お土産屋さんのクリスマス

胡麻桜 薫

お土産屋さんのクリスマス

 日本のどこかの観光地。目抜めぬどおりから角を曲がったところに、一軒のありふれた土産屋みやげやがある。

 閉店時間の三十分前。日中の時間帯は混み合っている店内も、今はすっかり落ち着いている。店内にいるのは、店番をしている二人の店員だけだった。


「あらあら、明後日はもうクリスマスイブなのね」

 カウンターの前でキーホルダーを並べていた女性が、のんびりとそう言った。

 彼女の名前は明科あかしな比奈子ひなこ。長い髪を一つに結び、暖かそうなセーターを着て、地味なジーンズを履いている。

 比奈子の視線の先には、壁掛けのカレンダーがある。

 犬のカレンダーで、十二月の写真は犬用サンタ帽をかぶった柴犬だ。


「あらあらって、今更何言ってるんですか。クリスマスシーズンも佳境だって先週から言ってたでしょう」

 動きやすそうな格好の青年が、呆れ声でそう言った。

 彼の名前は広丘ひろおかまこと

 誠はショーケースを開けて、陳列されたフィギュアを丁寧に並べ直している。


「ふふっ、そうなんだけどね。あっというまだな〜と思って」

 比奈子はニコニコと微笑みながら、愛おしむようにカレンダーの柴犬を見つめた。

 写真の中の柴犬はサンタ帽をかぶらされたことが不満なのか、どことなくむすっとした顔をしているように見える。


 キーホルダーを並べ終えた比奈子が、誠に声をかけた。

「誠くん、明後日も出勤してくれるんでしょ? 助かるけど、なんだか悪いわねえ」

「いや、いいんですよ」

 誠は肩をすくめた。

「クリスマスってどこも混んでて出かけづらいし、テレビは特番ばっかりで見るものないし。なんていうか、持て余しちゃうんですよね。ここで仕事してた方が気が楽です。ここはクリスマスもそこまで忙しくならないし・・・って、すみません。店としては忙しい方がいいですよね」

