お好み焼きラバー

@aoi-hiroku

お好み焼きラバー



 おかしいの。人間はおかしいの。何がって言うと、古今東西天上天下、足のつま先から頭のつむじに至るまで、ビックバンが起こってから地球崩壊に至る年月が経過したとしても、いつまでもどこまでも全部全部ぜーんぶ、おかしいの(笑)。本当なの。嘘じゃないの。あたちの言ってることは真実なの。例えば鼻の形はおかしいの。



 でも、人間が作る料理はおいしいの。



 あたちは九尾って言うキツネの神様なのよ。神社にまつられているの。神社を出ることは許されないの。それは禁忌だって、お父さんとお母さんや、おじさんおばさんにきつーく言われているの。みんな神様なの。八百万なの。



 でもね、でもね。



 今日は夏祭り。境内にはいっぱい屋台が出るの。一年に一回のお祭りで。あたち、テレビで見たの。今年の夏祭りは一味違う。B級グルメ 爆破風お好み焼き! 出店。



 そんなの気にならないのよ。別に気にならない。気にならないんだから。気にならないって言ったら気にならないの!



 夜になると、あたちは神社をそっと抜け出した。夏祭りだから扉は開いていた。よし、爆破風お好み焼きを食べに行くの。大丈夫、あたちは九尾って言うキツネの神様だけど、まだ三本しか尻尾は生えてないの。お子様じゃないんだから。そんなこと言ったら噛むわよ。ピチピチのあたちなんだから。



 夏のかぐわしい匂いがした。境内は人間で賑わっていた。屋台からこぼれるオレンジ色の照明がまぶしい。人間の中年たちが、はいよはいよいらっしゃい、と声を張る。あたちは一つ一つ屋台を確認したの。クレープじゃないの。おでんは去年食べたの。焼きそばなんておととし食べたの。フランクフルトなんて毎年食べてるんだから。



 見つけた。爆破風お好み焼きの屋台。鉄板の上でジュージュー音を立てる。おいしそうな香り。ほんの少し焦げ臭い。でもそれがいっそう食欲をそそった。狙った獲物は逃がさないんだから。



 あたちは屋台の後ろに回り、お好み焼きを焼く人間の青年の足にすり寄った。



「コーン、コーン」

「犬か? しっし」



 足で蹴られた。痛い。犬ですって! あたちは九尾。由緒正しいキツネの神様なんだから。それもレディーなんだから。お好み焼きを一つ渡しなさい。



 あたちはまた足にすり寄る。この方法で毎年食べ物をゲットしてるのよ。人間は弱いのよ。ちょっとか細い声で鳴いてやれば、コロッといくの。



「コーン、コーン」

「あっち行けって」



 げし。



 思いっきり蹴られた。あたちはよろけて草むらを歩く。何よ今の。術で火あぶりにされたいわけ?



「コーン」



 ぐす。



 涙が出てきた。これじゃあお好み焼きが食べれないの。夏祭りは一年に一回しかないの。来年は出店しないかもしれないの。どうすればいいの。どうすればいいの。



「コーン、コーン」



 あたちの前にしゃがみ込む小さな影があった。

「お前、腹減ってるのか?」



 見上げると少年があたちを心配そうな顔で見ていた。短髪でさわやかな顔立ち。青い浴衣姿だ。両手に小さな財布を持っている。



「コーン」

「よし、俺がお好み焼き、買ってきてやるから。だから、ここで待ってろ」

 少年は言って立ち上がる。お好み焼きの列に並んでくれた。



 なによ。お好み焼きなんて、食べたい訳ないじゃないの。お好み焼きなんて、鉄板の上でジュージュー言ってるだけじゃないの。ちょっと油の香りがして、食欲をそそるだけじゃないのよ。そんなの別に、食べたくないんだから。



