出会い系じゃ出会えない!
染谷市太郎
恋をしたい愛したい!
「出会いがない!」
「はいはい」
大学付近の喫茶店にて、私の叫びは華麗に受け流された。
「うぁー出会いがないのだよー出会いがー」
うじうじとテーブルに伏す。
大学に入学してから早3年。
入学直後、強力な感染症により大学は閉まり授業はオンライン。サークルへの入部はタイミングを逃し、できた友人は目の前の一名のみ。
なおバイトはブラックな飲食店に入ったため現を抜かす余裕もなかった。(主要戦力になったタイミングで辞めた)
花の大学生活は始まる前に手折られていた。
当然、恋愛しようにも出会いそのものがなく。
友人はつまらなそうにスマホをいじっていた。
「そっちはいいよねー。彼氏いるし」
「出会いなんてそこらへんに転がってるってことよ」
友は長い黒髪を優雅に掻き上げる。友はハイヒールと短いスカートが似合う美人さんだ。
だから友に関しては出会い云々ではなく、見た目だと思う。
「バイト先の先輩後輩よ。見た目じゃなくて中身」
考えは顔に出ていたらしい。
友に中身を語られても説得力はない。決して友の中身が悪いわけではないが。見た目がよすぎるのだ。
「だいたいあんたにも機会はあったわけじゃない」
「あったっけ?」
「ほら、中田ってやつとか」
「ああ」
中田。実験実習の班で同じになった同級生。
「彼は論外」
「まあぽっちゃりめだけど、そこまで」
「見た目じゃないの。私よりも頭が悪くて話が通じないの」
「あーね……」
ストレートな物言いに友は納得する。
「じゃあ、青木は?」
青木。同じ研究室の同級生。
「彼は不潔。爪が伸ばしっぱなしなの」
「清潔感は重要だわ」
端的な言い方に友は同意する。
「じゃあ深谷ってやつは?この前チョコ上げてたじゃない」
深谷……誰だっけ?
「ほら、英語の試験のときよ」
「ああ」
思い出す。
「あのときは一人だけはぶくのかわいそうだと思ってチョコ上げたの」
それ以上の意味はない。顔に見覚えがあり仲間外れは悪いと思ったからだ。
「お、噂をすれば。ほら、あれが深谷よ」
「おお」
顔は知っているが。なるほど彼の名前は深谷か。
「恰幅あるっていいよね。ご飯おいしく食べてくれそう」
「脈ありじゃない」
「相手のこと知らな過ぎて無理」
「思い切りが大事なのよ。数うちゃあたるって言うでしょ」
残念。私は石橋は叩いて渡る派だ。
「てか、この前言ってたあれはどうなのよ」
「あ、あー」
スマホを取り出す。
「めちゃくちゃ充電食うのよ」
アプリを起動させた。
「この出会い系アプリ」
位置情報を共有するからか、充電の消費が激しいのだ。
「でも出会えれば儲けものじゃない」
「出会えないから赤字なのさ」
私は残念な結果をお知らせする。
アプリを開始してから3週間たつが、まともな男性に出会えていない。
「おかげさまで、自撮りだけはうまくなったわ」
アイコンに使う写真は自前だ。
相手の男性がどれだけ本当の姿なのかは知らないが。
「プロフィールとか何かいてるのよ」
「年齢と職業、あとは男の趣味とか」
「どれどれ……なにこれ」
「タイプの男」
「『風上で煙草を吸わない。食事にソースをかけすぎない。洗濯物は分別する。』父親への嫌味か!」
「あれを父親とは呼びたくねーよ」
「急に家庭の不和を見せるな!」
せめて我が父のような男とは関わりたくなかった。
「ええとあとは、『出会いがなくてさみしいです』。なにこれツイッターの出会い系アカウントで見たような文言ね」
「じっさい出会いがなくてさみしいし」
「こんなんじゃ寄ってくる男も来ないわよ」
「まあいいもんじゃないよ」
私は今まで来た男性を思い出す。