 誠は慌てて言いつくろった。

 誠と同い年くらいに見える比奈子だが、彼女はこう見えてこの店の店長なのだ。

 店長の前で、店が暇であることを喜ぶような発言をしてしまった。

 比奈子は楽しそうに笑った。

「ふふっ、いいのよ。うちはクリスマスで盛り上がるタイプのお店じゃないもの。いつも通りにのんびりやるのが一番よ」


 この店では、伝統的な「ザ・おみやげ」という感じの商品をメインに取り扱っている。

 もちろん、ここでお土産兼クリスマスプレゼントを買おうという人も中にはいるだろうが、基本的には比奈子の言う通り、この店はクリスマスで盛り上がるタイプの店ではない。

 通りは人で賑わうが、店の雰囲気はいつも通りだ。むしろ、秋の行楽こうらく・修学旅行シーズンの方がずっと忙しい。


「のんびりやるのが一番、か・・・」

 誠は比奈子を見ながらそう呟いた。

 比奈子はいつものほほんとしている。ゆったりとした微笑みを浮かべる彼女は、いかにも「のんびり屋さん」に見える。これで接客中は結構きびきび動くのだから驚きだ。


「あ、そうだ」

 比奈子がキラリと瞳を輝かせ、カウンターの方に向かった。カウンター下の引き出しからゴソゴソと何かを取り出し、こちらに戻ってくる。

 比奈子はニコッと微笑んだ。

「いつも一生懸命働いてくれてる誠くんに、クリスマスプレゼントよ」

「えっ、いいんですか?」

 誠自身も意外に思うほど、その声は嬉しそうだった。誠は照れくさくなり、身につけている店のエプロンをモジモジといじった。

 比奈子は両手を背に回して「プレゼント」を隠している。


「うん、もちろんよ。受け取ってちょうだい」


 どうぞ~と比奈子が差し出した物を見て、誠は首をかしげた。


「これって、うちの店の・・・」


 比奈子が差し出した小さな平袋ひらぶくろには、見慣れたこの店のスタンプが押されている。どう見ても、いつも商品を入れるのに使っているのと同じ袋だ。

 誠は平袋を受け取り、中身を取り出した。そして、失望を顔に浮かべた。


「これ、うちで売れ残ったマグネットじゃないですか・・・」

 出てきたのは、観光地特有のお土産マグネットだった。秋に売っていたもので、紅葉の絵柄がデカデカと入っている。

 明らかにがっかりとしている誠を見て、比奈子は心外そうに言った。

「結構人気だったから、売れ残ったと言ってもほとんど残ってないのよ。紅葉が綺麗で素敵じゃない。冷蔵庫とかに貼ったらオシャレだと思うんだけどな〜」

「いや、オシャレではないと思います」

 キッパリとそう言い返した誠は、自分を納得させるようにうんうんと小さく頷いた。

「でも、はい、嬉しいですよ。ありがとうございます」

 その声はやや硬かった。

「ふふっ、これでわたしもこの店の公認サンタクロースね」

 比奈子は得意げに両手を腰に当てた。

「サンタ舐めすぎでしょう。少なくとも俺は認めませんよ」


 誠はマグネットをエプロンのポケットにしまった。


 考えてみれば、店の商品をもらうくらいがちょうどいいのだ。

 比奈子はバイト先の店長なのだから、彼女から本当にプレゼントらしいプレゼントをもらえると期待してしまった自分の方が間違っている。


 誠はがっかりした自分のことが恥ずかしくなり、誤魔化すようにショーケースへと手を伸ばした。陳列を整える作業に戻ろうとしたが、商品の並びは既に完璧だった。

 ご当地キャラのフィギュアが同情するように誠に笑いかけている・・・ように見える。誠は居たたまれなくなり、ショーケースの戸をスッと閉めた。


 そんな誠の様子を見て、比奈子は心配そうに声をかけた。

「誠くん? もしかして怒った?」

「いや、全然。ほんと、嬉しいですよ。プレゼント」

 誠は笑みを浮かべたが、その笑みは引きつっていて不自然だった。

 それを見て、比奈子は思わずクスリと笑った。

「本当に、あのマグネットは綺麗で素敵だと思ったのよ。でも、がっかりさせたのなら謝るわ」

「いや、だから、別にいいんですって・・・」

 誠は顔を赤らめた。

 比奈子は少し考えてから、良いことを思いついたと言わんばかりにまぶしい笑みを浮かべた。


「やっぱり、今のはただの差し入れってことにさせて! 明後日、ほんとのクリスマスプレゼントを渡すわ」


「へっ?」


「だって、誠くんにちゃんと喜んでほしいもの。いつも頑張ってくれてるから、本当に感謝してるのよ」


 誠は、比奈子の無邪気な笑顔をまじまじと見つめた。

 全く、調子がいいんだから・・・と思いつつ、誠も顔をほころばせてしまう。


「それじゃあ、俺も何か持ってきますよ。プレゼント交換ってことにしましょう」

「わ~いいわね、プレゼント交換! 楽しみ~」

 比奈子は嬉しそうにはしゃいでいる。

「誠くんが喜ぶようなプレゼントを渡して、今度こそサンタクロースとして認められてみせるわ」

「なんでサンタにこだわるんですか・・・」

 誠は呆れたように苦笑した。


 比奈子がふと店の外を見ると、通りの方から二人組がこちらにやってくるのが見えた。

 比奈子はうきうきした様子で言った。

「あら、本日ラストのお客様かしら」


 観光客らしきその二人組は、楽しげな様子で店の中に入ってきた。


「「いらっしゃいませ!」」


 比奈子と誠はそろってお客を出迎えた。

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お土産屋さんのクリスマス 胡麻桜 薫 @goma-zaku-12

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