主役は光の下 脇役は影のなか

「日が暮れるのを待っておったら遅くなった。まあ、間に合ったのだからよかろう」

「ツクヨミィ!そなた、そなた!」


 涙目のアマテラスがツクヨミに飛びついて、その胸をぽすぽすと叩く。


「やめよ、うっとうしい」


 そう言いながらも、ツクヨミは彼女をしっかりと抱き留めて、胸にしがみつくアマテラスを降ろそうとはしない。


「あ、あの、その方は……?」


 親しげなふたりの姿にスザクがよろめきながらも問いかければ、アマテラスがにっこりと振り向いた。


「我の片割れ、ツクヨミじゃ!」

「かた、われ?」


 ―――あ、これは勘違いしてますね。


 ショックを受けた様子のスザクに、脇谷はそそそと近寄って耳打ちする。


「双子的な意味ですよ。伴侶とかそういうのではないので、スザクさんにもチャンスはあるかと」

「あ……え? ええ!?」


 安堵の息をつきかけたスザクは、ささやかれた言葉の意図に気づいて顔を真っ赤に染め上げる。

 夜目のきく脇谷でなくともわかるだろうほど、色づいていた。


 ―――おや、とうとう自覚しましたかね。


 にやにやと笑う脇谷に、ツクヨミが不意ににやりと笑みを向けた。


「そなた、変化の対象に月の神使と呼ばれる白兎を選んだのは良かったぞ。我が配下に相応しい」

「あ、自分、そういう上下関係はお断りなので。フリー忍者として有事の際に雇ってもらえるなら来ますけど」


 すかさず断る脇谷に、ツクヨミの顔が引きつる。


 不快だ、と隠す様子もない美丈夫の姿にアマテラスがきゃらきゃらと笑った。


「振られたなあ、ツクヨミ! 大概のものを見惚れさせる満月の夜のそなたをいともたやすく振るとはなあ!」

「ふん、今宵でなければあれほどの怨嗟、封じるほかなかったのだぞ。折良く満ちた月に感謝せよ」


 拗ねたツクヨミの肩のうえで、短くなった髪が跳ねる。


 ―――その御髪のぶんくらいは、ツクヨミさまの手下をしましょうかね。


 直接言えばいよいよ逃げ道を塞がれてしまいそうで、口には出さないながらも脇谷はツクヨミに感謝していた。


 ほのぼのと日月の神、そしてスザクの姿を眺めていた脇谷の袖が軽く引かれる。


「あ、クナイさん」

「その、おかえり」


 すこしの照れを含んで告げられた出迎えの言葉に、脇谷はフードの下でにっこり笑う。


「はい、ただいま戻りました」


 自然に浮かんだ笑顔が引っ込むのを待ってから、脇谷はクナイの前に膝をついた。


「クナイさん、つらい話をしなくてはいけません」

 

 表情を改めた脇谷の言葉に、クナイの顔がくしゃりと歪む。

 笑おうとして失敗したような、ひどく悲しい顔。


「うん……聞いたよ。寝ていたあの子が目を覚まして、教えてくれたから」

「……すみません。間に合いませんでした」

 

 項垂れる脇谷の頭を掻き抱き、クナイは嗚咽した。


「ううん、兄ちゃんは悪くない。だってマシラを助けてくれた。だけど、みんなが……もういないなんて……」


 クナイの悲痛な声に、脇谷は自分の無力を思い知らされる。

 

 ―――自分が忍者では無いほかの何かになっていれば。すべてを守れる盾や、あるいは死者をも呼び覚ます者になっていたならば……。


 違う未来もあったのか。

 脇谷が忍者になったことを悔やみかけた、そのとき。

  

「すまぬ」


 幼い少女の姿をしたアマテラスが、クナイに向かって頭を下げた。

 となりに青年姿のツクヨミも並び、同じように深く頭を下げる。


「町の者を守りきれぬは、我らの力不足。こたびの顛末、すべては我らに責がある」


 神と崇める相手に首を晒されて、クナイは「そんな……」と戸惑った。

 助けを求めるように視線を向けられて、脇谷は立ち上がりクナイの背を支える。


 す、と顔をあげたアマテラスとツクヨミは互いにまっすぐ前を向いたまま口を開く。


「この姿を見てわかるとおり、我らは未完成の神じゃ。神世より時は流れ、地上に残された我らの神力はずいぶんと衰えた」

「己の力さえ思うようにはならず、怨嗟を祓うにも時を待たねばならぬことが多い。神と呼ばれるのもおこがましいほどの、成り損ないだ」


 順に話したふたりの声が重なる。


「「それでも、我らはこの町を守りたい。守るべき町人として、これからも我らの元に居てもらえまいか」」


 ぴんと張り詰めた空気のなか、クナイの手が脇谷の服を握りしめる。

 信じてもいいのか。信じられるのか。


 迷う心が透けて見えて、脇谷はクナイの手を取った。


「返事はクナイさんの心のままに。別の場所で暮らしたいと思われるなら、山でいおりを結ぶのも良いものですよ。マシラとあの幼児も誘って、四人で隠者生活などするのも楽しいかと。罠の作り方もいくつか知ってますし、暮らしに必要な道具はだいたい忍具でまかなえますし!」


