第6話 異郷の地
石のように硬いパンは赤ちゃんが可哀想って、いやいや。赤ん坊は私の妻宵の明星と乳母の乳を飲んで元気にしていたよ。娘も特別に、白い鷹に干した果物をもらっていた。私の分はなかったのかって? 私は大人だ。子供のためのものを、大人がとるのはいけない。
小さな子供は、硬いパンを食べられない。だから干した果物を食べる。硬いパンを食べられる大人が、硬いパンも干した果物も全部食べてしまったらどうなる。そうだ。お前の言う通り、子供が食べるものが無くなる。だから、硬いパンを食べられる大人は硬いパンを食べたらいい。
大河を渡ったあと、白い鷹と部下は川の民に別れを告げ、私たちを町に案内してくれた。イサカの町だ。一角にティタイトから移り住んだ者が多く暮らす土地があった。皆、訳あってティタイトから去ったのだと私たちは考えていた。そのような者たちのいるところに、私たち、ティタイトから逃げてきた王族が受け入れられるか、私は不安だった。
どうしてかって。私は当時、ティタイトが嫌になって、ライティーザに移り住んだ人たちがいると思っていたのだよ。そんなところにティタイト王族の私が押しかけたら、相手が嬉しくないだろうと思っていたのさ。結局は、取り越し苦労だった。
ティタイトが嫌だからでなくて、ライティーザに仕事ができたり、家族ができたりして住み着いたものが多かった。彼らは懐かしい故郷が、愛するティタイトが、裏切り者に奪われたことを悲しみ、私たち家族を助けてくれた。私たち家族が、ティタイトに戻ったあとも、ずっと支援してくれた。
あぁ、そうだな。いい考えだ。私は王様を辞めたから、仕事は減るはずだ。また会いに行っても良いな。久しぶり会うことになるな。そうだな。これから色々楽しみだ。
あぁ、ヴィンセントがやってきた。
ヴィンセント、やはりお前も天幕が懐かしいか。お前の息子は、かつての私とお前のように一つの天幕で眠った。懐かしかった。もちろんだ。昔語りをして、楽しい時を過ごした。私はこれから旅をしようと思っている。お前の息子の提案だ。息子が国王になったからな。数年して落ち着いたら、また、お前の国に行きたい。世話になった者たちに会いたいし、礼を言いたい。娘と孫にも会いたい。
そうだ。全くだ。どうして祖父の私がまだ孫の顔も見ていないのに、お前達は皆、私の孫に会っている。確かに絵姿は見ている。白い鷹から娘夫婦と孫の絵姿はもらった。そうだそうだ。それくらいわかっている。だが、絵姿と人の子は違うだろう。
仕方ないだろう。明けの明星から、赤ん坊が曽祖父の白い鷹に懐いて可愛らしいと手紙が来るのだぞ。祖父の私はまだ会ったことがないのに。曾祖母のローズにも懐いているのか。あぁ、それは当然だ。私の妻、宵の明星の母なのだから。まぁ、そうだ。妻の父は白い鷹だ。言われなくてもわかっている。
お前の兄ユージーンは元気か。そうかそうか。あの男らしいな。
今一度、茶を淹れよう。積もる話も聞きたいからな。どうした坊主。まぁそうだな。坊主は私の話が聞きたいか。そうだな。お前の言うことにも一理あるな。確かにお前は、いつでも父親の話を聞くことができるだろう。次に私の話を聞くにはいつになるかわかったものではないからな。だがな、私はお前の父親の話を聞きたいのだよ。近々、ライティーザに行くことに決めた。そう。坊主が来いといってくれたからだ。その時また沢山話をしてやろう。約束だ。
これから準備をしないといけないから、今は私はお前の父親の話を聞きたい。わかってくれるか。そうか良い子だ。
天幕がどうした。何、土産はこの天幕がいいのか。それはまたどうして。そうかそうか。では、お前の家の庭で、一緒にまた天幕で眠ろうか。約束だ。
私の息子はまだ、王様になったばかりだ。数年は、前の王様の私が手伝う。その後、ライティーザに行こう。天幕も持っていく。約束だ。
あぁ、湯が湧いたな。では茶を淹れよう。草原の神に感謝への感謝の祈りを捧げよう。お前たちがライティーザから無事にこのティタイトにたどり着いたことに感謝の祈りを捧げよう。このまま安全にライティーザまで帰る間、草原の神の守護を祈ろう。
ライティーザの地での再会を誓おう。
<完>
【後日譚集】マグノリアの花の咲く頃に 海堂 岬 @KaidoMisaki
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