 少年がプラスチックのパックの二つ、両手に持って戻ってきた。



 やったわ。



「コーン」

「よし、あっち行こう。ここは人が多いから」



 少年は歩き出す。あたちはついて行った。途中、少年は何度も何度もあたちを振り返った。そんなに心配しなくても、ちゃんとついて行くのに。



 境内の神社の後ろ。高台のベンチで、あたちはついに食べた☆ 爆破風お好み焼き。これが! うまい。うまい。うまい。ちょっと形が変だし黒いけど。



「爆破風って、卵が割れてるだけじゃん」

 少年も割りばしでつついて食べた。



 あたちは夢中で食べていた。少年はため息をついていた。あたちの方を向いて声をかける。それから長い独り言をした。



「俺、友達にハブられたんだ」

 少年はいらだちを隠さずに、時々悲しそうに言った。話はこういうふうなものだった。



 俺、本当は友達と一緒に祭りをまわるはずだったんだ。だけど、クラスの女子が一緒に行くって言いだして。ふざけんなよ。女となんか一緒にまわってられるかってんだ。だけど友達は今日になって、女子たちと回るとか言いやがって。ふざけんなよ。俺は行かないぞって言ったら。じゃあそうすればとか。意味わかんないって。俺たち友達じゃねーのかよ。分かってるよ。どうせあいつら、女と遊びたいんだろ。マジくだらねー。もう絶交だあいつら。絶対に許さねー。



 最後に少年は小さな声で言った。

「俺も、格好良かったら」



 あたちはお好み焼きを食べ終えた。口の周りはソースで真っ黒だった。それを見た少年は笑った。

「お前の口、爆破したみたいだな」



「コーン」

 あたちはうれしくなって笑った。それから木々の合間に走った。術をとなえる。コンコンコンのコン!



 あたちは美少女に変化したの。ピンクの浴衣姿。長い髪をかんざしで結っている。顔は夏椿のように綺麗。唇には薄い紅。大人のあたちにぴったりなの。両足はもちろん下駄。そして少年の元に歩み寄ったの。



「へ? 誰だ」

「コーン」



 あたちはおかしくてたまらなかった。



「コーンって、さっきのキツネか?」

「そうなのよ」



 あたちは日本語で言った。



「ど、どうなってるんだ?」

「別に」



 あたちはビシッと人差し指を向ける。



「別に、お好み焼きを食べさせてくれたから、お礼に、一緒に祭りを回ってあげようとか、そんなつもりじゃないのよ!」

「じゃ、じゃあどういうつもりなんだ」

「次はたこ焼きが食べたいの」



 あたちは両手の平をぱあっと開いた。少年の顔は耳まで赤くなった。立ち上がる。



「キツネだから、人間に化けれるのか?」

「こんなの、あたちにかかればお茶の子さいさいなの」

「そ、そっか」

「うふふ」

「お、お前の、名前は?」

「名前?」

 あたちの名前は……。

「お、おこのみやき」

「え、声が小さくて、よく聞こえなかったけど。コノミ? コノミっていうのか?」



 お好み焼きだけにコノミだなんて、そんな恥ずかしい名前、ありえないの。



「うん。コノミよ」

「俺は、レンって言うんだ」

「じゃあレン。たこ焼きの屋台まで連れて行って欲しいの」

「食いしん坊だなー。まだ食うのか?」

「早く行くの」



 あたちはレンに歩み寄って右手で彼の左手を握る。引っ張った。



「分かった。分かったよ」



 彼は苦笑しながらついて来たの。あたちはなんか良い気分だったの。境内の空気は暑かったけど、あたちとレンは手を離さなかったの。言っておくけどね。手をつないでいるのは二人がはぐれないように注意するためなの。恋人みたいとか、馬鹿じゃないの。そんな照れ臭いことするわけないの。



