現実逃避青少年

総督琉

だから物語は終わる。

 ーー自分は特別だ。


 そう信じて生きてきた結果が、今の人生だった。

 容赦なく押し寄せる借金取りの罵詈雑言、大学は既に三浪し、何にも希望も見出だせずにいた。


 自分は特別じゃなかった。

 極めて単純明快な答えは、結果を体験しなければ理解できなかった。いや、結果を体験した今でも、理解する気になれない。


 私は特別でいたかった。

 だが、私はこの世界の脇役Gくらいにしかなれなかった。

 ーー脇役中の脇役

 生きていくことがこんなにも辛いことだなんて、思いも寄らなかった。



「ーー現実は憎いか?」


 当たり前だ。

 こんな世界、壊れてしまえと、その思いだけが頭の中を渦巻いている。


「ーー現実は退屈か?」


 退屈そのものだ。

 こんな世界、消えてしまえと、その怨みだけが心を埋め尽くしている。


「ーー現実は無意味か?」


 私にとって、意味のないものだ。

 こんな世界、私が滅ぼしてしまおうと、その覚悟だけが体を支配していた。



 もう、どうなっても構わない。



 この世界は、私が壊してしまおうと。



 私の怒りは、やりきれない思いは、今この時のためにーー




 ーー全部使おう。




 その時、私の本懐を阻止し続けていた抑制が壊れ、静かに暴走を始めていた。

 世界に対する溢れる思いが、思いのままに動き始める。







 しばらくの沈黙、


 そして祈りが。








 世界が、壊れ始めた。

 2023年1月1日、上空に無数の船が飛来していた。船は空一面を埋め尽くし、星に住まう人々を恐怖に陥れた。

 それらの船を統率するのは、王冠を被り、床まで引きずられたマントを羽織る青眼の男。


「私は、X。世界にXデイを告げに来た、世界の皇帝であり、支配者である」


 世界中に等しく響き渡る声。

 言語に関係なく、全てのものにその言葉が理解できた。


「これより私は、世界を壊し、そして滅ぼそう。全てを終わらせ、終焉の時代を始めよう」


 ある者は脅え、ある者は絶望し、ある者は英雄を望んだ。


「もう何千年何億年と、繰り返された物語なのだろうか。永遠と円環を続ける現世に、意味はあるだろうか。ならば、私が壊し、全てを終わらせよう」


 彼は笑顔を世界へ向け、高らかに叫んだ。


「世界のために終焉を、今こそ世界にーー"終焉の時代"を」


 世界は終わる。

 終わらなければいけない。


「終わりの前に始まりがあるように」


 始まりの後には終わりがあるように


「世界がそれを望むから」


 世界がそれを待っていたから


「今、始める」


 そして、終わる。


「私が長い無時間領域の中で創り上げた何千億何兆と越える無数の魂よ、今この世界に終焉を始めよう。全軍、終わらせろ」


 彼が剣を世界に向けて掲げたと同時、全ての船が地上に向けて攻撃を始めた。

 船から放たれる無慈悲なる砲撃の数々、また、船から降り、地を駆け回る異形の姿をした魔物や武装した人間の姿をした者などは、その星にある命を奪い、暴れていた。



 世界が終わる日。

 第一のラッパが響いた。


 血混じりの雹と火が降り、地上の三分の一、木々の三分の一、すべての青草が焼けた。


 世界が終わる日。

 第二のラッパが響いた。


 燃える何かが海に落ち、海の三分の一が血になり、海の生物の三分の一が死に、船の三分の一が壊れた。


 世界が終わる日。

 第三のラッパが響いた。


 燃える星が落ち、川の三分の一が苦くなり、人が死んだ。


 世界が終わる日。

 第四のラッパが響いた。


 太陽、月、星の三分の一が暗くなった。


 世界が終わる日。

 第五のラッパが響いた。


 星が落ち、底知れぬ所の鍵が開かれ、煙が太陽も空気も暗くし、イナゴは一部の人々を苦しめた。


 世界が終わる日。

 第六のラッパが響いた。


 人間の三分の一が、Xの率いる軍団によって殺された。


 世界が終わる日。

 第七のラッパが響いた。


 世界はXによって、支配されーー




 ーーラッパは突如、硝子片へと見た目を変え、粉々に砕け散った。



「なあおい、お前らがそんな偉大なる力を持っているにも関わらず、俺たちが何の力も持っていないと思ったか」


 焼けた大地に、彼らは立っていた。


「俺たち、世界防衛戦線が、お前を止めに来た、X」


 二十四人のスーパーヒーロー。

 彼らが唯一、世界の支配者に立ち向かえる希望である。


「終焉の時代を止める気か。だが、無駄なことをするな。いつか必ず、終焉の時代は完遂される。ここで止めようとただの延命措置にしかならない」


「なら始めるだけだ。始まりの時代を」


 二十四人のリーダー格、赤いヘルメットを被り、赤いマントを纏い、ヒーローポーズを取る男。


「スーパーレッドの男気、特と見やがれ」


「今日この日こそXデイ。誰にも我が軍は止められない。潰せ、そいつらを」


 無数の魔物や武装した者たちが彼らに襲いかかる。


「さあ、こちらも反撃開始だ」


「Bクインシー、パーセントルーラー、イエティ、オメガボルト、七柱の魔女、千年級呪術師、カーミラ、暴走大王アレキサンダー、エリクサー、シーフ、鮫魔神、デスマシン、大斧、メタルアーミー、マシンガンナイト、キャットマン、ウィング、ブル、タリスマン、ブラックスミス、冬月みぞれ、ペイントちゃん、ウルフ、全員、暴れろ」