 途中からわくわくしてきた脇谷のことばに、クナイが「はははっ」と笑う。

 笑った力が抜けたのだろう。クナイはやわらかな表情のまま脇谷を降り仰ぎ、首をかしげた。


「兄ちゃんはほんと、変なひとだねえ。じゃあ、おいらがここで暮らしたいって言ったら、どうするの」

「うーん、山暮らしも捨てがたいんですけどねえ。クナイさんたちといっしょに町で忍者屋敷を作るのもありですね。いや、だったら町に忍者屋敷、山にいおりの二拠点作るのも良いな……」

「あはは! 案外、欲張りだなあ」


 楽しげに笑ってから、クナイはアマテラスとツクヨミに向き合う。


「町の中に、居場所をください。おいらたちと、これから出てくるかもしれない住む場所のない子が居て良い場所を」

「もちろんだ!」

「この名に誓おう」


 食い気味にうなずくふたりの後ろでは、スザクも我がことのようにうれしそうな顔を見せていた。


「良かったですねえ。家が決まったらちょっとだけ改装しても良いですか?」

「兄ちゃんはほんとにもう……マシラたちにも聞いてからね」


 脇谷がクナイの呆れた視線を受けているなか、アマテラスがスザクへと歩み寄る。


「スザクよ、そなたにも我がそばで助けてほしい」


 請われて、スザクの心には迷いがあったのだろう。

 わずかに視線をさまよわせ、あいまいに頷く。


「俺で、良ければ。俺も、できないことだらけで。仲間も守れなかった、けど……」


 言いながら、ヒガやリーチェのことを思い出しているのだろう。

 

 苦く笑うスザクの前に立ち、アマテラスは抱っこをせがむように両手を伸ばした。


「お主がいいのじゃ。我らの秘密も知ってしまったことだしな。足りないところは互いに補いあえるよう、これからよろしく頼むぞ、スザクよ」

「はい。こちらこそ」


 ちいさな身体を落とさないように抱えて、スザクは今度こそ深くうなずく。


 アマテラスと笑顔を交わし合うふたりをよそに、こっそり暗闇に消えようとしていた脇谷を捕えたのはツクヨミだった。


「表に出ずとも良い。今ならまだ、我が飼ってやろうぞ?」


 ツクヨミの視線に射抜かれた脇谷は、ぎくりと肩を揺らして素早く首を左右に振る。


「いえいえいえいえ! 主は自分で決めたい派なので! 間に合ってますー!」


 言うが早いか、脇谷はクナイを抱えて跳びあがった。


 そのまま姿を消そうかと思っていたら脇谷だが、すこし考えて暗がりのなかから呼びかける。

 

「あの、自分らはひとまずアジトに戻ります。残してきた子たちを弔わないとなので。マシラさんたちは後日、迎えに来ますから。それまでよろしくお願いしますね!」


 腕のなかのクナイが「はあ……まあいいや。任せるよ」と受け入れてくれたのを見てとり、脇谷はいよいよ立ち去るべく脚に力を込めた。

 

「では!」

「あ、あの! また、会おう! 次はあなたの名前を教えてほしい!」


 背中に投げかけられたスザクの声に、脇谷はふと気まぐれをおこす。

 脇谷たちの去った後、ふわと吹いた夜風に乗って一枚の葉がスザクの元へと舞い落ちる。

 

「なんじゃ? 木の葉など、どこから」


 アマテラスとともに首を傾げながら木の葉を手のひらに受け止めたスザクは、そこに書かれた文字を見て目を丸くした。


『また会いましょう、英雄さん。名もなき忍者より』


「はは。じゃあ俺は、俺なりの英雄を目指しますよ。アマテラスさんの隣で、あなたに恥じない英雄になれるように」


 ―――では自分は見守りますよ。影に潜んで、ね。


 月をみあげて誓うスザクの背中を見届けてから、脇谷は腕のなかのクナイにささやく。


「帰りましょう」

「うん」

 

 黒い影はひそやかに、闇のなかへと姿を消した。

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忍者転生〜主人公系転生者を隠れ蓑に忍んで参ります!〜 exa(疋田あたる) @exa34507319

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