第59話
あたしが気付いたら闇の中だった。空中に浮いているような、水中を漂っているような不思議な闇の中だった。
ああ、これは夢に違いないと思う。きっとスキルが変化したせいなのだろう。暑すぎる事も寒すぎる事も無く、苛立つ事も寂しくなる事も無く、平穏な気分で居られた。スキル『影』で影の世界に入った時に気分に似て、このままずっと此処に居ても構わないと思わされる気分だった。
何処からか声が聞こえる。耳に聞こえる音ではない、頭に自然と浮かぶ想いみたいな声だった。
「・・・あ・・・あやっと・・・見つ・・・けた・・・早く来い・・・待ってい・・・る・・・我が・・・愛しの・・・闇の・・・神子よ・・・」
誰なのか分からないがずっと知っている相手のようで、全然知らない相手のようだ。
魔族シャルラのスキル『アムネジア』で多分あたしは祝福の儀のあの日まで記憶を奪われた。そしてあたしは過去に戻った。そのせいで違う祝福の儀の日を過ごし、教会に現れた魔族シャルラにあたしのスキル『影』は奪われたのだ。
それからスキル『ー』となって、スキルが使えないあたしの理不尽な生活の1年が始まった。
ダンダン伯爵家のエリザに扱き使われる事やミズーリ領に掛けられた過剰な税などの流れは同じだったけどお金を得るために苦労することや出会う人達は状況は少し違っても同じだった。
スキル『影』が無くなった事で魔族との接点は無くなったけど、あたしの魂の転生は変わらず、結局はアントウーヌの森に誘われ、継承の腕輪の力で記憶を取り戻したのだろう。
でもあたしの心に溜まった理不尽がスキル『影』を『闇』へと変えた。ストーレ殿下も言っていたようにあたしの霊気が理不尽に瘴気に変えられたのだと思う。だからスキル『影』ではいられなくなった。
スキル『闇』が生まれたのが理不尽によるせいなのか、とても理不尽な能力だ。スキル『影』では出来なかった転移を多人数でもやれてしまう。現実化された影従魔『ルキウス』や『リレチア』も現実化しているには膨大な魔力を必要としている筈なのにあたしには何の負担も無い。
復活した『メドギラス』や『ローデリア』を呑み込む程の巨大化も安易に出来るし、影の世界へ戻すのも容易だ。理不尽としか言いようが無い。
そして理不尽なスキル『アムネジア』を持っていたシャルラを侵食し、瘴気へと変換する理不尽さ。シャルラは抵抗すら出来なかった。
なのにあたしは少しも恐れや慄きを感じて居ない。
そうあるべき、なるのが必然とばかりに感じているのだ。
移動に関しては影従魔『ルキウス』や『リレチア』を呼べるので問題は無い。そして一度行った場所へは『闇転移』出来るから更に何の問題も無い。
現実世界でも魔力の枯渇のような事は無さそうで、人が出来る魔法を超えた魔法の発動も用意に思える。
それこそ理不尽に魔法を使えるのでは無いかと思う。
魔族『ローデリア』の詠唱破棄で炎の魔法を真似たり、魔族『メドギラス』の『魔力纒•極』や『身体強化•極』が使える気がする。これも影従魔『ルキウス』や『リレチア』が取り込んだからのような気がする。膨大な闇の魔力を扱える事で魔族『ガドット』の闇魔獣の召喚も出来る気がする。
影従魔も闇魔獣も大差無いのだろう。魔族の力を振るえるなんて理不尽な力だ。
だから、何の脅威を感じない。全能感ではなくて怖い物無しになった、全っき無垢を得たような心地なのだ。クロエのような自身の力に信頼を置いて何事にも前向きな力強さではい。今まではクロエに劣っていると言う気持ちが何処かにあった。でも、今はクロエに並べたと言う自信があった。
あたしに不安があるとしたら・・・
◆
目を覚ます。強い日差しがカーテンの隙間から部屋に差し込む。白黒はっきりした明るい世界があたしの世界だ。ああ、目が覚めたと思ったら夢の世界が遠くに消えて霧散する。さっきまでの気持ちも考えもすっかり消えて現実のミリだ。
「おはよう」
リリスお姉ちゃんの挨拶にあたしも嬉しくなって返事をする。
「おはようございます、リリスお姉ちゃん」
いつぶりだろう、一緒に眼を覚ますのは。
ベットから起き上がり、寝巻きを脱ぎ、下着になる。差し込む日差しに舞い上がった埃がキラキラ光り、その向こうで下着姿のリリスお姉ちゃんの慎ましい胸が見える。盛り上がりは欠けるが綺麗な身体のラインが美しい。
あたしの胸は身体に似つかわしく無く、自己主張が強い。身体を動かすたびに意識せざるを得ない。リリスお姉ちゃんが何故か目を眇める。
「ミリちゃん、今何か変なこと考えなかった?」
鋭いが決して貶してなど居ない。
「ううん、リリスお姉ちゃんは肌が綺麗だなあーって思っただけだよ。」
「うふ、そう?ミリちゃんにそう言って貰えると嬉しいわ」
事実、リリスお姉ちゃんの肌は綺麗だ。顔にニキビやほくろも無い。そろそろ化粧も覚えなくてはならない年になって来ているのに化粧の必要性などまる切りなさそうだ。
そう言えばリリスお姉ちゃんの母親のカレンディアや妹のオリフィスも肌が綺麗だった。ボアン領に何か特別な何かがあるのだろうか。
だから着替えながらリリスお姉ちゃんに聞いてみる。すると、リリスお姉ちゃん程ではないけど母親のカレンディアや妹のオリフィスもシドルの薔薇の世話をする事もあるそうだ。
