「夢屋」と土偶のレプリカ 🦖

上月くるを

「夢屋」と土偶のレプリカ 🦖





 いまでこそ浮世絵は日本を代表するアートの位置づけだが、誕生したばかりの江戸時代には単なる風俗画に過ぎず、ついには輸出用の伊万里焼の包み紙にまでなった。


 そんな司馬説に触発された橙子さんの脳裡にまざまざとよみがえったものがある。

 作家・深沢七郎さんの今川焼き屋の包装紙になった美術家・横尾忠則さんの作品。


 地方出のぼんやりだった橙子さんが友だちに連れて行かれた店の屋号は「夢屋」。

『風流夢譚』騒動の作家は白い帽子に白い前掛けの下町のオヤジになりきっていた。


 連れはバリバリの文学青年だったが、いまから思えば、店の二階に住むホステスと揉めてバケツの水をお見舞いした(笑)というゴシップに惹かれたのかも知れない。


 たぶん、来日したツィギーに憧れた日本女性にもミニスカートが流行り始めたころだったのではないか、色褪せた一張羅のミニスカと深緑のベレー帽を記憶している。


 


      🌆




 まさに青春まっさかり、のちに有為転変を繰り返し、あのころと人の形は同じだが(笑)ベリーショートに老眼鏡で文庫本を読むパーソナルが地方都市の片隅にいる。


 思えば信じがたいほど遠くへ来てしまったんだね、自分も社会もなにもかも……。

 途方に暮れるような呆れるような思いで、過去、現在、遠からぬ未来を俯瞰する。


 そういえば、生涯シングルを通した深沢七郎さんを看取った人はだれだったろう。

 たしか武蔵野(埼玉県久喜市)でラブミー農場を経営していたはずだったが……。


 あきらかなミーハーに飄々と対応してくれた有名作家が、ごつごつした手で包んでくれた今川焼きと手づくり味噌は、横尾さんの描くイラストを凸凹にしていたっけ。


 それを宝のように抱えて乗った電車は、田舎者を拒む、都会の匂いに満ちていた。

 わたしはこの場所で生きていけるだろうか……ビル街の昆虫に自分を重ねてみた。

   



      🌠




 青春からン十年後に話は跳びます。

(またでっかいな~。( ^^) _旦~~)


 弊館所有土偶のレプリカ販売を計画中。

 ついては御社に見積もりを発注したい。


 そんな願ってもない話が飛びこんで来たとき、橙子さんは舞い上がりました。

 吹けば飛ぶよな零細企業に支払いの心配がない行政からのアタックですよ!


 いつもいつも資金繰りに頭を悩ませている社長にとっては夢のような話……。

 ない知恵を絞り、取引先に相談し、ほぼ完璧な見積もり書を提出した、はず。


 ところが、待てど暮らせど返事が来ないの、見積もり書受領の連絡すらなく。

 たまりかねて担当者に何度か連絡してみましたが、のらりくらり要領を得ず。


 忘れたころ地元紙に「レプリカ製造販売」の記事が載り、あっと思いました。

 最初からの出来レースで、橙子の会社は当て馬のひとつに過ぎなかった……。




      🏇




 堪らない屈辱が去ると、世間知らずだった自分の惨めさと先方への恨みをぴったり封印したつもりでしたが、四半世紀を経たいまなお当該博物館の名称がきらいです。


 全国区で有名な土偶がテレビで紹介されるたび、フンッと冷たく目を逸らします。

 だいたいからして縄文人の心を形だけ真似したレプリカになんの価値があんのよ。


 なにが縄文の☆□〇△だよ、たまたま発掘されただけの幸運を金儲けの種にして。

 自分もその利益の一端に与ろうとした事実は都合よく忘れ、痛烈に批判している。


 先年、市井の学者が従来の土偶女体説を覆す植物由来説で学術賞を受賞したとき、考古学界の権威主義に横合いから投じられた一石に、盛大な拍手を贈った所以です。




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「夢屋」と土偶のレプリカ 🦖 上月くるを @kurutan

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