 襲いかかる無数の魔物、だがしかし、次に見えた光景にXは目を疑った。

 飛び散る魔物の残骸、まるで赤子のように軽々と弄ばれ、倒されていくXの軍勢。


「世界の英雄が、X、お前を倒しに来た」


「たかが二十四人の戦力に、何億といるこちらの軍が負けるはずがない。無数の兵に無数の種族、全勢力で敵を討ち滅ぼせ」


「無駄だよ」


 堂々とたたずむスーパーレッドの背後から、十メートルの巨体を持つ巨人が十メートル級の鉄の棍棒を振り下ろす。

 ーーが、スーパーレッドは背を向けたまま、棍棒を片手で受け止めた。


「まるで弱い。こんな相手、片手で、」


 片手で棍棒を握りしめたまま、巨人を棍棒ごと空へ吹き飛ばした。巨人は船を五つ貫通し、程なくして血の海に落ちた。


「倒せるんだよ」


 Xは思い出していた。

 それはまだ人といえるほど、か弱い頃の話。


 高校生活初日の自己紹介、彼はあるミスを犯した。

 クラスの人気を得たいが為に、彼はギャグを披露して見せた。最初はいじられ、彼自身もそのいじりにのって楽しもうとしていた。

 だが日が経つにつれ、時が経つにつれ、そのいじりはエスカレートし、とうとういじめにまで発展した。


 靴がない、弁当がない、体操服には落書きが……


 何で、何で、何で、何で……


 同じだ。

 強い者が弱いものを痛めつける。


 あの頃の場合、多数が一人を痛めつけるという、何とも分かりやすい構造が存在していた。

 ーーだから、私も選んだ。


 私も強者になればいい。私が誰よりも強くなれば、これまで私をいじめてきた相手に復讐ができる。


 膨れ上がる怨みが、怒りが、彼を爆発させた。


「お前らが強いなら止めてみろ。俺を」


 二十四人のヒーローに、魔物は波のように襲いかかる。

 だが魔物が波ならヒーローは津波、たちまち魔物を恐怖の中に飲み込んでしまう。


「どの魔物も大したことない。これならどれだけ数がいようとーー」


 メタルアーミーは油断していた。

 油断していなかったとしても、その攻撃はかわすことができないほど、速く、そして重い。


「メタルアーミー!?」


 エリクサーはメタルアーミーのもとまで駆けつける。


回復の涙エリクサールージュ


 エリクサーは腰に装備していた小瓶を取り、中に入っていた液体をメタルアーミーにかけた。

 痛みはすぐに消え、傷もなくなった。


「メタルアーミー、大丈夫?」


「ああ、だが、今のは……」


 メタルアーミーの視線の先には、背中に翼を生やした、青い髪の少女が立っている。


「マシンガンナイト、ブラックスミス、メタルアーミーと共にあの青髪を討て」


 スーパーレッドは、青い髪の少女の登場に危機感を抱き始めていた。

 メタルアーミーの一撃で戦闘不能にまで追い込みかけた謎の少女の怪力。


