第36話(最終話)

 一月一日、日曜日。


「あけまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね、沙緒里さん!」

「こちらこそ……よろしく」


 今年は実家に帰ってる場合じゃない。自宅で、美香と一緒に正月を迎えた。

 いつもより遅くに起きて、お雑煮で腹を膨らますと、午前十一時になろうとしていた。

 人混みが凄いから、初詣とは毎年無縁だったが、今年は美香の提案で行くことにした。


「なあ……。変じゃないよな?」


 寝室で、スウェットから、美香からの誕生日プレゼントに着替えた。誕生日の当日、貰った時に一度は着てみたが、これを着て出かけるのは初めてだ。

 そう。美香は私に、ベージュのニットとパープルのタックスカートをプレゼントしてくれた。

 スカートなんて履くの、マジで高校生の制服以来だと思う。厚手のタイツは履いたし、スカートは裏起毛だし――そんなに寒くはないんだが、なんだかスースーして落ち着かない。久しぶりの感覚に再び慣れるまで、時間はかかりそうだ。


「全然変じゃないですよ。超似合ってます! 超綺麗です!」


 美香から腕を引かれて、リビングの姿見鏡の前に立たされた。


「おお! お天気キャスターとか、そこらへんを歩いてるOLさんとか、普通の女性みたいじゃないか!」

「……それ、褒めてるんですか?」


 鏡の隅で、ジト目の美香が見えた。私なりの褒めてる表現だが、上手く伝わらなかったようだ。

 振り返って、頷いてみた。


「当たり前じゃないですか。この、ハイパーウルトラギガデラックスオメガパーフェクトなマスターカリスマファッションリーダーのわたしが選んだんですよ?」


 ドヤ顔の美香は相変わらず、白のリボンブラウスと黒のスピンドルジャンパースカートといった――どこで買ってるのかわからない、痛々しい格好をしていた。もう慣れたが。

 まあ本人がこうでも、センスは少なくとも私より良い。自分以外にはまともな服を選ぶ神経を持ち合わせていることが、まだ救いだ。


「私のために選んでくれて、ありがとうな」


 それに、美香の気持ちが嬉しかった。

 スカートよりパンツスタイルの方が『個人的にラク』なだけで、スカート自体が絶対に無理というわけじゃない。

 たまには普段の服装からガラリと変えるのも……新鮮味があって、なんだかいいな。


 変わらなくてもいいと、美香は言った。

 私としてもこの性格を変えるのは困難だと思うが、一ミリぐらいは前向きになってみたい。

 今日はちょうど、新しい一年の始まりの日だ。キリよく、まずは外側から変えてみよう。内側まで響くかもしれない……。


「それじゃあ、そろそろ出ましょうか」


 コートを着て、準備が完了した――その時だった。

 ふと、インターホンが鳴った。美香がパタパタと駆け寄り、応えた。

 元日に、いったい誰だ?


『美香ねえ! あたしも初詣に連れてって!』

「げっ、美結」

『あたし、今年は受験生なんだよ? 美香ねえ、合格祈願してよ。……ついでに、彼女さんも』

「ちょっと! いきなり押しかけて、なに言ってんの!?」


 インターホン越しに、姉妹ゲンカが始まった。

 やれやれ……。せっかく準備が出来たのに、出るにはまだ時間がかかりそうだ。まあ、この際だから別に三人でも構わないんだが。

 私はソファーに座った。


「続いてのニュースです。宗教団体『光の戦士連合』の代表、よ――」


 テレビでは正月特番の合間のニュースで、カルト宗教の教祖様が詐欺で捕まったと報じていた。言葉巧みに人を騙すなんて、ひどい奴だ。

 そういえば、SNSで勅使河原アルテミス伊鶴がここ最近は何も呟いていない。スマホを取り出すとアプリを開いて、フォローを外した。

 さようなら。あんたはもう、私には不要なんだ……。


 SNSのタイムラインを、ぼんやりと眺めた。皆がそれぞれ主張したいことがあるんだと、ふと思った。

 これまで私は見る聞くだけだったが、今年から発信もしてみようかな。初めて、テキスト入力画面を開いた。

 そうだな……まずは、自己紹介だ。


『私はネガティブで、思い悩むとひとりで抱え込んでしまう、面倒な女です。仕事以外は何の取り柄も無い、ちっぽけな人間です。毎日が辛くて寂しくて、死にたくなることもありました』


 自己顕示欲とか承認欲求とか、正直よくわからなかった。

 だが今は、SNSでイキリたくなるのが――かつて美香が写真をアップしまくってたのが、ちょっとは理解できるような気がする。

 自慢できるものがあれば自慢したいのは、当然の現象なんだ。

 私はそれを持っている。幸せな気持ちと共に、私の『自慢』を世界中の人間に見せびらかしたい。写真を添えるのはギリギリ堪えたが、この事実だけは有象無象の皆さんに知って貰いたい。


『でも今は』


 私は振り返って、バトル中の美香をチラリと見ると、微笑んだ。

 さっき聞こえた美結さんの言葉が、耳に残っていた。私にとっての美香を表現するなら、まさにそれが適切だ。

 そして、こう付け足して投稿した――



   こんな私にも理解のある彼女ちゃんがいます

   my precious one.


   完



あとがき

https://note.com/htjdmtr/n/ne31926b5981f


(今後の活動につきましては、2月5日の近況ノートをご覧ください)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんな私にも理解のある彼女ちゃんがいます 未田@『アナタは』特別編の準備中 @htjdmtr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