第58話

強い日差しにあたしは目を覚ます。メイドのメイサが引いた窓からは今日も快晴の太陽があたしを起こした。

強い光はくっきりした影を作り、新しい朝を意識させる。強烈な日差しは暑いがあたしに力をくれる。そしてはっきりした影は日差しを和らげ、居心地の良い場所を作ってくれる。だから、あたしは曇りのようなはっきりしない天気が嫌いだ、部屋から出る気にもなれない。そんなときは、図書室に籠もるのが一番だ。

でも、今日はあたしの大好きな快晴。やる気に満ちる。


メイドのメイサはお母様がシェリーヌ•エンドロールと呼ばれた時から仕えてくれている老婆に近い人だ。お母様、ロベルトお兄様、そしてあたしと面倒を見てくれている。

「さあさ、起きてくださいね、ミリ様」

「ん、おはようメイサ」

「もう、皆さま食堂でお待ちですよ。」


今日が楽しみ過ぎて中々寝付かれなかったからまだ眠い。あたしは広すぎるベットで身を起こしてメイサに挨拶する。そしてベットから裸足のまま降りる。

着替えはひとりでも出来るが今日はメイサが手伝ってくれる。着るのはいつものワンピースでなく特別なドレスだ。


淡いピンク色をしてフリルやリボンが付いたドレスでちょっぴり背中が出ている。そして履くのは堅い木靴ではなくて魔物の革で作られた少しヒールの高い靴。

初めて履くので中で足が遊ばない様にメイサが詰め物をしてくれているからまめも出来ない筈だ。少し高い視線が大人になった気分にしてくれる。


着替え終わるとメイサと一緒にみんなが待っている食堂に向かう。昨日から楽しみ過ぎて中々寝付かれなかったから遅れてしまった。


食堂ではみんなが着席して待っていた。

お父様のクリストファー•ミズーリ子爵。元パーミット男爵だった。エンドロール侯爵家で仕事をした事が縁でお母様と結婚した。お母様からは愛称クリスで呼ばれている。

スキル『緻密』で魔法属性『土』は元紋章師の仕事に最適な能力だった。もちろん領主としてもかなり有用なんだよと仰っしゃられる。とても優しい領主。ダンダン伯爵への納税と領を治める為の税以外は取らず、公共の福祉の為には尽力している。


お母様のシェリーヌ•ミズーリ子爵婦人。マルチ•エンドロール侯爵の直系の孫でお祖父様が亡くなられて子爵位となった。お父様からは愛称シェリーで呼ばれる。とっても仲が良い。スキル『共感』と派生スキル『懐柔』を持ち、魔法属性『水』は治癒の力を発揮する。慈悲深く、領の孤児院を援助したり子供達の相手をし、養子縁組までもする。


お兄様はロベルト•ミズーリ子爵令息。あたしの2歳年上でスキル『上級剣術』を持つ美男子。魔法属性『風』を駆使して領騎士との訓練でも引けを取らないと評価される力がある。この春からエライザ学園へ行ってしまうのでもうすぐ遊んで貰えなくなるのが寂しい。

「おはよう、ミリ」


お父様の挨拶にあたしも返す。

「おはようございます、お父様」


お母様もお兄様も同じように挨拶するので返す。

「まぁ、ミリちゃんとっても似合ってよ」


お母様が褒めてくれるがこれで何度目だろう。流石に照れる。お父様もお兄様も頷いている。


メイドのメイサが椅子を引いてくれるのでドレスに皺が寄らないように気を付けて座る。場所はお兄様と向かいでお母様の隣の場所だ。上座にはお父様が座って居る。

「今日はミリの祝福の儀の日だ。記念すべき日だからミリの好きなものを用意させたぞ。」


普段なら塩パンと野菜のスープに野菜のジュースか牛乳だが、今日は違った。

白いご飯に豆腐の味噌汁、炒めた野菜と目玉焼き、野菜の漬物だ。これらの料理はバンドーラ公爵領のパルファムと言う場所から特別に取り寄せた食材を元に作られている珍しいものだ。


一度お父様が食材を物珍しさから取り寄せた事からミリの考案で料理長が腕を振るったものだ。初めて見た筈なのにミリはあーでも無い、こーでも無いと料理長を困らせながら作り上げたものだった。

「わ〜、嬉しい!お父様、ありがとう!」


鮮度の問題で保管が難しく、中々用意するのが大変なのだ。きっと料理長は朝早くから準備して大変だったろう。

豆腐の味噌汁を啜り、白いご飯を食べる。掬うスプーンに違和感を感じながらミリはパクパクと食べ進める。

それをみんながにこやかに見ている。少し恥ずかしいが食欲には逆らえない。お父様達は普通に塩パンを割いて、スープに漬けて食べる。牛乳を飲んで塩パンを食べる。あたしはご飯の合間に野菜の漬物を食べる。


あたし達が食べている料理は派手さは無いがお金が掛かっている。卵や牛乳は鮮度が無いと食べられないだけでなく、直ぐに駄目になってしまうのでわざわざ、産地から鶏と乳牛を取り寄せた。

そして領内の直轄地で農家に預けて育てて貰ってるのだ。だから、余分は農家が消費している。誰かがどうしても欲しい場合は農家から買うしか無い。もちろん、領主の許可無く売ることは出来ない。


あたしが用意してもらった豆腐の味噌汁だって、味噌は保管が効くが豆腐はわざわざ料理長が必要分だけを調理場で作っている。余れば調理場のまかないになる。

野菜の漬物は食べたい気持ちだけで、作り方が少しも分からずに料理長に伝えたから塩辛さの強いものになってしまっている。でも、美味しい。夢の中で食べたような気もする。


完食するとごちそうさまと手を合わせる。何故そんな事をするのかは自分でも分からない。時折、あたしは自分でも分からない事をしている。


食後に出された紅茶を飲みながらお父様がお母様とあたしのスキルの話をしている。

お父様の『緻密』はRareスキルだけどお母様のスキル『共感』はcommonスキルだ。どんなスキルを授かるのかは楽しみだがお兄様のスキル『上級剣術』みたいな戦うスキルは欲しくない。でもcommonスキルだと残念だし、Rareスキルでお父様みたいな生産系が良いなあと勝手に思っている。

ロベルトお兄様にそのように言えば女の子らしいスキルだと良いねえと言われた。こればかりは授かって見ないと分からないのだ。


執事長のドノバンがお父様に声を掛けて、そろそろ時間だと教えてくれた。このトノバンもお母様に古くから仕えている。外見は平凡そのものだが実力はお父様が領内の諸問題を相談出来るほどの知見を持っている。


