第5話 堕つる灯火

 私には死の影が付き纏う。


 産まれたときからそうだった。


 私を産んだ母はその直後に衰弱して死んだ。


 私がいなければ母が死ぬことがなかった。


 私には母が命を懸けてまで産む価値があったのだろうか。


 幼い頃、私を助けたお兄さんは車に撥ねられ死んだ。


 私には命を懸けて守る価値があったのだろうか。


 私を大事に育ててくれた父はつまらないケンカをした日に事故で死んだ。


 私には父が最後にかけた言葉通りに生きる価値はあるのだろうか。


 その答えがこの前わかった気がする。


 私にはそんな価値はなかった。


 親友と呼んでいたはずの子が私にかけた言葉で、全てわかった。


 苦しんで。その一言が私の価値を決めた。


 私に希望を託してくれたどんな人の言葉よりも、彼女の言葉が胸に刺さった。


 今まで気づかないふりをしていた浅い傷を深くえぐる。


 血が出ない。けど今まで味わったどんな痛みよりも痛い。


 傷は見えない場所に残り続け、治らない、痛くなくならない。


 もうごめんなんだ。


 この痛みを抱えたまま生き続けるのは。


 母もお兄さんも父も私が生きることを望んでいるだろう。


 だけど私にはこの痛みを乗り越えることができない。


 そこまで私は強くなれなかった。


 私の人生はたったの一言で価値が決まってしまった。


 私が味わう苦しみはここで終わりにしたい。


 けど自分で苦しみを終わらせる勇気はない。


 彼女は強かったんだ。自分で自分の苦しみを終わらせた。


 誰かに言われるわけでもなく自分でそれを選んだ。


 彼女の死は私という人物を変えた。


 けど私はひっそりと誰にも知られず死ぬのがお似合いなんだろう。


 誰の人生に干渉するでもなく、まるで空気のように当たり前にある死の一つ。


 そんな形もない死に納得するわけじゃないが、かと言ってそれ以外の死は私には選べそうにない。


 私はいつも通らない路地裏に吸い込まれていくように惹かれていく。


 薄汚れたその路地は今の私の心のようだった。


 トン……


 腹のあたりを叩かれたような感触。


 口に血の味が広がっていく。


 私の脳がそれを理解したとき、唐突に死の怖さが頭を埋め尽くした。


 私の見送ってきたどんな誰よりも冷たい目。


 親友が私に向けた目よりも冷たすぎる目が怖かった。


 足の力が抜ける。


 頭をかばう余裕もなく冷たい地面に打ち付ける。


 腹と頭が痛い。


 あの冷たい目は私に向けられることなく遠のいて行く。


 口の中にたまる血を吐き出し、息を吸う。


 浅い呼吸が腹の痛みを際立たせる。


 少しドロッとした液体が流れ出るのを感じる。


 やっぱり私にはこんな死に方がお似合いだ。


 誰もいない静かな路地でひっそりと死んでいく。


 私は二つの凶器に殺された。


 親友の言葉と知らない誰かの冷たい凶器。


 死にゆく私にはもう関係ない。

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灯火の終わりに 神木駿 @kamikishun05

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