シドルの秘液は秘薬ポーション「エリクサー」の素材だから何か関連があるのかも知れない。「エリクサー」を使ったお母様も回復するだけでなく若返ったような様子だし。
「シドルの秘液には肌を綺麗にする力があるのかも」
そう、リリスお姉ちゃんに言うと目を丸くした。
「そうね、もしかしたら「エリクサー」生成に使うよりずっと役に立つわよね。」
目をキラキラさせて考え込むリリスお姉ちゃんは父親のボルトンに似てるなと思う。
ドアが不意に開けられてクロエが顔を出した。
「おはようさんー!」
「もう!ちゃんとドアはノックしてから開けてよね、クロエぇー!」
あたしの抗議にヘラヘラ笑いながらクロエが謝る。
「ごめんてー、それより早う、ご飯行こうや」
着替えを終えてあたしとリリスお姉ちゃんはクロエと食堂に向かう。3人でわちゃわちゃ食堂に行くとクロエの同室のマリーちゃんが席を確保していて、こちらに手を振る。
あたし達は朝食をトレイに乗せてからマリーちゃんに挨拶をして席につく。朝食はいつも通りのまるパンに野菜ジュースと具の少ない玉ねぎスープだ。希少な牛乳は既に終わっていた。
ふと、周りを見るとエリザが取り巻き2人と座ってお喋りしていた。パメラ•ミルトンとヘレン•ゲレルトは何事も無かったようにエリザと話している。いや、エリザのいつもの甲高い声が無い。むしろパメラが盛んに喋っているようだ。
あたしがエリザを見ているのに気付いたマリーちゃんが教えてくれた。
「エリザは昨日から寮に戻ったのよ。前と違ってとっても大人しくなったわ。伯爵令嬢としてわきまえた振る舞いをするようになったの。だから、パメラが煩いったら無いわよ。」
ああ、あたし達以外はエリザが記憶喪失になっている事を知らないんだ。するとエリザがあたしに気付いたようで立ち上がってこちらに2人を連れてやってきた。
「おはよう、ミリさん」
「お、おはようエリザさん」
威圧的でないエリザには何か違和感を感じ、返事がどもった。
「シエル•ルゥーフ学園長から聞いたわ。貴方には世話になったようね、お礼を言うわ。ありがとう」
あたしは食事を中断して立ち上がって、頭を下げようとするエリザを止めた。
「そんな大した事はしていないわ。気にしなくても良いわよ」
「そうやで、元気になって何よりや」
クロエは食事をしながら話す。そう言えば背負って連れてきたのはクロエだ。礼を言うならクロエにだろう。
「クロエさん、貴方にも礼を言うわ」
後ろのふたりは礼儀正しいエリザに微妙な顔つきだ。エリザはクロエに他にも何か言いたそうだったが踵を返して食堂から出ていった。リリスお姉ちゃんも驚いている。
「ほんとに彼女変わったわね」
「そうでしょ、醜いエリザじゃなくて綺麗なエリザになってみんな安心よ」
リリスお姉ちゃんの言葉にマリーちゃんが凄い論評を加える。何だか笑えない。
「休みに入ったけどみんなは帰省しないの」
マリーちゃんが聞く。そうだった。ついリリスお姉ちゃんを連れてエライザ学園の寮に戻ってしまった。まぁスキル『闇』の転移で直ぐに戻してあげられるか。
マリーちゃんもリリスお姉ちゃんが昨日の今日なのに寮にいるのを何も言わない。聞きたかろうに。
ところでクロエはどうするのだろう。クロエがチラチラあたしを横目で見てる。
「わっちはミリと途中まで一緒に帰ろっかなぁーなんて思っとるよ」
やっぱり転移扉を使いたいのだろうか。緊急の時だけと言ったのに。
「クロエちゃんのオードパルファムまではどれくらい掛かるの?」
リリスお姉ちゃんがクロエに聞く。
「普通の馬車を使って山を迂回するなら結構掛かるで。4泊5日ってところやな。」
「それじゃこれから帰っても直ぐに戻るようなものよ」
「そやなあ、じゃあミリのところにお邪魔してもええか?」
「ええー!良いけど、ちゃんとお家には連絡しないと」
「うん、うん、わかっとる!やったー!」
最初からそのつもりだったようにニカニカしながらクロエが喜ぶ。
「マリーちゃんはどうすん?」
クロエがマリーちゃんに聞く。気安くマリーちゃんと言って居るがマリアンヌ•ロッテンマイヤー伯爵令嬢である。
爵位からしたらリリスお姉ちゃんやあたしより地位は高いのだ。
「私の家は王都にあるから帰省って事も無いのよ。」
「そういや、ロッテンマイヤー家は領地なしの法衣貴族やったな。」
「そうよ、お祖父様が有能過ぎて官史に取り立てられて貴族になったの。家の親戚中、みんなあちこちで勤めてるわ。」
「そうなのね。ロッテンマイヤーってそれなりに聞くものね」
リリスお姉ちゃんも王城に勤めるつもりだから色々と勤め先を調べているのだろう。
「なんなら、マリーちゃんに口聞いて貰えばええねん、リリス姐さん」
「ふふふ、私は実力で試験を通るわ」
王族や爵位の高い貴族の側仕えより、官史になりたいリリスお姉ちゃんはそういったコネは好きじゃないのかも知れない。
「そうよね、あたしもコネって言われないように頑張らないと」
マリーちゃんもリリスお姉ちゃんと同じだった。親戚中があちこちに居ると逆に色々言われて大変かも知れない。
「んじゃ、マリーちゃんは寮にずっとおるんか?」
「ちょこっとだけ顔を見せに帰るわよ」
「そうなのね。」
家が近い人は楽で良いなあとばかりにリリスお姉ちゃんも言う。
「リリスちゃんはどうするの、領地に帰ったとばっかり思ってたけど」
ああ、ついにマリーちゃんが聞いてはいけない事を言った!
