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「––––成見先生?」


息を殺して様子を伺う。

なんで、こんなところに先生が?一体誰と電話してるんだろう?


と、電話を終えたらしい先生がゆっくりと歩き出し。


「あれ…丘山さん?」


「っ!」


やばい、気付かれた。

何とかしてごまかさなくては。


「こんなところで何してるの」


それはこっちのセリフだよ!


「あ…せ、先生こんにちは」


掛けていたメガネを厄介そうに外し、先生が寄って来る。


「どうしたの、もうすぐ最終下校時刻よ?」


「あ、いや…ちょっと部活が長引いて。みんなと話していたら」


教室の中を指し示す。

何事かと、みんなが私の方を見つめていた。


「え…?」


先生が困惑した表情を浮かべた。メガネを掛けて、再び部室を覗く。


「––––!!」


「せ、先生?」


すると、なぜか驚いた様子で何度も何度もメガネを掛け直した。


「あ…ごめんなさい。目が悪くて私。えっと丘山さん、あの子達は…?」


「え?あ、えっと…」


と、私が先生に説明するより前に遥花が立ち上がった。


「あれ、もしかして皆絵の担任の先生?アタシ、衿戸遥花です。初めまして!」


「……」


「先生?」


「え?あ、ああ。初めまして、衿戸…さん」


「文芸部部長の笠井悠莉です。初めまして」


「…吏ノ世麻央です、初めまして」


みんなが自己紹介を済ませ、先生も会釈を返す。


「それにしても…文芸部だなんて、先生初めて聞いた」


「あ…そうですか」


素っ気ない態度で私は返した。

普段別に先生と話さないので、なかなか会話が弾まない。


「あ、笠井さん?」


「はい?」


「この部活の紹介、頼んでもいいかな。部活動を通してもっと学校のこと知りたいし」


「あ…分かりました」


悠莉は少し悩んだ顔をして、けれど話し始めた。


そう、この部活について。

25年続いてきたということ。

かつては部員がたくさん居たということ。

それから、顧問不在という体制の中続けていること。


「顧問不在って––––それじゃ、この部活は?」


「2年前ですかね…顧問が降りたんです。それからすぐに廃部の話が出て。でも私は続ける気、満々でしたから」


そして私たち部員を見る。


「取引に出ました。次年度部員が入って来なかったら廃部で構わない。でももし部員が入って来たら、顧問不在でも続行させてもらいます…って」


「……」


「今、この部が続いてるのは…みんなのおかげなんです」


彼女の凛とした瞳が優しさを湛える。


「…さっき、顧問の先生は居ないって言ったよね?」


先生は、少し胸を撫で下ろしてから。


「ねえ。先生じゃダメかな?」


「……え?」


「不便なこといっぱいあるでしょう。あ、イヤだったらいいの」


それは、つまり…


「つまり…成見先生が、ウチの顧問になるってこと?」


遥花が言った。


その言葉を、頭の中で繰り返す。

––––成見先生がここの顧問になる。

それはつまり…どういうことだろう。


「ええ。先生、ここすごく気に入っちゃった」


そう言って先生はいじらしく笑う。


「私…賛成です。その方が、文化祭の時に困らないと思うし」


麻央が口にしたのを皮切りに、私たちも賛成した。


「文化祭の時…というと?」


「あ、はい。私たちも出店しようかなと…でも出店するだけでも骨が折れます」


「じゃあ丁度良かったのね、先生。しっかりと私が話、通しておく」


「…良いんですか?」


「良いも何も、顧問なんだから。最低限の仕事はするつもりよ」


…それは奇跡だった。

誰にも認められなかった文芸部に、初めて光が差したような感覚。


こんなトントン拍子で話が進んで良いんだろうか?

このまま行けば…本当に、みんなをあっと驚かせることができるかもしれない。


興奮と期待で、鼓動が速くなるのを感じた。







夏の日差しに照らされた家路を4人で歩く。


思えばこの1週間、激動だった。

一つの目標に向かって何かをするということの楽しさも、改めて感じた。そんな1週間。


ふと道端に目をやると、役目を終えて転がるセミの姿が。

悠莉が、普段見せない無邪気な笑みでそれに近付く。


……。


もうすぐ夏休みが始まる。

それが私たちに残された、最後の時間。


夏休みが終わる時…。

私はどんな顔でそこに立っているんだろう?

どんな気持ちでその時を迎えるんだろう?


笑顔でいられるのだろうか。

長いようで短いその時間を、満足に過ごせるのだろうか。


「ねえ、みんなはさ…」


私の声にみんなが振り向く。


「突然居なくなったりとか…しないよね?私の前から…」


不意に、よく分からない不安が襲った。


そんな私の言葉に、麻央は「そんな訳ないよ」と優しく答える。

そんな私の言葉を、悠莉は「大丈夫」となだめる。

そんな私の言葉に、遥花は「アタシたち、いつも一緒でしょ」と力強く言う。


…夏は、まだ始まったばかり。

何も心配することなんてない。


そうだよね…私?




その問い掛けに返事をする人は、居なかった。

















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