第9話 婚約者の懐事情

「うーん……」


 朝日を浴びながら、僕はゆっくりと目を覚ます。


 ……昨日は色々と疲れたから、もうひと眠りしたいような。でも、作業もあるから早く起きなきゃ……。


 そんな風に思いながら寝返りを打つと、僕の掌がむにんと柔らかい感触を捉えた。


「んぅ……ソエルぅ~……」


「うわぁ!? シロエ!?」


 驚きのあまり、僕はベッドの上から転がり落ちた。


 ……そうだった、昨日から僕はシロエと半強制的に同棲生活が始まったんだった。


 加えて、この家にベッドが一つしかないからって理由で、隣り合って一晩を明かすことに。


 ……一応言っておくけど、手は出してないからね? 本当にただ一緒に寝ただけで、やましいことは何もない。オーケー?


 誰にともなく心の中で言い訳し……意識が覚醒する直前、うっかり揉んでしまった大きな果実の感触を極力頭の奥へと押しやりながら、僕はシロエを起こすべく手を伸ばす。


「シロエ、朝だよ。疲れてるのは分かるけど、そろそろ起きて」


 僕もそうだけど、昨日は大変だった。

 何せ、あれだけたくさんの魔物を生きたまま確保しておくのは危険過ぎるので、早く間引かなきゃならない。


 でも、研究材料として買ったからには、相応の実験をしたいというのがシロエとしても当然の要求なわけで……結果、昨日だけでも相当な数の実験項目をこなす必要に駆られ、僕もそれを手伝ったのだ。


 ちょっと小さい子には刺激の強すぎる内容も多々あるそれを一日中続けたから、心身共にクタクタだ。


 でも、その実験によって魔物が間引かれ、結果として確保された多様な素材をシロエから譲って貰えたので、僕も自分の仕事を進めなきゃならない。


 気持ち良さそうに眠っているところ悪いけど……昨日シロエを手伝った分、今日はシロエにも僕の作業を手伝って貰う約束なので、心を鬼にして起こさなければ。


「んぅ~……ソエルがおはようのチューしてくれたら起きるぅ~……」


「そんなのないから! ほら、起きて!」


「ソエルのケチぃ~」


 さらりと告げられた要求を聞き流し、布団を剥ぎ取る。

 実はちょっとドキッとした事実を誤魔化すように、僕はシロエの体を引っ張り起こす。


「ご飯用意してくるから、その間に着替えて顔を洗って。二度寝したらダメだよ?」


「分かったぁ~……」


 昔から、朝に弱くて少し甘えん坊なところがある子だったけど、体は成長してもそういうところは変わっていないらしい。


 そんな幼馴染の姿にほっこりしていると、シロエはその場で服を脱ぎ始めた。ちょっ!?


「まだ僕いるから!! 出ていくまで待って!!」


「ソエルなら見られても平気だよ?」


「僕は平気じゃないの!!」


 叫びながら、僕は勢いよく寝室から抜け出し、ホッと息を吐く。

 昔と変わらないのもいいけど、女の子らしい恥じらいはもう少し持って欲しい。じゃないと僕の心臓と理性が持たない。


「この家を早く改装しよう……出来るだけ大きく」


 僕の作業場と、シロエの研究室と、応接用のリビング。それから僕らの寝室一つずつで、最低五部屋はある大きな家にするんだ。


 そのためにも、たくさん稼がなきゃなあ。


 そんな風に考えながら、僕もリビングで着替えを済ませ、食事を用意する。


 とはいえ、キッチンもないこの家じゃ、自分達で作るなんて不可能だし、昨日のうちに食堂で買ったものの残りだけどね。


「キッチンを足したら六部屋か……一体いくらかかるやら……」


 現状、僕の稼ぎはベアル君だけ。

 ベアル君が捕獲する魔物は、ベアル君の所有権が村長さんにある以上は村長さんのものだ。


 むしろ、シロエがそれを買い取ってる分、マイナスと言えなくもない。

 いや、その辺りの研究費はマーザさんから貰ってるらしいから、特に問題はないのかな?


「いやいや、何を自然とシロエのお金まで合わせて考えてるんだ。僕らはただ他に家がないから一緒に暮らしてるだけで、別に夫婦じゃないんだって」


「そうだね~、成人するまでまだ一年あるし。それまでは色々と我慢だね」


「そうそう、我慢我慢……って、違うから!!」


 いつの間にか後ろに立っていたシロエに、僕は思い切りツッコミを入れる。


 昨日みたいに派手な実験で汚れる心配がないからか、今日は一段と可愛らしい服装に身を包んでいて、不覚にもドキッとしてしまった。


 そんな僕の内心を知ってか知らずか、シロエは普通に話し掛けて来る。


「それでソエル~、今日は何をするんだっけ?」


「冒険者向けの荷運び用ゴーレム人形の試作品だよ。お金稼がないといけないから」


「大変そう。私が養ってあげようか?」


「流石にそれはちょっと情けなさ過ぎない? というか、シロエだって余裕はないでしょ」


 シロエに限った話でもないけど、研究というのはお金がかかる。かかる割りに、あまり儲からない。


 それでも、国に必要な仕事だということで、国王名義で補助金は出ているはずだけど、それでもハルトランド家の財政は常にカツカツだと聞いたことがある。


「大丈夫、今はたくさんあるから。多分」


「多分って……何だか不安になって来たんだけど。ねえ、シロエの今の所持金、いくらなの?」


「いくらだっけ……村長さんに魔物の代金払って結構減った気がするけど……」


 そこはかとなく不安になる言葉を口にするシロエに嫌な予感を覚えつつ、彼女の財布を見せて貰うと……びっくりするくらい、ほとんど残っていなかった。


「……シロエ、一応聞くけど、次の仕送り予定は?」


「……一ヶ月後?」


「生活費にすら足りない……!!」


 まさかの事態に、僕はガックリと肩を落とす。

 あんなに気前よく村長さんに払ってたから、結構たくさん持ってきたのかと思ったけど、単にシロエの金遣いが雑なだけだったよ。どうしようこれ。


「えっと……ごめんねソエル、ちょっと早めにお金送って貰えるように頼んでみる」


「いや……いい。こうなったら、僕の計画にシロエの力を合わせて、もっと大きく稼げるようにしよう」


 あまりシロエと協力し過ぎると、このまま本当に村のみんなから夫婦か何かだと思われそうで避けてたけど……そんな自重はもう捨てる。


 シロエの研究テーマは、ちょうど魔物の習性や生態にまつわる内容だ。その研究成果と知識を合わせれば、よりこの地域に根差した有用な商品を作れるはず。


「こうなったらもう一蓮托生だ!! やるよシロエ、僕ら二人で、億万長者になってやるんだ!!」


「お、お~」

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「男の癖に人形遊びばかりしやがって」と魔物だらけの辺境に追放されましたが、素材に困らなくてちょうどいいので夢の人形師になってのんびり生計を立てようと思います ジャジャ丸 @jajamaru

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