みんなで揃って屋敷を出ると馬車が待っていた。大きくは無いが家族4人が乗るには十分な大きさはある。

御者はダンダン伯爵家を追い出されて行く宛の無かった、お父様が雇ったマートンだ。片目で少しヤクザな男だが子供には甘い男だ。ジュゼッペ公爵領を彷徨いて居たと言うだけあって、地理には凄く明るい。


領都に降りると街の中央に向かう。そこに教会があるのだ。他の建物よりちょっぴり尖塔が高いが木造のなんてことない建物で、この世界の神様達を祀る。

本当はダンダン伯爵から娘のエリザも儀式を受けるので神父を呼ぶから来なさいと命令をお父様は受けたらしい。だが、断ったのだ。家族揃って自領の教会に赴くからと言って。エリザ様は苦手なのであたしは良かったがお父様の立場はと心配してしまう。


主神ミュイーズ様は世界を造った神様で技能(スキル)を与える存在。今日はこの神様に会いに来た。

他には知恵の神セテス

力の神ヘライトス

技の神アパ

美の神アロフェン

海の神シェルナ

空の神ウェフ

天の神オゾン

地の神エンド

死の神デズ

がいるらしい。

絵本の中には神様達のお話が書かれていて、ドキドキするような冒険や胸がキュンとするような恋物語が楽しい。中には怖い神様もいるし、良く分からない不思議な神様もいる。神様がいるなら会いたいなあとも思うし、怖いなとも思う。


馬車を降りて家族みんなで中に入ると木の長椅子が並べられていて、今日に祝福の義を受ける家族が座っている。教会の中では貴族も平民も神様の前に平等と言われて、あたし達を先にして貰うことは出来ない。来た順番なのだ。


2組程の家族は両方とも平民の家族だった。祝福の義は基本無料だが心計りのお布施をするのが普通らしい。

お布施はお父様が用意してくれている。お父様は余り教会に来ない。忙しい事もそうだが神父様が屋敷に来ることが多いようだ。何の用事で来るのかは知らないけど。


お母様は良く来る。隣に併設されている孤児院の様子を見に来るのだ。そして孤児院の相談に乗ったり、子供達の相手をしたりするのだ。

お兄様は全く来ないんじゃないかな。偶にお母様に誘われるけど断って領騎士の兵舎にばかり行ってるもの。


あたしはお母様と何度も来ている。孤児院には同じくらいの年の子供達がいるから、一緒に遊んだり、絵本を読んだりしている。


現に今、神父様の前にひとりで立っている男の子は孤児院の知り合いだ。名前はラード。

あたしと同い年で短い茶色の癖っ毛を後ろだけ束ねていて、揺れている。見間違うことなんて無いくらいの特徴だ。

神父様の合図で祭壇の前に傅き、頭を垂れて祈りを捧げる。神父様も神様の像に向かって祈りを捧げると技の神アパとラードが仄かに光った。

祈りを解いて立ち上がったラードが神父様に授かったスキルの名前を言った。

「俺、スキル『パリィ』を授かりました。」

「おお、それは剣技だな。Rareスキルで打ち込まれた剣を打ち払う剣の技のの一つだ。」


授かった本人も名前だけだと分からないので神父様から内容を教えて貰うのだ。ラードはそれを知って笑顔になった。

「やった!俺は騎士になるぞ!」


そう叫んで、走って出て行ってしまった。驚いた神父様が止めようも無かった。


神父様が首を振ってため息を付いて、次の人を促す。

3人家族で祝福を受けるのは女の子らしい。肩まで伸びた茶髪の娘が祭壇前にラードがしたように跪く。

両親は少し後ろで立ったまま神父様と同じように祈りを捧げる。今度は空の神ウェフと女の子が仄かに光る。頭を上げた女の子が神父様に言う。

「神父様、スキル「撹拌」を授かりました。」


少し戸惑いながらも神父様が答える。

「commonスキルのひとつで温かい空気と冷たい空気を混ぜたり、溶いた粉を水と混ぜ合わせる事の出来るスキルだな。」


どうやら生産系のスキルらしい。女の子は余り嬉しくなさそうだったが父親が神父様にお布施を懐から出して渡すと、家族揃って帰って行った。


次の家族は5人でお母さんは赤ちゃんを抱いている。祝福を受けるのは男の子のようで凄く短い黒っぽい金髪だった。男の子は促される前にさっさと跪いて祈りを始めた。慌てて神父様とその家族が祈る。

地の神エンドと男の子が仄かに光る。立ち上がった男の子が神父様に言った。

「俺、スキル『治水』を授かりました!」


神父様が驚いて言う。

「おお、それはRareスキルで河川に関する知識や土魔法より強力な力を発揮できますよ。」


中々みんな素晴らしいスキルを授かっている。5人の家族が離れて行くと、次はあたしの番だった。

あたしはお父様に促されて祭壇の前に行き、跪く。


神父様が頷くのを見てあたしは祈り始めた。あたしの祈りは単純だった。

「神様、いらっしゃるならそのお姿をお見せ下さい」だ。


スキルを授かる儀式とは知っていたけどこんな時でないと会えないのでは無いかと思っていたからだ。主神ミュイーズ様は彫像でしか見たことが無いけどどんな神様なのか興味があった。


目を瞑っても暗いだけだったが次第に明るい光が見えた気がした。その光の中心には白髪の壮年の男の人が居た。

あれ?主神ミュイーズ様は女性じゃなかったっけ?

翼を持っても、杖を持ってもいないが白いゆったりした服を着た男の人はにこやかに笑ってる。そしてあたしに言ったのだ。

「ミリ、君の魂に宿る力を開放しよう。その力は君を助けもするし、危うい災も招くかも知れないが、君がどう使うか次第でまわりに幸せや喜びをもたらすだろう。恐れないで欲しい、君の魂を。スキルの名は『ー』だ。」


目を見開く神父様もお父様、お母様、お兄様が驚いて居た。あたしは神父様の驚きに聞いた。

「いったい、どうしたの?」

「ミリ嬢、あなたはいったい誰からスキルを授かったのだ?」


その問いには答えられなかった。だって目の前に現れたのはどの神様にも似ていなかったからだ。

「分からないよ、でも男の神様だと思うの。神様はスキル『ー』って言ってた。」

「今なんと!」


神父様が驚いて聞き返す。

「だからスキル『ー』ですって」


あたしと神父様の話を聞いていたお父様が神父様に聞く。

「ミリの授かったスキル『ー』は聞いた事が無いのだが、どういうものなのだ?」


新婦様は驚いたまま説明してくれた。

「スキル『ー』はULTRAレアなスキルですぞ。最近の記録では出たことがありません。スキルの内容も不明です。」


それを聞いたあたしもお父様もびっくりだ。

あたしが不安になってお父様達を振り返った時にその人が見えた。


見れば見るほどおかしなところだらけな女性だった。背丈は160cmほどで細面な顔にショートの黒い髪の毛、体は太って居るのに手足が矢鱈と細い。矢鱈と唇が朱いのが凡そ普通の人族には見えない。なのに何故か既視感がある。