「うん、ミリちゃんのスキルで連れて来られたから送って貰うわ」
何事もなく返すリリスお姉ちゃんにマリーちゃんは言葉に詰まるのかと思ったが平然と返事をした。
「良いわねー」
マリーちゃんはあたしのスキルの力を知っているのだろうか?教えた覚えは無いんだけど。クロエを見ると首を横に降ってる。
驚いてマリーちゃんを見るとあたしにニッコリと笑い掛けた。
「大丈夫よ、誰にも言ってないから」
「マリーちゃんはいつから気づいていました?」
あたしは観念してマリーちゃんに俯き加減に聞く。
「そりゃあ分かるわよ。どんなスキルの内容かは知らないけどリリスが帰ってから直ぐに戻って来たのも、あなた達が後追いしたのに次の日には寮に居るんだもん。みんな気付いても言わないだけよ。」
あたし達が知られていることに気付いて居なかっただけのようだ。うわー気をつけよう。
マリーちゃんもそれ以上聞かないし、あたしも余計な事は言わないでおく。
食事を終えてからそれぞれ自室に戻り、暫くするとクロエが荷物を背負ってやって来た。背負うカバンひとつと身軽だ。ほとんどの荷物は腰のアイテム袋だろう。あたしもリリスお姉ちゃんも何も持っていない。リリスお姉ちゃんは荷物を持って帰ってるし、あたしは闇の世界へ移動済だ。物の収納と言う意味では影の世界と変わらないな。
そうそう、リリスお姉ちゃんをボアン領に送るつもりだったけどミズーリ領に一緒に行くことになった。昨日の父親のボルトンの態度から帰ると煩いからとの事。
リリスお姉ちゃんの着替えとかの事から1度ボアン領へ闇転移してから行く事にした。一旦、寮を出て適当な建物の陰で闇転移してボアン領の屋敷の食堂に出る。幸い誰も居なかったので直ぐに歩いて、3人でリリスお姉ちゃんの部屋に移動する。
リリスお姉ちゃんの部屋に入るのは初めてだ。派手さは無いけどいかにもお嬢様の部屋だった。
可愛らしい天幕のあるベットやレリーフが素敵な衣装棚、化粧鏡。リリスお姉ちゃんらしい大きな本棚には沢山の本が所狭しと置いてあった。
色合いとしてライトブルー系かな?リリスお姉ちゃんが良く来ている普段着と同じ系統だった。
「あんまり、じろじろ見ないでよ。ミリちゃん、クロエ。」
やっぱり恥ずかしいのだろう。大きなカバンに服を詰めながらリリスお姉ちゃんは言った。
「メイドに合わんかったけど専属はおらんの?」
あたしも気になっていたけどクロエが遠慮無しに聞く。
リリスお姉ちゃんの動きが止まった。息を飲むような間があったけどリリスお姉ちゃんが答える。
「そうね、2年ほど前までは居たんだけど、辞めさせられちゃったのよ」
リリスお姉ちゃんの話ではノルンと言う心優しい5歳程年上の女性だったそうだ。当時17歳でダンダン伯爵家の斡旋でやって来た騎士爵の娘だった。美人では無かったが働き者でリリスお姉ちゃんの面倒を良く見てくれたのだが妹のオリフィスがノルンに物を盗まれたと主張したらしい。
だからノルンを辞めさせろと妹のオリフィスは泣き喚き父親のボルトンはノルンを実家に返したそうだ。
それ以来父親のボルトンはリリスお姉ちゃんにメイドを宛てがわなくなったらしい。
「オリーには2人もメイドを付けてるけどね」
諦め気味にリリスお姉ちゃんは言った。父親のボルトンは妹のオリーには甘いがリリスお姉ちゃんには厳しいらしい。理由はリリスお姉ちゃんにも分からないようだ。
母親のカレンディアも同じに接するので何故自分が疎まれるのか少しも分からないと言う。
多分、オリーが両親に悪口を告げ口をしているのでは無いかと言った。ミリには妹が居ないからよくわからない、クロエも弟ばかりなので妹は羨ましいと言った。
私は妹のオリーに妬まれるような事は少しも心当たりが無いのよとリリスお姉ちゃんは言うけど、あたしはリリスお姉ちゃんの良いところを沢山知ってる。
とっても優しいし、気を使ってくれるし、よく見てくれてる。そして誰にも公明正大だ。依怙贔屓はしない。
スキル『妖精』を使えばズルできそうなのにしない。自分に厳しいとは言わないけど正直者だ。怖い筈の父親のボルトンにも正しいことは主張するところなど凄いと思う。
でも、リリスお姉ちゃんは妹のオリフィスを非難しないで悲しんでいる。分かって貰えない事を哀しく思っているのだ。そんなリリスお姉ちゃんだから大好きだ。
あたしの気持ちも分かってくれるリリスお姉ちゃんだから大好きだ。
気が合うとか、初めて会ったときから他人に思えなかった事を差し引いても大好きだ。
リリスお姉ちゃんを困らせたり、悲しませる相手を擦り潰したいくらいのもどかしさを感じる。
面罵すればリリスお姉ちゃんが悲しむ、叩いたりすればリリスお姉ちゃんが困った事になる。リリスお姉ちゃんが大好きだから何とかしてあげたいけど、余計な事をするのは返ってリリスお姉ちゃんを悲しませる。
だから、リリスお姉ちゃんがして欲しいとか頼み事をしてくれるととても嬉しい。自分がこんなにもリリスお姉ちゃんに拘るのは何故なのか分からないけど、こじつけるならきっとツインソウルなのだ。
何処かで読んだ別れた魂の片割れがきっとリリスお姉ちゃん、ロマンチック、乙女チックな感傷だよね。
ツインソウルとかロマンチックとか乙女チックとか誰も知らない言葉だけど、あたしの心の内から湧き上がる言葉だ。きっと初代『シド』様の生まれによる物だろう。
「酷い話だわ、姐さんよう我慢出来るわ」
クロエの言う通りだろう。お父様とお母様に甘やかされたあたしにはとても無理だ。クロエなら直ぐに手が出てたかも知れない。
「もう、良いのよ。あと少し、あと少し我慢すれば自由になれる。薔薇園から離れるのは残念で仕方ないけど、失わないで得られる物は無いからね。」
リリスお姉ちゃんの言葉はとても大人の言葉だった。
「さて、これで良いわ。ミリちゃん収納してくれる?」
もちろん、イエッサーだ。頷いたあたしはリリスお姉ちゃんの荷物を闇の世界へ取り込む。イエッサーってなに?
あたしはクロエとリリスお姉ちゃんの手を取ってスキル『闇転移』を使ってミズーリ領のあたしの部屋へ移動した。暗闇に包まれたと思う内に明るくなり場所が変わっている、この理不尽さよ。
あたしの部屋はリリスお姉ちゃんの部屋ほど広く無い。
普通のベットと勉強机、小さめの衣装棚とクローゼットしか無い。リリスお姉ちゃんの部屋はライトブルーだったけどあたしの部屋には色が無い。ほとんど白い。燃えてしまった部屋はもう少し色が合ったけど、ここは仮部屋だからね。
「おおう、ここがミリの部屋かいな」