「コノミ、そろそろ、手。俺、汗かいちゃったから」

「あたちと手をつなぐのが嫌なの?」

「いや、そういうわけじゃ」

「嫌なの?」



 あたちはわざと涙声を出した。



「ちょ、ちょっと待って」



 レンは無理やり手を離し、手のひらを浴衣の服でぬぐった。そしてあたちともう一度手を握りなおした。



「これでいいか?」



 良いも何も、いつあたちが手をつないでいたいなんて言ったのかしら。



「うん、良い」

 あたちは満面の笑顔だった。



「なんか、俺たち、つ、付き合ってるみたいだな」

「それ、告白なの?」

「ち、ちがわーい。もう、行くぞ」

「あ、ちょっと」



 レンはあたちの手を引いてどんどん歩いていく。やがてたこ焼き屋の屋台が見えてきた。あたちのお腹はくーっと鳴った。今度はたこ焼きを食べるの。仕方がないから食べてやるわ。あたちの胃で消化されるんだもの。タコさん、ありがたく思いなさいよ。



「わー、たこ焼きだ」

 鉄板で焼かれてるたこ焼きさん。あたちは両目がキラキラとした。



「あれー、レンじゃん」

 レンがびくっと体を震わせて後ろを振り向いた。



「本当だ、レンだ」

「よお、レン。ってその女誰だ?」



 レンと同い年ぐらいの少年が三人、並んで歩いていた。その後ろを、これも同い年ぐらいの少女が三人、並んでついてきている。

「レンくん?」

「その女の子誰?」

「妹でしょ、妹」



 あたちはレンのさっきの独り言を思い出したの。なるほど。この連中がレンをハブにしたのね。あたちはレンの顔をうかがう。レンはぷるぷると震えて、唇を噛んでいたの。あたちは頭にきた。もう怒ったぞ。

「コンコンコンのコン!」



「え?」

「は?」

「何?」

「嘘?」

「きゃあ」

「マジ?」



 レンを仲間はずれにした連中は煙に包まれた。煙が晴れて出てきたときには、体の一部が変化していた。



 レンはびっくりしてあんぐりと口を開けていた。



「あれ? お前そんな出っ歯だっけ?」

「貴方こそ、そんなにお腹出てた?」

「おい、こいつよく見りゃそばかすだらけだ」

「君だって、日焼けしすぎって言うか、なんか真っ黒けじゃん」

「お前、鼻の穴でかいな」

「失礼ね。あんたの足なんて、すね毛濃すぎって言うか、剛毛すぎるんじゃないの?」



 言い争いはヒートアップしていく。やがて喧嘩になり、少年たちと少女たちは互いに反対方向へと歩いて行った。



「あはは」

 レンは腹を抱えて笑った。今日一番の笑顔だった。愉快痛快。あたちはうれしくなってたこ焼き屋さんのおやじさんに声をかけた。



「たこ焼き五パック」

「あいよ。五パックね」



 レンは笑いすぎて涙目になりながら財布の中をのぞく。五パックはいくらになるんだろう。あたちは知らないのよ。レンのおごりなんだから。



 そしてあたちたちはまたあの境内の高台のベンチに戻った。アツアツのたこ焼き! うまい、うまい、デリシャス。



「うまそうに食うなあ」

 レンは右手の平を顎につけてあたちを眺めていた。何よ。全部あたちが食べるんだからね。そんなもの欲しそうな顔したって、分けてあげないのよ。



「はい」

 あたちは爪楊枝で突き刺したたこ焼きを一つ、レンの口元に持っていく。

「あ、ありがとう」

「どういたちまちて」



 ドン。



 花火が上がった。夜空に赤いキラキラが咲く。花火大会が始まったのだ。



「お、始まった」

 レンは立ち上がった。あたちは五パック目の最後のたこ焼きを口に入れたの。もしゃもしゃと食べる。これじゃあ太るの。



 あたちも立ち上がった。レンの左手を握る。

「あ」

「うん」



 こちらを振り向くレン。あたちは頷いて、そして花火を待った。夜空に黄色い花が咲く。



 レンはどうしてか鼻をすすって、それから両目に涙がたまったのか、浴衣の腕の裾でふいた。そんなにうれしいのかしら。あたちと一緒に夏祭りを回ったことが。あたちだって、あたちだって悪い気分じゃないのよ。