するすると歩いていないのに近づいて来る。鼻先まで近づいてその朱い唇を開いた。

「そのスキルを頂戴。要らないでしょ、スキル『ー』」


怖くて頭を引く。

「頂戴、スキル『ー』」


一歩後退すると一歩近づき言う。

「要らないでしょ、スキル『ー』」


一歩後退すると一歩近づき言う。

「怖いでしょ、スキル『ー』」


一歩後退すると一歩近づき言う。

「欲しかったのと違うでしょ、スキル『ー』」


一歩後退すると一歩近づき言う。

「要らないと言いなさいよ」

「怖いと言いなさいよ」

「欲しかったのと違うと言いなさいよ」

「ミュイーズに会いたかったと言いなさいよ」

「もっと違うのが良いと言いなさいよ」

「あたしにくれると言いなさいよ」

「ほらほら、やると言いなさいよ」

「要らない、やると言いなさいよ!」


朱い唇の女性は目を血張らせて鼻面を突き付けて、半月のように笑みを浮かべて迫って来た。その圧迫感と迫力にあたしは言った。


「あ、あたしのスキル『ー』は、い・・・」




・・・・・・・・・・

あたしはミリ。ただのミリで良いの。

ミズーリ子爵令嬢なんて肩書なんて要らない。だって、そんなせいで大変な目にあってるんだもの。スキルも使えないのに!


ハンターに12歳でなるなんておかしいでしょ!まだ、右も左も知らない小娘よ。理不尽!

子爵令嬢であることを隠すためミリオネアと言うハンターネームを貰って、ホーンラビットを狩るの。

力が無いから細剣と呼ばれる女性向けの剣でさえ上手く振り回せないのよ。だから、見つけ次第良く見もせずに突くの。

上手く行けばギャンとホーンラビットは鳴いて倒れてくれるわ。駄目なら驚いて逃げて行くわ。やっぱり理不尽!

偶に跳ねて逃げる向きが悪いとあたしに打つかるわ。当たりが悪ければあたしも怪我をしてしまうのよ。なんとも理不尽!


上手く倒せてもそのままにしては置けないわ。血抜きをしないと肉が臭くなるの。ホーンラビットの首を切ってから後ろ足を持ち上げるのよ。重いわ、理不尽!

するとぼたぼたと血が流れて軽くなるわ。そして、ホーンラビットの身体から暖かさが抜けて行き、固くなって行くの。あたしは腰のアイテム袋にホーンラビットを入れるわ。解体まで出来ないから取り敢えずハンターギルドまで持って帰るのよ。


奮闘して疲れた体で次の獲物を探すの。ホーンラビット1匹では5000エソにしかならないの。まだまだ、足りないのよ。

1日に金貨2枚分は稼がないといけないわ。ホーンラビットなら4匹ね。何とかアイテム袋に入る量だけど、それだけ狩るにはあたしには1日掛かりなの。仕方ないわよね、理不尽だわ!


森の中を探して回るから時間が掛かるの。魔物を見付ける事の出来るスキルとか持って無いし、まだ魔力を使う方法を習って無いんですもの。

他の魔物、例えばフォレストラットとかも見掛けるけど、逃げ足が早いからとてもじゃないけどあたしには狩れないわ。狩人の技術でも習得しないと罠も張れないし、フォレストラットは他の方法ではあたしには無理なの。大変なのにフォレストラットも5000エソなのよ。理不尽!


あたしが何でハンターなんてやってるのかは寄親の娘のエリザ様のせいよ。幼馴染とはいえ、高慢ちきなエリザ様には振り回されてばかり、10歳の時のお披露目の時だって、酷かったからあたしはカーテンの陰に隠れて、美味しい料理を食べてたわ。


あたしが居ないとお父様が騒ぎ出したから余計に怖くなって出て行き難くなっちゃったけど、結局見つかってとっても叱られたわ。理不尽!


ロベルトお兄様に振られたエリザ様は余計に我が儘になって、12歳で学園に通うようになって同じ寮だと聞いた時はあたしは絶望したわ。同室のアマリリスさんには余り会えなかったし、あっても素っ気なかったわ。理不尽じゃない?


そのうちエリザ様が学園から見えなくなって、お父様から酷い病気に掛かってダンダン伯爵領から出られなくなったそうよ。あたしはせいせいしたけど、教室のみんなは同情的だったわ。理不尽よ!


高位の貴族の人達との接点も無かったし、唯一友達に成れたのはクロエだけね。ハンターギルドでたまたま会ってクロエからハンターのやり方を習ったわ。

クロエは授業には余り出て来なかったけどハンターとして、オードパルファムにいた時からULTRAレアスキル『覚醒』で活躍していたみたい。


スキルを用いて狩りをするクロエには技量の点でもあたしは付いて行けなかったわ。身体能力が凄すぎたのよ。

でも、授業で身体強化の魔法を習ってからは少しは付いて行けるようになったし、魔物のランクも上げて行けたわ。


きっとそれがいけなかったのよ、休み中にミズーリ領の森で灰色狼の群れに襲われたわ。理不尽よね!

魔物じゃないのに彼らは狡猾であたしは彼らに囲まれて死ぬ所だったけど熊獣人のマタギさんに助けられたのよ。そのお陰で狩人ギルドのマスターであるアルメラさんとも知り合えたの。


アルメラさんは黒狐族だけどあたしには普通に接してくれたの。色々相談に乗って貰ったり、買い取りにも協力して貰えたわ。獣人族なのに人族に偏見が無かったのよ、良い人!


お陰で助かったし、ギアナの大穴(ダンジョン)近くの小さな穴(ダンジョン)の入り口であたしは凄い物を見つけたの。数十本のポーション類よ。

アルメラさんに見て貰ったらハイポーションやキュアポーションもあったの。それは凄いことよ。ラッキー!


穴(ダンジョン)は今は侵入禁止だけど昔はハンターも入ったりしてたらしいわ。中でお宝を見つけたり出来たらしいわ。

それで穴(ダンジョン)は生きているみたいに移動したり、ギアナの大穴(ダンジョン)みたいに大きくなったりするらしいの。そんなときに(ダンジョン)内部のお宝が地上に出ることがあるらしくって、あたしはそれを見つけたのよ。ラッキー!


ポーションは唯売るよりオークションに掛けると高く売れるらしいわ。コネを持つアルメラさんにお願いして捌いて貰う事にしたの。コツコツ狩りをしなくてもお金が入れば助かるもの。でも結構アルメラさんにマージンを取られるわ、理不尽!