とても何か言いたそうなクロエの感想だ。
「仮部屋よ。屋敷が半焼してから直してないのよ。」
「そうなのね。」
あたしの言い訳にリリスお姉ちゃんが納得してくれる。
「それにしても何も無いねん」
「そう?それよりお父様とお母様に挨拶に行かないとね」
あたしは繋いていた手を離して部屋のドアを開けて、2人を連れて行く。
もうお昼も近いから階段を降りて1階の食堂へ行く。
お父様もお母様も席に着いたばかりのようだった。先に魔法便で知らせて置いたから驚いたりはしない。
クロエは知ってるがリリスお姉ちゃんは知らないので紹介する。
「ボアン子爵が娘、アマリリスです。よろしくお願いします。」
カーテシーをして普通の挨拶をするリリスお姉ちゃんにお父様は鷹揚に頷いた。お母様は優しく微笑んだだけでなく、近づいて来ると何故かあたしにするようにリリスお姉ちゃんを抱いた。そしてそんな自分の行動にお母様は少し驚いた。
「ようこそ、我がミズーリ家へアマリリスさん」
やっぱりお母様もリリスお姉ちゃんにとても親近感を感じているのだと思う。ふと、視線を感じた気がして食堂の隅を見ると図書室で見たロザリアの影が揺れていた。
影はリリスお姉ちゃんを指差すとゆっくりと消えて行く。
それであたしは納得したのだ。リリスお姉ちゃんはロザリアの生まれ変わりなのだ。リリスお姉ちゃんは涙していた。そんな自分に驚いて涙を拭いながらあれあれと言っている。
クロエは何が何だか分からないと言う顔であたし達の顔を交互に見て戸惑って居ると誰かが食堂に入って来た。
あたしは食堂の入り口を見て思わず叫んだ。
「ロベルトお兄様!」
駆け寄ってロベルトお兄様に抱きつく。1年も会っていなかったロベルトお兄様は更に背が高くなっていた。あたしの勢いをしっかり受け止めたロベルトお兄様は優しく抱擁してくれた。
「久しぶりだ。ミリも大きくなったな。」
ロベルトお兄様から離れるとあたしはロベルトお兄様の隣の女性に挨拶をする。
「初めまして、マリアンヌ様。ミリにございます。」
「初めまして、ミリさん。マリアンヌ•グリフォンよ。マリアンと呼んでね。」
マリアンヌさんはグリフォン伯爵家の一人娘でロベルトお兄様の婚約者だ。グリフォン伯爵家は元エンドロール侯爵家の寄り子だったけど今は寄親は居ない。
クロエとリリスお姉ちゃんもマリアンさんに挨拶をする。
マリアンさんはヒールの高い靴のせいもあって、背の高いロベルトお兄様とほぼ同じ背丈だった。160cmくらいはあるようだ。少し高いふっくらした垂れ目気味な顔は優しそうだった。
みんなが席に着くとメイド達が食事を出していく。その間にお父様が説明してくれた。
「実はな、ミリとロベルトに話があるんだ。」
お父様がお母様に視線を向けるとお母様が言った。
「少し恥ずかしいのだけど子供が出来たのよ。」
お母様は自分のお腹を擦る。そうか、前より少しふくよかになったと思ったら“おめでた“だったんだ。
「まぁ、おめでとうございます」
「おめでとう」
「おめでとさん」
「おめでとうございます」
マリアンさん、あたし、クロエ、リリスお姉ちゃんが祝福する。久しぶりに喜ばしい事だ。
「食事なんか大丈夫なの、お母様」
あたしの質問にお母様は言う。
「ええ、大丈夫よ。あんまりつわりは無いのよ。」
「医者の見立ては来年の秋口だそうだ。」
お父様が出産の予定日を教えてくれる。
「まぁ、ではあたし達の結婚式には出席は難しいかしら」
マリアンさんの話では新年を幾分か過ぎた頃に式をする予定だそうだ。
「大丈夫よ、時間を掛けてグリフォン領まで移動するから」
お母様がお腹を擦りながら言う。あたしに任せて貰えれば一瞬だ。大丈夫だ。
でもグリフォン伯爵領って何処だ?
「ロベルトお兄様、グリフォン伯爵領ってどんな所なの?」
「あぁ、ミリは行ったこと無かったな。グリフォン伯爵領はエンドロール伯爵領の北のメラトリア島を中心とした大小様々な群島なんだよ。」
「まぁ、タルマお祖父様とヘルマ伯父様のエンドロール伯爵領より北にあるの?」
「とても海が綺麗で美味しい食材が多い所なのよ。ミリさんも来たら虜になるわ」
ロベルトお兄様とマリアンさんが教えてくれる。群島と言うとロンドベール侯爵家と同じような感じなのだろうか。
「メラトリア島ちゅうたら、グリフォンの聖地ぃーゆわれとるわ」
クロエも知っでいるらしい。でもグリフォンって?
「お兄様はグリフォンと言う魔物を見たことがありますの?」
「はっははは、ミリ、グリフォンは魔物じゃないよ。むしろ聖獣さ。頭は鷲に身体は獅子に尻尾はコブラと言う姿だけど有翼で空を飛ぶんだ。メラトリア島にはグリフォンに助けられて魔物や魔族を退けたと言う伝説があるんだよ。僕も遠目だけど一度だけ飛んでいるのを見たことがあるんだ。」
「あたくしも幼い頃に見てますわ」
ロベルトお兄様とマリアンさんの言葉には敬意が込められていた。あたしも見たいな。
「はあ、見たいもんやな」
クロエも同じだった。
「頭が鷲と言う事は鳥さんの仲間なのかしら。」
至極最もな事をリリスお姉ちゃんが聞く。
「う〜ん、グリフォンと話しをしたというのは聞いた事が無いな。マリアンはどうだい?」
ロベルトお兄様がマリアンさんに聞くとマリアンさんも首を捻っていた。
「英雄エージの話には言葉を話したとはありませんでしたね。」
伝説の主は英雄エージと言うんだ。ん?エージ?何処かで聞いた事があるような。
「英雄エージって建国の英雄王エライザを支えたっちゅう1000年前の男やろ?授業で習ったわ」
「そうだね。英雄王エライザの話は各地にあるけど、同じくらいエージの話も残ってるね。眉唾な話も多いらしいよ。」
ロベルトお兄様が言うが多分真実ばかりじゃないかな。あたしの中のアン様がやっちまったなーと言う。
「まぁ、鳥かどうかは分からないけど、話せたらエージの話も聞けるかもね」
ちょっとロベルトお兄様は茶化す。
「あー、そのへんで少し休まんか。ロベルト達も着いたばかりで疲れただろう。ミリも友達も休みの間はミズーリにいるのだから、後で話せば良い。」
お父様の気遣いであたしはクロエとリリスお姉ちゃんを客間に案内する。
ロベルトお兄様とマリアンさんは焼け残っていたロベルトお兄様の部屋に行った。魔法便でやり取りしていただろうからそんなに驚いては居ないようだ。
クロエとリリスお姉ちゃんが荷物を置いて来たので3人で少し領都を案内することにした。まだ日は高い。
王都程では無いがミズーリの領都の市場でもそれなりの物が並んでいる。以前に来た時は小物のブローチを買った覚えがある。