 二人でまたベンチに座る。それから三十分もずっと黙ったまま花火を楽しんだ。あたちはまたお腹が空いて来た。どうしたのかな。もっとたこ焼きが食べたいの。お好み焼きでもいいの。もっともっと、もーっと食べたいの。



「三尺玉が上がるぞ」

 レンが言った。三尺玉って何だろう。そんなことより屋台に行きたいの。レンの口を見ると、ソースの跡がついていた。あたちはお腹が空いて、お腹が空いて、もう我慢できないの!



 夜空に赤白緑の大きな花が咲く。あたちはレンの唇に唇を近づけた。ソースをなめる。

「え?」



 レンが驚いたようにこちらを向いた。

「キス?」



 キス? 魚の名前ね。でも魚の屋台は出ていないの。毎年そうなの。



「お前、俺のこと、好き、なの?」



 レンの鼻がうっすらと赤かった。あたちはもちろんレンのことなんて好きじゃない。好きな訳ないじゃない。大体好きって何よ? お好み焼きなら好きよ。それを食べさせてくれたことには感謝してるのよ。でも、レンのことは未来永劫好きじゃない。



「うん、好き」

 言ってみると気持ちの良い言葉ね。



「そ、そうなのか。じゃあ、いいよ」

 何が、じゃあいいよ、なのかあたちにはわからないけど。それならあたちも、じゃあいいよ、だわ。



 花火大会が終わる。



 あたちは帰らなければいけないことを思い出した。花火大会が終わると、人間たちは祭りの片づけを始めるの。神社の扉が閉まるのよ。



 あたちはレンから手を離した。立ち上がる。



「コノミ、どうした?」

「レン、じゃあね」



 あたちは走った。高台のベンチは神社の後ろにあった。神社を半周するだけで扉にたどり着く。だけど。だけど扉はしまっているの。あたちは扉を一生懸命開けようと扉を引っ張る。でも鍵がかかっているの。開かないの。これじゃあ帰れないの。明日からどうやって生きていけばいいの? 悲しいの。悲しいの悲しいの。



「ひっく、うぇ、うえーん!」

 あたちは泣き出した。泣くしかなかった。泣き声を聞きつけたお父さんやお母さんが中で気づいてくれるかもしれない。なんてことは全然思ってないのよ。



「コノミ? 泣いてるのか?」

 レンが追いかけてきた。神社の階段を上る。そこで何かを見つけたのか、それを拾った。折りたたまれた白い紙。何か文章が書いてあるの。



「何これ。えっと、禁忌破りの罪。一年間、人間界で修業を積むこと?」

「ひっく、え?」



 あたちはレンの持っている紙を読んだ。お父さんの字だった。一年間、帰ってくるなってことみたい。



「お前、神社に住んでたのか?」

 あたちは頷く。



「一年間、帰れなくなったのか?」

 あたちはコクコクと頷く。



「じゃあ」

 レンは両手をグーに握って手を下に伸ばした。

「うち来いよ」

「い、いいの?」

「たこ焼きセットとか、あるしさ。うち古家で広いし、コノミの部屋ぐらい、用意できるよ」



 あたちは両手で両目をこすった。



 何この文句。あたちを家に連れて帰りたいの? そんなことされたって、あたちはちっともうれしくない。別にうれしくないの。全然うれしくないんだから。これからもレンと一緒にいれてうれしいとか、そんなことちっとも思ってないんだから。



「じゃあ、行くの」

「よし」



 レンは右手の平をひらいてあたちの左手を握ったの。その手は真夏の夜の空気より、ずっとずっと熱かったのよ。


                 終わり

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