 メタルアーミー、マシンガンナイト、ブラックスミス、三人は青い髪の少女へと駆ける。


「フルメタルウェポンズ」


 メタルアーミーの全身に無数の武器が現れる。

 右肩にはロケットランチャー、左足は刀、首はレーザービーム、指はドリル、腹はガトリング砲などと、武器のオンパレード。


「消えろ、ウェポンズオンパレード」


 銃弾や爆弾、レーザーなど、無数の攻撃が青髪の少女へ浴びせられる。だがそれら全てを受けても尚、少女は無傷であった。

 少女は異常な推進力でメタルアーミーの懐まで接近し、蹴りをーー寸前でマシンガンナイトが分厚い黒石盾アダマンタイトで防ぐが、盾をまるで粘土のように押し潰し、マシンガンナイトを遥か遠くの山まで蹴り飛ばした。


「マシンガっ……」


 動揺するメタルアーミーの頭上まで移動し、大きく振りかぶって右腕でメタルアーミーの頭部に拳での一撃をいれた。

 地面を崩壊させるほどの一撃の、全身を金属化していたメタルアーミーの肉体は耐えられず、崩れる大地の中に飲み込まれた。


 ブラックスミスは即座に刀を錬金し、少女へと飛ばす。

 だが、少女は全てかわし、ブラックスミスを標的にした。


「グラウンドソード」


 大地を剣のように天高く突き上げる。だが、天使は上空を舞い、攻撃を回避していた。


「くそっ、インフィニティソード」


 ブラックスミスの周囲に無数の剣が出現する。

 ブラックスミスが少女に手を向けると、たちまち剣は少女へと進む。だが、全てを光のような速さでかわし、ブラックスミスの頭上に乗っかった。


「速っ……」


 頭が宙を舞い、胴体は倒れる。


「何だ……この力は……」


 ヒーローは脅えていた。


 Xは知っている。

 弱者だったから、惨めな思いばかりしてきたから。


 圧倒的な力ほど、愉快なものはないのだと。

 圧倒的に蹂躙すること以上に、楽しいことはないのだと。


「終わらせろ。ヒーローを」


 弱いから、弱かったから、誰よりも力を求めた。

 そして今、世界に終焉をもたらす存在となった。


 Xにより創造された少女は今、ヒーローに絶望を与えた。


「やれ」


 青髪の少女は、エリクサーへと飛翔する。


「エリクサーだけは死ぬ気で護れ」


 スーパーレッドは青髪の少女の突進を突進で受け止める。


「今だ」


 オメガボルトの超高出力の電撃、七柱の魔女の超高密度の光の柱、イエティの超低温度の猛吹雪が少女を襲う。

 最大の攻撃が組み合わさる。だが青髪の少女の皮膚にかすり傷をつけるだけ。


「ふっ、ふざけるな」


 少女はスーパーレッドを蹴り飛ばした後、攻撃網から脱し、イエティの腹に風穴を空けた。すかさずエリクサーへ飛ぶが、鮫魔神が立ち塞がる。その鮫魔神の頭部を蹴りで潰した後、再びエリクサーへ。