「聞いてよねえ、聞いてよ、ねえねえ」
「聞いてるわよ」
「きもいんだよ。60代70代で彼女募集中とかさ」
「恋愛に年齢は関係ないでしょ」
「熟女、人妻連絡くださいとか」
「慰謝料払う覚悟はあるんじゃないの?」
「ち〇この写真送ってくるしさ、てか最初肌色の芋虫かと思ったけど」
「それはさすがに通報しなさいな」
「したわ」
本当にさんざんな目にあった、と私はまたテーブルに突っ伏す。
「それでさー、この前ようやく話しかけてくれた人いたのよ」
「よかったじゃない」
「映画どんなの好きですかって聞かれてさ」
「順調ね」
「最近公開したホラー映画答えたのよ」
「恋愛映画よりはましなんじゃない?」
「そしたらなんて答えたと思う」
「そりゃ、一緒に見ませんかとか?」
「『参考になります』だよ?!」
私は友にチャット画面を見せた。
「しかもそのあと音沙汰なし!」
「奥手なんでしょ」
「アホじゃん!ここは『観に行きませんか?』とかじゃん!何が参考になりますだ!何の参考にすんだ!」
「他の女とのデートとか?」
「だったら私に話しかけんな!」
クソが!とチャットの相手をブロックする。
「マジ縁ないわー。碌なのないわー。これ以外だとだいたい詐欺くらいだし」
「詐欺とは限らないんじゃないの?」
「いや詐欺だよこれ詐欺!『ランボルギーニでドライブしましょう』とか詐欺以外のなんなの?」
完全に詐欺の文言だよ。
「今どきランボルギーニで引っかかる奴いる?!」
「いるんじゃないかしら?」
「南米で旦那をアリクイに殺された未亡人じゃあるまいし!」
「でも面白いじゃない、
スーパーカーの代名詞ランボルギーニだが、実は本業は農業機械だったりする。
「それはそう!」
「てかむしろ来てほしい!ちょっとうちの畑耕してほしい!」
「
「
私、バスケットにサンドイッチ入れてピクニックするの夢だったんだよね!
「でもあれは出会いじゃないよねー」
詐欺だ。絶対。
「まあ、高望みしても何もつかめないわよ」
「そっちの彼氏はキノコヘッドだもんね。話し聞こか?って言ってきそうな」
「悪い?」
「わるくなーい」
「まったく。別にイケメンとか石油王とか狙ってるわけじゃないんでしょ?」
「今どき石油王って単語も聞かないけどね」
「金持ちの代名詞でしょうが!」
「時代は投資家なのよ。株を転がすのよ」
「とにかく、要はやり方次第なのよ。出会いなんて、攻めて攻めて攻めまくるの」
「そうかなー?」
私が首をかしげたタイミングでウェイターがやってきた。
「ご注文のシトラスティーのスコーンセットです」
「はい、私です」
目の前に紅茶とスコーンが並べられる。
「シトラスティーはよく召し上がるんですか?」
「いえ」
「初めてなんですね。さっぱりとしていておいしいですよ」
「ありがとうございますー」
どうも、と去っていくウェイターに礼を言う。
「あんた……」
「スコーンだよ。おいしそ」
「ここの喫茶店初めてじゃなかったの?」
「初めてだよ」
「さっきの店員、脈あるわよ」
「えー、んなわけないよ」
スコーンにジャムとクロテッドクリームを乗せてほおばる。
「何回か通った後に連絡先でも聞いてみなさいよ。絶対いけるわよ」
ちら、と共は先ほどのウェイターを見る。にこりと会釈してきた。
「えー、いいよ」
「なによ、アタックは大事よ」
友はぐっと拳を握る。物理でアタックするつもりだろうか。
私はウェイターを確認した後、首を横に振った。
「あの人既婚者だろうし」
「え?」
ウェイターの笑顔が固まった。
「左手の薬指。指輪の跡ついてた」
「あらま」
ウェイターがホールからじりじりとフェードアウトする。