お金の工面でお父様がエンドロールの本家に相談に行ってる間はお母様が代理をしていたのだけど、王都側に近い新しいブラクと言う村で問題が起きたらしくて様子を見に行って怪我をして帰って来たわ。なんてことかしら、理不尽!


護衛に雇ったハンターが活躍してくれたお陰でお母様は何とか帰って来れたのよ。お母様は自分の治癒の魔法で怪我を治されていたけどあたしは見つけたポーションを幾つか持って置くことにしたわ。まだ、あたしは治癒魔法を使えないのよ。理不尽!


アルメラさんと話をしていく内に秘薬ポーション「エリクサー」の話も聞けたわ。昔の魔女は秘薬ポーション「エリクサー」を作れたらしいの。何てこと!


何でもアマリリスさんのボアン領にあるアントウーヌの森と言うところに住んでいたらしいわ。是非行ってみたいわ。

アマリリスさんと仲良く成れれば行けるかしら。何だかとても心惹かれるのよね。


でもボアン領まで王都から西に向かって3泊4日程掛かるのよね。遠いわあ、理不尽!


そんな事を考えながら少し深い森に入ったら豚オークに出会ってしまったわ。セドン川近くはオークが出るよって熊獣人のマタギさんに教えられて居たのに。あたしのうっかり屋さん!


豚オークは大きな斧を持って居て逃げても追って来たわ。1匹だったけど逃げながらマタギさんに教えて貰ったように弱点の足をひたすら狙ってあたしもあちこちに擦り傷を負いながら丸一日掛けてやっと倒したわ。何であたしがこんな目に合うのよ!理不尽!


ただ、持ってて良かったポーション。革鎧はあちこち裂けてもう使い物に成らなかったけど何とか倒したわ。大き過ぎて解体も出来ずにそのまま放置して、屋敷に帰ったら燃えていたわ。


何で?

頭が働かなかったけど燃える屋敷に飛び込んで食堂で倒れていたお母様を助け出したの。持っていたハイポーションを振り掛けて必死で対応したお陰で命は助かったわ。酷いわ、何でお母様がこんな目に合うのよ、理不尽!


命は助かったけど屋敷は半焼したわ。お金の工面をしているのにこんな事が起きるなんて、理不尽!


残った部分で何とか生活し、執事長のドノバンのお陰であたしでも執務を熟したわ、理不尽に負けない!


ドノバンに原因を聞く暇もなくお母様の看病をしてたわ。屋敷が燃えた事を聞いたらしいお父様が慌てて帰って来たけど、大火傷を負って生きているだけの状態のお母様を見て、泣いたわ!あたしも一緒になって泣いたの!理不尽過ぎるわよ!


生き残っていた執事長のドノバンはお父様とあたしに何があったのか泣きながら教えてくれたわ。盗賊に扮したダンダン伯爵家騎士団長マクシミリアン•ズコーに襲われたらしいわ。なんてことしてくれるのかしら!

お父様は悔し涙を流されたわ。証拠も無いので罪に問えないし、寄親の騎士に白を切られたら逆にこちらが咎を負うなんて、理不尽!


お父様は残った執務の横の寝台にお母様を寝かせて、側から離れないようになったわ。ハイポーションのお陰で火傷の大半は治ったけど、切られていた両足は元に戻らないし、顔の半分を覆う火傷の痕は消えないわ。もう、こうなったら幻の秘薬ポーション「エリクサー」しか無いわ。何としてでも手に入れるのよ。


お母様が心配だけどあたしは夏休みを終えて学園に戻ったわ。学園ではみんながお母様の事を知っていたわ。上位貴族の皆さんまで心配してくれて色々話が出来て良かったわ。その中でエリザ様の病気の話とミッチェル様のお祖父様のトビアス•アンドネス様の病気の話があったの。


ポーションでは病気を治せない、治すには薬草などを使った錬金術が必要で、実例はバージル先生の歴史で習った「聖女の涙」だけだったわ。パーミット•メレアーデ•エルセイヤと言う昔の聖女様伝説に出てくるの。でもその素材は謎に包まれているわ。知識に乏しい12歳の頭を寄せ集めても分かる筈もないのよね。理不尽!


でも、万が一効果のある薬を作れれば高く売れるだけでなく、ダンダン伯爵家に恩を売れるかも知れないわ。あたしはクロエと魔物狩りに精を出しながらアルメラさんがポーションをオークションに掛けて利益を得た事を知ったわ。


アルメラさんの商会『薔薇』のユメカ•ローズさんが教えてくれたのよ。会いに来てくれたユメカさんについて行ってあたしはナサニエラさんとウキヨエラさんと会ったのよ。

ふたりは天人族であたしの出したキュアポーションで救われたと言われたわ。ウキヨエラさんって永らく石化されて彫像として売られていたらしいわ。理不尽!


それをナサニエラさんが見つけ出してあたしの出したキュアポーションで元に戻せたらしいわ。良かったわ、あたしが少しでも役に立てて。

アルメラさんから金貨100枚も利益を受け取ったけど、天人族のふたりはそれだけでは恩を返せないと言ってあたしに協力してくれる事になったわ。


アルメラさんはバージル先生の補助教員をして、ウキヨエラさんはハンターをしてお金を渡してくれるそうよ。とても助かるわ。しかもウキヨエラさんは天人族の友好の証である特別なブローチもくれたわ。魔力を通すと身体が軽くなって狩りもやり易くなったわ。それだけでは無くて、「聖女の涙」の素材に付いて知ってたの!あれだけ調べたのに理不尽!


あんなにあたし達が悩んだのにね。だから早速、魔法便でお父様に知らせたし、ミッチェルさんにも伝えたわ。ミッチェルさんはとっても喜んでくれたわ。


お陰で仲良く成れてクロエと一緒に狩りにも行ったのよ。ミズチ狩りがヒュドラ狩りになって大変だったけどね。理不尽!でもお陰で沢山稼げたわ。


ミッチェルさんの元にお祖父様のトビアス•アンドネス様が回復して来たと言う知らせが届いた時には一緒になって喜べたわ。お祖父ちゃん子なのかしら、ミッチェルさんって。

あたしにはお祖父ちゃんの経験無いから分からないわ、理不尽!