3人でぶらぶらしながら焼串を買い食いし、店を見て回る。洋服の店をリリスお姉ちゃんは回りたがったけど、王都ほどの流行りは無くてリリスお姉ちゃんに言わせれば地道の一言だった。まぁ、ミズーリ領では余り色物の洋服は確かに多くなかった。
どちらかと言えばハンターや狩人向けの防具屋や武具屋が多い。あたしもクロエもそろそろ細剣は卒業して、もう少し攻撃力と耐久性のある片手剣が欲しいところだ。
クロエもあたしも身長が伸びてきてもう少しで130cmだ。身体の大きさに合わせた剣が欲しいと言ったらリリスお姉ちゃんから女の子らしくないと駄目だしを食らった。
それでもリリスお姉ちゃんは付き合ってくれる。残念ながらこれはと言う武器が無くて諦めるしか無いようだ。王都に帰ったら『不壊』の店に行ってリタさんに相談することになった。
日が落ちる前に屋敷に戻る。夕食は料理長が張り切って作ったので沢山の料理が並んだ。クロエが居るという事でオードパルファム風の煮込みやリリスお姉ちゃんの為に山地で採れる食材を使った蒸し物も出してくれた。
マリアンさんがいるのでセドン川で取れた焼き魚を出してくれたが海の魚とはだいぶ勝手が違ったようで苦労して食べている。家族が揃い、友人も一緒と言う事で凄く盛り上がった。お母様はお酒を飲めなかったが大人とロベルトお兄様は顔が赤くなる程に嗜んだようだ。
話はミズーリ領の自然の事やあちこちにある穴(ダンジョン)の事やダンダン伯爵領からのハンターが来なくなった話もした。リリスお姉ちゃんもクロエも知っているということで、ダンダン伯爵家からの指示の税が戻された事を教えられた。これで血眼になってお金を稼がなくても良くなった。
あたしが金貨1000枚の話をするとお父様から訂正された。1000枚はあたしがエライザ学園を卒業するまでの費用のことでこの1年に必要な額では無いとの事、ガックリだ。
あたしが頑張って稼いた分で十分だったらしい。
お父様からは良く頑張っだと褒められたのでそれだけでも嬉しい。それとお父様に預けた契約書や計画書はお父様の伝手から王様に渡ったらしい。
最もエライザ王国に来たと思われる魔族は全て討伐済だし、ストーレ第3王子も『エリクサー』を手にした事でこちらには影響が無くなった。
後はダンダン伯爵だけど、エリザが綺麗になったのでどうなるか分からない。お父様にエリザの豹変の話をすると驚いていた。お父様によれば来年の中頃には粛清があるかも知れないとの事だ。意地悪な貴族が居なくなれば良いのにとあたしは思う。
楽しい気持ちでその夜は更け、何故か客間で3人で寝ることになった。とても楽しかった。
◆
朝が来た筈だった。なのに世界が暗い。まるで影の世界にいるようだった。一緒に寝ていた筈のリリスお姉ちゃんやクロエがベットに居ない。音もしない。
知らない内にあたしだけが影の世界に来てしまったのだろうか。それともこれは夢なのだろうか。
あたしはベットから起き出し、裸足のまま歩き出した。屋敷の中を見て回っても誰も居ない。メイドも居ない。ロベルトお兄様達も居ない。お父様お母様も居ない。誰も居ない。
これはきっと夢に違いない。ふと、自分が寝巻きであることに気付いて着替えなくちゃと思うと何故か装備を着けた姿になった。靴も履いている。やっぱりこれは夢よねと思う。
仕方無しに屋敷を後にして外に出る。あたしは何処へ行こうとしているのだろうか。領都の街に下りるがやはり街の中には誰も居ない。猫の子一匹も居ない。全くの無人だった。
街外れのハンターギルドを見ても誰も居ない。森の近くのアルメラさんの居る狩人ギルドにも誰も居ない。森に入っても魔物はおろか、動物の気配すらない。
河原に出たがもちろん誰も居ない。川の水が流れているのに無音だった。そう言えば声は出るのだろうか。叫んでみたがあたしの声すら出ていない。
生き物が何処にも居ないこの薄暗い世界にあたしひとりなのかと思うと急に寂しくなってきた。
スキル『闇転移』を使えば一瞬で屋敷に戻れる筈。スキルを使おうとするのに使えない。
魔法を使ってみようとするけどやっぱり使えない。
もどかしい想いで森を抜けて、領都の街を抜けて屋敷に戻った。声なき声を掛けながらあたしは誰も居ない客間に戻った。シーツの乱れたベットには誰も居ない。
気付くとまた寝巻きになっていた。悲しくてあたしはベットにうつ伏せになって泣いた。泣いたまま眠った。
◆
「起きて、ミリちゃん」
誰かに揺すられてあたしは目を覚ました。
あたしを揺り起こしたのはリリスお姉ちゃんだった。周りにはクロエだけでなくお父様お母様、ロベルトお兄様やマリアンさんもいた。
「えぇ何でみんな集まっているの?」
あたしは思わず言ってしまった。するとリリスお姉ちゃんが教えてくれた。
「朝起きたらミリちゃんが居なくてみんなで探したのよ」
「そやでぇ、ミリがアン様のお家に行ったのかと思ったから鍵を使って探したんやでぇ。何処へ行っとったんや」
話を聞くとみんなが消えたので無くてあたしが現実世界から消えていたらしい。
そこであたしは影の世界でも闇の世界でも無い不思議な世界に行った事を話す。
クロエとリリスお姉ちゃんには分かって貰えたがお父様お母様は影の世界しか知らないし、ロベルトお兄様とマリアンさんは良く分かって居ない。
お母様がロベルトお兄様とマリアンさんにあたしのスキル『影』の力の事を話す。それをクロエがスキルが『闇』に変わって居ることと、闇の世界の様子に付いて話してくれた。
「それじゃあ、ミリはまた違う世界に行けるようになったと言う事かい?」
ロベルトお兄様が聞いてきた。あたしは良く分からないながらも話す。
「違うと思うの。自分の意志で影の世界も闇の世界も行けたけど無人の薄闇の世界には知らない内に行ってたし、帰って来たわ」
「これはちょっと厄介やなぁ」
クロエが言うように困った事になった。
「戻って来れた理由は分からないみたいだけど状況は分かる?」
リリスお姉ちゃんの言葉にあたしは悲しくなってベットで泣きながら寝てしまった事を話す。少し子供っぽくて恥ずかしい。
「「それかも!」」
リリスお姉ちゃんとクロエがハモって言う。
「寝ている内に移動して、向こうで寝たら戻って来れたのかも知れないわ」
リリスお姉ちゃんの言葉には説得力があった。
「そやな、またミリが知らん内に消えんように確認が必要や」
そこであたしのお腹がくぅ〜と鳴った。お昼時間を過ぎていたからお腹が空いたようだ。
みんなの笑い声に恥ずかしくなる。
「確認は後にしてみんなでお昼にしょう」