「あと香水の匂いした。女物」
ウェイターはキッチンへと消えた。
「まったく……なんでそんなの確認してるのよ」
「癖になってんだ。既婚者か確認すんの……慰謝料払いたくないし」
「どういう予防線よ」
「昼ドラで育ったので」
「だから出会い逃すのよ……」
呆れたように友は額を抑えた。
「努力は怠ってないんだけどね。出会い欲しいなー出会いがないよー」
ピロン、と着信音が鳴った。
表示されたメッセージに湧き上がる。
「こ、これは!」
「どうしたのよ」
「来たわ、お誘い」
チャット画面を見せる。
「えー、なになに?『まずは会って話しませんか。都合がよければ今日、渋谷の喫茶店で』……断っときなさい」
「えーせっかくだしーいーじゃん」
私は了承の返事をする。
「あ、こら!いきなり会いましょうとか怪しいじゃないの!なんでここでは警戒心低いのよ!」
「まあまあ、住所ちゃんと喫茶店だし。大通に面してるし」
「服とか化粧とかどうするのよ?!スッピンにリュックサックで行くわけ?!」
「そんなときのクレジットカード、親の脛」
「あんまり齧ってるとカード停止させられるわよ!」
「まあまあ、一式そろえるだけだし」
私は友へ、12時まで連絡がなかったら通報してくれ、と言い残し渋谷へ向かった。
渋谷というか、東京は金さえあればなんでもそろうからいいところだと思う。
いつもお世話になっている安いアパレルブランドでデート向けな服と靴とバッグを購入し、ドラッグストアの安い化粧品でメイクをする。
急ピッチの施工だが、初対面の男性(今後会う予定はない)にはちょうどいいと思った。
突然直接会いましょう、なんて言う男性とお付き合いする気はさらさらない。
ただ試しに会ってみるだけだ。
荷物はコインロッカーへ。最小限のものだけ持って、化粧室から出る。
待ち合わせの喫茶店は落ち着いた雰囲気の場所だった。
ウェイトレスがクラシックメイド服でかわいらしい。あんな洋服が似合う女になりたいものだ。
「エリさんですか?」
「はい」
めいっぱいの猫なで声で答える。
なおエリはアカウント上の偽名だ。さっきまで忘れてた。
相手は30代くらいの(当然)男性。プロフィールと相違はない。
「ありがとうございます。急な誘いに応えてくれて」
「いえ、ちょうど時間が空いていたので」
恰幅がいい、というか体に幅がある。脂肪か筋肉か、とりあえず肉付きがよかった。
「何か注文しましたか?」
「まだなんです。いろいろあるなって思ってて」
肌も焼けているし、アウトドアもやっているのかもしれない。確かプロフィールにはキャンプが趣味と書いてあった。
「じゃあこれなんておすすめですよ」
さされたのはイチゴのケーキ。無難。でも好きなのでよし!
「よくこちらに来られるんですか?」
ケーキと紅茶のセットを注文する。
「職場が近いので」
「え、渋谷でお仕事されてるんですか?」
「大したものじゃないですよ」
仕事の話など9割嘘だとは思うが、話を弾ませて談笑する。
知らない人で緊張したけど案外話せるな、私。
「次はどこがいいですか?どうせなら行きやすいところがいいですよね?」
どこ?行きやすい?質問の意図が映画館などの施設の話か、単にアクセスしやすい地域の話なのか分からない。
よし、ここは無難に。
「浅草とか、どうですか?」
「いいですね」
お!観光地浅草ありがとう。地名としても観光名所としても使える浅草があってよかった。
「時間帯とか、こだわりありますか?」
私門限あるんだよね。
「夜はあんまり……昼間なら開いていますよ」
「僕も昼間は大丈夫ですよ」
そういえばこの人社会人だろうけど、暇なんか?