でも、これからもあたしの味方になってくれるって仰ったから、ミズーリ領に掛かっている理不尽な税の事も力になって頂けると助かるわ。魔法便でお父様にも連絡して置くわ。


クロエと森の奥でラーミアを狩った時に見つけた洞窟の奥でグランドスウォームの幼体と戦ったわ。前に調査に来たハンターパーティ「金の目」は全滅したって話だけど、結構強くなったあたしの魔法でも倒せたわ。水魔法を応用して凍らせる戦い方が良かったみたいなのよね。

身体能力を高めるクロエのスキルも強力だから倒したのはほとんどクロエだけどね。


時間が掛かったから一応帰って、グランドスウォームの幼体がいた事をハンターギルドに報告したらかなり騒ぎになったわね。それから大きな鍾乳洞の奥には更に洞窟があったので別の日に登って行ったら坑道に出たので、そのまま出口に向かったらどうもジュゼッペ公爵領に出たのよね。


場所を確かめる為に少し降りた森で怪我をしている鳥人を見つけたわ。警戒されたけどあたし達が幼い事もあって何とか話が出来たのよ。もちろん、あたしの拙い水魔法で治癒を掛けてあげたから喜んで仲間の所へ案内してくれたわ。

リーダーの事を風切って言うのね。鸚哥(インコ)族の鳥人に案内された木の虚の巣には風切のミミズクと鷹の鳥人がいたわ。何でこんなところに居るのかは教えて貰えなかったけど助けたお礼に琥珀のブローチを頂いたわ。琥珀の中にはキラキラ光る羽の一部が封じられていて、鳥さんと話が出来るんですって!理不尽!


不思議なブローチだけでなく、おもてなししてくれた時に食べた『バララ』をクロエが凄く気に入ったの。淡クリーム色で柔らかくて甘かったわ。とても高そうだったけど鳥人の旅の食料らしいわ。魔物狩りは出来なかったけど鳥人と仲良く成れて良かったわ。ラッキー!


鳥人達のいた森からそう離れて居ないところに街を見つけたわ。あたしがエリザ様に良く連れて来られたダンダン伯爵領都だったわ。エリザ様の容体はどうかしらと思ったけど確認しただけで帰ることにしたわ。お父様からも連絡無かったし。理不尽!


それからは真面目に授業を受けていたけどひとつだけ変わった事があったわ。寮の近くの用水路で魚人を見つけたのよ。かなり弱っていたので水魔法で治癒を掛けたわ。

相性が良かったのかかなり元気になってくれたわ。話している言葉は分からなかったけど何処からか逃げ出したみたいだったわ。何となく南に行きたがっていたので川を遡上出来る場所を教えたわ。名前はラファと言うらしかったわ。


それ以上の事はしてあげられなかったけど無事に山向の川にたどり着けたかしら。鳥人から貰ったブローチで鳥さん達に見守ってくれるようにお願いしたわ。少しは助けになったら良いんだけど、魚人の山登りなんて、理不尽!


寮の同室のアマリリスさんが凄く困っていたの。課題を熟すのに調べが足りないんですって。あんまり詳しくは分からなかったけど鳥さんとのお話が出来るブローチの話をしたら凄く欲しがっちゃったのよ。あげる訳には行かないけど貸すことにしたわ。


その代わり、ボアン領に行ったら秘薬ポーション「エリクサー」の噂のある森を案内して貰える事になったわ。それからクロエと狩り暮らしをしていて、アマリリスさんの課題も完了したのでボアン領へ皆で行くことになったわ。ラッキー!


もちろんアマリリスさんからもアントウーヌの森の魔女の話を聞いたわ。数百年も昔の話だからお伽噺みたいよね。とんでも無いスキルで魔物を狩ったり、無限の魔力で王族の騎士達を翻弄したりした挙げ句に姿を家ごと消したんですって、理不尽!


でも、村人からはかなり慕われて居て、お弟子さんも沢山いたそうよ。でも、そんな凄い人が有名じゃないのは不思議よね。2泊3日の馬車の旅はアマリリスさんも加わって凄く楽しかったわ。途中に出食わしたゴブリンなんてクロエに掛かったら瞬殺よ。お金にもならないからクロエが焼却処分したわ。


アマリリスさんが良い人だったからご家族にも期待したけどかなり警戒されたわ。どうも、秘薬ポーション「エリクサー」の噂を聞いてやって来るハンターや風来坊などがいるので同じように見られてしまったみたいね。

何となくだけど、ボアン子爵には秘密があるのかも知れないわ。


次の日にクロエとアマリリスさんに森を案内して貰ったわ。アマリリスさんは森に余り入った事は無かったようだけど薔薇園の紹介には凄く熱が籠もっていたわ。凄く薔薇が好きなのね。スキルも『妖精』と言うらしいわ。素敵!


森の中は魔物が少しも居なくてクロエは不満だったけど暗い割には日差しが強くて明暗が強いの。あたし好みの森で不思議と落ち着くわ。


気が付くとあたしはひとりで2階建ての家の前に立っていたわ。振り返りふたりを呼んだが返答も姿もないの。家の中に惹かれる物が合ってドアを開けて中に入ると不思議と埃っぽく無く、静寂が満ちていたわ。


きっとここが魔女の隠れ家よね。中央に大きな丸いテーブルが有って、右手は台所のようだったわ。良く分からない魔導具が置かれていて、大きな流しがあるわ。料理とか余り得意じゃないけとやり易そうな作りだわ。


丸いテーブルの反対側にはソファが置かれていて外に出れそうなガラスで出来た扉があるわ。日差しが入れば暖かい場所になりそうだわ。何故か日差しが少しも差し込んでいないのだけど。


あたしを惹きつける物が丸いテーブルの上にあったわ。花の無い花瓶や本や何かの魔導具などに混じってそれは目に入ったわ。


銀色の腕輪だったわ。幅のある腕輪だけどとても複雑な意匠が凝らされているけど、高価そうには見えなかったわ。あたしは手にしてしげしげと見たわ。文字のようなものは外側にも内側にも無かったから誰かの贈り物と言う訳でもないようだわ。


手にすると身に付けたくなったの。人のものを勝手に身に着けるなんて良くないのに、何故か他人の物という気がしなかったわ。そっと左腕に銀の腕輪を付けると・・・


・・・・・・・・・・・

ぞわわわわわわわー

あたしの中から理不尽に対する怒りが湧き上がる。それは貴族であることの理不尽であったり、権力の横暴に対する理不尽であったり、抗えない暴力による理不尽であったり、持たないものや持つものがいると言う所有の理不尽であったり、間に合わなかったと言う機会への理不尽であったり、身勝手な行為が及ぼす被害の理不尽であったりするものへの怒りだった。


ぞわわわわわわわー

羨望は妬みになり、憧れは嫉みになり、興味が恨みに変わる心の光と影の理不尽さを身を焦がすような想いがあたしを突き動かす。


あたしの後頭部に左手をやり『Амнезия』を発動したシャルラのスキルを吹き飛ばす。それは文字通りシャルラの体ごと突き飛ばし、シャルラにダメージを与えた。


あたしのスキル『ー』がシャルラの身体を蝕み、左半身を黒々と染め上げている。その姿はおかしな女の姿でなく、魔族本来のシャルラの姿だった。

丸々と肥えた身体にふくよかな胸、丸太のような太い足、物を掴むのさえ不自由しそうな短い指、ブヨブヨした肉に閉じ込められた赤い目、ちりちりの短い黄色い髪、黒く太い角は魔族からも嫌われる者の姿だった。

