島民と酒

 そこは、フゥジェンの家だった。フゥジェンに靴を脱がされながら、中に入る。

 地面には葉の繊維で編んだゴザのようなものが敷かれていて、歩くと足裏がひんやりとした。ゴザには模様が描かれているようだったが、抽象的な絵で意味は分からなかった。

 ちょうど、夕飯の支度をしていたらしい。家の中には、魚の焼ける香りが漂っていた。

 家の中には、四十代前半ほどの女性がいて、鼻歌を口ずさんでいた。フゥジェンが女性に声をかけ、そこでようやく彼女は振り返ったが、私を見ると目を大きくした。

 フゥジェンと女性の会話は、なにを話しているのかさっぱり分からなかったが、大して長くも続かなかった。女性は私を見てにこりと微笑み、ぽんと肩を叩くとすぐにぱたぱたと隣の部屋へと移動して行った。

 フゥジェンが苦笑いを浮かべながら、私を支えつつ女性を追う。彼女は、私を寝かせるための布団を用意してくれていた。布団と言っても、分厚めに織ったゴザのようなものに寝る形だ。それでも、起き上がったままよりはだいぶ楽になり、ありがたかった。上掛けとして、男物らしい大きめの上着を上からかけられた。上着は、麻のような手触りで、深みのある青色に染められている。

 女性が、木で作られたコップに水を入れて持ってきてくれた。早口でなにか言われたが、やはり意味は分からない。「ありがとうございます」と掠れた声で言うと、女性はフゥジェンを見て、それから私の肩をポンと叩いてきた。彼女だって、私の言葉は分からないのだ。それでも、友好的に微笑んでくれていた。おそらく、漂着して保護した異国の男を安心させるためだったのだろう。

 私はコップの中身をぐいっと飲み干し、そのまま倒れた。慌てたように、フゥジェンが女性になにかを言っているのが聞こえたが、私の意識はすぐに飛んでしまった。

 後から知ったことだったが、このとき私が飲ませられたのはサンチグンと呼ばれる果実で作られた酒だったそうだ。酸味の強い、柑橘系のその実と酒は、島の特産品だった。

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『白波島誌』 綾坂キョウ @Ayasakakyo

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