――やれ」


「え、え、先生? これは……何ていうか……ちょっと脅かしてやろうと思って抜いただけで、いくらなんでも本当に使う気なんか――」


 しどろもどろで言い訳をする男の子だったが、男は座った目のままその言葉を遮る。


「なにをビビっているんだ? なに、所詮は子供の喧嘩だ。たまたま当たりどころが悪くて怪我をしたとしても……懲役までは課せられないさ。分かったら、さっさとやらないか」


「え、えぇ……それは、でも」


 流石にこれ以上はマズイという事くらいは分かっているのか、必死になって講義する男の子だったが……男の剣幕は決して引く事を許さないと言い張っていた。


「う、うう……」


 さっきまでの勢いはどこへやら。

 自分の行いを後悔しているのか、手を震わせながら短剣を構え直す男の子。


「あぁ、良い子だ。そうだな――指先を1,2本切り落としてやれ。二度と錬金術が出来んくなる程度にな。そうすればあの鬱陶しい錬金術師の方も黙るだろう」


 その言葉に背中を押され、まるで操り人形のようによたよたとプレアに迫る男の子。

 盾の少女がその間に割って入る。


「あ、危ないからあなたは逃げて!」


 そんな彼女の服の裾を引っ張り、プレアが慌てて止める。


「――大丈夫ですよ。ご主人様は私が守ります」


 プレアの予想に反して、少女の声は驚くほど落ち着いていた。

 まるでこの程度の修羅場、何度となくくぐり抜けてきたと言わんばかりに。


 男の子は盾の少女の前に立つと、もう一度短剣を構え直す。

 鋭い刃をギラギラとチラつかせ、少女とプレアが恐れをなして逃げ出さないものかと画策してみるものの……盾の少女は全くもって動じる様子も無い。


「く、くっそー! もう知らねェからなぁぁ!!」


 半ばヤケになって短剣を振り下ろす男の子。

 しかし――少女は手にした盾でそれを軽く受け流してしまった。


 あっけなくいなされ大きくバランスを崩す男の子。

 改めて短剣を構え直しもう一度斬りかかるが……結果は同じ。

 何度斬りかかろうと少女をたった1歩後退させる事すらできそうにない。



「――おい、何をやってる。誰がそんな茶番で満足すると思ってるんだ」


 痺れを切らせたのか、事の経緯を見守っていた男が機嫌悪そうに男の子を睨みつける。


「い、いえ、しかし……」


 汗だくで息を切らせながら答える男の子。


「……はぁ、もういい。お前には心底がっかりした。後でゆっくりと再教育してやるからな。……おい、後はお前が代わりにやれ」


「――へい」


 男の命令を受け、控えていた兵士が静かに長剣を抜き去る。


「殺すなよ。あくまで子供の喧嘩程度にしておけ」


「へいへい。分かりましたよ」


 ヘラヘラと笑いながら2人に近づいてくる兵士。その怪しい目つきからして、正規の傭兵ではない事は容易に伺える。

 おそらく、金さえ貰えれば女子供でも躊躇なく切り殺す類の人間だ。


 さすがに警戒したのか、盾の少女が木の盾を一度構え直す。


「いいねぇ。お嬢ちゃんみないな生意気なガキをいたぶるのは――正直、大好きだぜ!」


 盾の少女目掛けて男の剣が大きく振り下ろされる。先程男の子が振り回していた短剣とは比べ物にならないほどの強力な一撃だ。


 剣は激しく唸りを上げ空を斬りながら少女に迫る――が、すんでのところで甲高い金属音を上げて弾き返されてしまった!


 弾かれた剣は傭兵の手を離れ宙を舞い――その刀身を真っ二つに砕かれながら地面に落ちた。


 その音に驚き、うずくまり体を強張らせていたプレアがそっと目を開けると――そこには輝く鎧に身を包んだ美しい女騎士が、ロングソードを構えて立ちはだかっている。


 その姿……正に威風堂々。


「子供の喧嘩と思って黙って見ていたが――少々度が過ぎると思ってな。……邪魔をしてしまったか?」


 女騎士が盾の少女に話しかける。


「いえ、ありがとうございます」


 にっこりと笑い返す少女。……顔見知りなのか?


