やって欲しいこと募集中!


 西園寺家の一員になってから一週間ぐらい経った。礼ちゃんや恵さんはもちろんのこと、最近では僕の存在にようやく慣れ始めたのかメイドの皆さんとも少しずつ打ち解けて薄っすらと感じていた緊張感?のようなものが無くなったように思う。


 目を覚ましてからお世話になっていた霧島先生とはあまり会う機会が無くなってしまったけど、記憶喪失に関して進展がないかを確認するために最低でも週1回はこちらに訪問診療に来てくれるそうだから完全に関係が断たれたわけではないのは嬉しいな。


 そんなわけで穏やかで幸せな日常を送っている...のだけども少しだけ不満...いや、不満って程のものじゃないけど思う所がある。



 やることがない



 いや、もちろん初めて西園寺家に来た時に紹介してもらった娯楽室はいつでも使っていいよ、と言われていて実際に楽器を触ったり本を読んだりはしているんだけど...こう、なんというか、自分がやってる行動の生産性の無さ?みたいなものに冷静になった時に押しつぶされそうになっちゃうんだよね。


 贅沢な悩みなのは分かってるつもりだし、自分が結構わがままなことを言ってるのも理解してるんだけど...だって今のままだと僕、ただダラダラと一日を浪費してるだけのヒモになっちゃうわけで。西園寺家の人たちに何も恩返しができてない現状を歯がゆく思う。


 というわけで夕飯の時に礼ちゃんと恵さんに聞いてみた。


「ん~そうは言ってもねぇ...」


「別に気にしなくていいのに。男性ならそれが普通よ?」


 案の定、二人を困らせてしまった。わがままで申し訳なく思うけど、何でもいいからお手伝いがしたいのである。


「そうなんだけど...うーん、そうなんだけどなぁ」


「熱中できるものが無いってことかしら?」


 どう表現すればいいのか...言葉が出てこない僕に助け舟を出すように恵さんが尋ねてくれる。


「う~ん、でも楽器の演奏はすごく楽しいからなぁ。それこそ時間も忘れて夢中になっちゃうくらいに」


「なら、それでいいんじゃないの?」


「でも、僕が満足するだけで皆の役に立つわけではないし...」


 その言葉に礼ちゃんも恵さんも優しい雰囲気を漂わせてこちらを見つめる。恵さんに至ってはなにに感極まったのか分からないけれど思いっきり抱き着いてきた。


「むぐぅ」


「もぅ...そんな風に言われると嬉しすぎてこっちが困っちゃう。はぁ~ほんっとうにましろ君はいい子ねぇ」


「お母さん、ましろが苦しそうにしてるから離してあげて。でもまぁ、あなたのそういう所は...なんというか、その...嫌いじゃない、わ?」


 周囲でご飯を食べているメイドさんたちもうんうんと何かに納得するかのように頷いていた。急にどうしたんだろう?たまにこうして周囲との価値観のずれ?みたいなのを感じると、あぁやっぱり記憶喪失なんだなぁとしみじみと思っちゃうわけだけど...いや、今はその話はいいか。


「んー...そうだ!じゃあ、西園寺家ウチのメイドの子達に何かましろ君にして欲しいことはないか聞いてみるっていうのはどうかしら?」


「聞いてみるって...どうやって?」


「広間の隅とか食堂の隅とか...まぁどこか場所を決めて目安箱を設置するの。匿名のね?そして目安箱に入れられたアイデアからましろ君がやってみたいと思ったものを選んでやってみればいいわ」


「お母様、さすがにそれは...」


 恵さんの提案を聞いて僕はいい案だと思ったけど、礼ちゃんはあんまり乗り気ではないみたい。なにか不安なことでもあるのかな?でも、恵さんには礼ちゃんがなにを言いたかったのか、お見通しだったみたい。


「分かってるわ。事前に私たちで精査して過激な内容のものは省くことにしましょ?それならどう?」


「...まぁ、それなら」


 過激な内容ってなに...?その話を聞いて逆に不安になってきたな...ちょっと気になるけど多分聞いたら後悔しそうだから聞かなかったことにしよう...うん、それがいい。


「それじゃあやってみてもいいかな?」


「もちろん!お母さんに任せなさいっ!早速、千秋に用意してもらうから!」


 あっ、そこは千秋さんに頼むんだ...と思ったけどすごく可愛らしいドヤ顔を披露してたから無粋なことは言わないように口をつぐんだ。



#####



 思い立ったが吉日と言わんばかりに目安箱はその日の就寝前には設置されていた。そして目安箱設置から3日後、僕と礼ちゃんと恵さんは募集したアイデアについて話し合うことにした。


