女の子カップルのお泊り会【後編】
「絵音先輩。二回戦いきますよ」
ゲームが再開された。
このゲームは二本先取。私はもう一敗しているので後がない。
「うぉぉぉっ! 負けるかぁぁぁ!」
私は叫んだ。
負けたらキス。そんなの嘘だ。キスだけで済むはずがない。私の恋人は想像以上にえっちな子なのだ。
「まぁ結果は見えていますよ。絵音先輩ごときに負けません」
「な、なにおぅ!」
生意気な後輩め。ぎゃふんと言わせてやるんだから。
しかし、現実は厳しい。
ゲームは私が少し負けている。ライフのゲージが少しずつ減っていくのが死へのカウントダウンのように感じられた。
このゲームは先週発売されたばかり。やり込む時間はないはずなのに、唯は私より一枚上手だ。やっぱり唯はゲームのセンスがある。
私のライフが四分の一に、唯のライフが半分になったときだった。
「……わたしとのキス、嫌ですか?」
唯の尋ねる声は、ほんの少し震えていた。
「唯……?」
「わたしだって、絵音先輩がお子様で恋愛観がおかしいことは承知しています」
「ひどい言い草!」
「ですが……恋人にキスを嫌がられるとは思わなくて。ちょっぴり胸がイタイです」
「あっ……い、嫌ってわけじゃないよ!」
不安にさせたらいけないと思った。
大好きな人には笑顔でいてほしい。
だから、私は口早に言葉を紡ぐ。
唯が安心して私の隣にいられるように。
「私は唯のこと大好きだから。それだけは揺るぎない事実だよ」
「では、どうしてキスを断るんですか?」
「そ、それは……こんな日にキスしたら、我慢できなくなっちゃうかもだし……」
「我慢って、先輩まさか……」
「その……ゆ、唯はベッドでえっちなことしたいんでしょ?」
「え、えええええっち!? せ、先輩なに言って――うわっ!」
どすん!
動揺した唯はソファーから落ちて尻もちをついた。
あ、スキあり!
「とりゃとりゃ! えいっ!」
私の華麗なコンボが決まり、二本目は逆転勝ちできた。
「ちょっと待ってください!」
唯はゲームを中断した。
「我慢できなくてって……お子様のくせに、えっちのことまで考えていたんですか?」
「か、考えなくもないけど……」
「そっ、そうなんですね……先輩から誘ってくるとは思いませんでした」
唯はイチゴみたいに顔を真っ赤にした。
攻めるのは得意なのに、攻められるのは弱いらしい。
何この可愛い生き物。ぎゅって抱きしめたいんですけど。
頬に熱を感じる。私の顔も唯みたいに赤くなっているに違いない。
唯も今、私と同じように二人で肌を重ね合わせることを妄想しているはず。
見つめ合うと、雰囲気に流されそうになってしまう――ってだめだめ! えっちはまだ早いよ! 五年後なんだからね!
「さ、三回戦やろっか!」
「そ、そうですね! 負けませんよ!」
私たちは逃げるようにゲームに戻った。
これはまずい。いい雰囲気すぎて、キスしたら最後までいっちゃいそうだ。
この勝負、絶対に勝つ!
「女にはッ!」
「負けられない戦いがあるッッ!」
二人でわけのわからないことを叫びながら、コントローラーのボタンを連打する。
一進一退の攻防が続くが、やはり唯が一枚上手だった。
「甘いですよ、絵音先輩」
唯は細かく連続コンボを決めていき、私のライフを大幅に削った。
このままじゃ、キスすることになる。
「負けたら私たちの性が乱れる……させるかぁぁぁぁ!」
ばしばしっ!
しゅばばば!
どかんどかん!
私のコンボか華麗に決まる……その前に、唯の超連続コンボをくらった。
「絵音先輩! これで終わりです!」
どかどかどかっ!
「んなぁぁぁぁっ!」
私のライフはなくなった。
負けちゃった……気合だけでは実力差は埋まらなかったか。
「ちょっとぉ! はめ技ずるくない!?」
「言い訳無用です」
唯はコントローラーを床に置いた。
「さて……約束、守ってもらいますよ?」
「ちょ、たんま! やっぱりキスはやめに……!」
そこまで言いかけて、先ほどの唯の言葉が脳裏に浮かぶ。
『……わたしとのキス、嫌ですか?』
こんなにキスを拒まれたら、唯はどう思うだろうか。
私だったら傷つく。
どんな理由であれ、恋人に愛情表現を受け入れられなかったら、不安になるのも当然だ。
唯のこと大好きだから、傷つけたくないよ。
私は覚悟を決めて、目をぎゅっと閉じた。
「い、いいよ……初めてだから優しくしてね?」
「絵音先輩。唇小さいですね。可愛い」
「う、うっさいなぁ! 早くしてよー!」
「わかりました……」
それっきり唯は黙りこみ、部屋に静寂が訪れる。
跳ねる心臓の音だけが、鼓膜の裏側にまでハッキリと聞こえる。
しかし、一向にキスされる気配はない。
早くしてよ。心臓が爆発しちゃう。緊張しないでよね、意気地なし。
だめだ。
やっぱり少し怖いよ、唯。
ドキドキしていると、不意に甘い香りがした。
瞬間、頬に柔らかいものが押し当てられる。
「えっ……?」
おそるおそる目を開ける。
唯は私の頬にキスしていた。
「……今回はこれで我慢してあげます」
唯は私から離れて、わずかに微笑んだ。
ああ、そうか。
唯も私と同じ気持ちだったんだ。
好きな人が怖がっているから。
傷つけたくないから。
唇にキスするのではなく、ほっぺにしたんだ。
「唯が恋人でよかった」
私の口から自然とそんな言葉が漏れた。
「絵音先輩? 急になんです?」
「えへへ。いいのー!」
唯の肩をばしばし叩くと、彼女は「わけがわかりません」と苦笑した。
「よぉーし! 唯、もいっちょ勝負だよ!」
「いいですよ。次の罰ゲームは何にします? ま、どうせわたしが勝つでしょうけど」
唯は無表情でそう言った。
もう。すぐそうやって私を馬鹿にするんだから。
「罰ゲームかぁ……そうだなぁ……」
唯は私のことを想って罰ゲームの内容を一部変えてくれた。
今度は私が唯のために何かしてあげたい。
そんな風に考えたら、先ほどまでの恐怖心は優しさでかき消された。
「私が勝ったらキスしようよ……その生意気な唇をふさいであげる」
このときの唯の表情を、私は一生忘れないだろう。
あの無表情な彼女が、顔を真っ赤にしてあわあわしていたことを私だけが知っている。
【完】
恋愛観がお子様すぎる先輩女子が、イチャイチャしたいダウナー系後輩女子にぐいぐい迫られるお泊り会 上村夏樹 @montgomery
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