第3話 坊ちゃま
初めて両親から与えられた形あるものは華美な宝飾品でも実用的な道具でもなく、強大すぎる力を封じるための布切れだった。
別に嬉しいとか嫌だとかはなかった。まだ、そんな自意識すらないような赤子の頃の贈り物だったから。
でも物心ついていろいろ考えられるようになってから気づいた。
それが“普通”じゃないことに。
ヒトには過ぎたチカラ
両親のどちらとも違う髪の色
早熟で洗練された思考
何もかもが可笑しかった。異常だった。
そう気づいてしまったとき悟ってしまった。
あぁ、きっとこの先も自分はずっと異常なんだろうなと。
気づいてしまえば、受け入れてしまえばそこからは早かった。
初めての贈り物が無用の長物となる日はもうすぐそこだった。
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side:セバス
坊ちゃまが生まれてからすでに数年、最近は何事もなく今日もアルメヒティヒ家は平穏な日々を送っていた。
そういえば幸せな出来事なら一つあった。奥様のお腹の中に二人目のご子息がいることが分かったのだ。この情報には当主のユリウス様も長男のイディオ様も心底嬉しそうにしておられた。もちろん私だって嬉しい。
それに影響されたかのように屋敷内は明るい雰囲気で時間が流れていた。
従者たちはそれぞれの仕事に精を出し、屋敷の主であるユリウス様も書類仕事をせっせとこなしている。
シャルロッテ様はお体に障らないように細心の注意を払いながらマリア殿や庭師たちとともに趣味のガーデニングを楽しんでおられる。いつも通りの穏やかな日常だ。
若い頃に軍に勤めていた時とは打って変わっての平穏な日々は身体が鈍らないかと少々不安になったりはするが、善いものであることに変わりはなかった。
死屍累々の戦場を駆け数多の強敵たちとの闘いは血沸き肉躍ったが、戦場を退きかつての
...などと益体もないことを考えていると、突如侍女の悲鳴が耳をかすめていった。
「坊ちゃまっ!」
すぐさま悲鳴の元へと急行する。戦場で身につけた脚運びをいかんなく発揮し、執事仕事で身に付けた埃が舞わないように早く移動する技術を用いて悲鳴の元へと向かう。
(侍女は“坊ちゃま”と叫んだ。つまりその場には坊ちゃまがおり、なんらかの事故に巻き込まれたか?あるいは屋敷の厳重な警戒を私に悟られることなく侵入できるほどの賊が侵入していた?...私としたことがどうやら既に大分勘が鈍ってしまっていたようですな...っ!)
悲鳴を聞きつけ辿り着いたのは資料室だった。歴代のアルメヒティヒ家当主やその奥方、そしてその従者たちがコツコツと集めた多種多様な分野の本が仕舞われたその空間は静謐な空気と書庫特有の心を落ち着かせる匂いに満ちていた。
既に開いていた扉の先の気配は2人、おそらく坊ちゃまと侍女のものだろう。
中へ入ると同時事態の把握のために叫ぶ。
「何事ですか?!」
扉のすぐ近くであたふたとする侍女がすぐに目に留まり、なにがあったか説明するよう眼で促す。どうやら侍女にけがの類はなさそうだ。
一先ずの安堵、それと同時侍女が驚きからまだ立ち直れたいないといった様子で資料室に設置されている明り取り用の窓の一つを震える指で指し示す。
その先にはこちらに背を向けたまま窓の向こうを見つめ動かない坊ちゃまの姿があった。
(?なにか...違和感が)
ざっと周囲を確認してみたがなにか異常事態があったような形跡もなく、坊ちゃまにも侍女にも怪我が無さそうでひとまずは安心だ。
しかし、それと同時に窓の向こうを向いたまま動かない坊ちゃまの後ろ姿に何かいつもとは違う違和感を感じる。なんだ?違和感の正体を探し視線を彷徨わせた結果、ある物に目が留まる。
読書用の机の片隅に置かれたそれは細長い布のようだった。清潔な布地には封印の魔術刻印が刻まれたおり――――
「っ!まさか...」
再度坊ちゃまに目を向ける。...無い。授かってしまった人には過ぎた力を封じその身を守るためいつも目を覆い隠していたはずの布の結び目が後頭部に存在しなかった。
ゆっくりと極めて緩慢な動作で坊ちゃまがこちらに振り返る。
「あ...セバス。......ねぇ、世界ってこんなに綺麗で――――醜いんだね」
極彩色の瞳が全てを見透かすようにこちらに向けられる。
捕食者に認知された被捕食者のように一瞬身体が竦む。
「ヒッ」
隣で侍女が押し殺すような悲鳴を上げたのが分かった。気持ちはわからなくないがこの場面でそれは最悪の行動だ。
一瞬だけ酷く瞳の色が濁った。がすぐにそれは色鮮やかな極彩色へと戻った。私には分かった。恐らく隣の彼女にも分かっただろう。
まさに今、坊ちゃまが多くの何かを諦め多くの何かを決意したのが...なぜならその表情はその極彩色の瞳と同じだけの感情を湛えていたから。
鬼才貴族の自由奔放な旅路~すべてを見通すこの眼で世界さえ見通す~ 矛盾ピエロ @hokotatepiero
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