お父様の声で食堂に行く事になった。あたしは寝巻きをいつものワンピースに着替えてリリスお姉ちゃんと後から行く。クロエもお腹が空いていたとみえて先に行ってしまった。
いつもなら軽く食べられるサンドイッチなのに今日は麺類だった。しかもオードパルファムで食べられるソバとウドンだ。一緒に食べる物は昨日使われた野菜に熱を通した物だ。味付けは無く、ソバやウドンに乗せて食べる。
「ミズーリでソバとウドンが食べられるとは贅沢や」
クロエは気に入ったようだ。ソバの方が細いのでフォークを使っても問題無いがウドンは太いので食べ難い。
クロエはメイドに言って箸を持って来させる。一応、オードパルファムの文化として箸はあるがミズーリでは余り使わない。
あたしも箸を用意して貰って使う。アン様の家で継承の腕輪を付けてから箸も上手く使えるようになったのだ。それでもクロエには負けるけどね。
ロベルトお兄様とマリアンさんに不思議なものを見る目で見られる。そうだよね、オードパルファムの食材を使った料理はロベルトお兄様がいた頃から食べていたけど箸は使っていなかったからね。
昼頃になって曇って来て少し肌寒いので温かい食べ物はありがたい。料理長も気を利かしたのだろう。
クロエのソバ談義でオードパルファムでもソバは結構痩せた土地で作られ、食べられると言う。だから港町パルファムでは圧倒的にウドンが多いのだとか。魚介を使った出汁と言うものがとても美味しくて何杯でも食べられるとクロエは言った。
うん、ごめんね。ここのウドンはショユでしか味付けされてないんだ。クロエにその出汁の素材を聞いてみたが良く知らないらしい。その店ごとに秘密になっていて教えては貰えないらしい。有名なのは魚を使って居る事くらいらしい。
料理上手とは言わないけど興味がかなりある。
温かいウドンを食べていたら何だか眠くなって来た。ここで寝てまた消えたら大変なので寝ないように頑張ってみた。でも直ぐにクロエにバレた。
「見張っとくから寝て良いねん。でも、向こうでも寝て直ぐに戻って来るんよ」
寝る事で薄闇の世界に行くのかは確定していないが恐れていても始まらない。目を瞑ると何処からか聞いたことのある声がしたような気がした。気が付くとまたもや無人の薄闇の世界にいた。やっぱり寝ると勝手に移動しちゃうのだろうか。
変化が分からないのでどれ程経ったのか分からないが、同じ場所で戻るのが良いだろうと思って、そのまま目を瞑る。すると誰かにまた肩を揺すられた。
「ミリ、ミリ戻って来たんよ!」
揺すったのはクロエだった。みんながそのまま居たのでそんなに時間は経って居ないようだった。ほっとした様子の中、クロエが教えてくれた。
「ミリが目を瞑ってしばらくしたら、ミリの姿が暗い影のようになったんよ。そんで消えてしもうたわ。でも少ししたらまた影が現れて、影が薄くなったらミリに戻ったんや」
「やっぱり寝る事で消えちゃうのね」
リリスお姉ちゃんも見ていたようだ。
「うん、それから誰かの声が聞こえたの。何を言っているのかは分からなかったけど、何度も聞いた事があると思うの」
「じゃあ、その声がミリちゃんを薄闇の世界に呼んでいるのかしら」
「そうとも限らんでぇ、単なる切っ掛けかも知らんし」
う〜んとリリスお姉ちゃんは考えてしまった。他に何か無いだろうかと考えた時に浮かんだのはストーレ殿下の言葉だった。
「クロエ、ストーレ殿下の言葉を覚えてる?」
「んん、ストーレ殿下?」
「そう、確か『『勇者』は『魔王』を討つ使命を帯びてこの世に生まれ、『魔王』は『闇の神子』を以て世界を魔族の物とすべく『勇者』と対立する。』って言っていたわ」
「そやったわ。ミリの事を『闇の神子』って呼んだんもストーレ殿下やってん」
「そう、だから今のあたしの状態を良く知っているのは魔王じゃないかしら」
あたしの口から『魔王』と言う言葉が出た事にクロエはびっくりする。それから少し考えて言った。
「そやな、確かにそうかも知れんて」
「だ、駄目よ、駄目駄目!」
リリスお姉ちゃんが強く反対する。
「魔王なんて危険過ぎるわ。何をされるか分からないもの」
「でも、この状態のままじゃ、無人の薄闇の世界から帰って来れなくなるかも知れないし、何も分からないなんて不安だわ」
「そうなんよな。さっきミリが消える時わっちが思わず手ぇ握ったけんど一緒に消えられへんかったわ。つまりや、ミリしか無人の薄闇の世界に行けへんちゅう事や」
「でも、魔王なんて何処に居るのか分からないでしょう?」
「シエル•ルゥーフ学園長なら何か知っているかも。神魔の国
ユネイトという名前が魔族の国だって言ってたし、学園長は魔族と敵対するエルフなのよ」
エルフが魔族を見張る者だと初めて知ったらしくリリスお姉ちゃんはびっくりする。
「まぁそうなの?」
「エリザの事で話もしとるし、ミリが聞いたら教えてくれるかも知れんわな」
「それじゃあ直ぐに聞きに行きましょう」
あたしが言うと周りのみんながびっくりする。お父様お母様は転移扉の事を知っているけどロベルトお兄様とマリアンさんは知らなかった。案の定ロベルトお兄様が言う。
「ミリ、今から王都に戻ったらミズーリで一緒に過ごせないじゃないか」
「それもそうですね。学園に戻ったら聞いてみることにします、ロベルトお兄様」
あたしがロベルトお兄様に話を合わせているとクロエがこっそり囁いた。
「後で行くんやろ」
「もちろんよ」
「私を除け者にしないでね」
リリスお姉ちゃんも付いて来るらしい。3人でひそひそ話をしていたらお父様から一言あった。
「ミリ、何かあってからでは遅いから十分に気をつけるんだぞ」
やっぱりお父様は転移扉の事に気付いている。お母様の身体が心配だからとそれだけ言うとお母様を連れて執務室に向かった。仕事があるのにあたしの騒動に付き合わせてごめんなさいと心の中で謝る。
「ミリ、僕はマリアンを連れて少し馬乗りに出てくるがどうする?」
ロベルトお兄様があたし達を馬乗りに誘ってくれるがここはマリアンさんと2人でデートして欲しい。ほら、マリアンさんが残念そうな顔をしているよ。
「いえ、ロベルトお兄様。あたし達はちょっと行きたいところがあるので遠慮しておきます。マリアンさんと楽しんで来て下さい。」
そう、あたしが言うとマリアンさんがロベルトお兄様の腕を取ってにっこりとあたしに笑い掛けた。
「それじゃあ、ミリさん達も後で」
そう言ってマリアンさんとふたりは仲よく食堂から出ていった。恋路の邪魔をしたら馬に蹴られてしまうものね。ん?何でだ?