「というわけでロビーの隅に目安箱を設置してから3日ぐらいかしら?ましろ君中身を確認してみてちょうだい」


「3日って...短くないですか?こういうのって一ヶ月ぐらい置いてるものだと思ってたんですけど...」


「それがね?目安箱がパンパンになっちゃったの。匿名なのが良かったのか、皆遠慮なしに入れていっちゃうから事前の仕分けもそれなりに大変だったわ」


「これでも減った方なのよ?お母さんと私の方で弾いた分もそれなりにあるし...もう少し遠慮してもらうべきだったかしら?」


 二人がそうぼやくのを聞いて少し申し訳なく思う。礼ちゃんが言うにはもっと多かったらしいけど、目安箱ってそんなにすぐいっぱいになるものなんだ...イメージと違ったな。それとも、そんなに僕に手伝って欲しいことがあったのかな?だとしたらメイドさんって大変な仕事なんだな...


「二人ともありがとね」


「えぇ」「うふふ♪気にしないで」


 早速、厳選された目安箱の中身を見ていこうと思う。



#####



『一緒にゲームがしたい』



 初っ端からすごく可愛らしいワガママが書かれていた。でも、これぐらいなら全然、喜んで一緒に遊びたい。


「いいね。僕も一緒にやりたいな...あっ、でも匿名だから誰のか分かんないな...」


「うーん...当番の子達と一緒に遊んであげればいいんじゃないかしら?そしたらその子とも遊べるはずよ」


 当然のように誰が書いているのか見当がついている恵さんに僕と礼ちゃんは少し困惑気味。匿名の意味は...?


「お母さんは誰が書いたものか分かってるのね...」


「もちろん♪丸っこくてかわいい字だもの♪」


 それは一旦置いておいて


「当番って言うと、交代でよく一緒にいてくれるメイドさんたちの事ですか?」


「えぇ、ましろくんがウチに来てから10日ぐらい経つけど5日ごとに身の回りのお世話をしてくれるメイドの子達の顔ぶれが違うでしょ?」


西園寺家ウチのメイドは総勢約50名。お母さんや私の仕事の手伝いをしてくれる専任のメイドと屋敷の警備や長距離移動の際の警護のために雇った特殊な訓練を受けているメイドを除いた、他の皆には屋敷の掃除・食事の準備・洗濯物の管理・庭の手入れ・私たちの身の回りの世話・買い物等の雑務をローテーションでこなしてもらってるの」


「ましろ君が来るまでは1週間交代だったんだけどね。みんな少しでもましろ君とお話ししたくてローテーションの間隔が狭まったのよ」


「なるほど...つまり僕の身の回りの手伝いをしてくれる当番のメイドさんたちと一緒に遊んでいればこの提案をしてくれた人ともいつか遊べるんだね」


「お母さん曰く、これの提案者は一般メイドの中にいるみたいだからそれでいいと思うわ」


「じゃあ、これは採用ってコトでいいのかな?うーん...あんまりこれまでと変わらないような?」


 もっと、仕事の手伝いとかを頼まれると思っていたからなんというか拍子抜けした気がしなくもないけど...うーん、まぁいいか。一緒にゲームがしたいってのも、して欲しいことには間違いはずだし。


「とりあえず次に行きましょう。まだまだたくさんあるんだから」



#####



『食事の際に当主様とお嬢様がいつも隣に座ってズルいと思います!』



 次に見たのは要望というよりも文句を言ってるだけのような...


「えーっと...一緒にご飯を食べたいってことでいいのかな?」


「正確には、隣同士であわよくばを狙いつつ楽しく食事をしたいって感じね」


「あわよくば?」


 隣で一緒にご飯を食べたいっていうのは分かったけど、あわよくばってなに?


「そこは気にしないでいいわ。はぁ、私は弾こうと思ったのだけどお母さんがどうしてもそのままでっていうから...」


 礼ちゃんはどうやら気が乗らないようでポツリと愚痴を漏らした。つまりこの提案をそのままにしたのは恵さんの判断だという事。


「だって私がこの子の立場なら男の子の隣に座って仲良くご飯を食べたいっていうのも分かるんだもの。西園寺家ここに来て10日、ましろくんもメイドの子達と仲良くなってきたし、そろそろこういうご褒美があってもいいんじゃないかしら?


