Chapter2「残された時間と共に」

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 微睡まどろみの中、青白い光が頬を照らす。


「ん……」


意識がまだはっきりしない。

光源に手を伸ばそうと、枕元を弄る。


すると慣れた感触が私の手に届いた。


「……スマホ」


寝る前にスリープさせたはずなんだけど…


「––––!?」


突然スマホが振動して。

画面に目をやると、よく知る人からのLIMEが来ていた。

気怠く思いながらもスマホを立ち上げる。


「なになに…」


LIMEのメッセージが2つ。


『おはよう』7:06

『昨日のニュース見た?』7:08


「…ニュース?」


昨日は帰るや否や寝てしまったので、よく覚えてない。

気付けば反射的にTwisterを開いていた。


ニュースのトレンドを調べてみる。


「え…」


『スタンガン』『事件』『犯人』といった物騒なキーワードの羅列の下に。


「『鹿坂橋かざかばし高校』……って」


––––私の通う高校の名前が、あった。






 14日午後5時頃、私立鹿坂橋高校の校舎内で傷害事件が発生。被害者はこの高校に通う男子生徒(17)であり、放課後帰宅しようとしていたところに突如全身黒タイツの人物(性別、年代ともに不詳)が現れ、スタンガンで気絶させられたとのこと。午後7時頃、校内の見回りをしていた警備員によって男子生徒が発見され通報に至った。男子生徒は軽い怪我を負ったが命に別状はない模様。犯人は現在も逃走中であり、校舎内での犯行から警察は学校関係者の可能性が高いと見て調査を進めている。

 なおこの影響で鹿坂橋高校、及び周辺地域の小中学校は休校措置を取る方針で進めている。


…というのが今分かっている情報だった。


「午後5時って…」


私たちはその時学校に居たはずだ。

犯人の動機は分からないけれど、狙われた可能性だって十分にある。

そう思うと足が竦んだ。


ていうか、学校関係者を調査ってことは。


「わ、私の所にも…?」


ベッドから窓の外を見つめるけど、至って閑静な住宅街が見えるだけだ。

特に物々しい雰囲気はない…はず。


––––その時、インターホンが鳴り響き。


「……!」


ホントに警察官が来た…!?


「……」


寝室を出て、恐る恐るインターホンのモニターに近付く。


「なんだ…」


そこに映っていたのは。


「はい。丘山ですけど…」


「あ、良かった。皆絵ちゃんおはよう」


「…もしかして心配して来てくれたの?」


「うん。上がってもいいかな」


「良いも何も」


私が断る理由なんてこれっぽっちもない。

玄関の施錠を開き、彼女を家の中に入れた。






「ふふっ。元気そうだね」


家に入って開口一番、彼女がそう言った。

優しくて柔らかな香りが私を包む。


「ラインの既読ついたでしょ。元気だよ」


「そんなこと言わないの。既読ついただけじゃ心配でしょ」


8つしか年が違わないけれど。私はどこから見ても子供で、彼女はどこから見ても大人だった。


「灯里さん…いつもそれ言うじゃん」


「だって、皆絵ちゃんが元気なのを確かめるのが私の仕事なんだから。ほら入った入った」


いや、家に来たのはそっちなんだけど…。

ずるずるとリビングまで追いやられる。


彼女––––麻見灯里あさみあかりは私が世話になっている児童養護施設の職員だ。

4年前、私の妹が亡くなったときからの。


本来1年で私のケアを終える契約だったらしいけれど、彼女の方から施設に契約延長を申し出たらしい。


「…お人好しだよ、灯里さんは」


「あら、そう?」


「…今日だってわたしなんかのために」


と言ったその瞬間、彼女が私の口に指をあてがった。


「当然のこと」


「え…」


「心配するのは当然。皆絵ちゃんは私の大切な家族なんだから」


「…うん」


微笑んで、至極当たり前のようにそう言う。

その言葉にひとつの偽りもないことは、私もよく知っていた。


「ごめん…」


「え?ごめんって…?」


「あ、いや。気にしてないなら良い」


時々、彼女の優しさを疑ってしまう。

その理由も分かっている。

私は、誰かに愛されるのに慣れていないから。


彼女のおかげで私は昔ほど人を疑わなくなったけれど、それでも不安になる時がある。


きっと一生完治することのない傷。


「どう。最近は」


「どうって、先々週も来たばっかじゃん」


「でも、お話いっぱい聞きたいじゃない。何でも良いの」


「そんなこと言ったって––––」


……。


「あ…文芸部の話があるけど。聞く?」






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それは、私の文芸部奪還作戦 ShiotoSato @sv2u6k3gw7

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