メイド達が後片付け出来るようにあたし達はまた、あたしの部屋に移動した。
そして学園にいてもおかしくないように制服に着替えた。
あたし達は手を繋いで、繋がなくても大丈夫だけど、エライザ学園の教師棟の目の前に『闇転移』した。
建物の管理人のおじさんにシエル•ルゥーフ学園長が居るか聞いた。すると留守だと言われてしまった。
休みだからと言って何処かに遠出することは無くて、王都の中の喫茶店『薔薇』にでも行っているのでは無いかと聞いた。聞けば常連だそうな。
あたし達は教師棟を後にしてまたもや『闇転移』して喫茶店『薔薇』の建物の陰に出た。そして表通りから店の中に入り、シエル•ルゥーフ学園長を探した。
「おっ、あそこにおるで」
クロエが見つけたのでそちらを見るとシエル•ルゥーフ学園長は男の人とお茶していた。ズカズカ近づいてクロエが声を掛ける。
「学園長!今日はっ!」
クロエは遠慮が無い。後ろを付いて行ったあたしが見た男の人はあたしの知り合いだった。
「あら、ナルニア•ゼノン様」
「おお、ミリ嬢じゃないか。」
ナルニア•ゼノン様はジュゼッペ侯爵家の寄り子のデズモンド辺境伯爵家の南方戦線で活躍して騎士になった人だ。アルメラさんの知り合いでもある。
「んん、ミリ嬢はナルの知り合いか?」
シエル•ルゥーフ学園長があたしに聞く。
「えぇ、この店のオーナーのアルメラさんを介して知り合いました。学園長とのご関係は?ナルニア様」
「こらこら、変な勘ぐりは止めてくれ。学園長とは紅茶友達さ」
なるほど、そう来たか。
「クロエ嬢は知っているがそちらの生徒は?」
シエル•ルゥーフ学園長が聞くのでリリスお姉ちゃんが返事をする。
「初めまして、学園長。2年生のアマリリス•ボアンです。」
「あー、あの課題を提出したのは君か。」
リリスお姉ちゃんはシエル•ルゥーフ学園長が自分の事を知っているので驚いたようだ。
「素晴らし出来だったよ、超ー優良を出した。それ以前から君の名前はサブリナ•バーカー嬢から聞いていたんだ。」
サブリナ•バーカー伯爵令嬢はリリスお姉ちゃんに入学式に文句を付けていた縦ロールピンクブロンドでアイスブルーの瞳をしている女性だ。あたしがスキル『影』で躓かせて、いたずらした相手だ。
「サブリナさんから?」
「ああ、子爵の癖に生意気な生徒が居るから退学にしろと捩じ込んで来た事があったんだよ。もちろん、親子共々叩き出したがね。」
「それで、3人揃ってどうしたんだね」
ナルニア•ゼノン様が聞いてきた。あたし達は近くの開いているカウンタの席に着いて寄ってきたジョゼさんに紅茶とお勧めのケーキを頼んだ。
「実は学園長に『魔王』が何処に居るのか聞きに来ました。」
ブフォとナルニア•ゼノン様が吹く。とっさにシエル•ルゥーフ学園長は避けたから霧を吹かれないで済んだがナルニア•ゼノン様を睨む。
「汚いな、ナル」
「済まない、あまりに突飛なことをミリ嬢が言うからつい」
ナルニア•ゼノン様がクリーンの魔法で綺麗にしていく。
「確かに授業で神魔国ユネイトの話はしたが『魔王』の話をしていなかったな。しかし『魔王』の事を何故聞く?」
あたしは周りを見渡してから囁くように言った。
「あたしが会いたいんです。」
ブフォとナルニア•ゼノン様がまた吹く。今度は自分の手で押さえて事なきを得たが、手をクリーンの魔法で綺麗にする。
あたしが真剣なのを理解してくれたようでシエル•ルゥーフ学園長は言った。
「教えても良いが100年は昔の事だぞ。」
「俺も最近少し『魔王』の噂を聞いたよ」
ナルニア•ゼノン様も言った。紅茶とケーキを丁度ジョゼさんが運んで来てくれたので隣の商会の応接室を借りられないか聞いてみる。するとジョゼさんは快く使って良いと言ってくれて、みんなを案内してくれた。あたし以外のみんながその他対応に驚く。
ナルニア•ゼノン様はあたしとアルメラさんの関係を知っている筈なのにどうしてだろう。
席を外すジョゼさんに店にあるサンドイッチをあるだけ全部買うことを伝えると笑顔で了解してくれた。後でリリスお姉ちゃんにも食べさせてあげよう。
席に座って、あたしは何故『魔王』に会いたいかをシエル•ルゥーフ学園長とナルニア•ゼノン様に説明した。
ストーレ殿下に『闇の神子』認定された事
スキル『影』が『闇』となっておかしな事が起きている事
ストーレ殿下に『魔王』と『闇の神子』の関係を聞いた事
だから、『闇の神子』に付いて『魔王』に聞きたいと話す。
「だが、ミリ嬢が『魔王』に会ったら世界を滅ぼされてしまうんじゃ無いかね」
ナルニア•ゼノン様の言いぶんも分かる。
「違うんです。『魔王』は『闇の神子』を以て世界を魔族の世界にするんです。滅ぼしたりはしないんです。どうやってかは分かりませんけど」
「魔族の世界にされたら人族や他の種族は滅ぼされそうな気もするな」
長い間、魔族を監視していたエルフのシエル•ルゥーフ学園長の言いぶんも分かるかな。
「そこはわっちがミリを守るねん」
クロエが自信満々に宣言する。
「ああ、クロエ嬢は勇者のスキルと言われる『覚醒』があるんだったな。」
シエル•ルゥーフ学園長の言葉にナルニア•ゼノン様が興味深そうにクロエを見た。
「だから出来るだけ『魔王』に付いて教えて下さい。お願いします。」
紅茶に口を着けながらお願いする。リリスお姉ちゃんは紅茶を飲んではケーキを食べて嬉しそうだ。
「分かったよ。知っている限りの事は教えよう。でも、どうやって神魔国ユネイトに行く積もりだね。」
「それは秘密です。」
「・・・まぁ良いか」
シエル•ルゥーフ学園長の話では
『魔王』は神魔国ユネイトの最大大陸ミズユフリの中心、セダリアの魔王城にいるのでは無いかと言われているらしい。
魔王の側近は3人、『メドギラス』『ミストラル』『アルトリア』そして魔王の名前は知られて居ない。
統治機構は不明で魔族の総数は1000人も居ないらしい。
「本当に良く知られていないんだよ。友好的な魔族も居るが自分達の事は話さないらしいし。」
あたしはアン様に心の中で問い掛けたがアン様の魔法論議の友人だった魔族『オースチン』も魔族の中でも変人だったらしい。
「私が最近聞いたのは『メドギラス』と言う魔族が騎士団に討伐されたけど忽然と消え去ったと言う話だな。それから何処からの噂なのか分からないが魔王が代替わりをしたと言う話だな。」
やっぱり『メドギラス』は『シャルラ』のスキル『アムネジア』で生き返らせられたのだろう。でも『メドギラス』も『ローデリア』も『シャルラ』もあたしがこの世から消したわ。もしかして、あたしって最強?
