無知の甘さを吸う日々

式松叶人

第1話 ある日常

「いけない、朝の礼拝に遅れちゃう!」


 10才くらいの見た目の少年は息を切らし、学校に急いだ。毎朝学校で行われる朝の礼拝はとっても大事だ。遅れたら先生にひどく怒られるが、ちゃんと間に合ったら嬉しいご褒美をくれるのだ。


(急がないと……)


 少年はさらにスピードを上げて、何の変哲もないあたり一面真っ白な住宅街をぬけた。最初は覚えるのに時間がかかったが、今では均一で一切の違いがないこの空間が美しく思える。




 なんとか朝の礼拝の五分前に着くことができた。息を切らせながら、みんなから今は自分が借りている机に座る。


「おまえ、今日遅かったなぁ~。明日はちゃんと余裕を持ってくるんだぞ」


 そんなことを言いながら先生は少年のもとへと歩み寄った。怒ったらとっても怖いが、普段はなんだかんだ優しい。先生は自分の人差し指を刃物に変化させて、軽くおなかを裂いてご褒美の飴をくれた。先生のおなかは温度・湿度を一定に保つことができるので、飴はいつも同じ味でいつもおいしい。やがて先生のおなかは、いつもの黒くてぶくぶくした形状に戻った。


 天の川銀河系出身の自分たちはそんなことできないので、他の銀河系出身の先生がうらやましい。でもみんな平等だからうらやましいとか思っちゃいけない、って習ったけ?


「いつも言ってるけど、これは夜ご飯を食べた後に食べるんだぞ、約束な?」

「うん!」


 本当はいまこの場で食べたいのだが、先生はいつも夕食後に食べろという。理由はなぜかわからない。だが、先生の言うことにわざわざ刃向かおうと思わないので従うことにしている。でも、今この場で食べてしまいたいぐらい、飴はやみつきになるくらいおいしい。


 ブゥオーン ブゥオーン


 やがて礼拝の合図の鐘が鳴った。この鐘の音はいつ聞いても心地いい。心が落ち着いて、気分が楽になれる。ずっと聞いていられるとはこのことを言うのだろう。作業をしていた皆が一斉にひざまづいて、祈りを捧げる姿勢をとる。もちろん少年も同じようにした。


 そして、地球の支配者のjdhsSDLhdqh様にお祈りを捧げる。2062年に他の銀河系からやってきて、地球を治めてくださった方。平和をもたらして、平等をもたらしてくれた方。みんなの英雄であり、感謝しても感謝しきれない存在。




 礼拝が終わると1限目がスタートする。今日の1限目は歴史だった。


 先生が指定した教科書のページを開く。今日は現代史だ。もっと前は古代という6世紀ぐらいのことも習っていたらしいが、今は廃止になって現代史に比重が置かれるようになった。まぁ、そんな昔のことをやっても意味があるとは思えないので、少年としては別にかまわなかった。


 むかし、そうはいってもほんの一世紀前、悪い奴らが資本主義というものをしていたらしい。詳しくはわからないけど、どうやらそれは弱いものいじめをする方法だと学校で習った。お金持ちが貧乏人をこき使って、死ぬまで働かせてポイ捨てしていたらしい。


(ホントに今の時代に生まれてよかった……)


 心の底から少年は思う。今では貧困層という概念自体消えかかっている。素晴らしい時代だ。タブレットに授業のメモと、今日の感想を書く。感想がよく書けていたら、飴がもう一個もらえるのだ。絶対にいいものを書いてみせようと決めた。


「おまえ、今日の感想はよく書けてるなぁ~。飴をもう一個やろう」

「やったぁ~」


 褒めてくれる先生の声。一生懸命に書いた甲斐があって、飴をもう一個もらえた。少年は飛び跳ねて喜んだ。


「いいなぁ~、ずるい-」


 それを見ていた他の生徒が不満げに声を上げる。


「ずるいなんて言葉を言ってはいけません。争いの元になりますから、わかりましたか?」

「……はい」


 先生から当然とも言える指導を受けて、その生徒はシュンとする。なぜなら「ずるい」という言葉は、今度の政府の指導委員会で禁止用語に指定するかで議論が交わされている言葉なのだから。


「わかればいいんですよ」


 その言葉を聞き、注意を受けた生徒の表情はぱぁと明るくなる。ホントに単純な生徒だ。年相応の男の子らしいといえば、らしいが。


(あっ! 男の子も去年禁止用語になったんだった)


 性別を表す言葉は差別を誘発するという理由で、去年禁止になったのをすっかり忘れていた。


(いけない、いけない。復習が足りてないや)


 その後は算数と国語、理科の実験があって今日も授業が終わる。最後に、この教育の場を与えてくれたjdhsSDLhdqh様にもう一度感謝の祈りを捧げてから放課となった。






 家に帰ると母が出迎えてくれた。父は土木の仕事をやっているので帰ってくるのは遅いが、政府から与えられた職務をまっとうに務めているので仕方がない。高校に入ったら自分もようやく仕事ができるようになる。それが少し待ち遠しい。


「じゃあ僕は、今は僕が借りている部屋に戻るね」

「うん、ちゃんと勉強するのよ」


 少年は二階にある部屋へと入った。その日習ったことは、ちゃんとその日のうちに復習する。そうしろと学校で言われているのだから、そうしなければいけない。


 授業の中でも歴史は特に面白い。先人たちの失敗を糧にして、今の自分たちの生活があることを改めて実感できるからだ。それに昔は戦争があったらしいが、今は争いは何もない。競争という概念が争いを生み、羨ましいが妬ましいに、やがて憎らしいに変わったときに暴力が振るわれる。jdhsSDLhdqh様の側近として活躍したbcvwggd=sijsxjhb様の言葉として広く世界に知れ渡っている。なぜ昔の人類はこんな簡単なことに気づかなかったのだろう?


「ご飯よ~降りてきなさい」

「は~い」


 母に呼ばれて二階から一階におりてゆく。ご飯にお味噌汁、漬物、野菜炒めが食卓に並んでいる。もちろん野菜主体の食事。それらを食べ終えると、少年は学校で貰った飴の包み紙をとって、口の中に運ぶ。


 飴はとっても甘くて、甘ったるくておいしかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無知の甘さを吸う日々 式松叶人 @Sito1024

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