 そして、路地の方からもう一つの人影がこっちへ向かって歩いてくる。


「何だ何だ。遅いから迎えに来てみたら……子供の喧嘩に随分と大人気ねぇな」


 白髪交じりの長髪を後ろで結び、無精髭を蓄えた中年の男性。

 薄ら笑いを浮かべてはいるが、その目はそこはかとない闘志を宿している。


「――マグナス師匠!」


 起き上がった女の子が思わず駆け寄る。


「……貴様か、"色欲"」


 男がじっと彼を睨みつける。


「あぁ。久しぶりだな"強欲"。相変わらずやり口が雑で野蛮なんだよ。もう騎士団も呼んである、観念しろよ?」


 睨み合う両名。

 暫し無言での睨み合いが続くが……


「……ふん。さっさと帰るぞ」


 根負けしたのか、着ていたローブをたなびかせ“強欲”と呼ばれた男が踵を返した。


「え? は、はい」


 オロオロと事の経緯を見守っていた男の子も、慌ててその後を追う。

 去り際に、思い出したように立ち止まり男が口を開く。


「チッ……かつては英雄だったか何だか知らんが"色欲"ごときが"強欲"にあだなすとはな。まったく、そんな低俗な“欲名”を引っ提げてよく恥ずかげもなく街を歩けるものだ」


 どうみても負け惜しみの捨て台詞。


「……はははっ!」


 しかし、それを聞いた中年の男はさも可笑しそうに笑うのだった。


「恥ずかしいも何も。事実――たった1人の女に会いたいだけで、こんな歳までひたすら錬金術をやってきたんだ」


 ふとまじめな顔で男を睨み返す。





「この俺こそが“色欲の錬金術師”だろう」





 そう言うと再びニヤリと笑った。



「……ふん、奇人が。いつまでも調子に乗っていられると思うなよ」


 吐き捨てるように言い残すと、男はそそくさとその場を後にした。




「うわー何いまの。小物臭っさ」


 ふと路地から女の声が聞こえる。


 カツカツと石畳を鳴らしながら姿を現したのは――


 宝石のような深紅の瞳、燃える様な紅い髪。

 まるで夕日が人の姿を模したような美しい女性。


「お、ティンク! やっと来たか。んで、騎士団は?」


 中年の男性が彼女に手を振る。


「あ、ごめん。探したんだけど中々見当たらなくて。諦めたの」


「……はぁ!? じゃ、あのままやってたら危なかったじゃねぇか!」


「ロングソードさんが居るんだから大丈夫よ。……ってか、あんた! 久々に戻ってみたら、あんな小物にバカにされて、剣の腕もさっぱり上達してないし……この数十年何やってたのよ!?」


「うるせぇ! 錬金術の研究で忙しかったんだよ!」


「それにしても何よ、お店のあの様子! 荒れ放題じゃない! どーすんのよ!? また一からやり直しじゃない!」


「そもそもお前抜きで俺一人で店なんか出来る訳ねぇだろ! いいじゃねぇか、これからまたやり直せば!」


「簡単に言ってくれるわねーー!?」



 ………



「また始まった……」


 突然始まった喧嘩に溜め息をつくプレア。


「ずっとあんな感じなんですか?」


 盾の少女がキョトンと聞き返す。


「えぇ。ティンクさん、最近になってマグナス師匠が突然何処かから連れて来たんだけど……それから毎日あんな様子なの。昔のお知り合いらしいんだけど……」


「ふふ、相変わらずですね」


 それを聞いて何だか嬉しそうに笑う盾の少女。


「え、あなたも二人とお知り合いなんですか?」


「はい。随分と昔の事ですけど」


 盾の少女がニッコリと頷く。


「そうなんですね……。あの二人、昔から相当仲悪いんですか?」


「そうですね……」


 そこまで言って、口に指を当てて盾の少女は考え込む。

 まだ言い争いを続けている2人をじっと見つめ、一言こう呟くのだった。




「――とっても仲良しです!」





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【賢人マクスウェル】

 モリノの歴史上、幾度となく国を危機から救った英雄の名。代々継がれる通り名だが、歴代のどのマクスウェルも女好きで、おっぱい聖人だったとか。そんなよく分からない噂も絶えない。


 ただ1つだけ確かなのは――その傍らにはいつも美しい赤髪の女性が居たそうだ。

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色欲の錬金術師 〜アイテムが全て美少女化して錬成されるんですけど!? これじゃ商品にならないので、アイテムさんたちと街の便利屋始めます〜 アーミー @a-mi-

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