第3話 妖怪の出会い

「あの、大丈夫……ですか?」

「ぅ……あぁ……」


 視界が定まらない中、俺に声をかけてきた人を見る。綺麗な長髪が流れ落ちて、不安げに俺を見つめるその目に、不覚にも吸い込まれてしまった。


 自分の中の時間が止まる。俺が……妖怪が、人の目に止まっている?そんな、ありえない。


「君は……俺が、見えるんか?」


 俺が絞り出したそんな意味不明な質問に、彼女はコテンと首をかしげて答える。


「見えるんかって……もしかして、幽霊とかですか!?」

「い、いや違うけど……」

「なら……み、見えてるとしか……」


 困惑した様子で彼女が眉をひそめる。すまん、混乱するよな……


 視界が定まってきた俺は、打ち付けた頭がズキズキと痛むのを感じて思わずうめく。

 床を見ると、打ち付けた時に額が切れたのか血がポタポタと滴り落ちて赤いシミが出来ていた。


「血、血が!これ使つこおて下さい!!」


 彼女が慌ててスカートのポケットからハンカチを出す。そんな、気にすることじゃ……俺が思わず拒否しようと後ずさるが、それより先に彼女がおでこにハンカチを当ててきた。


「あかんて、ハンカチが汚れてまう……」

「そんなん気にせんでええですから!ほら、保健室行きましょ?」


 ハンカチを当てて貰いながら、彼女と一緒に保健室に連れて行かれる。保健室の扉を開くと、先生は出張中なのか中には誰も居なかった。


「ああもう!こんな時に誰も居ないなんて……!」

「いや、もうええよ。ありがとう」


 俺は彼女から離れる。気恥ずかしさってのもあるけど、妖怪が長く人間と一緒にいることの方が危ない。


 『霊力』がさっきから入ってきているんだ。ハンカチを当てて貰っている額のケガが既に治っているぐらいには。


 人一人が自分妖怪を認識するぐらいなら『霊力』はさほど増えないが、それでも存在が消えかかっている今の妖怪には……かなり劇薬だ。


燐光りんこう氷雨ひさめや……思いだした!」

「え?え?」

「そうだ……やった!思い出せた!」


 急に元気になった俺を見て混乱している彼女。しかし、そんな些細ささいなことを気にしてられない。


 思い出せた……思い出せた!お父さんの名前が燐光、お母さんの名前が氷雨!


 俺の中に、まだ両親の思い出は残ってる!まだ、両親を覚えていられる……


「えっと……取りあえず、元気になったんなら良かった、です?」

「はっ!ごっ、ごめん……名前も名乗らず1人で舞い上がってもうて……」


 一緒に保健室に来てくれた女の子がいきなり元気になった俺を見て困惑と安堵が混じった表情でそう言っているのが耳に入り、やっと俺は冷静になることが出来た。


「俺は童子どうじさざなみ。ありがとう、助かったわ

「いえ、すごい思い詰めた表情をしてらっしゃったので見てられなくて……あ、私は藤堂とうどう菖蒲あやめって言います」


 そう言って藤堂さんは頭を下げる。すごい丁寧だ……教室行ったら床に頭たたきつけてる男がいたというのに、そいつにちゃんと礼儀正しく接するとか女神か?


 いや、俺みたいな妖怪という消えかけてる存在を認知して気に掛けてくれている時点ですでに優しさの塊か。


「多分女神というのは、藤堂さんのことを言うんやね……」

「なっ、何を言い出すんですか!私はただハンカチを貸しただけですよ!?」


 しまった、思わず拝んでしまった。仕方ないじゃ無いか、神に祈るより藤堂さん人間に祈った方が『霊力』得られるんだから。


 ありがとう藤堂さん、藤堂さんのお陰で大切な物を失わずに済んだ……まあ、どうせ伝わらないから言葉にはしないけど。


「ほな、俺はこれで……」

「え!?大丈夫なんですか!?」

「まあ、身体だけは丈夫なんで……っと」


 俺は藤堂さんと別れて帰ろうとすると、頭を床に打ち付けた衝撃が残っていたのかフラフラと足取りが覚束ない。思ったよりダメージが大きかったか……

 そんな俺を心配したのか藤堂さんが俺の手を取る。


「全然大丈夫じゃ無いやないですか……ここは保健室なんですから、ベッドで少し休んでいって下さい」

「ですね、そうします……」


 あぁ、藤堂さんマジ女神……こんな俺を心配してくれるなんて。触れている手からじんわりと霊力と温もりが伝わってくる。あぁ、人間ってこんなにも温かかったんだな。


 俺は藤堂さんの言うとおりに保健室のベッドに寝転がる。先生がいない保健室のベッドで男女が二人……何も起きへんから安心しい。


 ベッドに寝転がった瞬間、ゆっくりとまぶたが落ちていく。どうやらさっきの事がかなり精神的に参っていたようで、すごい疲労感が襲ってきた。

 起きたらもう一度忘れているとか無いよな、大丈夫だよな……?そんな不安を感じながらも、藤堂さんにお礼を言う暇も無く俺の意識は沈んでいくのであった。


 夢を見た。懐かしい、そして……


さざなみは大きくなったら、サッカー選手になるんよな!?」

「もう、あなたったら……さざなみは普通に生きて、普通に会社に就職するのがええですよ」

「何!?男に生まれたからにゃぁビッグな男に……!」

「アホなこと言ってないで食器出して下さいな、ご飯よ」


 家の中で、仲良く食卓を囲んで楽しく会話している両親の記憶。しかし、昨日とは違いその記憶はとても鮮明に色づいている。今にも消えてしまいそうだったその笑顔は、名前を思い出したお陰なのか消えることを微塵も感じさせないほどに明白だった。


「いやいやお母さん、漪は凄いんだぞ!身体も大きいし力も強い、サッカー選手なら良いシュートが撃てると思うし、野球選手ならピッチャーかもな!」

「全く、漪はもっと普通で良いんですよ。誰からも愛される人じゃなくていい、誰か一人に愛されればそれで……」


 やいのやいのと俺の将来で言い合う両親。燐光お父さんは期待の目を、氷雨お母さんは慈愛の目を俺に向けていた。


 この時、お父さん達はどんな気持ちだったんだろうか……?本気で俺が大人になるところを見たがっていたのだろうか?


 分からない。だが、しばらく忘れていた家族の温かみというのを、今この瞬間だけは……忘れまいと大切に感じていた。


――――

【後書き】

 ここまで読んでいただきありがとうございます!こんなタイトルがない話を読んでくださるなんて……あんた、えぇ御方やねぇ。

 つぎの話も明日の18時に投稿しますので、のんびりお待ちくださいませ。

 

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                  夏歌 沙流 @saru0

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