「何で!何で!奪えないのよ!」


銅鑼が響くような嗄れ声でシャルラが叫ぶ。人に見せ掛けていた時のような透き通るような声は既に無かった。

「あんたのスキルを奪ったわ!手応えはあったわ!後は無力に蝕まれた精神しか無い抜け殻に成るしか無い筈なのにぃー!」


チリチリ音を立てるかのようにあたしのスキル『ー』がシャルラの身体を侵食していく。それは高温に燒けて炭と化して行くかのように見えた。

「あたしのスキル『Амнезия』は無敵よ!今まで一度も失敗したことが無いわ!あり得ない!あり得ないのよ!」


怒りの余りドタドタと走り、あたしに近づく。その右手には何も無い。何もしないあたしにニヤリと笑い、右手をあたしの胸の中央に突き叫んだ。

「Амнезия」


何も起きない。苛立ったシャルラが何度も叫ぶ。

「Амнезия!Амнезия!Амнезия!何でスキルが使えないのよ!」


あたしのスキル『ー』がシャルラのスキル『Амнезия』を侵食したからだ。消滅させたからと言って良い。

あ然とした表情のままシャルラは全身を黒く染め上げ、黒い霧となって消えていった。


あたしがシャルラを吹き飛ばすと同時に影従魔『リレチア』はその大きさを数倍にして赤い竜ごと魔族『メドギラス』を飲み込んだ。


影従魔『ルキウス』はその大きさを数倍にしてクロエと戦っていた魔族ローデリアを飲み込んだ。


影従魔『ルキウス』を蹂躙していた第3王子ストーレはあ然として、棒立ちになっていた。


戦う相手を奪われたクロエは膨れっ面をして空中から降りてきた。

「ミリは大丈夫かいな?」

「ええ、大丈夫よ。それよりローデリアを奪ってごめんなさいね」

「スキル使わんでも行けたんやけど・・・まぁええけどな」


戦うのが楽しかったと見えて残念そうだった。

あたしはクロエからストーレ殿下の方を見た。味方の魔族が消えて、乗ってきた緑色の竜も居なくてひとり呆然としている。あたしとクロエは近づく。

「さてと、どないするん、殿下」

「退散されるなら邪魔をしませんが」


あたし達の言葉に我に返り、あたしをじっと見詰めて来た。ストーレ殿下の目が煌めく。あんまり見詰められては乙女なら心ときめくだろうがあたしはなんとも思わない。

「ミリ嬢はスキル『影』持ちの筈!なのに君のスキルが僕の『精霊眼』を持ってしても今は読めない!何故だ!何をした?」


驚きを持ってあたしに掴み掛らんばかりに迫って来た。クロエが細剣を抜いてストーレ殿下に向ける。

「おっとと、それ以上、ミリに近づいたらあかんよ。」


精霊眼?ストーレ殿下に言われてあたしは自分のスキルを感じてみる。確かに前はスキル『影』と明確に分かったのに今はいまいち判然としない。スキル『ー』としか分からない。

「魔族シャルラにあたしのスキル『影』を奪われそうになった、いえ奪われました。」


少し考えながら思い出しながら言葉を紡いでいく。

「スキルを与えられた10歳の時の記憶が変わった、そしてあたしは違う1年を過ごして・・・この地で魔女の遺産とでも言うべきこの継承の腕輪を見つけたわ」


あたしは左腕の継承の腕輪に触れる。

「そうしたら、そうしたら・・・違う1年で過ごしたあたしの想いは、理不尽に晒されたあたしの想いは!」


理不尽な想いと共に慟哭に近い怒りがあたしから噴出する。魔族シャルラを襲ったのと同じような力があたしを染め上げた。ブワッと広がったのは闇だった。

それはクロエもストーレ殿下も包み、広がった。


心の想いが外に溢れ出て居ることに気付いたあたしははっとしてクロエを見た。驚いてはいたが特に問題は無いようだがストーレ殿下だけが苦しんでいた。

それを理解すると闇が薄れて現実世界が戻って来て、ストーレ殿下の苦しみが消えて、あたしを恐れの目で見ていた。

あたしは何をしたのだろうか。

「み、ミリ嬢。君のスキルはもはや『影』では無いな!それは何だ!」


あたしのスキル・・・自問するとあたしのスキルは『闇』だった。さっきまでは『ー』で判然としていなかったけど理不尽を感じ、開放したスキルは『闇』だった。それをあたしは自覚した。現実世界に戻ったけどあたしの体には靄のように闇が漂っていた。それを意識すると体に吸い込まれるように消え去った。

「ストーレ殿下はご存知なのでしょう?」


あたしが答えるとストーレ殿下は恐れに満ちた瞳で言った。

「それは世界を染めあげる『闇』だ。」

「ミリ、スキルが変わったん?」


クロエがストーレ殿下の話を聞いていてあたしに聞いた。

「そうみたい。魔族シャルラのスキルの干渉で変わったようよ」

「変わっただと!?そんな生易しい事じゃない!」


「スキル『影』はスキル『闇』へ至る低位のスキルに過ぎない。スキル『影』を持つ者が『瘴気』を発する様になるとスキル『闇』へと進化する。」


「つまり、ミリ嬢は『闇の神子』になったんだ!」


「『勇者』と『闇の神子』は対極の存在。『勇者』は『魔王』を討つ使命を帯びてこの世に生まれ、『魔王』は『闇の神子』を以て世界を魔族の物とすべく『勇者』と対立する。」