 今までは私たちが食事の時間をなるべく合わせてきたけど、今後はお仕事の都合もあるんだから、常に私たちが食事の時間を合わせられるわけでもないでしょう?礼ちゃんは学校もあるわけだし」


「むぅ...まぁそれはそうだけど...」


 えっと...心配してくれたってことでいいのかな?ちょびっと過保護な気もするけどなんか大事にされてるって感じで嬉しいな。でも、恵さんの話を聞く感じだとボクは採用してもいいと思った。


「心配?してくれてありがとね、礼ちゃん。でも、大丈夫だよ?」


 とりあえず感謝を伝えたけど、変な反応だった。


「いや...そうなんだけどそうじゃないというか...あぁもう!分かったわよ、採用でいいと思うわ。でも、夕食の時間は私とお母さんが隣に座りたい。それでもいい?」


「もちろん!」


 礼ちゃんも最終的には納得してくれたし結果オーライかな。


「うふふ♪照屋さんなんだから♪」



#####



『警備のメイドや当主様方の仕事を手伝う専任のメイドたちとも交流の機会が欲しい』



 3つ目はさっき礼ちゃんが説明してくれた警備とか西園寺家のお仕事専任のメイドさんたちに関するものだった。


「たしかに、まだあんまり話せてないかも」


「そうね、仕方ないこととはいえ不平等に感じてしまってもしょうがないわね」


「女なら誰だって、男の子とお話ししたいものね?」


 満場一致で採用の方向へ。問題は具体的なアイデアがないことかな。交流の機会と言っても何をすればいいんだろう?さっきみたいに一緒にゲームをして遊ぶとか?


「具体的になにしよっか?さっきみたいにゲームとか?」


「どうかしら?どっちの子達も普段ゲームをするような子達じゃないから難しいかもしれないわ」


「一緒に何かするにしても他のアイデアも欲しいところね。他の要望の中にそれらしいものがあるかもしれないし、次を見てみましょ」


 なにかいいアイデアはないかとみんなで首を捻ってみてもいい提案は出てこなかったので、採用しようと思いつつもこの提案はひとまず保留になった。だけど、解決策は思いのほかすぐに見つかることになった。



#####



『真白様の負担にならない範囲でいいので定期的に演奏会をするというのはどうでしょうか?もっと真白様の音楽をお聞きしたいです』



「おぉ...!これならさっきのあんまり話したことのないメイドの人たちとも交流できるかも?」


「ましろがそんなに乗り気なら否定はできないわね...けど無理のない範囲でやるのよ?ま、まぁ...?私も、もっとましろの歌聞きたかったからやってくれるのは嬉しいんだけど...」


 ツンデレさんかな?と思いつつも、素直にそう言ってくれる礼ちゃんの様子になんだか嬉しくなる。そんなに気に入ってくれてたんだ?そう思うと俄然やる気が出てきた。今までで一番ありがたい提案だったかも。


「ふふっ♪ありがと礼ちゃん」


「そ、そんな嬉しそうな顔しないでよ。なんかこっちが恥ずかしくなるじゃない...」


「うふふ♪ずーっと見てたいけど、そろそろお話を進めましょ?どれぐらいの頻度でやるのか、どういう準備が必要なのか、色々決めないといけないもの。ましろくんはどれぐらい時間があれば一曲演奏できるようになると思う?」


 恵さんが脱線しそうになっていた話を戻してくれた。どれぐらいで演奏できるようになるか、か...


「うぅーん...曲の難しさとかもあるから一概には言えないけど、そんない時間はかからないんじゃないかなぁ?始めてここで演奏した時も体が覚えてたというか、それまでは弾いたことなかったし...」


 そんな風に考えていると、妙案が浮かんだ。


「あ!せっかくだし、どんな曲を演奏して欲しいのかも募集してみるのは?」


「あら!それは素敵ね?でもいいのかしら?あんまり音楽に触れてこなかった子達が多いと思うし、曖昧な提案が多くなると思うわよ?テンションが上がる曲、とかリラックスできる曲、みたいな感じで」


「全然大丈夫!」


「それなら後で詳細を詰めましょう。とりあえず次の提案は...」


 その日は一日かけて目安箱の中身を消費していった。全部を採用できたわけじゃなかったけど、いろんなやって欲しいことがあって見てるだけでも楽しかった。その日の夜は久しぶりに心地よい疲労感を感じながらベッドに身を任せることができたような気がする。


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偏重世界の音楽家~記憶さえ失った僕に残されたのは音だけだった~ 矛盾ピエロ @hokotatepiero

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