「略奪」


 少女の拳がエリクサーへ当たる寸前、その位置がシーフと入れ替わった。シーフの全身は風船のように破裂し、血だけがそこに残った。


「エリクサー、俺の回復を……」


 エリクサーはスーパーレッドのもとへと走る。

 その行く手には少女が、そんな少女の行く手にもデスマシンが現れる。


「デスマシンバトル」


 デスマシンの連打が少女へ、全身機械の攻撃、だが少女にはまるで効かない。

 少女の一息でデスマシンは空へと引き飛び、上空に旋回する船へとぶつかった。


 次から次へ、仲間が倒される。Bクインシー、カーミラ、暴走大王アレキサンダー、千年級呪術師、大斧、キャットマン、ウィング、ブル、タリスマン、ウルフ、オメガボルト、冬月みぞれ、ペイントちゃん、七柱の魔女……


 エリクサーはスーパーレッドに癒しの涙をかけ、完全回復させた。

 その間に、仲間はスーパーレッド一人だけになった。


「ああ、また一人だ」


 絶望の中、スーパーレッドは過去を思い出す。

 たくさんいた友達は、たった一つの過ちでいなくなる。


 中学から高校へ、その際、自分だけが取り残された。

 皆勉強を頑張って同じ高校に行った。だが自分だけが違う高校に行った。


 もっと勉強を頑張っていれば、何て言葉は、昔の俺には届かない。

 どれだけ失敗した人の話を聞いても、自分自身の体で体験しなければ分からない。

 だってその事実は、自分には理解できないものだったから。


 ーーどうしてあの時、俺は頑張れなかった


 何度も後悔が走馬灯のように思い出される。

 このまま過去に戻れれば良いのにーー



「そしてまた、俺は同じことを繰り返した。何でまた、こうなる……」


 仲間は皆倒れ、残っているのはエリクサーだけ。


「X、お前さえいなければーー」


「俺を倒してみるか、ヒーロー」


 だが返答は無慈悲なものだった。

 スーパーレッドの周りを、さらに三人の天使が囲む。


「ヒーロー、お前はここで死ぬ」


「……レッド、頑張ってね」


 背後から聞こえたエリクサーの声。

 彼女の姿を見て、スーパーレッドは憤怒した。


 切り離された胴体と頭部ーー


「ーーああ、なんて世界は残酷なのだろう。過去へ戻っても繰り返すだけなのだろうか」


 スーパーレッドの目は徐々に赤く染まっていた。

 怒りを噛み締め、全身から血が噴き出していた。


「ーー全部、全部壊す。この体で」


 スーパーレッドの全身は、竜のような姿に変貌していた。

 赤い竜は四人の天使を突き飛ばし、Xの乗る船へと羽ばたいた。



 今、天での戦いが始まる。



 赤い竜の前に、Xは笑って立っている。

 過去を越えようとした青年と、過去に怒りを馳せた少年。


「これは、俺の意思だ、俺の野望だ。だから、お前を殺す」


「俺は、あいつらの為にも、負けてやるつもりは、ねえんだよ」


 赤い竜とXとの戦い。

 それは最後の審判であった。

 さながら、天地創造のように、さしずめ、創世記の一説のような、始まりと終わりの特異点。


 だから、青年は誓った。


 だから、少年は祈った。


 未来のために、自分のために、夢のために、



 この物語は、初めから終わっていた。


 だから、意味のないものだった。


 少年と青年の戦いは、全てシナリオ通りであったのだから。


 全ては、そうあるべき物語だったのだから。




 世界はーー終わった。

 終焉の時代に導かれるままに、世界はページを閉じた。



 さよなら。

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現実逃避青少年 総督琉 @soutokuryu

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