「それで、“お礼”のはなしなんだけど」
「……はい?」
聞きなれない単語ではないが、脈絡のない単語に首をかしげる。
「月、10でどうかな」
「?」
月?10?一体なんの話?
「あ、やっぱ初心者さんか。僕ね、いわゆる大人の関係を持ちたくてね。君はその魅力があると思ったんだよ」
あ、なるほど。
私は冷めてしまった紅茶を仰いだ。
つまるところは、女のサブスクでもしようというわけだ。
月、10。おそらく10万で肉体関係を持て。
そういっている。
「お断りします」
「えー、君学生でしょ?いいバイトだと思うよ」
「いえ、足りていますので」
「そっか。気が変わったら言ってよ。そんな安い服買わなくても済むからさ」
それ以上受け答えはしなかった。
安物の女で悪かったな。てめえの肉に触るんだったらどぶ川啜った方がまだマシだ。
そんな言葉が漏れてしまいそうだから。
この喫茶店に迷惑が掛かってしまうだろう。
ちなみに喫茶代は割り勘だった。
しょっぱい男。
喫茶店から出たら、もう薄暗くなっていた。
日が落ちるのが早い。いや、そういえば夕方から曇りだった。
友へ事の次第を連絡しようとする。
が、スマホは振動して動かなくなった。
なんということだ。充電切れだ。十中八九あの出会い系アプリのせいだ。
あれのせいで今日ははた迷惑な男と同じ空気を吸ってしまったし、まったく、後で消そう。
気分は沈んでいる。喧騒が煩わしかった。
自然と視線は地面を見つめる。
ポツリポツリと冷たいしずくが降ってきた。
ああ、雨なんて、なんて情緒的な。
これが小説なら、伏線回収されるタイミングだというのに。
うつむいた私に、しかし差し伸べられる手があった。
久しぶりに飛び込んだ公衆電話。
実際1回しか使ったことのない。
使える小銭を入れる。
『もしもしー?』
「もしもし友よ」
『あんたかい。びっくりしたわよ、公衆電話から着信って』
「スマホ充電切れたのよ」
『馬鹿じゃないの』
「バカじゃないわ」
『で、どうだったのよ。なんか変なことされてない?』
「割り勘自慰野郎だった」
『なによそれ』
「肌色芋虫のほうがマシってわけよ。まあさ、とにかく落ち込んでるわ」
小銭を追加する。
『だから出会い系はやめなさいって』
「これが小説ならここで王子様もといそこそこいい条件の男がやってくるわけよ」
『現実は回収されない伏線の方が多いわよ』
「まあ、先ほど落ち込んだ私に手が差し伸べられたんだけど」
『ちょうどいいじゃない。チャンスは掴んどきなさいよ』
「宗教勧誘の手がさ」
『振り払っときなさいよ』
「お断りしといたわ嫌すぎて」
『自棄になっちゃだめよ』
「じきにいい男が現れるって?」
『それは約束できないわ。でもあんたを慰めることは約束できる。まだ渋谷いるんでしょ』
「ハチ公前で電話してまっせ」
小銭を追加する。
『ちょうどいいわ。そこ集合。おいしいものでも食べましょ』
「りょ」
『ナンパされてもついてっちゃだめよ』
「されないと思う」
小銭はもう追加しない。
受話器を置く。
外は雨が本降りになってきた。
これが物語ならば、登場人物の心理描写になるだろう。
だが現実はそうはいかない。
天気は人間の心理など関係なく変わる。
大学は充実したものとはいえず。
出会い系ではまったく出会いはない。
恋など、おとぎ話の夢物語。
愛は家族愛と友愛で満足してしまう。
まったく、ままならない、ままならない。
電話ボックスの中から、友の姿が見えた。
大きな傘を差し、手を振っている。
私は手を振り返した。
男はおらず。
しかしよき友ありて。
出会い系じゃ出会えない! 染谷市太郎 @someyaititarou
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