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「ねぇ聞いた?成見先生と科学の…浅羽先生。理科室で、二人きり話してたってウワサ」


「聞いた聞いた。てかまじ、よりによってあのバネちゃん?おっさんじゃん…」


「まさかパパ活ぅ?」


「キャハハ、それはないっしょー。まあでも成見先生カワイイもんね…それ疑うの分かる」


 昨日のことがあってから、私は小説を書き続けていた。今みたいな学校の休み時間にも。


アイデアが浮かんでは消え、また浮かんでは消え…真面目に小説を作るのって、案外難しい。


もちろん今までも小説はずっと書いてきた。

でもそれは、大した中身のない、ハッピーエンドで終わる物語ばかり。

結局私が文芸部に居る一番の理由は、みんなと

一緒にいたいだけなんだと思い知らされた。


人をあっと驚かせるような小説。今求められているのは、小説の「面白さ」。


「私はやっぱり威架先生が好きだな〜。長身だし、博識だし」


「バカ、彼女居るとか言ってたでしょ。ムリムリ、諦めなって」


「なにも彼女になりたいなんて言ってないよ。好きでいるだけ」


「まあ〜、それならタダだけど」


ネタ集めのために耳を澄ましていたけど。


聞こえてくるのは、うちのクラスの担任––––数学教師でもある––––の成見なるみ先生のウワサだとか、恋バナとか…。


とにかくそんな話ばかりだった。


(こんなとこでネタ集めなんてする方がバカだ…)


どうせネタ集めするなら、いろんな人が集まる場所が良い。


(かといって都心の方は人が多すぎるし)


そもそも人の多い所って苦手だ。

どうすれば…


(…大人しく自分で捻り出すしかない、か)


結局、休み時間を全て小説のために捧げて放課後を迎えた。







「昨日、ネタ集めに渋谷まで行ってきた」


「…行動力の化身だね、遥花は」


「それ褒めてる?貶してる?…まあいいけど」


「…それで収穫はあった?」


「いや、運賃500円溶かして終わった」


「……悠莉は?」


「男女の痴話喧嘩を描いたラブコメ」


「……麻央」


「タイムリープもの。主人公の男の子が能力を手に入れて––––」


「ちょちょっと待って。私が想像つく限りでもかなりそういう作品ある」


「でもストーリーはきちんと考えてきたよ。

えっと…」






「やっぱダメだ。変に張り切って書こうすると何も浮かばない」


「agree」


「なにアグリーって」


「説明させるな」


全滅だった。

あの後麻央の小説のストーリーを聞いたけど、完全に某作品です。本当にありがとうございました。


…いつもはどんな小説を書いていたかな。


遥花は青春群像劇。

悠莉はミステリーとサスペンス。

麻央は恋愛小説。

私は…何だろう。分からない。


「変に凝ったりすると、自分でもよく分かんなくなる…」


麻央が俯き加減に呟いた。


「…確かに、麻央の言ってたのなんかは結構複雑かもね」


悠莉がフォローを入れる。


「いや痴話喧嘩の話もある意味複雑だけどね…そういや皆絵はどんなの書いたの?」


「私?私は…うん、結局いつも通りになった」


「そうかあ、いつも通りかあ」


遥花が納得したように頷いた。「いつも通り」で伝っちゃうのか、私の小説って。

何か嬉しいような悔しいような、そんな気持ちに陥る。


「よし」


突然。悠莉が立ち上がったかと思うと、くるっと身を翻しこちらを向いた。


「うん、やっぱいつも通り書こうか」


「そうだね…やっぱりそれが良いと思う」


それまで表情を曇らせていた麻央の顔が綻ぶ。


「アタシはちょっと見てみたかったけどなぁ。時またぐやつ」


「ちょ、ちょっと遥花ちゃん!」


焦り出す麻央の顔を見て、遥花がいかにも楽しそうに笑った。


「じゃあ、皆絵もそれでオッケーかな?」


「あ、うん。たぶん私たちの精神衛生上それが一番良いと思う…」


「うん。それじゃ決まり」


…果たして、こんな調子で完成するのか。

今から不安で仕方がなかった。


窓から漏れる夏の日差しが影をつくり、私たちの足元を攫う。

夏はまだ始まったばかりだ。


「……?」


ふと、窓から視線を戻したその時に。

一つの人影が目に入った。


おそるおそる、教室のドアから外を覗く。


「あれ…」


階段付近で誰かと電話をしている女性。

見間違うはずもない、彼女は。




「––––成見先生?」










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