第8話 やって来た婚約者
ベアル君が魔物を大量に捕獲してしまう問題から、早一週間が経過した。
知り合いに手紙でコンタクトを取ったものの、まだ返事は来ない。折り返しの手紙を書いたのなら、多分そろそろ来ると思うんだけど。
そして……その間も、ベアル君による魔物の捕獲は続いていた。
「村長さん、そろそろ仕留めていかないと、一歩間違えば
「うーむ」
初日でベアル君の強さを目の当たりにしたからか、不用意に近付く魔物も減りはした。だけど、減っただけでゼロにはならない。
僕が土魔法で急繕いの檻を作って対処したものの、既に魔物の数は三十体以上。これ以上の確保は流石にマズイ。
延命のためのエサ代も馬鹿にならないしね。
「早く返事が届けばいいんですけど……あ、来た」
「おお!? ついにか!?」
村の外で村長さんと話し合っていると、街道を通って馬車がやって来るのが見えた。
この村に来る定期便は、数日に一本。これで返事がなければ、ここに集めた魔物は一旦全て間引いておかないといけない。
果たしてどうなるか、と思いながら、馬車の動向を見守っていると……荷台から、一人の少女が飛び出して来た。
「あ、いた! ソエル~! 久しぶり~!」
「えっ……シロエ!? なんでここに!?」
長く伸びた白銀の髪をたなびかせ、走り寄ってくるのは僕が手紙を出した魔物研究家……ではなく、その一番弟子。
僕の幼馴染にして、元婚約者。シロエ・ハルトランドだ。
「会いたかったよ~!」
「ちょっ、待っ……ぶふっ!?」
走ってきた勢いのまま、シロエは僕に抱き着いた。
僕とシルエは同い年で、身長もあまり変わらない。
とはいえ、僕は元より家に籠って人形ばかり作っていたモヤシっ子だし、とてもじゃないけどシロエを受け止めることなんて出来ず、そのまま地面に押し倒されてしまった。
「えへへ、懐かしのソエルの匂いだぁ~、やっぱりこうしてると落ち着くなぁ~」
「シ、シロエ……いいから、一旦離れて……!」
僕を胸に抱き締めたまま、シロエは髪に頬擦りしてくる。
昔から、この子には変な抱き着き癖みたいなものがあって、こういうやり取りも頻繁にあったのは確かだ。
でも、昔と今じゃあ色々と変わってるから、この体勢は非常にマズイ。
特に、胸。シロエ、最後に会った時はまだまだ子供体型だったのに、いつの間にかびっくりするくらいここだけ大きく成長してしまっている。
そんな豊かな膨らみを顔面に押し付けられては、苦しいやら恥ずかしいやらで死にそうだ。
「え~、なんで~? 昔はもっといっぱいぎゅってしあった仲でしょ?」
「それ、僕らがまだ婚約者同士だった五年以上前の話でしょ!」
ぶー、と不満そうなシロエを押し退けながら、僕は叫ぶ。
僕は生まれつき魔法の素質が高かったから、まだ親に期待されていた小さい頃はシロエみたいに可愛い婚約者もいたけれど、親と衝突するようになってからはそれも解消された。
ちょうど同じくらいの時期にシロエも魔物研究家に弟子入りして勉強に励むようになったから、僕らはもう五年も会っていなかったのだ。
「それより、どうしてシロエがここにいるのさ。マーザさんは? 手紙を書いたはずなんだけど」
「その手紙の答えが私だよ~。『そんなにたくさん魔物が捕獲出来る環境ならちょうどいい、シロエ、ちょっとその村に移住して研究してこい』って」
「はいぃ!?」
あの人、まだ十四歳の弟子に何をさせてるんだ!?
しかも、村長さんの様子からして、僕の時みたいに最低限根回しをした感じもない。本当に着の身着のまま放り出されたみたいだ。
あの人、魔物のこと以外は適当だと思ってたけど、まさか弟子の扱いまでこんなに雑だなんて……はぁ……。
「大丈夫、師匠から研究費はたくさん支給して貰ったし。なんか予定より魔物がたくさんいるけど、全部買い取らせて貰うね~」
「おおっ、本当か嬢ちゃん!?」
シロエの言葉に、それまで突然の事態に硬直していた村長さんが再起動を果たす。
目の色を変えて詰め寄る村長さんに、シロエは笑顔で「はい!」と頷いた。
「お値段は一体これくらいでどうですか~?」
「おおっ、そ、そんなに……!? いいのかい嬢ちゃん」
「はい! その代わり、急に押し掛ける形になっちゃいましたけど、この村で暮らしてもいいですか?」
「そりゃあもちろん! あ、でも、今は空き家がねえな……どうするか……」
二つ返事で了承しながらも、村長さんは頭を抱える。
まあ、こんなに余裕のない村に、余った空き家なんてそうそうあるわけないもんね。
どうするのかな、と思っていたら、またしてもシロエが「大丈夫です」と言いながら僕の腕にしがみつく。
……嫌な予感。
「私はソエルと一緒に暮らすので、心配しないでください!」
「おおそうか! それなら問題ねえな!」
「いやいやいや、問題大有りでしょ!? 何言ってるの二人とも!?」
一切の相談もないまま決定しそうになった流れを、どうにか僕は押し止める。
それに対して、二人は「なんで?」と言わんばかりに首を傾げた。
「私とソエルは婚約者なんだから、一緒に暮らしても問題ないでしょ?」
「いやいやいや、だからそれは五年以上前の話だってば!」
「おいおいソエル、そんな可愛い婚約者捕まえて、何が不満なんだ? さっさとゴールインしちまえ」
「ですから!! 今は婚約者じゃないんですってば!!」
会話が成立しない!! と思いながら叫んでいると、シロエが益々僕の腕を抱く力を強めた。
押し付けられる胸の感触にドギマギする僕に、シロエは真剣な眼差しで囁く。
「私は、今でもソエルの婚約者のつもりだよ。ソエルは私じゃ嫌?」
「い、嫌ではないけど……」
シロエは、ハルトランド伯爵家……パルテインより少し家格は落ちるけど、数多くの優秀な研究者を輩出してきた名家の娘だ。
貴族社会からドロップアウトした僕の婚約者でい続ける理由なんて、どこにもないと思うんだけど……。
「じゃあ、何も問題ないよね! これからよろしく、ソエル!」
「……う、うん」
シロエの笑顔と、視界の端から注がれる村長さんからの「もうなんでもいいから絶対にこの子を村の一員に迎え入れろ」という無言の圧。
その二つに挟まれ、押し切られるような形で……僕は、なし崩し的にかつての婚約者と同棲することが決定してしまうのだった。
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