「これは精霊眼で読み取った正しい情報なのだ!このままだとミリ嬢は『魔王』に利用されて世界の破滅をもたらす事になるんだ!」


ひとりで盛り上がり、頭を抱えて蹲るストーレ殿下にクロエもミリも呆れて何も言えない。どちらかと言うとストーレ殿下の言葉が飲み込めて無いのだ。

「えーと、ストーレ殿下の言うことが正しいちゅうなら、わっちが『魔王』からミリを守ればええんやな?」

「そうみたいねぇ〜。でもあたしは『魔王』に利用される気は無いわよ?」

「つまりはわっちとミリが仲良うしとれば問題なしやな!」

「そうなのかしら?」


あたしとクロエの話を聞いていたストーレ殿下は頭から手を離して驚いている。

「君達は『魔王』が怖く無いのか?」

「わっちは『勇者』やで。魔族退治は得意や」

「う〜ん、良く分からないわ。知らないし」


クロエとあたしが笑い合っているのをス見てトーレ殿下は説得するのを諦めたようだ。

それを見てあたしはストーレ殿下に言った。

「ストーレ殿下は秘薬ポーション『エリクサー』がご要望でしたのよね。」


こんな場所だからもう身分なんて無視だ。

「ああ、そうだ。魔族の協力を得る為の道具のひとつだった。使える魔族が全滅しては必要は無いがな。あ、いや使えるのか?」

「今、ボアン子爵家のみなさんがエリクサー生成装置の所へ行って居ますがストーレ殿下も参りますか?」

「何を言ってんのや、ミリ。ストーレ殿下はさっきまで敵やったんやぞ」


クロエの言う通りだが、今は大した敵にはなり得ない。むしろ、魔眼の精霊眼が欲しいところだ。

「良いのか?クロエ嬢の言う通りだと思うのだが」

「ストーレ殿下にあたし達を従わせる気持ちはお有りですか?」

「ああ、いいや。・・・無いな。」


諦めたような態度はやはり魔族と言う暴力が無くなったせいだろう。

「ストーレ殿下の身体強化はかなりのものやったけど、多分ミリと同じ程度やろな」

「なら、あたしより強〜い、クロエならストーレ殿下が何かしようとしても大丈夫でしょ?」


茶化すような、クロエを褒めるような言葉はクロエも軟化させたようだ。

「まぁ、ミリがそう言うならわっちはストーレ殿下を見張っとくわ」


ということでストーレ殿下を除け者にせずリリスお姉ちゃん達ボアン子爵家族の元に行くことにした。クロエがストーレ殿下の腕を掴み、あたしがスキルを使って一瞬で屋敷の扉の前に移動した。

「ミリー!今のは何や!」


驚いたクロエも面白い。あたしは笑って言う。

「クロエを驚かそうと思ってやってみたのよ。新しいあたしのスキル『闇』はクロエが期待していた移動よ。あたしの思う人をあたしの考える場所に移動できるみたい。少しは制限があるみたいだけど使っていく内に分かって来ると思うわ。」

「先に言わんかい!驚いたやろ!」


ストーレ殿下は何がなんやら分からないようだ。あたしはストーレ殿下を無視して壁の隠された転移扉を開くと壁が影になった。考えて見れば不思議な光景だ。影を落とす物が無いのに壁に影が落ちているのだ。


あたしの後に付いて、ストーレ殿下の腕を掴んだままクロエが影の中に入って来る。そこにはボアン子爵家の者たちが大きな魔導具の前で座り込んでいた。何故かリリスお姉ちゃんだけが倒れていた。


慌ててあたしはリリスお姉ちゃんの所へ駆け寄った。屈んでリリスお姉ちゃんの様子を見るが怪我は無く、気絶しているようだった。

念のためあたしはポーションを少し首筋に垂らすと小さな白煙を立ててリリスお姉ちゃんの体に吸い込まれ、リリスお姉ちゃんが気が付く。

「あれ?ミリちゃん?」


ストーレ殿下から手を離してクロエが近づきつつ、リリスお姉ちゃんに声を掛けた。

「姐さん、何があったんや?」


クロエがボアン子爵家族に視線を向けると皆が横を向く。そこにはリリスお姉ちゃんの父親のボルトンが怒り顔でふんぞり返っていた。

「儂が悪い訳では無いぞ!アマリリスが聞き分け無いからいけないのだ!」


立ち上がりながらリリスお姉ちゃんは父親のボルトンに反論する。

「そんな!いくらなんでも私は何も知りません!お父様の方こそご先祖様のメビウス様が遺された手帳に何も書かれて居ないのですか?見せて頂けなければ何も分からないのに!」

「ははあ、こりゃお父様が悪いんやろ。苛立ってリリス姐さんに手ぇ上げたんやな」


その言葉に母親のカレンディアと妹のオリフィスが首を縦に振った。

「娘に直ぐ手をあげる父親とは関心せんな」


ストーレ殿下も父親のボルトンの味方では無いようだ。グッと言葉も出ずに父親のボルトンは声を詰まらせた。流石に王族のストーレ殿下には物申せないようだ。

「なるほど、材料は所定の位置に投入したのに『エリクサー生成装置』が動かなかったので腹を立てたのですねぇ」


あたしの声には呆れも混じって居たと思う。

「動かないのはスキル『影』の持ち主が居なかったからですよ。きっとメビウス様もご存知無かったのでしょう」


あたしが『エリクサー生成装置』の操作盤に当たる所にある魔石に魔力を込めると低く唸るような稼働音が響き始めた。あちこちにある魔石が緑色に発色して操作盤の下に暫くして1本の小さな瓶が排出された。

大きさは大人の掌程度の長さで中の薬液は金色に輝いている。


あたしが手にして、ストーレ殿下に渡すと父親のボルトンがあわあわした。自分の物だと言いたいがストーレ殿下には文句が言えないようだ。

ストーレ殿下の魔眼『精霊眼』が煌めき、口を開いた。

「ほう、確かにこれは秘薬ポーション『エリクサー』のようだ。」


ストーレ殿下のお墨付きが出て、父親のボルトンが飛び上がって歓声を上げて、あたしが立っていた操作盤の下を覗いた。しかし、そこには何も無かった。

「何ぃ!何故無い!あれだけの素材を投入して!」

「シドルの秘液が足りないのでしょう」


あたしは赤く光る魔石の部分を指し示した。

「何ぃー!シドルの秘液は3年分を入れたのだぞ!それに他の素材だって高価な上に入手難度が高くてやっと溜めたのだ。」


あたしが示した魔石以外は赤くなって居ないからシドルの秘液さえ追加出来れば秘薬ポーション『エリクサー』は生成可能と思えたが父親のボルトンは突っ伏して居た。

「既にシドルの薔薇の時期は過ぎておる。来年まで待つにしてもシドルは栽培が難しい・・・そうだ!」


急に立ち上がった父親のボルトンはリリスお姉ちゃんに組み付いた。

「おい!アマリリス!お前だけだ!お前だけがシドルの薔薇を増やせるんだ!もっと増やせ!」

あまりの言い草に周りのみんなは引いてしまっている。母親のカレンディアも妹のオリフィスもその醜態に顔を背けて居た。

「ミリ嬢、この魔導具を止めても投入した素材は無駄にはならないか?」


リリスお姉ちゃんのお兄様ヘンリアスは投入した素材が気になるようだ。あたしだって分からないが、聞かれると自動的にアン様の回答が頭に浮かぶのだ。

「多分、液体の素材は保っても数日でしょうね。乾燥素材はそのまま次に使えると思われますよ。だからシドルの秘液とドラゴンの涙、マンドラゴラの絞り液、サハギンの体液はまた用意しないと駄目でしょうね」