「魔王の代替わりってなんや?」
クロエがナルニア•ゼノン様に聞く。
「私に聞かれてもねぇ」
「魔王の座は弱肉強食で代わるらしいと聞いた事がある。だから、老いた魔王が若い魔族に取って代わられたのでは無いか?」
シエル•ルゥーフ学園長の話も分かり易いがそれだけでも無いかも知れない。何か引っ掛かるのだ。あたしがスキル『影』を得た事と魔王の代替わり、魔族の暗躍とか・・・誰かの陰謀があるとかは考え過ぎだろうか?
「考えても分からへんよ。知りたければ直接本人に聞くしかあらへんちゃうか?」
全く以てクロエの言う通りだろう。聞けば分かるとは実に単純明快だ。
「それにしてもストーレ殿下がそのような事をミリ嬢に言ったのか」
ナルニア•ゼノン様はそちらにも引っ掛かりを感じたらしい。
「ストーレ殿下も春にはご卒業だから王族の立ち位置を模索されて居られるのかも知れんな。」
ナルニア•ゼノン様は王族の事を知っているようだ。
「そやなぁ、継承権がどうのとか言っとったわ」
「ナルニア様は王族の状況をご存知なのですか?」
あたしがクロエに続いて聞くと眉を顰めて教えてくれた。
「現王アーネスト•エライザ様にはエリーゼ王妃様、側妃ユリアナ様、妾妃バージニア様が居られます。そしてエリーゼ王妃様には21歳のエリアナ第一王女と17歳のエリック第二王子、側妃ユリアナ様には19歳のクワトロ第一王子、妾妃バージニア様には15歳のストーレ第三王子が居ます。王位継承権で言えば更に王弟で在られるアルダイン様がいますね。」
ふ、複雑だ。そもそも妃の違いが分からない。継承権の順位も年齢順と言う事だろうか。
ナルニア•ゼノン様は笑いながら教えてくれた。
王妃はそのまま王の妻、側妃は王妃の援助をする妻、妾妃は王の妾で1番地位が低いらしい。
それから継承権は基本年齢順で女性は王に成れないので、クワトロ第一王子、エリック第二王子、ストーレ第三王子の順番だと言う。
でもクワトロ第一王子は側妃の息子、エリック第二王子は王妃の息子なので年齢差があるだけで地位的にはほぼ差は無いらしい。となるとどちらがより王に相応しいかでは無くて、貴族の勢力差が影響するらしい。
クワトロ第一王子の妻はジュゼッペ侯爵家の直系の孫アンジェラ様。
エリック第二王子の妻はパンドーラ侯爵家のカーミラ様。
ストーレ第三王子は婚約者としてロンドベール侯爵令嬢アリスアラン様他の伯爵家の娘達がいるらしい。
まぁアリスアラン様がストーレ殿下婚約者筆頭だったの。
ジュゼッペ侯爵は宰相とはいえ高齢で孫しか居ないので実務を支えているダンダン伯爵が支持しているらしい。
パンドーラ侯爵家は外相として他国との繋がりと資金源を持って支持しているらしい。
ストーレ第三王子はロンドベール侯爵家との縁が結ばれれば数の上で大きな勢力となるらしい。あぁ、それで切り札に「エリクサー」を欲しがったのね。まぁダンダン伯爵もボアン子爵は寄り子だから手にできる事を目論んでいるみたいだけど。
「ミリ嬢、興味があるのかも知れないが関わらん方が良いぞ」
シエル•ルゥーフ学園長が言う。
「巻き込まれると貴族の権力闘争でままならん事をさせられる事になる。そういう意味ではエンドロール侯爵家が爵位返上で力を失って居るから蚊帳の外で良かったと言えるかも知れんな。まぁマルチ殿が生きていれば一喝して決めて仕舞っているだろうがな、はははは」
えぇ、シエル•ルゥーフ学園長はお祖父様を知っているのかしら。
「学園長は亡くなられた伯父様をご存知だったのですか?」
「あぁ、マルチ妖怪・・・あ、いやマルチ殿との親交はあったよ。」
妖怪って今言った。知識では誰にも負けないようなエルフのシエル•ルゥーフ学園長が手を焼くような相手だったのだろうか。
「今度、時間があったらマルチ殿の話もしてあげよう。」
「ありがとうございます。お母様に聞いても余り教えて下さらないので、知りたいです。」
微妙な顔でリエルルゥーフ学園長はあたしをまじまじと見る。
「なるほどなぁ、ストーレ殿下も苦労しとるんやなぁ」
クロエが他人事で言う。
ナルニア•ゼノン様は驚いて言った。
「クロエ嬢はストーレ第三王子を知っているのか?」
「まぁ、同じ学園におるし、見かけるんよ。なんやかんやもあったし」
クロエにとってはストーレ殿下に余り良い印象は無いのだろう。あたしも大差無いけどね。
思わぬところで時間を取ってしまったなとリリスお姉ちゃんを見ると出された紅茶やケーキでまったりとしていた。うん、リリスお姉ちゃんは騒動の元凶が自分の父親と分かって居るから関心の無い振りをしていた方が良いよね。
ナルニア•ゼノン様とシエルルゥーフ学園長に礼を言って、ジョゼさんにお金を払って土産を受け取る。
『薔薇』商会を出てミズーリ子爵家の屋敷の自分の部屋に『影転移』して一気に戻る。だいぶ話し込んでしまったのでもう、ロベルトお兄様達も戻って居る筈だ。
案の定、ふたりはいちゃつきながら食堂にいた。そのふたり以上にいちゃついているのはお父様とお母様だった。うん、お母様のお腹に赤ちゃんいるし、男の子だったら跡継ぎになるしね。そうすればあたしの負担も無くなるから気楽でいいわ。あたし自身の問題だけを解決すれば良いよね。
2つのカップルのいちゃつきを見ながらの食事はクロエにもリリスお姉ちゃんにも来るものがあったらしい、早々に部屋に戻ってしまった。あたしが眠って消えても戻って来られそうなので、一緒寝ようと言うクロエと心配してくれるリリスお姉ちゃんには部屋で休んで貰うことにした。
消えてしまっても自力であたしが何とかするしか無いもんね。頑張ろう!何を頑張るのか分らないけど。
取り敢えず明日から神魔国ユネイトに向かってみる事にしようと話合って決めた。危険な筈なのにリリスお姉ちゃんも付いて来ると聞かない。
あたしがリリスお姉ちゃんを心配するのと同じようにリリスお姉ちゃんもあたしのことを心配してくれているのだ。危なかったらスキル『闇転移』で逃がせば良いかと寝ながら思った。
何だか、明日から3人で過ごす日々が楽しみでならない。
・・・その日を最後にあたしは現実世界から姿を消した。
影に住まいて影より狩る @kyutosu
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