「う〜ん、どれも入手難度がAクラスの素材ばかりですね。お父様はどうやって手に淹れたんでしょう」

「わははは、サハギンの体液はオークションで廃棄されそうになっていたのをたまたま入手したのだ。ドラゴンの涙は魔族討伐があった時にドラゴンも狩られたお陰で涙腺袋を手に出来たのだ。・・・だからまた、手にするなんて出来んぞ!ぐはぁ、どうすりゃ良いのだぁ!」


父親のボルトンはまた頭を抱えて蹲る。そしてストーレ殿下を見て、縋り始めた。

「殿下、ストーレ殿下!その秘薬ポーション『エリクサー』をお渡ししますからどうか次の生成の為の素材集めに協力をお願い出来ませんか?その『エリクサー』を餌に各方面に影響力を高められましょう。何卒、このボアン子爵何処までも付いて参る所存ですぞ!」


少し父親のボルトンの態度に辟易しながらストーレ殿下が答える。

「ああ、そうだな。『エリクサー』が1瓶とは思わなんだが、王位継承権をあげるのには使えるか。だか、3年も待てんぞ。せめて1年程度だな。」

「1年、1年と仰るか!やはりシドルの薔薇を増産しないと!」


また、父親のボルトンがリリスお姉ちゃんに威上高に命令しそうなのであたしは声を上げた。

「さぁさ、ここから出ますよ、皆さま」


あたしはスキル『闇』で転移して屋敷の中に戻った。母親のカレンディアも妹のオリフィスもエリクサーが1瓶しか得られなかった事に落胆して我儘を言う元気も無いようだ。それとは違って父親のボルトンはあたしに食って掛かってきた。

「どうしてくれる!せっかく用意した素材が無駄になったぞ!それにあそこから出たら戻れんでは無いか!どうやって行けと言うんだ、ええ?」


直ぐにリリスお姉ちゃんとクロエが引き剥がしてくれる。

「何を言ってるんですか、お父様!ミリちゃんが連れてくれ無かったら1瓶も出来なかった所なんですよ。出来ただけでもましと思わないと」


リリスお姉ちゃんに諌められて父親のボルトンはあたしからリリスお姉ちゃんに矛先を変える。

「何を言う、元はと言えばアマリリスがシドルの薔薇を少ししか作らんかったせいだぞ!」


あまりの言い草にリリスお姉ちゃんがびっくりする。

「お父様ぁ〜、そりゃ無い言い草と言うもんちゃうか?」


クロエが剣を抜いて父親のボルトンに突き付けて言う。

「世の中何でも自分の思う通りになるもんとちゃうでぇー」


それ以上言うと斬り掛かるぞと睨みながら言うクロエの迫力にタジタジと両手を上げながら後ろへ下がる。

「わ、分かったからその物騒なものは仕舞ってくれ。」

「ほんまかいな、ほんまに分かったのけ?」


懐疑的にクロエが言うのであたしが助け舟を出す。

「リリスお姉ちゃん、前にあげた扉の鍵を持ってる?」

「ええ、持ってるわよ。ミリちゃんが言うように肌身離さず身に付けてるわ」

「なら、良かった。それがあれば開かずの間から壁の扉を開いて『エリクサー生成装置』のある部屋に行けるし戻れるわ」


それを聞いていた父親のボルトンが離れた場所からリリスお姉ちゃんに走り寄った。

「な、何?それを儂に寄こせ!アマリリス!」


今にも掴みかからんばかりだったのでリリスお姉ちゃんがあたしの後ろに逃げる。

「駄目です、お父様!これはミリちゃんがくれたものなの。誰にも渡せません!」


それでも凄い形相でリリスお姉ちゃんを睨む父親のボルトンにあたしはため息を付いて、父親のボルトンの影を踏み、宣言する。

「『ボルトン•ボアンは娘アマリリス・ボアンに接触することを禁ずる!』」


あたしが何を言っているのか分からない父親のボルトンは叫んだ。

「そんな事を貴様に言われて従う訳無かろうが!」


そう言ってあたしを回り込んでリリスお姉ちゃんに近づこうとして1m程離れた場所で硬直してしまう。

「な、何だこれは!」

「あたしがスキルで影に命令しました。もう、これでリリスお姉ちゃんが近付かない限り、あなたからリリスお姉ちゃんには近付けません!」


クロエもリリスお姉ちゃんも驚く。

「なら、他の者に奪わせれば良いさ。おい、カレン、アマリリスからその鍵とやらを取れ!」


父親のボルトンが母親のカレンディアに命令するが母親のカレンディアは口答えする。

「嫌ですわ、あなた。幾ら出来損ないのアマリリスとは言えども娘の物ですもの。それにその『影』の娘が与えたものでしょ?呪われたらどうしますの。」


別に呪われたりしないけど恐れられているなら利用しない事は無い。

「あたしがあげたものを奪うような事をする者はあたしが許さないわ。たとえそれがリリスお姉ちゃんの身内でもね。」


父親のボルトンは娘のオリフィスを見るが娘のオリフィスは顔を白くさせて首を横に振る。

「ぐぬぬぬ」


歯軋りをしながら父親のボルトンが悔しがる。

「でも、お父様。あたしは入れるそうだから素材が揃えばあたしが作って来れますわ」


リリスお姉ちゃんが優しい事を言う。

「くそっ、小娘のいう通りにしなければならんのは癪だが仕方あるまい。アマリリスの好きにせい!」


父親のボルトンが小さく地団駄を踏んで諦める。リリスお姉ちゃんの家族はそれぞれ自室に戻って行った。


あたしはリリスお姉ちゃんに聞く。

「これからどうするの、リリスお姉ちゃん」

「そうね、お父様に真相を聞きに戻ったけどエリクサーがストーレ殿下に渡ったからこれ以上変な事はしないと思うわ。」

「ストーレ殿下はどうされます?」

「うむ、王城に戻りたいが私を乗せてきた緑竜が逃げてしまったからな」

「じゃあ、皆でエライザ学園の寮に戻りましょう」


そう言ってあたしはスキル『闇』の力で一瞬にして寮の前に戻る。もう西陽が落ちるような時間になっていた。


少し躊躇するような仕草をしながら何も言わずにストーレ殿下は歩いて王城へ向かった。あたしとクロエとリリスお姉ちゃんは寮の中に入る。


色々あり過ぎて疲れて口を利く元気も無い。身体から埃を払う魔法を使うのも億劫な気分だった。

3人揃って夕食を取ったがぽつりぽつりとしか話せず、話が弾まない。


あたし達はその夜、ぐっすりと眠った。






















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